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第27話 脱出
しおりを挟むドアをそっと開け、ペケをだいた美月を連れて、赤いじゅうたんの敷かれたホールに出る。
シャンデリアと間接照明はついており、十分明るい。
一方、羽目殺しの大きな窓ガラスごしに見える外は霧におおわれ、すっかり暗くなっていた。
ホールクロックに目をやった。
針は、ここに来てから3時間もたっていることを示している。
気絶したふりをしていたつもりだったが、いやというほど殴られたこともあって、実際にそれに近い状態だったのかもしれない。
玄関のドアは、やはり動かない。
「……だめだ」
「場所を変えましょう」
「うん」
長居はできない。玄関は一番人の出入りが多い。
鬼山が、この屋敷の中にいる可能性も高い。
「電話機を探したほうが、早いかも」
美月が声をかけてきた。
木津根はもちろん、田抜もスマホを持っていなかったのだ。
おそらく、鬼山に取りあげられたのだろう。
「……そういえば」
と、上を指さす、翔太に、美月が笑顔を見せた。
「3階の広間……応接室ね」
鬼山にしても、すべての部屋のドアを閉め切ったままでは不便なはずだ。
よく使う部屋は、開けっ放しにしているかもしれない。
美月からペケを受け取り、ホール奥の階段に向かう。
とつぜん、右後方から、たたきつけるような音が聞こえてきた。
ふり返ると、地下室のドアが開き、その横に田抜が立っていた。
気絶から覚めたようだ。
顔は血だらけだった。倒れたときに額を割ったのだろう。
田抜は、先のとがった万能ばさみを手にしていた。
その、憤怒の形相に、足がすくんだ。
腕の中のペケがほえたことで、金しばりが解けた。
「逃げろ!」
先に行かせた美月が階段をあがり始めたのを見て後を追う。
いくら身軽だとは言え、カギがかかっていたら、追いつめられるだけだ。
「武器を探す」と声をかけ、美月を追いぬき、1階と2階の間の踊り場を駆けぬける。
一方、長い時間しばられていたからか、美月の動きはにぶい。
とうとう階段をふみはずし、転んだ。
田抜が、足を引きずりながらもせまってくる。
「とべ!」
声をかけたが、間に合わなかった。
追いついた田抜が、美月の肩をつかむ。
思わず翔太は、だいていたペケを田抜の顔めがけて投げつけた。
ペケは、見事に田抜の顔に貼りつきツメを立てた。
借りを返してやるとばかりに、耳にもかみついた。
田抜は、悲鳴とともにうずくまる。
「こっちだ。早く!」
手すりごしに声をかけるが、美月は、こちらを見上げたまま、固まっている。
後方をふり返る。
3階踊り場に、スーツ姿の鬼山が立っていた。
まるで、仁王のように。
しかも、手にしているのは、黒く長い銃身を持つ猟銃だ。
引き金に指をかけ、足をかばうように、一歩一歩おりてくる。
逃げだしたい誘惑にかられる。
だが、美月もいる。
逃げ回ったところで、窓が閉まっていることは確実だ。
「しょせんは、子供の探偵ごっこと思っていたが」
銃口が翔太の頭につきつけられた。
額からねっとりとした汗がふきだす。
こめかみの血管がうずき、音をたてる。
大声をあげて、はらいのけたい誘惑にかられる。
ペケをけりあげた田抜が、美月の腕をつかみ、ハサミをつきつけていなければ、本当にそうしたかもしれない。
「手間をかけさせおって、楽にいけるとおもうなよ」
おどしはしても、ここで銃は使わないだろう。鬼山には冷静さが残っている。
心配なのは、田抜の方だ。
血にまみれた顔を引きつらせ、ふるえながら、先のとがったハサミを美月につきつけている。
それに気づいた鬼山が声をかける。
「あわてるな。血痕が残る」
だが、田抜の興奮はおさまらなかった。
「どうせ、木津根の血が、あちこちに残っているんでしょう!? 2人増えたからって、どうだというんです!」
地下室で木津根の死体を見つけたようだ。
眉を寄せ、鬼山が答える。
「あれは事故だ……ここから――3階の踊り場から落ちたんだ」
田抜は、怒気のこもった声で返す。
「なぜ、救急車を呼ばなかったんです?」
「息をしていなかったからだ」
きべん、というやつだ――美月を、誘拐、監禁していたからだ。
万が一を考え、呼ばなかったのだ。
息をふき返せば、何をしゃべるか分かったものではない。
息をしていているのに、呼ばなかった可能性だってある。
救急搬送された木津根が、美月が誘拐された公園から急発進した車のハンドルをにぎっていたことをマスコミがかぎつければ、窮地におちいる。
「それを、信用しろと?」
「口の軽い男だから始末した……といえば満足か?……お前も知っているだろう。共友会のチンピラどもが、やつにつきまとっていたことを――誘拐したその夜に電話がかかってきただけで、おびえて酒を飲んで、あのざまだ」
鬼山は、怒りの矛先を翔太に向け、銃口でこづきながら続けた。
「お前のようなバカがいるから救急車も呼べないんだ。警察はともかく、それをかぎつけたマスコミが面白おかしく騒ぎたてるだろう。仲間の口を封じた極悪人としてな」
「そっちの方が、よっぽど信ぴょう性がありますよ――事実、誘拐殺人の罪まで、大泥棒になすりつけようとしているじゃありませんか――そんなあんたを、だれが信じるんです」
「そこまで言うなら、警察に駆けこんでみろ!――私が土地開発公社の汚職にかかわり5,000万を受け取とったことは事実です。しかし、人は殺していません――そんな言い訳を、警察が信用する思うか? マスコミが信用するか? お前の家族はどうだ? あの金を取りあげられたら、お前の嫁さんはどうなる?」
田抜は、その言葉に、反論するどころか、ふるえ始めた。
鬼山が続ける。
「大泥棒だ。すべてあいつのしわざだ――われわれは、誘拐された子どものことなど一切知らない――今、考えなければならんのは、事後処理のことだけだ」
言い終えると、鬼山は口の右はしを曲げて笑った。
美月は顔面蒼白。
一方の田抜の顔色も、見る間に赤から蒼白にかわる。
そして、うめくように口にする。
「その子供や木津根をダムの底に沈めるのも、わたしの役割なんでしょ……あんたの口車に乗るんじゃなかった……」
「わかっているなら、さっさっとやれ! 今度こそ、ほどけないようにな」
美月の首に手をまわしたまま、田抜は力なくひざをついた。
翔太も、しゃがみこみたかった。
派手に仲間割れでもしてくれれば、逃げ出すチャンスもあっただろうに。
――あきらめかけた、その時、聞き覚えのある激突音が3階の奥から聞こえてきた。
強化ガラスにぶつかって、はね返される音だ。
鬼山は、あわてるどころか、不敵な笑いをうかべ、つぶやいた。
「バカなやつだ。何度も同じ手が通用すると思っているのか」
そして、翔太を見た。
「どうだ。だれが飛びこんできたか、わかるか?」
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