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第29話 囮
しおりを挟む見事な勝利だった。
だけど、それは長く続かなかった。
霧の立ちこめる広い庭に飛び出した大泥棒に、長い棒がのびてきたのだ。
太ももをたたかれ、軽い体は、くるりと一回転する。
武装した警察官が次々と駆けつけてくる。
――これが、囮になるという意味だったのだ。
大泥棒は、警察がここを包囲していることを知っていて、庭で警察をひきつけているうちに上の階から逃げろと言ったのだ。
いくら、衝撃を受けにくい体だといっても、棒で殴られれば話は別だ。
しかも、体が軽いため、ゴルフクラブで防御はしても、それごとはね飛ばされる。
腰を殴られ、壁までふき飛んだ。
大事な足にも何発かあてられている。
飛びあがれなくなったらおしまいだ。
腕も殴られ、リモコンを取り落とす。
このままでは、本当に捕まってしまう。
大泥棒は、じりじりとうしろにさがる。
いったん家に逃げこんで、2階か3階の窓から脱出しようと考えたのだろう。
「聞いとらんぞ!――なぜだ?! なぜ警察が、こんなところに……」
たたきつけるような声にふり返る。
鬼山だ。足を引きずりながらも、ここまでおりてきたようだ。
「くそっ!」
ホールクロックの前に立ち、振り子をおさめた前戸を開ける。
ふり返ったその手には、大泥棒が持ち出したはずのリモコンがあった。
予備を隠していたのだ。
鬼山が、翔太に向かってリモコンをつきだすと、窓という窓、ドアというドアが音を立てて閉まっていく。
同時に、調子はずれのカン高い笑い声が、あたりにひびきわたった。鬼山の声だった。
「警察にも性根の座ったやつがいたようだな――汚職で調べることはできずとも、コソ泥を追って乗りこむことはできる、というわけだ――それとも、コソ泥と示し合わせて、現場検証と称し、あわよくば、念書や取引の証拠を見つけようとしたのか」
鬼山は間違っている。
大泥棒は、家族をうばわれ、相棒をうばわれたのだ。
警察のことなど、これっぽっちも信用していないだろう。
美月の靴と、公園から急発進した車の持ち主を結びつけ、ひとり、この邸を見張っていたに違いない。
そこに、翔太が……続いて田抜が、大あわてで駆けつけた。
ところが、いつまでたっても翔太は出てこない。
それを見て、美月とともに、ここに監禁されていると確信したのだ。
だが、助け出すのは簡単ではない。
事実、昨夜は、ワナにかかり、逃げるだけで精いっぱいだった。
だからこそ、保険をかけているはずだ。
すでに、この邸は、マスコミにも取り囲まれているだろう。
念書らしきものを持った大泥棒に逃げきられ、マスコミ注視のなかで、現場検証も行わない――そんなことができるはずがない。
万が一、鬼山が、それを阻止しようとすれば――警察が、それをのめば、マスコミがだまっていないだろう。
――鬼山は、リモコンをポケットにつっこむ。
そして、スーツの内ポケットから、白い封筒を取り出して見せる。
「……しかし、それが出てくることはない」
もう片方の手にはライターがあった。
鬼山の目は、玄関横にある羽目殺しの大きな窓に向いていた。
霧の中、大泥棒が警察官と格闘している。
「ここにあるからだ――むろん、だれにもわたさん。こいつはもちろん、家中に火をつけてやる。証拠も、お前たちもすべてが焼けてなくなり、放火殺人の罪は、あの、コソ泥がかぶることになる――命からがら逃げだしたわしは、悲劇の主人公というわけ……」
鬼山は、またしても最後まで言い終えることができなかった。
翔太が、鬼山の足をはらったからだ。
大泥棒が投げ捨てた猟銃を使って。
念書の入った白い封筒をうばい取り、ポケットにつっこみ、リモコンのロックを解除すると、玄関が開き、罵声や物音とともに、霧が流れこんできた。
大きなガラス窓の向こうでは、大泥棒が後ろからはがい締めにされている。
ペケを抱いて駆け寄ってきた美月の手を取り、猟銃片手に庭に飛び出した。
大泥棒をはがい締めにした警察官に向かって猟銃を構える。
「手を放せ! 撃つぞ!」
家の中からもれる光と霧が、猟銃を構えた黒い影を映し出す。
大泥棒は、ひるんだ警察官の腕をふりほどき、足元に転がっていたゴルフクラブをふり回す。
翔太は、手前の警察官に猟銃を投げつける。時間かせぎだ。
「本物の大泥棒は、こっちだ!」
翔太は、声をあげると同時に、美月の腰に手をまわし、力いっぱい地面をけった。
大泥棒も、そのすきを見逃さなかった。
残る力をふりしぼり、違う方向に飛んだ。
霧の立ちこめる夜空に向かって。
昨夜の何倍もの照射機の光が追ってきたが、天候は翔太たちに味方した。
こうして、大泥棒は、またも、夜空に消えた。
☆
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