[完]聖女の真実と偽りの冠

さち姫

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全てが終わった~レティシア目線~

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王都を離れる朝、冷たい風が石畳を吹き抜けていく。

冬の名残を引きずるその風は、長く沈黙していた都の空気を揺らし、どこか新しい季節の兆しを含んでいた。

遠く、鐘の音が響いていた。

深く、重く、まるで悼むようなその響きは、ラゼル王太子、いえ、すでに“元王太子”となった彼の廃嫡の儀が執り行われている合図だった。

高台に聳える大聖堂。

そこで陛下自らが口にした言葉は、王都中を静寂に包んだ。

「ラゼルは、王位継承の資格を剥奪する。王家の名を汚し、神の名を穢した者に、王冠は相応しくない」

そして、それは王太子だけに向けられたものではなかった。

神殿に巣食っていた数多の不正。

選民の名を騙り、神託を捏造し、信仰を私物化した神官たちの名もまた読み上げられ、

多くが粛清、あるいは告解の義務を課せられた。

その中心にいたアリシア。

彼女が偽りの神託を用いて民衆を操り、信仰を政争の具としたことも、もはや覆せぬ事実となっていた。

ラゼル様は何も言わなかった。

ただ、アリシアと共に俯き、全ての視線を静かに受け止めていた。

奇しくも、陛下は“二人を結ばせる”という形をとった。

罪に対する「責任の共有」という皮肉な名のもとに。

かつて民の祝福を受けた婚約は、今や呪縛として彼らの足元を絡め取る。

「これは、これで良かったのでしょう。ふたりは、愛し合っていたのでしょうから」

私の隣でカリオン様は、淡く呟いた。

その声は、憐れみでも軽蔑でもなく、ただ冷静な同情を湛えていた。

「ええ。だからこそ、私を“偽聖女”と呼び、追放したのでしょう」

私の返す声にも、もはや痛みはなかった。

それは過去。もう、手放した重荷。

しかし、

私は知っている。この王都には、まだ清められていない闇が残っていることを。

「神殿に、新しい風を入れなくてはならないのです」

私は小さく、けれど確かに呟いた。

「信仰は、誰かの支配のためにあるものではない。

名もなき祈りの中にこそ、神は在ると、私は信じています」

カリオン様が静かにうなずく。

その横顔には、揺るがぬ信頼が宿っていた。

やがて、神の声が再び世界に響き渡る。

王都の枯れた土がふたたび息を吹き返し、

辺境の村々には新たな緑が芽吹き、

長く干ばつに苦しんでいた異国の大地には、慈雨が降り注ぐ。

それは、“真の聖女”が現れた証。

各国の人々は、喜びとともにその知らせを受け取った。

失われた信仰が、祈りが、また一つ、再び結び直されていく。

 

ルクレド国で静かに過ごす中、カリオン様が、夜の庭園で跪いた。

「レティシア・ルーベンス。我がルクレド王国の王太子妃として、共に世界を導いてくれますか?」

カリオン様の言葉に、私は静かに微笑んでうなずいた。

「ええ。今度こそ、嘘のない光の下で」

祝福の鐘が高らかに鳴り響く。

レティシア・ルーベンスは、王妃として、そして聖女として、

新たな時代を告げる“希望”として生まれ変わった。

 

一方で

その光の遥か下。

王都の片隅、かつて神に最も近いと信じられていた聖女と、玉座に最も近かった王子は、

誰にも祈られることのない静けさの中で、ただ静かに、そして確実に、忘れ去られていった。

神の名を穢した者たちに、もはや、声は届かない。

ただ、沈黙だけが、その空間に満ちていた。

その光の遥か下。

王都の片隅、もう誰も足を運ばなくなった古い屋敷の中。

あの日の嘘も、

あの日の夢も、

すべては灰のように散り、

誰にも振り返られることのない、

ひとつの終焉となったのだ。

ひっそりと、だが確かに。

栄耀栄華を極めた者たちの末路は、驚くほどあっけない。

掌を返すように冷たくなった世間は、

その名を語ることさえ避けるようになり、

やがて彼らは、歴史からも記憶からも、音もなく消えていった。

“奢る者、久しからず”――

それは、誰の口にものぼらない教訓として、

王都の空気のどこかに、うっすらと残るのみ。

人は栄光の頂に立つ時、自らが落ちる日など想像もしない。

だがその終わりは、常に静かに忍び寄る。

そうしてまた、誰かが同じ過ちを繰り返す。

祈りを忘れ、力に酔い、光に溺れ――

そして、またひとつ、静かに葬られてゆくのだ。

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