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第17話ルーン目線1
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「いない?どこへ行ったんだ?」
「・・・それは・・・少し、説明しづらいというか・・・」
金の綺麗な髪をクルクルさせながら、言いにくそうにシャーサーが言うが、いつものようにシャーリーの話になるとつまらなさそうだ。
双子でありながら、二人があまり仲良くないのは知っている。
僕の前であからさまな態度をとる時もある。本当は言いたいが、いつもシャーリーがやめて、と言うから言葉を飲み込んでいた。
最近シャーリーに会っていなかったから心配になり様子を見に来たら、屋敷に来てすぐに、何故かシャーサーの部屋に呼ばれソファに座らされた上に、シャーサーが隣に座った。
いや、隣というよりも、密着するように近い。
シャーサーの甘い香水の香りが、鼻をくすぐる。
シャーリーは?と聞くと、
いないの、
と何故か嬉しそうに、
シャーリーはいないのよ、
と、繰り返した答えが返ってきた。
その嬉しそうな声が、僕には気になった。
シャーリーがいないことが楽しようにすら聞こえたからだ。
「何があったんだ?病気で入院しているのか?」
シャーリーは体が弱いわけじゃない。
でも、最近顔色が悪く、痩せていっていた。
そうなれば病気で何か、あったんじゃないかと思ってしまう。
「違うわ。あのね・・・、お父様がこの間、サーヴァント公爵様の夜会に招待されて行ったのだけど、そこでお父様は嫌だって言っているのに、賭けのトランプをさせられて、負けてしまったの」
嘘だ。
おじさんが賭け事を好きなのは知っている。それは、二人からよく聞いていたのに、何故そんな嘘をつくんだろう。どうせ自分からやりたいと言ったんだ。
そう喉元まででかかったけれど、見ている訳では無いから、もしかしてら、万が一あるかもしれない、と飲み込んだ。
「それが、シャーリーに関係があるのか?」
シャーサーの目が楽しそうに変わった。
きらきらと輝いて、まるで何か面白いことを思い出したかのように。
その顔をする時は必ず、シャーリーに意地悪をするのを知っているから、ため息が出た。
また、か。
また、シャーリーに何かしたのか。
「ダメよ、と言ったのに、あの子ったら真面目でしょ?自分から、私が働いて返すわ、と言ってきかないの」
シャーサーが、僕の腕に手を添えた。
柔らかい手が、僕の腕に触れる。
その手が、少しずつ、撫でるように動く。
「働いて、返す!?」
思わず声が大きくなった。
働いて返す?
シャーリーが?
「そうなの。その家に今働きに出てるの。あ、でも心配しないで。ちゃんと様子は毎日見に行ってるわ」
シャーサーが、僕の顔を覗き込むように近づいてきた。
その距離が、近すぎる。
吐息がかかるほど。
でも、僕の頭は、シャーリーのことでいっぱいだった。
働きに出ている?
シャーリーが?
伯爵令嬢なのに?
「いつからだ!?」
何故そんな事を平気でさせるんだ。おかしいだろう!
シャーリーは、いつも家族のために我慢していた。
いつも、自分を犠牲にしていた。
それを知っているのに、何故止めないんだ。
「先週の話よ。だから、心配しないで。毎日見に行っているわ。毎回帰るように言ってるんだけど、言うこときかなくて・・・」
困ったものだわ、と言いながらも、他人事にしか聞こえない。
その声に、嘘が混じっている。
毎日見に行っている?
本当に?
シャーサーは、シャーリーのことを心配するような人じゃない。
むしろ、いなくなって喜んでいるような。
「何処なんだ?僕が行って連れ戻してくる!」
立ち上がろうとする僕の腕を、シャーサーは胸をつけるように絡め、止めた。
柔らかい感触が、腕に当たる。
シャーサーの豊かな胸が、僕の腕に押し付けられる。
「そうねぇ、ルーンが言ってくれたら帰ってくれるわ。でも、もう少し待ってあげて。納得しないと帰らないわ、あの子は」
より僕に近づき、上目遣いで甘く囁く。
その目が、潤んでいる。
その唇が、少し開いている。
その距離が、口付けができるほど近い。
豊かな胸と、綺麗な顔立ち。いつ見ても、素敵だと思う。実際僕の友人達も、狙っている者も多いから、幼なじみの僕を妬む声を聞いていた。
客観的に見れば、シャーサーは美しい。
誰もが認める美貌。
誰もが羨む容姿。
だが、僕にとって、シャーサーはただの幼なじみにしか見えなかった。
いや、それだけじゃない。
シャーサーを見ていると、いつもシャーリーのことを思い出す。
シャーサーが笑っている時、シャーリーは泣いていた。
シャーサーが華やかにしている時、シャーリーは隅で小さくなっていた。
だから、僕は、シャーサーを好きになれない。
「確かにシャーリーは、何でも自分が納得するまでするからね。でも、やはり、普通じゃない。とりあえず何処の家に行ったか教えてもらえる?」
シャーリーは、言うようにとても頑固だ。
自分で決めたことは、曲げない。
でも、それは、自分を守るためだった。
自分を納得させるためだった。
だから、僕が行って、連れ戻さないと。
「お父様しか、知らないのよ」
また、嘘だ。
さっき毎日行っていると言った。という事は、場所を知っているはずだ。
でも、教えたくないんだ。
シャーリーに、僕が会いに行くのが、嫌なんだ。
「そうか」
ふうと溜息をつき、絡んできた腕を外した。
外そうとすると、シャーサーが、より強く絡めてくる。
指が、僕の腕を撫でる。
爪が、僕の肌に軽く触れる。
「僕、帰るよ」
シャーリーに会えないのならここに来た意味がない。それに、父さんに聞いたら、シャーリーが何処にいるか知っているかもしれない。
サーヴァント公爵の夜会なら、父さんも行っていたはずだ。
何か、知っているかもしれない。
立ち上がると、また、手を繋いで引き止めるように悲しい顔になった。
シャーサーの目から、涙が一粒、こぼれた。
その涙が、頬を伝う。
「待ってよ、もう少し話をしたいの。別にシャーリーがいなくてもいいでしょ」
その涙が、わざとらしく見えた。
計算された涙。
僕を引き止めるための涙。
でも、僕は、そういうのに弱い。
分かっていても、女性の涙を見ると、動けなくなる。
「いなくてもいい、とは聞き捨てならない。まるで心配してないみたいじゃないか」
少し、声を強めた。
シャーリーは、シャーサーの妹なのに。
双子なのに。
何故、そんな言い方ができるんだ。
「違うわ。当然、心配しているわよ。でもルーン、もし、私が同じような立場になったら、私の事も心配してくれる?シャーリーよりも、考えてくれる?」
変な期待を持ってしまう上目遣いの甘く切ない声と、潤んだ瞳で立ち上がり、また、腕に腕を絡めてきた。
この距離の密着感。
体の線が、全部伝わってくる。
柔らかさが、僕の腕に押し付けられる。
そして、誰よりも自分という存在を見てほしいとアピールしてくる。
心臓が、少しだけ早くなる。
僕も、男だ。
こんな風に迫られたら、意識してしまう。
でも、頭の中は、シャーリーのことでいっぱいだった。
シャーリーは、今、どこにいるんだろう。
ちゃんと、食事はしているだろうか。
寒くないだろうか。
寂しくないだろうか。
「シャーサー、その言い方はやめた方がいいよ。僕だからいいけど、他の男だったら誤解する」
僕は、こういうのに慣れていない。
シャーサーみたいに、積極的な女性は、苦手だ。
断りたい。
でも、断れない。
「ルーン以外にはしないわ。どうしてそんな意地悪言うの?」
泣きそうな声で首を振りながら言う。
その声が、震えている。
その目が、潤んでいる。
その唇が、震えている。
全部、計算されているように見える。
でも、確証はない。
もしかしたら、本当に傷ついているのかもしれない、と思ってしまった。
「ねえ、私もシャーリーの事を考えると不安なの。毎日不安で寝れないの。だから、お願いがあるの」
甘える声に、面倒だと思いながらも、何?と答えるしか無かった。
僕は、弱い。
押しに弱い。
頼まれると、断れなかった。
「これ・・・」
テーブルに乗っている、二枚の演劇のチケットを指さした。
元々置いてあり知っていたが、わざと無視し、このまま帰ろうと思っていたが、そうもいかなかった。
やっぱり、これが目的だったのか。
シャーリーの話は、前置きだったのか。
はぁ、と心の中で深いため息をついた。
「ねぇ、一緒に行きましょうよ。本当は・・・シャーリーと一緒に行くつもりだったのだけど、来週なの。珍しくいい席がとれて、一人で行くのは寂しいの」
シャーサーが、僕の手を取った。
両手で、僕の手を包み込む。
その手が、温かい。
その手が、柔らかい。
顔を近づけてくる。
その顔が、近い。
その唇が、近い。
「シャーリーが帰ってくるかもしれないだろ?二人で行っておいでよ」
シャーリーが帰ってきたら、僕も一緒に行きたい。
三人で、行きたい。
いや、できれば、シャーリーと二人で行きたい。
「でも・・・もし帰ってこなかったら・・・?そうしたら一緒に行ってくれる?」
シャーサーの声が、か細くなる。
その目が、不安そうになる。
その手が、僕の手を強く握る。
「僕よりも、シャーサーと行きたい男性は沢山いるだろ?その人達を誘ってあげれば?」
本当に、沢山いる。
友人達が、いつもシャーサーの話をする。
どうやったら、シャーサーと仲良くなれるか、と。
「・・・酷い・・・わ・・・。私・・・、そんなの・・・嫌よ・・・。ルーンと・・・行きたいの・・・」
泣き出した。
声を震わせて。
肩を震わせて。
涙を流して。
こうなってしまっては、男の負けだ。
僕は、女性の涙に弱い。
特に、目の前で泣かれると、どうしていいか分からなくなる。
でも、頭の中では、シャーリーのことを考えている。
シャーリーも、よく泣いていた。
でも、シャーサーの前では、泣かなかった。
僕の前でだけ、泣いていた。
「分かった・・・今回だけだからね。でも、シャーリーが帰ってきたら、一緒に行くんだよ」
自分でも、情けないと思う。
断れない自分が。
流される自分が。
でも、これでシャーサーの機嫌が直るなら。
これで、シャーリーの居場所を教えてくれるなら。
「勿論よ!シャーリーが帰ってきてくれたら、シャーリーと行くわ」
ぎゅっ、と嬉しそうに僕の首に抱きついてきた。
突然の抱擁に、体が硬くなる。
シャーサーの体が、僕の体に密着する。
柔らかい感触が、全身に伝わる。
「シャ、シャーサー!?」
こんなに近くで抱きつかれたのは、初めてだ。
心臓が、バクバクする。
顔が、熱くなる。
「だって、嬉しいの」
耳元で甘く囁く声に、ぐらりと脳が揺れる。
その声が、甘い。
その吐息が、熱い。
その感触が、柔らかい。
「ルーンと初めて二人で出かけられるかもしれないのよ。私、ずっと前から、ルーンの事が・・・好きなの」
より、首に絡めた腕が強くなり、甘いシャーサーの声が鐘のように全身に鳴り響いた。
好き。
その言葉が、頭の中で響く。
シャーサーが、僕を好き?
でも、僕の頭の中は、シャーリーでいっぱいだった。
シャーリー。
今、どこにいるんだ。
大丈夫なのか。
辛くないか。
僕は、シャーサーを優しく押し離した。
「シャーサー、僕は、シャーリーが心配なんだ」
はっきりと、言った。
「だから、帰るよ。演劇は、行く。約束する。でも、今は、シャーリーのことが心配なんだ」
シャーサーの顔が、一瞬、歪んだ。
怒り?
それとも、悲しみ?
でも、すぐに、笑顔に戻った。
「・・・そう。分かったわ。ルーンは、優しいのね」
その笑顔が、冷たく見えた。
僕は、部屋を出た。
廊下を歩きながら、思う。
僕は、弱い。
シャーサーを傷つけたくなくて、断れない。
でも、シャーリーのことも、心配だ。
どっちつかずの、自分が嫌になる。
でも、今は、シャーリーを探さないと。
父さんに、聞いてみよう。
足を速めた。
「・・・それは・・・少し、説明しづらいというか・・・」
金の綺麗な髪をクルクルさせながら、言いにくそうにシャーサーが言うが、いつものようにシャーリーの話になるとつまらなさそうだ。
双子でありながら、二人があまり仲良くないのは知っている。
僕の前であからさまな態度をとる時もある。本当は言いたいが、いつもシャーリーがやめて、と言うから言葉を飲み込んでいた。
最近シャーリーに会っていなかったから心配になり様子を見に来たら、屋敷に来てすぐに、何故かシャーサーの部屋に呼ばれソファに座らされた上に、シャーサーが隣に座った。
いや、隣というよりも、密着するように近い。
シャーサーの甘い香水の香りが、鼻をくすぐる。
シャーリーは?と聞くと、
いないの、
と何故か嬉しそうに、
シャーリーはいないのよ、
と、繰り返した答えが返ってきた。
その嬉しそうな声が、僕には気になった。
シャーリーがいないことが楽しようにすら聞こえたからだ。
「何があったんだ?病気で入院しているのか?」
シャーリーは体が弱いわけじゃない。
でも、最近顔色が悪く、痩せていっていた。
そうなれば病気で何か、あったんじゃないかと思ってしまう。
「違うわ。あのね・・・、お父様がこの間、サーヴァント公爵様の夜会に招待されて行ったのだけど、そこでお父様は嫌だって言っているのに、賭けのトランプをさせられて、負けてしまったの」
嘘だ。
おじさんが賭け事を好きなのは知っている。それは、二人からよく聞いていたのに、何故そんな嘘をつくんだろう。どうせ自分からやりたいと言ったんだ。
そう喉元まででかかったけれど、見ている訳では無いから、もしかしてら、万が一あるかもしれない、と飲み込んだ。
「それが、シャーリーに関係があるのか?」
シャーサーの目が楽しそうに変わった。
きらきらと輝いて、まるで何か面白いことを思い出したかのように。
その顔をする時は必ず、シャーリーに意地悪をするのを知っているから、ため息が出た。
また、か。
また、シャーリーに何かしたのか。
「ダメよ、と言ったのに、あの子ったら真面目でしょ?自分から、私が働いて返すわ、と言ってきかないの」
シャーサーが、僕の腕に手を添えた。
柔らかい手が、僕の腕に触れる。
その手が、少しずつ、撫でるように動く。
「働いて、返す!?」
思わず声が大きくなった。
働いて返す?
シャーリーが?
「そうなの。その家に今働きに出てるの。あ、でも心配しないで。ちゃんと様子は毎日見に行ってるわ」
シャーサーが、僕の顔を覗き込むように近づいてきた。
その距離が、近すぎる。
吐息がかかるほど。
でも、僕の頭は、シャーリーのことでいっぱいだった。
働きに出ている?
シャーリーが?
伯爵令嬢なのに?
「いつからだ!?」
何故そんな事を平気でさせるんだ。おかしいだろう!
シャーリーは、いつも家族のために我慢していた。
いつも、自分を犠牲にしていた。
それを知っているのに、何故止めないんだ。
「先週の話よ。だから、心配しないで。毎日見に行っているわ。毎回帰るように言ってるんだけど、言うこときかなくて・・・」
困ったものだわ、と言いながらも、他人事にしか聞こえない。
その声に、嘘が混じっている。
毎日見に行っている?
本当に?
シャーサーは、シャーリーのことを心配するような人じゃない。
むしろ、いなくなって喜んでいるような。
「何処なんだ?僕が行って連れ戻してくる!」
立ち上がろうとする僕の腕を、シャーサーは胸をつけるように絡め、止めた。
柔らかい感触が、腕に当たる。
シャーサーの豊かな胸が、僕の腕に押し付けられる。
「そうねぇ、ルーンが言ってくれたら帰ってくれるわ。でも、もう少し待ってあげて。納得しないと帰らないわ、あの子は」
より僕に近づき、上目遣いで甘く囁く。
その目が、潤んでいる。
その唇が、少し開いている。
その距離が、口付けができるほど近い。
豊かな胸と、綺麗な顔立ち。いつ見ても、素敵だと思う。実際僕の友人達も、狙っている者も多いから、幼なじみの僕を妬む声を聞いていた。
客観的に見れば、シャーサーは美しい。
誰もが認める美貌。
誰もが羨む容姿。
だが、僕にとって、シャーサーはただの幼なじみにしか見えなかった。
いや、それだけじゃない。
シャーサーを見ていると、いつもシャーリーのことを思い出す。
シャーサーが笑っている時、シャーリーは泣いていた。
シャーサーが華やかにしている時、シャーリーは隅で小さくなっていた。
だから、僕は、シャーサーを好きになれない。
「確かにシャーリーは、何でも自分が納得するまでするからね。でも、やはり、普通じゃない。とりあえず何処の家に行ったか教えてもらえる?」
シャーリーは、言うようにとても頑固だ。
自分で決めたことは、曲げない。
でも、それは、自分を守るためだった。
自分を納得させるためだった。
だから、僕が行って、連れ戻さないと。
「お父様しか、知らないのよ」
また、嘘だ。
さっき毎日行っていると言った。という事は、場所を知っているはずだ。
でも、教えたくないんだ。
シャーリーに、僕が会いに行くのが、嫌なんだ。
「そうか」
ふうと溜息をつき、絡んできた腕を外した。
外そうとすると、シャーサーが、より強く絡めてくる。
指が、僕の腕を撫でる。
爪が、僕の肌に軽く触れる。
「僕、帰るよ」
シャーリーに会えないのならここに来た意味がない。それに、父さんに聞いたら、シャーリーが何処にいるか知っているかもしれない。
サーヴァント公爵の夜会なら、父さんも行っていたはずだ。
何か、知っているかもしれない。
立ち上がると、また、手を繋いで引き止めるように悲しい顔になった。
シャーサーの目から、涙が一粒、こぼれた。
その涙が、頬を伝う。
「待ってよ、もう少し話をしたいの。別にシャーリーがいなくてもいいでしょ」
その涙が、わざとらしく見えた。
計算された涙。
僕を引き止めるための涙。
でも、僕は、そういうのに弱い。
分かっていても、女性の涙を見ると、動けなくなる。
「いなくてもいい、とは聞き捨てならない。まるで心配してないみたいじゃないか」
少し、声を強めた。
シャーリーは、シャーサーの妹なのに。
双子なのに。
何故、そんな言い方ができるんだ。
「違うわ。当然、心配しているわよ。でもルーン、もし、私が同じような立場になったら、私の事も心配してくれる?シャーリーよりも、考えてくれる?」
変な期待を持ってしまう上目遣いの甘く切ない声と、潤んだ瞳で立ち上がり、また、腕に腕を絡めてきた。
この距離の密着感。
体の線が、全部伝わってくる。
柔らかさが、僕の腕に押し付けられる。
そして、誰よりも自分という存在を見てほしいとアピールしてくる。
心臓が、少しだけ早くなる。
僕も、男だ。
こんな風に迫られたら、意識してしまう。
でも、頭の中は、シャーリーのことでいっぱいだった。
シャーリーは、今、どこにいるんだろう。
ちゃんと、食事はしているだろうか。
寒くないだろうか。
寂しくないだろうか。
「シャーサー、その言い方はやめた方がいいよ。僕だからいいけど、他の男だったら誤解する」
僕は、こういうのに慣れていない。
シャーサーみたいに、積極的な女性は、苦手だ。
断りたい。
でも、断れない。
「ルーン以外にはしないわ。どうしてそんな意地悪言うの?」
泣きそうな声で首を振りながら言う。
その声が、震えている。
その目が、潤んでいる。
その唇が、震えている。
全部、計算されているように見える。
でも、確証はない。
もしかしたら、本当に傷ついているのかもしれない、と思ってしまった。
「ねえ、私もシャーリーの事を考えると不安なの。毎日不安で寝れないの。だから、お願いがあるの」
甘える声に、面倒だと思いながらも、何?と答えるしか無かった。
僕は、弱い。
押しに弱い。
頼まれると、断れなかった。
「これ・・・」
テーブルに乗っている、二枚の演劇のチケットを指さした。
元々置いてあり知っていたが、わざと無視し、このまま帰ろうと思っていたが、そうもいかなかった。
やっぱり、これが目的だったのか。
シャーリーの話は、前置きだったのか。
はぁ、と心の中で深いため息をついた。
「ねぇ、一緒に行きましょうよ。本当は・・・シャーリーと一緒に行くつもりだったのだけど、来週なの。珍しくいい席がとれて、一人で行くのは寂しいの」
シャーサーが、僕の手を取った。
両手で、僕の手を包み込む。
その手が、温かい。
その手が、柔らかい。
顔を近づけてくる。
その顔が、近い。
その唇が、近い。
「シャーリーが帰ってくるかもしれないだろ?二人で行っておいでよ」
シャーリーが帰ってきたら、僕も一緒に行きたい。
三人で、行きたい。
いや、できれば、シャーリーと二人で行きたい。
「でも・・・もし帰ってこなかったら・・・?そうしたら一緒に行ってくれる?」
シャーサーの声が、か細くなる。
その目が、不安そうになる。
その手が、僕の手を強く握る。
「僕よりも、シャーサーと行きたい男性は沢山いるだろ?その人達を誘ってあげれば?」
本当に、沢山いる。
友人達が、いつもシャーサーの話をする。
どうやったら、シャーサーと仲良くなれるか、と。
「・・・酷い・・・わ・・・。私・・・、そんなの・・・嫌よ・・・。ルーンと・・・行きたいの・・・」
泣き出した。
声を震わせて。
肩を震わせて。
涙を流して。
こうなってしまっては、男の負けだ。
僕は、女性の涙に弱い。
特に、目の前で泣かれると、どうしていいか分からなくなる。
でも、頭の中では、シャーリーのことを考えている。
シャーリーも、よく泣いていた。
でも、シャーサーの前では、泣かなかった。
僕の前でだけ、泣いていた。
「分かった・・・今回だけだからね。でも、シャーリーが帰ってきたら、一緒に行くんだよ」
自分でも、情けないと思う。
断れない自分が。
流される自分が。
でも、これでシャーサーの機嫌が直るなら。
これで、シャーリーの居場所を教えてくれるなら。
「勿論よ!シャーリーが帰ってきてくれたら、シャーリーと行くわ」
ぎゅっ、と嬉しそうに僕の首に抱きついてきた。
突然の抱擁に、体が硬くなる。
シャーサーの体が、僕の体に密着する。
柔らかい感触が、全身に伝わる。
「シャ、シャーサー!?」
こんなに近くで抱きつかれたのは、初めてだ。
心臓が、バクバクする。
顔が、熱くなる。
「だって、嬉しいの」
耳元で甘く囁く声に、ぐらりと脳が揺れる。
その声が、甘い。
その吐息が、熱い。
その感触が、柔らかい。
「ルーンと初めて二人で出かけられるかもしれないのよ。私、ずっと前から、ルーンの事が・・・好きなの」
より、首に絡めた腕が強くなり、甘いシャーサーの声が鐘のように全身に鳴り響いた。
好き。
その言葉が、頭の中で響く。
シャーサーが、僕を好き?
でも、僕の頭の中は、シャーリーでいっぱいだった。
シャーリー。
今、どこにいるんだ。
大丈夫なのか。
辛くないか。
僕は、シャーサーを優しく押し離した。
「シャーサー、僕は、シャーリーが心配なんだ」
はっきりと、言った。
「だから、帰るよ。演劇は、行く。約束する。でも、今は、シャーリーのことが心配なんだ」
シャーサーの顔が、一瞬、歪んだ。
怒り?
それとも、悲しみ?
でも、すぐに、笑顔に戻った。
「・・・そう。分かったわ。ルーンは、優しいのね」
その笑顔が、冷たく見えた。
僕は、部屋を出た。
廊下を歩きながら、思う。
僕は、弱い。
シャーサーを傷つけたくなくて、断れない。
でも、シャーリーのことも、心配だ。
どっちつかずの、自分が嫌になる。
でも、今は、シャーリーを探さないと。
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足を速めた。
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