何も言わずメイドとして働いてこい!とポイされたら、成り上がり令嬢になりました

さち姫

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第35話キャウリー目線1

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・・・お気をつけて。
シャーリーの声には、不安が滲んでいた。
それでも同時に、私に縋ろうとする微かな温もりがあるのが分かる。
まるで、巣立ちを前にした雛が、親の羽の下に身を寄せるような。
いや……違う。
違わない。
親なのだ、私は。
そう思った瞬間、胸の奥で何かが静かに形を成した。
そこで、やっと気づいた。
ノーセットと、シャーリーに対して抱いていた感情の正体に。
これが、
親心、なのだ。
ノーセットを迎え入れた時、彼はあまりにも幼く、頼りなかった。
どう接すればいいのか分からず、私は多くをハザードに任せてしまった。
当主としての基本的な心得や、表向きの教育は施してきたつもりだ。
だが、子の心情に寄り添うことは、出来ていなかった。
ハザードは、表立って感情を示すことはなかったが、
彼女は確かに、子育てを喜び、支えてくれていた。
いつも心配し、
いつも見守り、
必要な時には、黙って手を差し伸べていた。
シャーリーがハザードに似ている。
そんな安易な思いから始まった感情だった。
だが、
違う。
二人が、
どんな時でも安心して立てる地盤を作りたい。
恐れず、怯えず、自分の居場所だと信じられる場所を与えたい。
そう願うこの気持ちは、
紛れもなく、親心なのだ。
血の繋がりがあるか、
他人か、
そんな区別ではない。
これが、親なのだ。
気づいた時には、それはより重く、深いものへと変わっていた。
だからだろう。
目の前にいるこやつらに対し、胸の奥から込み上げてくる昂ぶる憎悪を、どうにも抑えきれなくなってきたのは。
「もう一度、確認しますが……この金額は、確かに頂けるのでしょうね」
サヴォワ伯爵が、必死に冷静を装っているつもりなのだろう。
だが、ニヤついた瞳と、反り上がった唇の端が、それを台無しにしている。
心底、馬鹿な連中だ。
こちらが笑いたくなってくる。
その程度、か。
そのにやけた視線の先では、
後ろに控える奥方と、シャーリーの姉であろう女が、テーブルの上に置かれた小切手だけを、貪るように見つめていた。
まるで、金の亡者だ。
「勿論だ」
短く答える。
シャーリーが手に入るなら、安い金額だ。
こんな端金で舞い上がるとは、有難い。
やはり、スクルトとハザードによる身辺調査は、十分に功を奏している。
「まあ、少し無理はしましたが、大切な娘を頂くのですから、これくらいは当然です」
しおらしく答え、ちらりと見る。
あれが双子の姉か。
確かに見栄えは悪くない。
だが、醸し出す雰囲気がいただけない。
気品が、まるで感じられない。
つん、と顎を上げる仕草一つ取っても、浅ましさが滲む。
育ちの悪さが、隠しきれていない。
「いやいや、こちらこそ、あんなので良いのかと、申し訳ないくらいです。しかし、養女とは。聞いたところによると、奥方がおられないようですので、もしかしたら、と。あ、いや……勝手な思い込みですがね」
下世話な笑い。
あんなのか、という言外の侮蔑に、腹の奥が冷たくなる。
親子揃って、救いようのない愚か者だ。
「私のことを、調べられましたか?」
静かに問う。
「いやいや、少しですがね」
やはり、その程度か。
カマをかけてみただけだが、十分だ。
都合がいい。
「それで、調べられた上で承諾して頂けるなら、サインをお願い致します」
こんな場所、早く立ち去りたい。
胸の奥が、吐き気を覚えるほど不快だ。
「勿論です」
嬉しそうに、ためらいもなくサインを入れる。
ペンを走らせる音が、妙に軽く、まるで、娘を売り払うことに、何の躊躇もない。
「有難い。では、すぐに提出出来ます」
さっさと書類を受け取り、私は立ち上がった。
その時。
「一つ、お願いがあるのですが」
サヴォワ伯爵殿が立ち上がり、
まるで自分が優位に立っているかのように、腕を組む。
「なんでしょうか?」
金が足りない、などと言い出すつもりか?
「これで、あの子は我がサヴォワ家とは縁が切れた。お互い、住む世界が違いますので、金輪際、我がサヴォワ家に関わり合いを持たぬよう、約束して頂けますかな」
思わず、笑いが込み上げた。
住む世界が違う?
それを、お前が言うのか。
本当に、私を浅くしか調べていない。
愚か者め。
「勿論、お約束致しましょう」
「それは良かった!」
「お互い、その方が宜しいかと私も思案しておりました。では、もしどこかでお会いしても、初対面ということで」
「ああ、いえいえ。それすら不要です。関わり合いを持たぬ、とは……声も掛けて欲しくない、という意味ですよ」
次から次へと、己の都合の良い言葉ばかりを並べ立てる。
私の怒りを、さらに煽ってくるとは、この男、中々楽しませてくれる。
「了承しましょう。では、もし、のっぴきならない事情が出来、援助が必要になった時は、そうですね……お互いの娘同士を、土下座でもさせましょうか?」
「面白い事を言われる方だ。いいでしょう。まあ、そんな事は我がサヴォワ家には有り得ませんがね」
「本当に、馬鹿馬鹿しい話だわ。ねえ、お父様」
シャーサーの高笑い。
二人の高笑い。
私は、それに合わせるように、同じく笑ってやった。
内心では、冷たい怒りが燃え上がっているのを押し殺しながら。
「では、お互い納得の上、ということで。書面に残し、サインを入れましょう。言った言わない、となっては困りますからな」
サヴォワ伯爵殿は、いそいそと用意していた書面を取り出した。
内容を確認し、私は迷いなくサインを入れる。
本当に、楽しくなってきた。
この契約が、どれほどの意味を持つのか、こやつらは分かっていない。
では、と屋敷を後にする。
さて。
これをさっさとスクルトに提出し、始めるとしようか。
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