何も言わずメイドとして働いてこい!とポイされたら、成り上がり令嬢になりました

さち姫

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第44話シャーサー目線1

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ホールに足を踏み入れた途端、眩い光とざわめきに包まれた。
高い天井から幾重にも吊るされたシャンデリアが燭光を散らし、磨き抜かれた床には、宝石のような反射が踊っている。
色とりどりの礼装、重厚な宝飾、漂う香水とワインの香り。
ここに集うのは、名と力を持つ者ばかりだ。
ホールに入ると、すぐにお父様達は
「挨拶をしなければならない相手が多い」
と言って、人の輪の中へ消えていった。
当然ね。
これからサヴォワ家がさらに大きくなるためには、立ち止まっている暇はない。
動き、繋がり、認められなければならないのだ。
そして私は、その家を継ぐ者。
後ろ盾は、いくらあってもいいわ。
さて、ルーンが来るはずだから、ワインでも飲みながら待ちましょうか。
軽食は別室だと聞いているけれど、こういう場で供されるワインが不味いはずがない。
淑女が酒を嗜むのは、親しい者たちの前だけか、親しい友人達の集まりのみ、と言われているけど、そんな考え古臭いわ。
私の周りにもそんな友人ばかりだけれど、そんなんじゃいつまでたっても、新たな繋がりは生まれない。
さて、ワインを飲みながら私も声をかけていこうかしら。
そう思った矢先、甘い顔立ちの男が声をかけてきた。
整った目鼻立ちに、柔らかな曲線を描く唇。
明るい栗色の髪が、さらりと肩にかかっている。
琥珀色の瞳が、光の加減で金色に輝く。
その目は、どこか楽しげで、遊び慣れた色を湛えていた。
「初めて見る顔だね。素敵な人だ。名前は?ああ、僕が先に名乗らないとね。初めまして、僕はカミュセシ侯爵家のケイトと申します」
とても洗練された動作で会釈をする。
その仕草も、流れるように優雅だ。
「初めまして。私はサヴォワ伯爵家のシャーサーと申します」
「こちらこそ。良かったら少し話さないかい?久しぶりに招待されて緊張していたんだが、君のような美しい人と一緒にいられると、気持ちがほぐれるよ」
「あら、お口が上手いのね。どの令嬢にも同じことを仰っているのではなくて?」
少しずつ距離を詰めてくる。
「これは手厳しいね。残念だが、本当に美しい方にしか言わないよ」
「うふふ。それなら嬉しいわ」
ルーンを探すまでの暇つぶしには、ちょうどいい。
いえ、場合によっては、この人に乗り換えても構わない。
カミュセシ侯爵。
確かに、聞き覚えのある名だ。
後でお父様に確認してみましょう。
それにしても、さすがはイエーガー侯爵様の誕生日パーティー。
集まる顔ぶれも、纏う空気も、まさに一級品だ。
やっぱり、こういう場所こそが私に相応しい。
「何か飲もうか」
自然な仕草で、私の腰に手を添えてくる。
女慣れしている。
でも、不快ではない。
互いに楽しむための距離感を、よく分かっている男だ。
細身でしなやかな体つきが、礼服を着こなしている。
「ええ。何にしようかしら」
ケイト様は話上手で、会話の流れも巧みだった。
冗談を交えながら、さりげなく体に触れてくるが、それがいやらしくない。
気づけば、こちらからも距離を縮めていた。
なかなか、いい男だわ。
ワインを片手に談笑していると、少し離れた場所から賑やかな女性の声が聞こえてきた。
「何?」
「ああ、あの人か」
嫌そうに声を落とし、顎で示す。
「ほら、サーヴァント公爵家のカルヴァン様だ」
「宰相様の?」
人だかりができていて、姿はよく見えない。
「ああ。お孫さんだ」
「あら、じゃあ、私もご挨拶したいわ」
仲良くなって損はない。
サーヴァント公爵家と縁ができれば、お父様にとっても大きな追い風になるはずだ。
あの夜会以降、流れは完全にこちらに来ている。
あの子はいなくなり、そのおかげで多額の金が入り、事業も順調。
お父様が上機嫌なのも当然だ。
「行ってきたら?終わったら、後でダンスをお願いできないか?」
少し不機嫌そうに言いながら、腰に添えた手に力を込め、私を引き寄せる。
ほかの男を見ているのが、そんなに気に入らないの?
ふふ、可愛い。
「君をもっと知りたい」
耳元で、甘く囁かれる。
「勿論よ」
扇子で顔を隠してはいるけれど、ここまで近づけば意味はない。
「いいね、その顔。本当に美しいし、魅惑的だ」
「そう?あなたも素敵よ」
琥珀色の瞳が、楽しげに細められる。
その軽やかな雰囲気が、心地いい。
「嬉しいね。――実はさ」
少し声を落とし、含みを持たせて続ける。
「今日は、本当は来るつもりじゃなかったんだ。ここには気に入らない人間ばかりいるからね」
「あら、そうなの?」
「でもね、面白い手紙が届いてね」
それ以上は語らず、意味深に微笑む。
誰からの手紙なのか。
何を期待して、この場に来たのか。
別に聞く必要もない。
この夜会は、
私にとっても、彼にとっても、
ただの社交の場では終わらない。
「待ってるよ」
そう言って、軽く頬に口付けしてきた。
扇子で隠れているのをいいことに、実に手慣れている。
本当に、いい男だわ。
私は改めてホールを見渡し、胸の奥で確信した。
お父様は、もう認められた。
そして私は、間違いなく、上級貴族の仲間入りを果たしたのだ。
この煌めく世界は、
最初から、私のために用意されていたのよ。
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