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第43話イエーガー侯爵様の誕生日2
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「・・・ルーン」
声の方を向いた瞬間、胸の奥が小さく軋んだ。
懐かしさではない。
反射的に身構えてしまう、自分自身への苛立ちだ。
そこに立っていたのは、少し青ざめながらも、必死に笑おうとする幼なじみだった。
その表情を見ただけで、かつての自分がどんな思いで彼を見上げていたか、嫌というほど思い出してしまう。
「・・・久しぶり・・・だね・・・」
「・・・そうね」
時間にすれば、そう長くはないはずなのに、
まるで何年も前の出来事のように遠く感じた。
きっと、それは距離ではなく、私の心がもう戻らない場所に来てしまったからだ。
「・・・シャーリー、こっちに来てくれないか・・・。少し、話がしたいんだ・・・」
ルーンが、恐る恐る手を伸ばす。
距離にしてみれば、たった五メートル程だが、これまでその距離さえとったことなどなかった。
ましてや、護衛の方々があからさまにルーンを警戒している。
それも、動作も眼光も私達の知っている世界とは違う、本物の警戒だ。
その指先が震えているのが、はっきりと分かった。
以前なら、その震えに胸が痛んだだろう。
きっと、私が嫌なことをしたから、と責めて縋っただろう。
でも今は違う。
「何を話すの?」
声は、自分でも驚くほど冷静だった。
心が、もうあの頃の場所に戻らないと、確かに理解している。
「シャーリー・・・お願いだから・・・こっちに来てくれないか・・・。ここじゃ、話しづらいんだ・・・」
思わず、胸の奥で乾いた笑いが浮かぶ。
「ここじゃ話しづらい?あなたは私の屋敷に来た時、人前で散々恥をかかせたじゃない。今更、何を話すの?」
「それは・・・その・・・」
ルーンが、言葉に詰まる。
「シャーリー、お願いだ。少しでいいから、こっちに来てくれないか。二人きりで話したいんだ」
「二人きり?何のために?」
「シャーリー・・・お願いだから・・・」
すがるような目で、私を見る。
かつては、その視線ひとつで胸が揺れた。
でも、もう違う。
「嫌よ。あなたと二人きりで話すことなんて、何もないわ」
きっぱりと言い切った瞬間、
胸の奥に残っていた最後の澱が、すっと沈んだ。
「シャーリー!!」
ルーンの声が、大きくなり周りの視線が、こちらに向く。
「・・・ルーン、声が大きいわよ」
「ごめん・・・でも、シャーリー、お願いだから・・・」
「しつこいわね。私はもう、あなたと話すことなんて何もないって言ってるでしょう」
「でも・・・でも・・・」
「・・・ウインザー子爵様の養女になったんだね」
話題を変えるように、言いにくそうに口篭る。
ああ、と納得してしまった。
結局、彼がここに立っている理由は、それだけなのだ。
私の為、ではないのだ。
「何を今更?あなた達わざわざ屋敷にやってきたでしょう?まさか、何処だか分からず連れてこられた、とでも言うの?」
有り得ないわ。
「・・・シャーリーを連れ戻したい一心で、シャーサーに連れていってもらったから・・・知らなかったんだ・・・」
「また、シャーサー?私を連れ戻したい?よく言うわ。私の話は何一つ聞いてくれなかったじゃない。勝手に勘違い、いいえ、シャーサーの言葉があなたにとっては真実だったのでしょう?それならそれでいいじゃない。私にもう関わらないで」
「待ってくれ。僕がシャーリーを好きなのは変わりはない。ウインザー子爵様の元に行っていると初めから知っていればこんな事にならなかったんだ」
思わず、笑いが漏れた。
「いつ、私がウインザー子爵の元に来たのを知ったの?養女になったからでしょ?それまでは調べもせず、人の話ばかり鵜呑みにしたから、あんな酷いことが言えるのよ」
「そ、それは悪かったと・・・思っている。でも、シャーリーだって無理やり連れていかれた割には、何も言わなかった。本当に嫌なら逃げられたはずだろう?」
「・・・は・・・?」
な・・に・・・言ってるの・・・?
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
まるで、耳に入ってきた音が、頭の中で形にならない。
……ああ、そうか。
この人は、私がどんな思いであの屋敷に立っていたのか、
どんな恐怖の中で選択を迫られていたのか、
何一つ、知ろうともしなかったのだ。
違う。
知ろうともしなかった、のではない。
都合よく、見なかっただけだ。
私が黙っていたのは、
諦めでも、同意でもない。
声を上げることすら許されない状況だっただけなのに。
それを、
「逃げなかったから平気だった」
そんな言葉で片付ける。
胸の奥で、何かが完全に音を立てて切れた。
「謝るよ。迎えに行ったはずなのに、シャーサーの言葉に騙されてしまったからね」
ひくついた笑いが、喉の奥で止まらない。
可笑しい。
あまりにも、可笑しすぎて。
騙された?
迎えに行った?
まるで、被害者は自分だと言わんばかりだ。
胸の奥が、じわじわと熱を帯びていく。
「それ、謝ってるの?誰に?自分に?」
「・・・え・・・?」
まさかそんな答えが返ってくると思っていなかったんだろう。
前の私なら、仕方ないわね、と言って許したでしょう。
「御義父様がどのような立場かようやく知って、のこのこやってきたのでしょう?優しいシャーリーなら、きっと謝れば許してくれる、と。そうね、サヴォワ家のシャーリーなら、許したわ。でも、残念ね。もうサヴォワ家とは関わりのない、私はウインザー家のシャーリーよ。私は許さないわ!」
「・・・シャ・・・シャーリー・・・」
声を震わせ、やっと現実を目の当たりにしたのだろう。
「あなたはね、あなたの勝手な思い込みで、ウインザー家ご当主、御義父様を嘲弄した。・・・もう遅いわ・・・。丁度良かったわ。あなたが聞きもしない勝手な誤解をした、あの演劇で貴賓席にご一緒になった方が、そこにおられるわ」
すい、と手を伸ばす。
ふわふわと金色の髪の毛と、青い瞳を持つ、私のもうひとりの片割れが見える。
その女性を見るだけで、昔の私なら不安で不安でたまらなかった。
それでもお母様が亡くなってからは、この手を、ずっと取って欲しくて差し伸べていた。
けれど、
その手を振りほどいたのは、あなた。
もう、
もう、
要らないわ。
声の方を向いた瞬間、胸の奥が小さく軋んだ。
懐かしさではない。
反射的に身構えてしまう、自分自身への苛立ちだ。
そこに立っていたのは、少し青ざめながらも、必死に笑おうとする幼なじみだった。
その表情を見ただけで、かつての自分がどんな思いで彼を見上げていたか、嫌というほど思い出してしまう。
「・・・久しぶり・・・だね・・・」
「・・・そうね」
時間にすれば、そう長くはないはずなのに、
まるで何年も前の出来事のように遠く感じた。
きっと、それは距離ではなく、私の心がもう戻らない場所に来てしまったからだ。
「・・・シャーリー、こっちに来てくれないか・・・。少し、話がしたいんだ・・・」
ルーンが、恐る恐る手を伸ばす。
距離にしてみれば、たった五メートル程だが、これまでその距離さえとったことなどなかった。
ましてや、護衛の方々があからさまにルーンを警戒している。
それも、動作も眼光も私達の知っている世界とは違う、本物の警戒だ。
その指先が震えているのが、はっきりと分かった。
以前なら、その震えに胸が痛んだだろう。
きっと、私が嫌なことをしたから、と責めて縋っただろう。
でも今は違う。
「何を話すの?」
声は、自分でも驚くほど冷静だった。
心が、もうあの頃の場所に戻らないと、確かに理解している。
「シャーリー・・・お願いだから・・・こっちに来てくれないか・・・。ここじゃ、話しづらいんだ・・・」
思わず、胸の奥で乾いた笑いが浮かぶ。
「ここじゃ話しづらい?あなたは私の屋敷に来た時、人前で散々恥をかかせたじゃない。今更、何を話すの?」
「それは・・・その・・・」
ルーンが、言葉に詰まる。
「シャーリー、お願いだ。少しでいいから、こっちに来てくれないか。二人きりで話したいんだ」
「二人きり?何のために?」
「シャーリー・・・お願いだから・・・」
すがるような目で、私を見る。
かつては、その視線ひとつで胸が揺れた。
でも、もう違う。
「嫌よ。あなたと二人きりで話すことなんて、何もないわ」
きっぱりと言い切った瞬間、
胸の奥に残っていた最後の澱が、すっと沈んだ。
「シャーリー!!」
ルーンの声が、大きくなり周りの視線が、こちらに向く。
「・・・ルーン、声が大きいわよ」
「ごめん・・・でも、シャーリー、お願いだから・・・」
「しつこいわね。私はもう、あなたと話すことなんて何もないって言ってるでしょう」
「でも・・・でも・・・」
「・・・ウインザー子爵様の養女になったんだね」
話題を変えるように、言いにくそうに口篭る。
ああ、と納得してしまった。
結局、彼がここに立っている理由は、それだけなのだ。
私の為、ではないのだ。
「何を今更?あなた達わざわざ屋敷にやってきたでしょう?まさか、何処だか分からず連れてこられた、とでも言うの?」
有り得ないわ。
「・・・シャーリーを連れ戻したい一心で、シャーサーに連れていってもらったから・・・知らなかったんだ・・・」
「また、シャーサー?私を連れ戻したい?よく言うわ。私の話は何一つ聞いてくれなかったじゃない。勝手に勘違い、いいえ、シャーサーの言葉があなたにとっては真実だったのでしょう?それならそれでいいじゃない。私にもう関わらないで」
「待ってくれ。僕がシャーリーを好きなのは変わりはない。ウインザー子爵様の元に行っていると初めから知っていればこんな事にならなかったんだ」
思わず、笑いが漏れた。
「いつ、私がウインザー子爵の元に来たのを知ったの?養女になったからでしょ?それまでは調べもせず、人の話ばかり鵜呑みにしたから、あんな酷いことが言えるのよ」
「そ、それは悪かったと・・・思っている。でも、シャーリーだって無理やり連れていかれた割には、何も言わなかった。本当に嫌なら逃げられたはずだろう?」
「・・・は・・・?」
な・・に・・・言ってるの・・・?
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
まるで、耳に入ってきた音が、頭の中で形にならない。
……ああ、そうか。
この人は、私がどんな思いであの屋敷に立っていたのか、
どんな恐怖の中で選択を迫られていたのか、
何一つ、知ろうともしなかったのだ。
違う。
知ろうともしなかった、のではない。
都合よく、見なかっただけだ。
私が黙っていたのは、
諦めでも、同意でもない。
声を上げることすら許されない状況だっただけなのに。
それを、
「逃げなかったから平気だった」
そんな言葉で片付ける。
胸の奥で、何かが完全に音を立てて切れた。
「謝るよ。迎えに行ったはずなのに、シャーサーの言葉に騙されてしまったからね」
ひくついた笑いが、喉の奥で止まらない。
可笑しい。
あまりにも、可笑しすぎて。
騙された?
迎えに行った?
まるで、被害者は自分だと言わんばかりだ。
胸の奥が、じわじわと熱を帯びていく。
「それ、謝ってるの?誰に?自分に?」
「・・・え・・・?」
まさかそんな答えが返ってくると思っていなかったんだろう。
前の私なら、仕方ないわね、と言って許したでしょう。
「御義父様がどのような立場かようやく知って、のこのこやってきたのでしょう?優しいシャーリーなら、きっと謝れば許してくれる、と。そうね、サヴォワ家のシャーリーなら、許したわ。でも、残念ね。もうサヴォワ家とは関わりのない、私はウインザー家のシャーリーよ。私は許さないわ!」
「・・・シャ・・・シャーリー・・・」
声を震わせ、やっと現実を目の当たりにしたのだろう。
「あなたはね、あなたの勝手な思い込みで、ウインザー家ご当主、御義父様を嘲弄した。・・・もう遅いわ・・・。丁度良かったわ。あなたが聞きもしない勝手な誤解をした、あの演劇で貴賓席にご一緒になった方が、そこにおられるわ」
すい、と手を伸ばす。
ふわふわと金色の髪の毛と、青い瞳を持つ、私のもうひとりの片割れが見える。
その女性を見るだけで、昔の私なら不安で不安でたまらなかった。
それでもお母様が亡くなってからは、この手を、ずっと取って欲しくて差し伸べていた。
けれど、
その手を振りほどいたのは、あなた。
もう、
もう、
要らないわ。
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