何も言わずメイドとして働いてこい!とポイされたら、成り上がり令嬢になりました

さち姫

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第49話キャウリー目線2

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「お疲れ様です」
私の上着をハンガーにかけながら、ハザードが言う。
動作は静かで、音ひとつ立てない。
いつもながら、足音も聞こえない。
「確かに疲れたな。だがサヴォワ家とヨークシャー家の、あの驚愕と落胆の顔を見られたのは痛快だった。胸が踊ったわ」
「それは、良かったですね。上手くいったようで何よりです」
ソファに身体を沈めると、張り詰めていたものがほどけ、疲労が一気に押し寄せてきた。
思っていた以上に、気を遣っていたのだと今更ながら思い知る。
壁の時計は、既に深夜二時を回っている。
夜会から戻ったのは一時過ぎ。
着替え、最低限の確認を済ませて、執務室へ来た。
「シャーリーは、大丈夫だったか?」
気づけば、そんな言葉が口をついて出ていた。
ハザードの手が、ぴたりと止まる。
「はい。ご自分のお部屋でお休みです」
「そうか」
安堵のため息が、自然と漏れた。
あの二人に囲まれ、どう立ち回ればいいのか分からず、それでも笑顔を崩さなかった顔が浮かぶ。
何を話していたかは知らない。
だが、あの様子では、どちらかを選ぶなどということはないだろう。
私が側に行った時、
本当に、ほっとしたように、嬉しそうに近づいてきたのだから。
「ケイト様は、シャーサー様に声をかけておられましたか?」
ハザードは片付けをしながら、何気ない調子で言い、静かに私の前へ来た。
その微笑み。
冷徹で、すべてを見通した光を宿した瞳に、思わず息を呑む。
「……そうか……君が、裏で手を回したのか……」
ハザードは夜会に参加していない。
それでも、状況を正確に把握している。
「そのようなこと、どうでもよろしいではありませんか。その様子ですと声をかけていたのですね」
事も無げに言い、手際よく片付けを終えると、私の隣に立つ。
表情はいつも通り静かだが、私を見下ろす瞳の奥だけが、愉しげに煌めいていた。
「飲まれますか?」
一応、そう尋ねてはくれる。
だがワゴンには、既に氷に冷やされたワインと、グラスが二つ。
さらに、銀のクローシュまで用意されている。
苦笑いが漏れた。
「……そうだな」
クローシュを外すと、皿の上には色鮮やかなカナッペが並んでいた。
クラッカーの上に色とりどりの野菜が乗っている。
「これは、シャーリー様が夜のつまみとして、今宵の当番の者に用意するよう指示されたものです。ですが、初めから用意しては、上に乗せたもので湿気てクラッカーが柔らかくなり美味しくないから、とご主人様が帰宅したらすぐに準備するよう、事細かく指示しておいででした」
「抜かりないな……本当に」
ワインを開けると、ハザードは当然のようにグラスを差し出す。
注げ、と言わんばかりに傾けてくる。
トプトプ、と心地よい音。
赤が満ちる。
私の分は、私自身で注ぐ。
頼めばやってくれるだろうが、彼女にそんな事を求めた事はない。
「あの方は本当によく周りを見ておられる。ご自分では、何も出来ない役立たず、だと卑下していますが、全く違いますね。前を向いています。役立たず、だと理解しているからこそ何が出来るのか、常に考えて前を向いている」
楽しそうにグラスを揺らしながらハザードは遠くを見つめるような表情を一瞬した。
「君に似ているよ」
「親に捨てられた、という境遇ですか……」
乾いた笑いで振り切るようにワインを飲み干した。
「私よりも強いです。私は……最後まであんなクズ親でも、待っていた……。私を助けてくれると、信じていた・・・。でも、シャーリー様は綺麗に切り捨てた」
失笑する姿に胸が痛くなる。
「違うね。私が似ていると思ったのはそこではない。諦めない、心の強さだよ」
「…違います。私が生きているのは、それは……あなたが手を差し出してくれたから……。私の話は、もうやめましょう」
ぴしゃりと、言葉を切った。
「私の過去はこのグラスのように何もありません」
空になったグラスを私に向け、きつい眼差しを向けてきた。
だが私には、これ以上掘り起こすな、と泣いているように思えた。
君は、嘘つき、だ。
私が手を差し伸べたのは、
生きたい!
と心の奥底が叫んでいたのを感じたからだ。
言葉では、全てを受け入れこの世を終わりにして欲しい、と紡いだくせに、
瞳からも、
そこにひた隠しにした感情からも、
行動からも、
全てから、
生きたい!
と迸っていた。
だから、手を差し伸べたのだ。
「後悔、しているのか?」
私の手を取った事を。
今更。
今更ながら、聞いた。
言葉の端が震えているのが、滑稽なくらい私は、ずっと聞けなかった。
「……馬鹿なこと聞かないで下さい。感謝しています。だから・・・私はここにいるのです」
泣きそうな声で、震える声で言うと小さく首を振り、下を向いた。
思い出したくない、と切に願う彼女にこれ以上言葉を紡げなかった。
「……すまない。少し疲れているのだろうな。では、どうやってケイトを招待した?あれほど露骨に我々を嫌い、いつも参加しなかった男だ」
話を変えると、瞬く間に別人かと思うほどくっと顎を上げ私を見つめる。
「簡単です。"噂の娘の片割れが参加している"ただ、それだけを書いただけです」
空になったグラスに注ぐと、ワインを一口含み、吐き捨てるように続ける。
「ご主人様の存在は、今や化石。養女を迎えた事実など、下位貴族の噂にもなりません」
その口調には、隠そうともしない嘲りがあった。
そうはっきり言われると、なんだかむっとしてしまう。
「ですが、役付きの方々の"親友"である点は健在です。その方々がいるからこそ過去の栄光が、まだ健在なのです。その程度の人間だが、後ろ盾は、強固。では、その程度の人間のまわりから攻めれば、と知能の低い輩は考える。だから、餌を投げただけです」
「……私の養女より、片割れの方が利用しやすい、か」
「ええ。 単細胞な思考ですから。現に、ノコノコとやって来て、声をかけたのでしょう?片割れに」
何も見ていないはずなのに、
すべてを見透かしたような微笑み。
「その通りだ。スクルト達が、実に喜んでいたよ」
「それは結構です。ゴミは、まとめて処分する方が効率的ですから。どちらが餌なのか思い知ればいい」
空になったグラスを差し出す仕草は、あまりに優雅だった。
……いつからだろうな。
こんな言葉を迷いなく使うようになったのは、と呆れる。
「あとは」
ハザードは淡々と続ける。
「まだあるのか?」
「ヨークシャー家にだけ、シャーリー様がどこの家の養女になられたのか、書簡を差し上げました。サヴォワ家には、あえて送りませんでした。手紙の意味を理解する方だけに送った方が流れは速くなる」
カナッペを口に運びながら語るその姿に、
一瞬、息が詰まる。
だから、か。
ヨークシャー家は、手紙を受け取ったとき最初は困惑しただろう。
理解した瞬間、足元が崩れた。
自分達が嘲り、踏みつけられると思っていた存在が、一言で自分達の首を刎ねられる"高み"にいたと知った。
その不安は日を追うごとに、蝕んでくる。
だから死人のような顔で夜会に現れ、最後の砦として息子にすがったのだろう。
だが、
最期の砦を、
最期としたのも、
また、
哀れな息子だ。
一方、サヴォワ家は違う。
何も知らぬまま、
いつも通りの傲慢さで振る舞い、
無遠慮な言葉を重ね、
周囲の視線が冷え切っていくことにも気づかない。
知らぬがゆえに、
恥を塗り重ねていく。
最も救いのない在り方だった。
愕然とする姿は確かに見たが、すぐにいつもの厚顔無恥に戻っていた。
ハザードが言うように、私の存在を知った所で、行き着く思考は同じだろう。
本当に君は、恐ろしい。
無駄なことをしない。
「姉が、最も大人しくしているようには見えなかったな」
「そこは、注意しております。屋敷には近づけませんし、外出の際も、必ず人をつけますわ」
「そうしてくれ。何も無いことを祈ろう」
それからふたりで飲みながら、今日のパーティーの出来事を説明した。
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