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第51話オーリュゥン様と街へ2
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「あ、あれ! あれ食べよう」
ノーセットが、まるで弾けるような声を上げて指をさした。
その先を見た瞬間、私の視界がぱっと明るくなる。
きらりーん、と目が大きくなったのが、自分でも分かった。
いいチョイスですね♪
だって、選んだのは、秋刀魚。
秋の代表といえば、やっぱりこれ。
銀色に光る細長い体、炭火に乗せられて皮が焼け、脂が落ちるあの音。
この季節に食べる秋刀魚は、もう、季節そのものだ。
この季節に食べずして、いつ食べるの?というやつですよね。
わかってきたねぇ、ノーセット。
思わず、心の中で親指を立ててしまう。
「いいね。行こう!!」
私達は急いで、秋刀魚を焼いている露天へと並んだ。
順番は四番目。
今日は、いつもより明らかに人が多い。
色鮮やかな旗が通りの上に張られて、以前は見かけなかった簡易テーブルや長椅子があちこちに並べられている。
そこに人が座り、笑い声や皿の触れ合う音が混ざり合って、町全体が浮き立っているみたいだった。
露店の数も多い。
肉を焼く匂い、甘い菓子の香り、油のはぜる音が賑わっている。
ただ、それだけで胸が高鳴る。
なんだろう。
この感じ。
ざわざわしているのに、この賑やかさ、わくわくする。
「……シャーリー……人、多いね……」
ノーセットが、少し不安そうな声で言った。
繋いだ手に、ぎゅっと力が入る。
見ると、ほんの少し指先が震えている。
こういう場所に慣れていないのもあるだろうし、今日は特に人が多い。
荒い言葉が飛び交ったり、派手な服の人が行き交ったりして、小さなノーセットには、少し怖いのかもしれない。
いや、貴族の子供はこういうのが普通なのかもしれない。
「離れるなよ」
オーリュゥン様の低い声に、ノーセットは素直に頷いた。
オーリュゥン様も同じように緊張した面持ちをしている。
私はというと、人混み自体は、あまり気にならない。
というか、こっちの方が落ち着く。
この間のパーティーの方がずっと緊張してたもん。
いや、それよりも、さっきから鼻先をくすぐる、香ばしい匂いが、
炭火の上で焼かれる秋刀魚。
露店のおばさんが団扇でぱたぱたと扇ぐたび、
白い煙がふわりと立ちのぼり、少し目がしみる。
でも、その煙の向こうにある匂いが、たまらない。
皮の焼ける香り。
落ちた脂が炭に当たって、じゅっとはぜる音。
もう、鼻が勝手に広がってしまう。
早く。
やっと順番が来た。
「幾ついるんだい?」
汗だくのおばさんが、気持ちのいい笑顔で声をかけてくる。
「三匹」
「あいよ。カボスは?」
「もちろんいる! あと、一匹ずつお皿にのせること、できる?」
「面倒なこと……」
一瞬、渋い顔をされたけれど、その視線がオーリュゥン様に移ると、眉間に皺を寄せながらも頷いた。
貴族だと、察したのだろう。
こういう場所では、断り方ひとつで面倒になることもある。
この場所を追い出されることだってある。
紙皿にのせられた秋刀魚。
そこに、半分に切られたカボスが丁寧に添えられていく。
二皿をオーリュゥン様に渡し、ひとつは私が受け取った。
「ありがとう、これ」
はい、と少し多めにお金を渡す。
だって、半分のカボス。
他の人は八分の一なのに、明らかに気を遣ってくれている。
おばさんは一瞬驚いた顔をしたけれど、私がにこっと笑って頷くと、すぐに笑い返してくれた。
「ほら、早く動いて。次の人の邪魔になるから」
「あ、ああ」
「う、うん」
振り返ると、いつの間にか長い列ができていた。
わかる。
旬のものは、旬の時に食べなきゃ意味がない。
並んでも食べたい。
だから前がもたつけば、苛立つ気持ちも出てくる。
「早くこっち来て。席探すよ」
ノーセットの手を引いて、急いで席を探す。
場所取りは大事。
だって、まだまだ食べる予定なんだから。
「あ、あそこ! 空いたよ!」
ちょうど、テーブルに長椅子が置かれた場所にいた家族が立ち上がり、空いた。
私たちは、急いで行きそこに腰を下ろす。
「よし。食べよう。やっぱりこの季節は焼き秋刀魚でしょ。ノーセット、そのバスケット頂戴」
「うん」
前回の反省を活かして、準備は万端。
バスケットの中には、三人分のおしぼり、ナプキン、フォークとスプーン。
これで、落として服を汚す心配もない。
心置きなく、食べられる。
「さ、ノーセット、オーリュゥン様。これを膝に敷いてください」
ナプキンを渡し、きちんと敷いたのを確認してからフォークを配る。
「では、冷める前に食べましょう」
もう、頭の中は、
秋刀魚、
秋刀魚、
秋刀魚!
ふと見ると、二人がそのまま秋刀魚の頭にフォークを刺そうとしていた。
「待って!こうやって食べるの。見ててくださいね」
秋刀魚の腹を下にして立て、背中を上に向ける。
頭から尾に向かって、軽く押すと、
パリッ、パリッ。
いい音が響く。
皮が弾ける瞬間の香ばしさが、鼻に広がる。
この音だけで、酒飲みならグラス2杯はいけるでしょう。
くうううう。
完全に私を誘ってるけど、もう少し待ってね。
皮が弾けると、
身がするりと骨から離れる。
そこに、きゅっとカボスを絞る。
「本当は大根おろしがあれば最高なんですけど、露店ですからね。これで十分食べやすいですよ」
フォークで身の部分を刺すと、ほろり、と身が骨から離れ崩れる。
それを、ぱくり。
……。
香ばしい皮の風味。
脂ののった身が、舌の上でほどける。
甘くて、でもしつこくなくて、噛むほどに旨味が増していく。
はああああ……。幸せ……。
「それで、ここの黒いところが内臓なんですけど、ちょっと苦味があって、それがまた美味しいんです」
ぱくり。
にっが!
でも。
……ぱくり。
うまっ!!
「美味しい!! 本当だ、この黒いところ、美味しいよ!!」
あら、ノーセット。
これは将来、酒飲みになるかもね。
「うっ……苦くてまずいぞ……二人とも……おかしいぞ……」
そう言いながらも、他の部分はしっかり食べている。
うん。
最高でした。
綺麗にみんなで完食です。
「さて、次は、もう少し先にあったコロッケ、行こうよ」
「食べる!」
「じゃあ、オーリュゥン様とノーセットは待ってて。皆で行ったら席取られちゃうから」
「……わかった……。私も行きたいが、何故か、足手まといになりそうだな」
「よくお分かりで」
オーリュゥン様は少し不満そうにしながらも、すぐに笑った。
「早く帰ってこいよ」
「はい。行ってきます」
さっきから、奥の方からコロッケを持って戻ってくる人が多い。
しかも、みんな、すごくいい顔してる。
手に持った紙袋から湯気が立ち上って、その顔が、幸せそう。
あれは、絶対に当たりだ。
少し進むと、案の定、コロッケの露店。
秋刀魚ほどは並んでいない。二番目。
しかも、二人がかりで揚げて、会計もしている。
回転がいい。
えへへ。すぐだ。
大きな鍋から、ジュワジュワと音が聞こえてくる。
油の中で、きつね色のコロッケが踊っている。
ああ、もう、この音だけでお腹が鳴りそう。
さて、何があるかな?
体を横にして、メニューを確認。
左から、コロッケ。
きっと、定番だけどほくほくのじゃがいもだよね。
噛んだ瞬間、ほわっと広がる優しい甘さ。
シンプルだからこそ、素材の味が引き立つ。
隣は、お肉コロッケ。
お肉の旨みがぎゅっと詰まって、ジュワッと口に広がるやつだね。
きっと、玉ねぎの甘さとお肉の旨味が、絶妙に混ざり合ってる。
その隣は、コーンコロッケ。
季節は少しズレてるけど、大丈夫かな?
でも、コーンの甘みが口いっぱいに弾けるのは、季節関係なく美味しいはず、だよね?
ぷちぷちした食感も楽しめる。
その隣は、かぼちゃコロッケ。
これは、この時期外せない♪
甘くてねっとり、ほくほくで、かぼちゃの濃厚な甘みが、衣のサクサクと完璧に調和してる。
きっと、一口食べたら、秋を感じられる。
その隣は、クリームコロッケ。
家で作るのは難しいやつだ。
中から、とろーり、熱々のクリームが溢れ出して、
ベシャメルソースの濃厚さと、衣のカリカリ感。
舌が火傷しちゃうかもしれないけど熱々で、でも、それがたまらない。
外で食べる価値、あり、だな。
その隣は、カレーコロッケ。
定番だけど、店ごとの個性が出るお楽しみのひとつだ。
スパイスの香りが、衣を破った瞬間にふわっと広がる、ピリッとした辛さと、じゃがいもの甘さ。
このバランスが、お店の腕の見せ所。
全部で、六種類。
三人なら、全部を少しずつ分けて食べられるな。
二個ずつ買って、半分にして、残った半分は好きに食べたらいいよね。
つまり、一個半。
食べられる♪
ひとりだと無理だもんね。
全部食べ比べできるなんて、最高♪
「おっ! べっぴんさんだな!」
私の番になり、日に焼けた痩せ型のおじさんが、豪快に笑う。
べっぴんさん。
うーん、違うけど。
でも、悪い気はしない。
「じゃあ、おまけしてくれる? 全種類、二個ずつ買うから」
「それはやりたいが、今日は無理だな。秋の収穫祭で人が多いからよ。普段の日に来たら、おまけしてやるぜ」
秋の収穫祭。
なるほど。だから、こんなに賑やかなんだ。
「わかった。次はおまけしてね。じゃあ、全部半分に切ること、できる?」
「それならいいが、皿はないぞ。袋にまとめるぞ」
「うん。クリームコロッケだけ別でお願い」
「ちゃっかりしてんな」
当然です。
おじさんが、手際よくコロッケを揚げたての油から引き上げる。
ジュワッと、余分な油が落ちる音。
きつね色の衣が、キラキラ光ってる。
ああ、綺麗。
そして、美味しそう……。
やばい、よだれ出そう。
包丁で、さくっと半分に切る瞬間、湯気が、ふわっと立ち上る。
中から、ほくほくの湯気。
かぼちゃコロッケからは、オレンジ色の断面が覗いて、
クリームコロッケからは、とろーりと白いクリームが顔を出す。
ああ、もう、待ちきれない。
「はい」
「ありがとう」
お金を渡し、振り返った瞬間、視界が、ふさっと塞がれた。
目の前に立っていたのは、二人の若い男性。
どちらも背が高く、服の上からでも分かるほど、身体が引き締まっている。
肩幅が広く、腕には無駄な肉がなくて、どこか、堅い空気で、まるで壁のようだ。
そのふたりが、私を見下ろしてくる。
その瞳、
その表情、
その雰囲気から、
瞬時に、わかった。
この人達は、私を傷つける人じゃない。
私に興味があるだけで、それいがいにはなにもない。
大丈夫。
そう、冷静に判断する自分が、嫌になる。
萎縮しなくてもいい、と安堵する自分が、悲しくなる。
御義父の側に来て否応なく、突きつけられた。
私は、
顔色を伺って生きてきたのだ、と。
ノーセットが、まるで弾けるような声を上げて指をさした。
その先を見た瞬間、私の視界がぱっと明るくなる。
きらりーん、と目が大きくなったのが、自分でも分かった。
いいチョイスですね♪
だって、選んだのは、秋刀魚。
秋の代表といえば、やっぱりこれ。
銀色に光る細長い体、炭火に乗せられて皮が焼け、脂が落ちるあの音。
この季節に食べる秋刀魚は、もう、季節そのものだ。
この季節に食べずして、いつ食べるの?というやつですよね。
わかってきたねぇ、ノーセット。
思わず、心の中で親指を立ててしまう。
「いいね。行こう!!」
私達は急いで、秋刀魚を焼いている露天へと並んだ。
順番は四番目。
今日は、いつもより明らかに人が多い。
色鮮やかな旗が通りの上に張られて、以前は見かけなかった簡易テーブルや長椅子があちこちに並べられている。
そこに人が座り、笑い声や皿の触れ合う音が混ざり合って、町全体が浮き立っているみたいだった。
露店の数も多い。
肉を焼く匂い、甘い菓子の香り、油のはぜる音が賑わっている。
ただ、それだけで胸が高鳴る。
なんだろう。
この感じ。
ざわざわしているのに、この賑やかさ、わくわくする。
「……シャーリー……人、多いね……」
ノーセットが、少し不安そうな声で言った。
繋いだ手に、ぎゅっと力が入る。
見ると、ほんの少し指先が震えている。
こういう場所に慣れていないのもあるだろうし、今日は特に人が多い。
荒い言葉が飛び交ったり、派手な服の人が行き交ったりして、小さなノーセットには、少し怖いのかもしれない。
いや、貴族の子供はこういうのが普通なのかもしれない。
「離れるなよ」
オーリュゥン様の低い声に、ノーセットは素直に頷いた。
オーリュゥン様も同じように緊張した面持ちをしている。
私はというと、人混み自体は、あまり気にならない。
というか、こっちの方が落ち着く。
この間のパーティーの方がずっと緊張してたもん。
いや、それよりも、さっきから鼻先をくすぐる、香ばしい匂いが、
炭火の上で焼かれる秋刀魚。
露店のおばさんが団扇でぱたぱたと扇ぐたび、
白い煙がふわりと立ちのぼり、少し目がしみる。
でも、その煙の向こうにある匂いが、たまらない。
皮の焼ける香り。
落ちた脂が炭に当たって、じゅっとはぜる音。
もう、鼻が勝手に広がってしまう。
早く。
やっと順番が来た。
「幾ついるんだい?」
汗だくのおばさんが、気持ちのいい笑顔で声をかけてくる。
「三匹」
「あいよ。カボスは?」
「もちろんいる! あと、一匹ずつお皿にのせること、できる?」
「面倒なこと……」
一瞬、渋い顔をされたけれど、その視線がオーリュゥン様に移ると、眉間に皺を寄せながらも頷いた。
貴族だと、察したのだろう。
こういう場所では、断り方ひとつで面倒になることもある。
この場所を追い出されることだってある。
紙皿にのせられた秋刀魚。
そこに、半分に切られたカボスが丁寧に添えられていく。
二皿をオーリュゥン様に渡し、ひとつは私が受け取った。
「ありがとう、これ」
はい、と少し多めにお金を渡す。
だって、半分のカボス。
他の人は八分の一なのに、明らかに気を遣ってくれている。
おばさんは一瞬驚いた顔をしたけれど、私がにこっと笑って頷くと、すぐに笑い返してくれた。
「ほら、早く動いて。次の人の邪魔になるから」
「あ、ああ」
「う、うん」
振り返ると、いつの間にか長い列ができていた。
わかる。
旬のものは、旬の時に食べなきゃ意味がない。
並んでも食べたい。
だから前がもたつけば、苛立つ気持ちも出てくる。
「早くこっち来て。席探すよ」
ノーセットの手を引いて、急いで席を探す。
場所取りは大事。
だって、まだまだ食べる予定なんだから。
「あ、あそこ! 空いたよ!」
ちょうど、テーブルに長椅子が置かれた場所にいた家族が立ち上がり、空いた。
私たちは、急いで行きそこに腰を下ろす。
「よし。食べよう。やっぱりこの季節は焼き秋刀魚でしょ。ノーセット、そのバスケット頂戴」
「うん」
前回の反省を活かして、準備は万端。
バスケットの中には、三人分のおしぼり、ナプキン、フォークとスプーン。
これで、落として服を汚す心配もない。
心置きなく、食べられる。
「さ、ノーセット、オーリュゥン様。これを膝に敷いてください」
ナプキンを渡し、きちんと敷いたのを確認してからフォークを配る。
「では、冷める前に食べましょう」
もう、頭の中は、
秋刀魚、
秋刀魚、
秋刀魚!
ふと見ると、二人がそのまま秋刀魚の頭にフォークを刺そうとしていた。
「待って!こうやって食べるの。見ててくださいね」
秋刀魚の腹を下にして立て、背中を上に向ける。
頭から尾に向かって、軽く押すと、
パリッ、パリッ。
いい音が響く。
皮が弾ける瞬間の香ばしさが、鼻に広がる。
この音だけで、酒飲みならグラス2杯はいけるでしょう。
くうううう。
完全に私を誘ってるけど、もう少し待ってね。
皮が弾けると、
身がするりと骨から離れる。
そこに、きゅっとカボスを絞る。
「本当は大根おろしがあれば最高なんですけど、露店ですからね。これで十分食べやすいですよ」
フォークで身の部分を刺すと、ほろり、と身が骨から離れ崩れる。
それを、ぱくり。
……。
香ばしい皮の風味。
脂ののった身が、舌の上でほどける。
甘くて、でもしつこくなくて、噛むほどに旨味が増していく。
はああああ……。幸せ……。
「それで、ここの黒いところが内臓なんですけど、ちょっと苦味があって、それがまた美味しいんです」
ぱくり。
にっが!
でも。
……ぱくり。
うまっ!!
「美味しい!! 本当だ、この黒いところ、美味しいよ!!」
あら、ノーセット。
これは将来、酒飲みになるかもね。
「うっ……苦くてまずいぞ……二人とも……おかしいぞ……」
そう言いながらも、他の部分はしっかり食べている。
うん。
最高でした。
綺麗にみんなで完食です。
「さて、次は、もう少し先にあったコロッケ、行こうよ」
「食べる!」
「じゃあ、オーリュゥン様とノーセットは待ってて。皆で行ったら席取られちゃうから」
「……わかった……。私も行きたいが、何故か、足手まといになりそうだな」
「よくお分かりで」
オーリュゥン様は少し不満そうにしながらも、すぐに笑った。
「早く帰ってこいよ」
「はい。行ってきます」
さっきから、奥の方からコロッケを持って戻ってくる人が多い。
しかも、みんな、すごくいい顔してる。
手に持った紙袋から湯気が立ち上って、その顔が、幸せそう。
あれは、絶対に当たりだ。
少し進むと、案の定、コロッケの露店。
秋刀魚ほどは並んでいない。二番目。
しかも、二人がかりで揚げて、会計もしている。
回転がいい。
えへへ。すぐだ。
大きな鍋から、ジュワジュワと音が聞こえてくる。
油の中で、きつね色のコロッケが踊っている。
ああ、もう、この音だけでお腹が鳴りそう。
さて、何があるかな?
体を横にして、メニューを確認。
左から、コロッケ。
きっと、定番だけどほくほくのじゃがいもだよね。
噛んだ瞬間、ほわっと広がる優しい甘さ。
シンプルだからこそ、素材の味が引き立つ。
隣は、お肉コロッケ。
お肉の旨みがぎゅっと詰まって、ジュワッと口に広がるやつだね。
きっと、玉ねぎの甘さとお肉の旨味が、絶妙に混ざり合ってる。
その隣は、コーンコロッケ。
季節は少しズレてるけど、大丈夫かな?
でも、コーンの甘みが口いっぱいに弾けるのは、季節関係なく美味しいはず、だよね?
ぷちぷちした食感も楽しめる。
その隣は、かぼちゃコロッケ。
これは、この時期外せない♪
甘くてねっとり、ほくほくで、かぼちゃの濃厚な甘みが、衣のサクサクと完璧に調和してる。
きっと、一口食べたら、秋を感じられる。
その隣は、クリームコロッケ。
家で作るのは難しいやつだ。
中から、とろーり、熱々のクリームが溢れ出して、
ベシャメルソースの濃厚さと、衣のカリカリ感。
舌が火傷しちゃうかもしれないけど熱々で、でも、それがたまらない。
外で食べる価値、あり、だな。
その隣は、カレーコロッケ。
定番だけど、店ごとの個性が出るお楽しみのひとつだ。
スパイスの香りが、衣を破った瞬間にふわっと広がる、ピリッとした辛さと、じゃがいもの甘さ。
このバランスが、お店の腕の見せ所。
全部で、六種類。
三人なら、全部を少しずつ分けて食べられるな。
二個ずつ買って、半分にして、残った半分は好きに食べたらいいよね。
つまり、一個半。
食べられる♪
ひとりだと無理だもんね。
全部食べ比べできるなんて、最高♪
「おっ! べっぴんさんだな!」
私の番になり、日に焼けた痩せ型のおじさんが、豪快に笑う。
べっぴんさん。
うーん、違うけど。
でも、悪い気はしない。
「じゃあ、おまけしてくれる? 全種類、二個ずつ買うから」
「それはやりたいが、今日は無理だな。秋の収穫祭で人が多いからよ。普段の日に来たら、おまけしてやるぜ」
秋の収穫祭。
なるほど。だから、こんなに賑やかなんだ。
「わかった。次はおまけしてね。じゃあ、全部半分に切ること、できる?」
「それならいいが、皿はないぞ。袋にまとめるぞ」
「うん。クリームコロッケだけ別でお願い」
「ちゃっかりしてんな」
当然です。
おじさんが、手際よくコロッケを揚げたての油から引き上げる。
ジュワッと、余分な油が落ちる音。
きつね色の衣が、キラキラ光ってる。
ああ、綺麗。
そして、美味しそう……。
やばい、よだれ出そう。
包丁で、さくっと半分に切る瞬間、湯気が、ふわっと立ち上る。
中から、ほくほくの湯気。
かぼちゃコロッケからは、オレンジ色の断面が覗いて、
クリームコロッケからは、とろーりと白いクリームが顔を出す。
ああ、もう、待ちきれない。
「はい」
「ありがとう」
お金を渡し、振り返った瞬間、視界が、ふさっと塞がれた。
目の前に立っていたのは、二人の若い男性。
どちらも背が高く、服の上からでも分かるほど、身体が引き締まっている。
肩幅が広く、腕には無駄な肉がなくて、どこか、堅い空気で、まるで壁のようだ。
そのふたりが、私を見下ろしてくる。
その瞳、
その表情、
その雰囲気から、
瞬時に、わかった。
この人達は、私を傷つける人じゃない。
私に興味があるだけで、それいがいにはなにもない。
大丈夫。
そう、冷静に判断する自分が、嫌になる。
萎縮しなくてもいい、と安堵する自分が、悲しくなる。
御義父の側に来て否応なく、突きつけられた。
私は、
顔色を伺って生きてきたのだ、と。
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