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本編
864 魂の■■・空っぽと心
しおりを挟む※マイヤー視点
長い間眠っていたかのような、そんな気分だった。
ふと気がつけば、一糸まとわぬ姿で青白い霧もやの中にいる。
ここはどこだと感じる前に、すぐに最後の記憶が蘇ってきた。
「……うち、高波で……」
そうだ、甲板で思いを馳せていた時。
乗っていた貿易船に、謎の高波が押し寄せた。
そこから先の記憶はなく。
この場の雰囲気も合わさって、なんとなく思った。
「死んだんかあ」
ここが死後の世界だとしたら、最高なのかもしれない。
まるで温泉の中に浸かっているかのように。
心地よい暖かさが、体の芯にまで伝わってきていた。
「トウジも、この世界におったんかな……?」
彼も一度死んだ。
その時も、この心地よいが何もない世界で過ごしていたのだろうか。
「うちの蘇生は……無理やんな……」
今頃、海の藻屑である。
たとえトウジが気付けて、どれだけ探そうにも、どうしようもない。
ただっ広い大海原で、探される前に身体は魔物に食われている。
それが現実的な話だった。
「……こんな結果になるなんて」
息は十分にできるのに、突然胸が苦しくなった。
間違ってない、そう思ったはずなのに。
「やっぱり、間違っとったんやろな……」
たまにはわがままを貫き通して見ることも、良かったかもしれない。
チャンスはない。
でも、イグ姉やトウジなら、受け止めてくれるんじゃなだろうか。
そうやってぶつかりあったら別の結果があったのかもしれない。
少なくとも、今よりもっとスッキリした気持ちになれたやろな。
……ぐす……。
「あ、あれ? なんやの急に、やめてぇなもう」
死しても涙は流れるのか。
拭っても、拭っても、止め処なく溢れ出してくる。
「う、うあ……本当は他の人と結婚なんてしたないんやってぇ……」
後悔とか、寂しさとか、不安とか。
「アホって言ってごめんってぇ……」
色々なものが急に重なり出して、どんどん重さを増していって。
「嘘やぁ、好きやってぇ、とうじぃ……」
もう心が支えきれなくなっていた。
甲板の上で気丈に振舞えていたのは、まだ時間があったから。
もしかしたら、なんて。
そんな風に白馬の王子様を待っていた自分に後悔した。
初めてだった、こんな気持ちになったのは。
こんな風に、誰かを好きになったのは。
どれだけ忘れようとしても。
忘れられない。
頭の片隅にある。
後悔しても、し足りないほど。
心の底から求めている相手。
親に言われるがままに行商していた時。
それから彼に出会って始まった旅路。
圧倒的に、後者の方が輝いて見えた。
ふと、初めての出会いというものを思い返した。
珍しい衣類、珍しい人。
興味を惹かれたのは、ただそれだけだったのだろうか。
違う? その時から?
いや、わからない。
考えれば考えるほど、わからなくなっていった。
でも、これだけは言える。
……別に特別な出会いでもなんでもない。
ただの偶然、そんな巡り合わせだけど。
「その後が、特別やったやんか」
商会が得た利益よりも、ずっとずっと輝かしい日々。
恋に浮かれた奴が思い込むような、甘ったるいものではない。
トウジ含めて、彼の周りにいたみんなとの思い出なのだから。
「みんなぁ……」
もう一つの、家族。
血は繋がっていなくとも、心は……繋がっていたはずなのに……。
『──繋がっている。諦めないで』
どこからか声が聞こえた。
「え?」
キョロキョロと辺りを見渡すが、誰もいない。
誰の声や、と思っていると。
『ここにいる』
目の前に、ふっと自分によく似た女の子が現れた。
顔も、肌の色も、髪の色も、胸の形も。
全部写したかのような、そんな女の子。
ただ、耳の形だけが大きく違っている。
「な、なんや……誰やねん……」
『私は、貴方』
短く告げられたその言葉は、脳内をもっと混乱させた。
私は貴方、つまり、貴方は私。
「???」
『……ほんとに私?』
二人揃って首をかしげる。
しかし、目の前に急に現れた女の子に、恐怖心はなかった。
お互い生まれたままの格好だから?
いや違う。
「……なんだかわからないけど、すごく懐かしい感覚がするやん」
『……私も同じことを考えていた。貴方がマイヤー・アルバート?』
「せやで、そっちは?」
『メイヤ・アルベルト』
うーん、にとる。
名前まで、なんとなくにとる。
『本当にそっくり。トウジに聞いていた通り』
「えっ、トウジ? 知っとるん?」
急に出てきた名前に、すぐに食いついた。
今になって、急に出てくるトウジの名前。
諦め掛けていた心が。
あれだけ重たかった心が。
彼の名前を聞いて、一気に軽くなってくる気がした。
毛が生え変わって羽になったみたい。
『時間がない。説明している余裕はない』
だから、とメイヤは私に手を伸ばす。
『繋いで。貴方なら、それで全てを理解できるから』
「う、うん」
手に触れる。
その瞬間、頭に何かが流れ込んできた。
「うわわっ、なんやこれ、これ……記憶……?」
森の中、あてもなく彷徨った日々。
一人の老婆、抱きしめられ、暖かい。
初めての服、初めての食事、この世界の常識。
弓を持って、虫をとって、草を摘んで。
変わらない日々だった、でも十分だった。
寂しい、そう感じたことも度々あった。
でも、たった一人、家族がいた。
もらった名前があった。
そんな情報がどんどん頭に溢れていく。
目の前のメイヤの記憶。
“──まったく、他人の空似とは思えないぞ……”
「あ……」
そしてトウジが出てきた。
傷を負ったトウジが空から泉に降ってきて、それをメイヤが助ける。
『多分、偶然じゃないよ』
空いた片っぽの手を私の頬にぴたりと添えながら、彼女は言った。
『出会うべくして、出会った。……私で証明されてるよね?』
「……かも、しれへんなあ」
いったいトウジに何があって、どうなって泉に落ちたのか。
それは全くわからないのだが、メイヤの言葉をなんとなく信じることができた。
そう思いたい、という自分の心を肯定してくれているからなのだろうか。
「トウジ、相変わらず優しいんやね」
『うん、暖かかった』
酷く焦っている顔つきだったのに、メイヤと絡んでいる時は笑っている。
彼女を通して、久々に彼の優しさに触れた。
そうして場面はどんどん送られていき、一緒に夕食。
手を繋いで森を抜けて、街へ向かい……。
“──マイヤーに言われたんだよ。面倒見るならケツまでだって”
「ッ」
……ソルーナとの戦いへと、移っていった。
『お別れの言葉も言えないなんて、少し辛かった』
メイヤの記憶にあった老婆の姿も、それを知った悲しみも。
心の中に直接届いてきた。
「ほんとに少しなん?」
『嘘。すごく辛かった。でも、彼が側にいてくれた』
それに、とメイヤは続ける。
『彼女の優しさは私の中にある。だから今は辛くない』
流れ込んできた記憶は、トウジの手を握ろうとして。
結局握れなくて、そこからプツリと途絶えてしまった。
『彼は、何一つ諦めてないよ』
「……ごめん、うち……」
『大丈夫』
俯くうちを、メイヤはそっと抱きしめる。
『一人は辛い。私もその気持ちは誰よりもわかるから』
全身で密着して、理解した。
同じだ。
彼女は、──“私”だ。
『そろそろ本当に時間がないかもしれない』
「何の時間なん?」
『貴方と繋がっていられる時間』
本来、彼女の存在は私には毒のようなものなんだそうだ。
トウジ、という存在を思う心。
それを通して、今、私たちは少しだけ繋がったらしい。
『二つ、お願いがある』
「なんなん?」
『拒絶してほしい、私の手を、振り払ってほしい』
「え……もともと一つやなかったん……?」
『それだとソルーナの思う壺。だから』
「うん」
『諦めないで、貴方も。抗って、彼みたいに』
でも、それをしてしまえば……。
と、聞こうとしたところで、彼女はふわっと離れていった。
姿をぼんやり薄くさせながら、言う。
『短い間だったけど、貴方と同じで輝かしい時だった』
「……ま、待ってぇな!」
まるで、自分は助からない。
そう言っているようだった。
「あかん、その別れのセリフは、なんか嫌や! 絶対に嫌や!」
諦めないで、抗って。
人にものを頼むときは、まずは自分で行動せなあかんねん。
なんで、なんで、自分だけ。
「まだ二つ目の願い聞いてへん! それにあんたも私の願いを聞かなあかん!」
『大丈夫。私は、貴方の中にある。元からあったものだから』
「だから! そんな話ちゃうねん!」
『……じゃあ、二つ目の願い』
“彼を思いながら、精一杯、手を伸ばしてほしい”
もう、姿は完全に消え去ってしまい。
声しか届かない状況になっていた。
「……なんやのん、手を伸ばせって」
“貴方は、彼の手を離さないように握っていて欲しい”
“二人で手を繋いで、同じ歩幅でこの先を歩いていて欲しい”
“──それが私の願い”
「……わかったわ、伸ばす。そして今度は二度と離さへん」
誓うわ。
絶対に、誓ったる。
誰が、何と言おうとや。
“伸ばして。今──”
微かに聞こえる彼女の声に合わせて、手を伸ばした。
トウジ、トウジトウジ。
待っとれ、一緒に。
トウジと一緒に助けたるから──。
=====
もうワンクッション必要だと思ったので、その日のうちに入れました。
だいぶ長いですが、もうすぐ結末です。
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