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2巻

2-3

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「畑はどうなってるんだ?」
「今しがた、ルーザー殿がモンスターの処理を行なったところだな。お嬢様も一応様子を見にいっただけで、すぐに戻ってくるだろう」

 さすがドラゴンプラントのルーザー。予想外のモンスターが出てきたところで一瞬にして蹴散けちらしてくれる畑の守護神だ。ゼノスの言った通り、イエナはすぐに戻ってきた。

「どうやら迷い込んだワイバーンのようでしたが、ルーザーが一瞬で倒してくれました」
「うん、ゼノスから聞いた。畑の被害は?」
「特に問題ありません。先ほどの咆哮ほうこうは、どうやら断末魔だんまつまさけびだったようで」

 なるほど。奥多摩に出現するワイバーンさんって、とことん出落ちが多いな。最初に出現した時も、精霊化してなかった時のアサヒに一瞬で喰われて、良いとこなしだったし。
 ……さてと。モンスターの急襲は特に問題なく終息した。
 だが、目の前にはもっと深刻な問題が残されている。

「ワイバーン……?」

 そう、小鳥遊さんだ。こうなった以上、もう完全に誤魔化しようがない。

「やっぱり、ここは異世界だったんですね!」

 厳密に言えば、ここはまぎれもなく日本の奥多摩であって、異世界が畑を通してこっちにちょっかいをかけてきている状況だ。

「す、すごい! 僕が毎晩寝る前に妄想し続けた世界が、ここに現実としてあるんだ!」
「……夢をぶち壊すようで悪いが、小鳥遊さん、すまない!」

 俺はレッドカードを掲げる審判のごとくポケットからトレーディングカードを取り出し、小鳥遊さんに向かって魔力を込めた。


 ──バリバリバリ!! ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!


 その瞬間、トレーディングカードの周りに雷がほとばしり、大爆発が巻き起こった。
 ちゃぶ台とかテレビとか、その他家財類とともに、俺の対面に立っていた小鳥遊さんが巨大な衝撃波に巻き込まる。

「は、はぇ……?」

 ……………………………………………………な、何これぇ……。
 小鳥遊さんが……いない。
 消し飛んでしまったみたいだ。

「ちょ、あの……ちょっとメイリアさん? このトレーディングカードって、記憶を消去するためのものですよね? 断じて相手をぶっ飛ばす系の魔法じゃないですよね?」
「魔力を込めすぎよ」

 まるでこっちが悪いみたいに、あきれ顔をして言うメイリア。

「そ、そんなの知らねえよ! お、おい……おいおいおいおい、これ大丈夫かよ。俺、小鳥遊さんに何しちゃったの? いったい何しちゃったの、ねえ!?」

 カードを掲げたまま固まる俺の肩を、メイリアがポンと叩く。

「フッ、でも良かったじゃない? これで何の問題もないわね?」
「問題アリアリなんだけど!」

 やばい、俺とうとう人殺しに手を染めてしまったの? つ、捕まるのかな?
 うおおおお、と頭を抱えていると、縁側からイエナの声がした。

「心配いりませんよ、ユヅル!」

 そういえば、畑から戻って縁側にいたイエナも、ちょうど俺と小鳥遊さんを結ぶ直線上にいて、爆発の巻き添えを食らっていたはずだ。

「だ、大丈夫か!?」
「はい! 咄嗟とっさの判断で、スラ子さんが守ってくださったので! 宅配神様もご無事です!」

 彼女は小鳥遊さんを抱えて、巨大なスライムと化したスラ子の中にいた。
 どうやら、爆発が起こる一瞬前に小鳥遊さんを包み、そのまま流れでぶっ飛ばされたイエナも一緒に守ってくれていたらしい。

「でかした、スラ子!」
「ぴきぴきぃ!」

 本当によくできた妹スライムだ! ここぞという時に頼りになる。
 それに引き換え、メイリアってば本当に……。

「何よ?」
「何よ、じゃねえよ……まったく、とんでもないものを渡してくれたな」
「それはユヅルの使い方が悪いからでしょう?」
「確かに、爆発とかなんとか、説明は受けていたが……」

 アレじゃわからんだろうに。なんかもう、怒る気すらえてしまった。
 今回はとりあえず家財以外の被害がなかったってことで良しとしておこう。
 人の命はどうにもならんが、家具とかは買えば済む話だからな。

「まったく、ラスト一枚を使っちゃったから、もう記憶の消去はできないわよ?」
「……ぐっ」

 そうだった。いろんな出来事が重なって、結局うやむやにできなかったあげく、スラ子がスライム化したことで全部認める形になってしまった。

「お兄ちゃんの作戦、結局バレちゃったねー」

 イエナと小鳥遊さんをペッと吐き出して、美少女に戻ったスラ子が、腰に手を当ててやれやれと首を振る。

「アドリブ多すぎて、作戦もへったくれもねーだろ!」

 まったく……お兄ちゃんは疲れたよ。
 もうあるがまま事実を伝えて、素直に黙っていてもらうしかない。
 そう観念して、爆発でえらいことになった部屋に再び小鳥遊さんを招き入れて説明することにしたのだった。


「へえ! 畑が異世界に繋がっていて、こっちからは行けないけど、向こうから異世界のモンスターとかが、一日一回やってくるんですか!? すごい!」

 すでに話を理解する土壌ができていたのか、小鳥遊さんは大興奮で受け止めてくれた。
 ただでさえ引き戸が吹っ飛んで暑いってのに、彼の興奮と熱気が余計に暑苦しい。
 同時に、少し汗ばんだ小鳥遊さんの姿が色っぽくも思えた。
 本当はアサヒにゲートっぽいところをこじ開けてもらえば、向こうの世界に行けないこともないのだが……それを告げてしまうと、この人は向こうに行きかねないからやめておいた。

「あの、このことは決して口外しないでね……?」
「大丈夫ですよ! 僕が夢にまで見た非現実の世界です! 誰にも言わないとちかいます! ウフフッ、僕と向ヶ丘さん、二人だけの秘密だね!」

 アサヒを抱きしめながらにこやかに微笑ほほえむ小鳥遊さん。彼が良い人で助かった。
 現代社会は俗世のあかにまみれている。
 こうした超常的事象がおおやけになってしまうと、あれよあれよという間に興味本位の見物客が増えるだろう。そうなれば、平穏は消え去って祖父母の形見である畑もめちゃくちゃになりかねない。

「なに、心配することないわよ。何かあれば私が処理するわ」
「ダメに決まってんだろ」
「なら研究するわ。不測の事態に備えて、私が内密に研究しておくわね?」
「言葉を変えてもダメに決まってんだろ!」

 なんだよ研究するって。マッドサイエンティストさんが言うと、研究も処理もなんら変わらない意味で聞こえてくるんだが? まあいい。

「ふう……これで一安心だな」

 何とか騒動が一件落着したってことで一息つく。
 すると小鳥遊さんの腕にいるアサヒが、げっそりした表情で呟いた。

「アノ、マスター……? ワタシはいつまでコウシテいればいいのデス?」

 そりゃ小鳥遊さんがきるまでだな。アサヒは言わば生贄いけにえ接待のようなものなのだ。

「ごめんね、精霊さん? でもこうしていれば僕にも魔力的な才能が芽生めばえて、なんかとんでもないスキルとか使えないかなって思っちゃって」
「それはないかな……俺、スキル使えないし」

 小鳥遊さんが変な期待をしているので、くぎを刺しておく。

「え? でもなんか爆発とか起こさなかった? さっきのは魔力とかスキルじゃないの?」
「いや、あれは掲げれば発動するように作ってもらった代物しろものだから。ここはあくまで異世界から変なもんが来るだけで、もともと日本にいた俺は、なんでもないただの人間だよ」

 本当はレベル上がったりスキル使えるようになったりするんだけど、さすがにそれを教えるわけにはいかない。そもそも、小鳥遊さんはスキルを覚えなくても、すげぇ勘を持ってるしな。

「そっかぁ……残念。でも、こんな現実があるんだから、もしかしたら日本中――いや、世界中を探せば、きっと何か面白いことがあるかも!」

 ようやくアサヒを手放すと、小鳥遊さんはそう言いながら立ち上がった。

「明日からは休みなんで、僕はちょっと不思議探索をしてきますね! まずは奥多摩近辺の怪しそうなところに行くつもりなんですけど、向ヶ丘さん達も一緒にどうですか?」
「い、いや……遠慮しとくわ……」

 もうこの畑だけでお腹いっぱいだし。

「ってことで、そろそろ時間がヤバいので、僕は仕事に戻りますね! いやぁ、今日は貴重な体験させてもらって、ありがとうございました! またひまがあったら遊びに伺います! それではー!」

 そう言って、小鳥遊さんは颯爽さっそうと玄関から飛び出していった。
 鳴り響くトラックのエンジン音が遠ざかっていき、俺はようやく騒動の終わりを実感する。
 同時に、今までモンスターが来てもビクともしなかったこの家の居間が、とんでもない状況になっているってことを、今になって思い知らされたのであった。


 ……ちなみに、小鳥遊さんが持ってきた荷物の正体は、親からの仕送りでした。


 第二章 夏真っ盛り、涼を求めて川へ行くみたいです



 夏、夏、夏真っ盛りの今日この頃。ここ奥多摩秘境はコンクリートジャングルの東京二十三区内よりもかなり涼しいと思われるのだが……。

「暑すぎる、ああ暑すぎる、暑すぎる」

 思わず脳汁全開のクソ俳句をんでしまうほどに、猛烈もうれつな熱気が押し寄せていた。
 日本家屋は涼しい造りや、涼を得るための様々な工夫がほどこされていると聞くが、現代文明の利器であるクーラーには勝てない。っていうか、今はそんなものない。
 まず、居間と縁側をへだてていた扉が先日の騒動で大破。虫除けの蚊帳かやを吊っているものの、外から丸見えだ。
 家の周りに垣根があったり、隣家が遠かったりするので何とかプライベートが守られているって感じの有様ありさまである。

「いなくなってわかる、クーラーのありがたさだな、こりゃ……」

 扇風機からは熱風しかこない。
 庭に水を撒いてはみたものの、気化熱によるわずかな施しは、すぐに風に吹かれてどこかに消えた。
 水が気化する時に周りの熱を奪うだ? お天道様てんとうさまがそれ以上のペースで次から次に熱を供給してくるんだけど。

「あつぅーいー……」

 縁側の日陰で、俺のとなりでアイスバーをくわえるスラ子も、ダラーっとした様子で力なく寝転がっている。というより、暑すぎてガチで溶けて、体の一部が液化している。

「大丈夫か? ってかその感じ、人前で絶対に見せるなよ?」
「わかったぁー……」

 溶ける体に引っ張られて間延びした気怠けだるげな返事。本当にわかっているのか怪しいものだ。

「しっかし……今年の夏はガチで暑いなあ」

 今年も去年も実は変わらないけど、これまでクーラーの効いた家、もしくはクーラーの効いた会社にずっといたので、猛暑と感じるだけなのかもしれない。

「まあ、こうして暑さを感じられるのも、風情ふぜいがあるってもんなのかもしれないなあ」

 会社にずっといて季節を感じることができなかった以前と比べて、今は暑さにダレる心の余裕が存在するのだ。
 俺はまた一つ、真人間に戻れたのだと、少し実感している。

「暑いの無理ぃー! 水ー! アサヒちゃん、水浴びしよぉー!」

 口元に咥えたアイスバーと同じように溶けそうになりながら、スラ子はアサヒを水遊びに誘った。

「ハイハイ、水浴びデスネー! 確か、物置にプールがあったはずデスネ!」
「おっ、いいな、水浴び。風情を感じる。そういうのはどんどんやれ」

 美少女達がキャッキャウフフと水浴びしている場面を見るだけで、俺の心は涼しくなる。

「めんどくさーい! スライムさん達集合ー! プールになってー!」

 スラ子は食べ終わったアイスバーの棒を咥えたまま、ペタペタとサンダルを鳴らして庭へ駆け出す。彼女は眷属けんぞくのスライム達に指示を出して、庭先にスライム製のプールを作ってしまった。

「……風情もへったくれもねぇや」

 まあいい、たとえプールがモンスター製でも、そこに可愛い妹属性や追加で精霊美少女属性が加われば、文句なんてない。
 びに追加して萌えの文化が定着した現代日本的な価値観で捉えるならば、この状況も風情があると言っても過言ではない。
 夏を乗り切る家財を失ってしまったが、よく見てみろよ、俺。
 精神を破壊されて生きていたブラック企業時代より、今の俺に懐いてくれる異世界娘達と謳歌おうかする毎日――これはいかなる金銀財宝にも代え難い、一つの財産だと言えるのではないか。
 良いんだよユヅル、クーラーがなくったって。ここにはみんなが──。

「まったくもう、こう暑いとイライラしちゃうわね!」

 スラ子とアサヒがプールに浸かりながらキャッキャウフフしているところを眺めて、どこか感傷的になっていた俺の気分をぶち壊すかのように、メイリアがプリプリと文句を言いながら縁側に姿を現した。
 髪を二つ編みにして、Tシャツどころかきわどい下着しか身につけていないオープンなその姿は、この世の女の子がひた隠しにしているの部分を全て集約しましたって感じがする。

「絶対にその格好で人前に出るなよ」

 異世界人だからどうとかそんな理由ではなく、単純に人として、その姿で彷徨うろつくのどうなのって意味だ。ひかえめに言っても、痴女ちじょ

「これは涼を取るための効率的な服装よ。ケチつけないでくれる?」
「それが許されるなら、この世の夏はみんな全裸だ」

 みんな我慢してるんだよ。近所の目がないウチだからこそ、その格好は許されるんだ。

「っていうか、これはあれよ……誘ってんのよ」
「うわぁ……雑すぎぃ……」

 これはトキメかない。
 逆に、異性として認識されてないんだって思って、男は萎えるシチュエーションだろうな。
 ショーパンとか、何かしらを穿いていれば、隠されているが故に逆に目がいって、ドキッとしてしまう。それが男というものだ。
 それをこう……いきなりドーンって目の前に出されても、逆に食いつかなくなるのだよ。
 ぜんとも言うが、昨今の男はデカい釣り針を恐れるのである。

「そんなことよりも……」

 そう前置きしながら、メイリアは後ろから俺の背中に体重を預ける。
 イエナのデカメロンやスラ子のまな板と比べて、メイリアの胸は小ぶりだが精一杯の自己主張してますって感じのリアルな柔らかさあって、不覚にもドキッとしてしまった。

「な、なんだよ……」
「エアコンとか家が壊れたのが問題でしょ? 農業神なら早く何とかしてちょうだい」
「早急には無理だろ……」

 たとえ本当に神様であっても農業神は暮らしの神様ではないので、ご家庭のトラブルには対応できません。できることと言えば、草生やすくらいだわ。

「とりあえず、新しいエアコンとかテレビとかは、この後みんなで買いに行くから、それまで我慢してろって」

 先日の一件で壊れた物は、エアコンとテレビとちゃぶ台と、縁側に面して付けられていた引き戸といったところだ。いやはや、爆発が指向性持っていて良かった。
 あの規模の爆発を考えれば、被害は最小限じゃなかろうか。これでパソコンとか、家にあるものも巻き込んでたらマズかったよな。
 この家にはなぜか外からの攻撃を弾くほどのバリアがついてるが、だったら内側の衝撃にも耐えられるような造りになっていればいいのに。そう上手い話はないってことか。

「しっかし……この世界の夏はほんっと、暑いわね」
「それは、ずっとくっついているからじゃないか?」

 暑いんだったら素直に離れればいいだろうに。

「何よ、嫌なの?」
「……嫌ではないけどさ」

 確かに暑い、けど悪くないのだ。目の前ではスラ子とアサヒがキャッキャウフフ。そして後ろではメイリアがつつましやかな自己主張を俺に押し付けてくる。
 も、もう暑いのなんて忘れちゃうよね!
 なんなら涼しい。涼しいよ、これ。精神的クーラーの役割を果たしている。
 団扇うちわあおぎながら縁側で過ごしていると、畑仕事を終えたイエナが庭に戻ってきた。

「ふぅ……こう暑いと、さすがにこたえますね」
「お疲れ、イエナ」
「イエナお姉ちゃんおかえりー!」

 家の冷房が復活するまで炎天下での畑仕事は休んでいいと言ったものの、彼女はまめに畑に通って手入れをしてくれているのだ。

「水浴びですか! 汗を流すついでに、私も入っていいですか?」
「一緒に遊ぼー!」

 スラ子の快諾かいだくを得て、イエナは恥ずかしげもなくジャージを脱ぎ捨てる。
 別に全裸になるとか、そんなわけではなくて、Tシャツにパンツ姿なのだが……いつも通りノーブラだという点を考慮すると……うん、イエナに軍配が上がるな。
 うっすら見えるのが、とんでもなくエロいと思う。だが、パンツが俺のトランクスって点は減点である。つーか、何勝手に俺のクマさんトランクス穿いてんの、あいつ!

「……どこ見てんのよ」
「いや、お前見てねぇから」

 後ろから耳元でボソっと呟いてきたメイリアに、真っ向からそう返答しておく。
 ほとんどの神経は背中にいってるけどな。残りは前方に向けた視力に回している。

「やっぱり……大っきいのがいいのかしら……?」

 目の前の天国に釘付けになっていると、メイリアが突然そんなことを言い出した。
 ラノベの主人公であれば聞き取れない場面だし、俺も普段なら適当に聞き流すところなのだが、耳元でささやいているので嫌でも聞こえてくる。
 仕方がないので答えておくか。

「メイリア。問題は大きさだけじゃないぞ。色つや形、感度だって重要なんだ」
「何よ、童貞のくせに」
「ぐっ」

 言い返す言葉もない。でもメイリアも経験がないのだから、人のことは言えないはずだ。
 これ以上このやり取りを続けると、どっちも不幸になりそうなので話題を変えよう。
 そうだな……奥多摩で涼を取ると言えば山とか川なんだが、すでに山でこの暑さだということは、選択肢は自然と川に絞られる。そして川遊びと言えば……。

「……昼からはみんなの水着を買いに行くか」
「ユヅルのマニアックスケベ」
「ち、ちげーよ! 単純に暑すぎるからだよ! みんなで川遊びとかさ、色々あるじゃん!」
「フフ、そういうことにしておくわね」

 なぜか知らないが勝ち誇ったような顔をして、メイリアは縁側から部屋の中へと戻っていってしまった。冷蔵庫を開ける音がしたので、おそらく飲み物を取りに行ったのだろう。

「あ、メイリアー、みんなの分も頼むわー」
「わかってるわよー」

 こういうのんびりとしたやり取りって、何となく夫婦みたいな感じがして良いよな。
 俺とメイリアが夫婦だとすると、スラ子とアサヒはともかく、イエナも子供って扱いになるのだが……食いしん坊だから子供で良いだろう。
 さてと、もう少ししたら昼飯食べて、その後みんなで買い出しに行こうかね。


     ◇◆◇◆◇


 曲がりくねった山道を車で走り約一時間。俺達は市街地へとやってきた。
 今回は家電とか家具を買うということで、スーパーとディスカウントストアが一体になった国道沿いの大型店舗へと向かう。
 奥多摩の連中が買い物をする時は、だいたいこの大型店舗で事足りるんだよな。

「ユヅル……餓死しそうです……いえ、します……」
「先にフードコートに寄るから、もうちょっと待ってろって」

 当初は家で昼飯を食べた後に向かう予定だったのだが、暑い中で食べるよりも冷房が効く車でフードコートへ向かい、そこで食べた方がいいというメイリアの提案を受け、急遽きゅうきょ予定を変更したのだ。
 畑仕事の後の昼食を心待ちにしていたイエナは、この世の終わりのような顔をしながらも、フードコートでパスタが食べれるなら一時間くらいは我慢できると固く誓った……のだが、街に着く頃には車の中に腹の音が響き渡り、マジで餓死しそうな感じになっていた。

「上はいてんなあ……」

 下の駐車場は激混みだったのだが、店舗二階の駐車場へ向かってみると、意外なことにガラガラだった。駅前以外、平日はこんなものだろうな。

「わーい! エレベーター呼ぶー!」
「あんまり走るなよー」

 すっかりわんぱくっ子モードになってはしゃぐスラ子は、人前では人形だというていでじっとしているアサヒを抱えて、エレベーターのある場所まで駆けていく。
 駐車場で飛び出すのはかなり危ないのだが、スラ子の場合は死ぬことはないだろう。逆に車が壊れないか心配なのだが──。

「あっ」
「いってえええええええええええええ!」

 早速フラグ回収した。

「まさかの人身事故かっ!? やべぇ!」

 聞こえてきたのは人の声。車と事故ったわけではなさそうだ。

「……大げさよ」

 メイリアは慌てる俺をジト目で見る。いや、別にスラ子の心配はしていない。問題は魔王の娘スペックを持つスラ子に激突された一般人の方だ。

「おい、スラ子! 何やってんだ!」
「ふぇ?」

 ふぇ、じゃない。人と衝突しておいて何だ、そのあっけらかんとした表情は。

「おいおいおいおいおい! 俺達のマー君にぶつかっておいて、それも三メートルくらい吹っ飛ばしておいて、何が『ふぇ?』だ、テメェ! どうなってんだ、ちくしょう!」
「本当に何がどうなってんだYOちくしょう! 最強DJマー君の腕がポッキリいっちまったらYO、今後は誰が奥多摩で最高にハイなクラブ回すっつーんだYO!」

 さらに何とも運の悪いことに。スラ子がぶつかったマー君とやらは、一般人は一般人でも、少し気合の入った、タトゥーとB系ファッションのグラサン帽子男だった。
 吹っ飛んだ彼の連れ二人──グラサン坊主にガタイのいいタンクトップ男と、お洒落しゃれヒゲモジャセミロングの小太り男──が、少々混乱しながらも、早速因縁いんねんをつけてくる。

「あ、すみません……」

 事を荒立てるのはマズいと思ったので、さっさと謝ることにした。
 そもそも、今回はちょっと肩が当たったとかじゃなくて、ガチでぶっ飛ばしてるからな。保険会社でも10:0で俺達が悪いと言うに決まっている。

「ごめんで済んだら警察いらねぇよ!」
「つーかこれ、普通に訴訟そしょうもんだYO!」

 まったくもってその通りだ。だが、こんな言い争いしてて良いのだろうか? 君達のマー君は、ガチでつらそうな顔してるぞ……。

「お、お前ら……そ、そういうのは後にして……ちょ、ガチで痛いから……びょ、病院に、病院に連れてってくれ、頼むって……」
「マー君ンンンンンンンン! か、肩が外れてんじゃねえかアアアアア!」
「こ、これガチでヤベェYO! マジでヤベェYO!」

 本当にどうなってるんだ。スラ子にぶつかったとしても、背丈の違いから絶対肩じゃなくて腰がおかしくなるはずである。

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