平凡な男娼は厳つい軍人に恋をする

朏猫(ミカヅキネコ)

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本編

5 変態でごめんなさい

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 アララギ中佐が次に高級娼館に来たのは、二度目から半月くらい経ってからだった。

「もう来てくれないのかと思ってた」

 大抵のお客さんは三度目の指名はしてくれない。忘れた頃に指名してくれる昔馴染みのお客さんもいるけど、そういう人も少なくなった。それなのに中佐は三度目の指名をしてくれた。
 それが嬉しくて朝からソワソワが止まらなかった。まだ時間はたっぷりあるのに、昼過ぎから部屋の用意を始めたりもした。湯を使って後ろの準備もバッチリ済ませた。

「今日もすごいのかなぁ」

 気持ちいいことが大好きな僕にとって、気持ちよくしてくれるお客さんは文字どおり神様だ。中佐はそういった意味でも神様に違いない。せっかくなら神様みたいな中佐と好きな体位でやってみたい欲がわいてくる。

「後背位がいいって、どうやって切り出そう」

 僕は後背位が好きだ。ほかの体位も好きだけど、獣みたいに僕を求めてくれるような気がしてたまらなくなる。

「中佐はガツガツいく男娼をどう思うかな」

 そういうのを嫌がるお客さんもいる。中佐は行為自体好きなようだからいろんな体位を試してくれそうだけど、まだ様子を見たほうがよさそうだ。
 そんないやらしいことを考えながら中佐が来るのを待っていた。しかし今回もそんな余裕はすぐに消えてしまうことになった。

「や、だぁ!」
「ここは、そうは見えないが?」
「やだ、ってばぁ……っ」

 僕もアララギ中佐も全裸でベッドの上にいる。前回と違うのはベッドで仰向けに転がっているのが僕のほうで、僕の足の間に陣取っているのが中佐だった。
 僕はとんでもない刺激から逃れたくて必死に体を動かした。それなのに大きな手に簡単に動きを封じられてしまう。

「ほんとに、や、なんですぅ……ぁんっ!」
「嘘はよくない」
「やだやだ、やだァ!」

 足をバタバタさせようとしたら、すぐさま中佐の手にガッチリ太ももを掴まれてしまった。そのまま完全勃起した僕のアレを、大きな舌がまたベロリと舐める。それが嫌で涙が出そうになった。

「や、だぁ……も、やめて、……んぅ、やめ、あぁン!」

 竿を舐められていたはずが、温かくてぬめった感触に覆われて驚いた。股間を見たら大きな口が僕の性器を咥えている。慌てて太ももを閉じようとしたけど少しも動かない。そうこうしているうちにジュッと啜られて頭が真っ白になった。

「ヤダ、や、やぁ……ァアンッ!」
「ん、……んく、ん、」
「あぁン! ひ、やめ、やめてぇ……っ」

 僕は無我夢中で足をバタつかせたり腰をねじったりした。それなのにさすが軍人さんと言うべきか中佐の手が太ももから離れることはなく、ますます僕のものに吸いついてくる。しかもチュウチュウなんて音まで聞こえてきて、あまりの衝撃と予想以上の快楽に腰が砕けそうになった。

「ぁあああァン!」

 思い切り吸われて、我慢しようと思う間もなくイッてしまった。

(……ウソだ……こんな早く、イッちゃうなんて……)

 あまりにも早い絶頂に呆然とした。男娼なのに、お客さんより先にイくなんてあり得ない。
 呆けたままの僕の視界にアララギ中佐の顔が映った。気のせいでなければ、口とのど仏が動いたように見える。……もしかして、吐き出した精液を飲み込んだのだろうか。

(何なんだよ、もう)

 気がつくと目尻がじんわり濡れていた。

「どうして泣く?」

 少し焦っているような中佐の声がした。泣いちゃ駄目だとわかっているのに勝手に涙が出てきてしまう。

「泣くほど嫌だったのか?」
「……ひぐ、……っ、だって、ひぐっ」

 泣くなと思えば思うほど涙が止まらなくなった。

「気持ちよかったんだろう?」

 あっという間に射精したくらいだから気持ちよかったのは間違いない。でも、問題はそこじゃなかった。
 僕は自分が奉仕される側になるのが苦手だった。そんな男娼はいないと笑われたこともあるけど、どうしても駄目なんだ。
 僕が奉仕するのはいい。でもされるのは駄目だ。一緒に気持ちよくなるならまだしも、僕だけが気持ちよくなるなんて許されるはずがない。お客さんに気持ちよくなってもらうのが僕の仕事なのに、僕だけが気持ちよくなるのは間違っている。

(だからって、泣くのはもっと駄目だ)

 脱ぎ散らかした服で顔をゴシゴシ擦った僕は、ゆっくりと起き上がった。なぜか正座している中佐の前に僕も正座で座る。

「僕、気持ちよくされるのが、苦手なんです」

 僕の告白に中佐が驚いたように目を見張った。それはそうだろう。男娼がアレを舐められるのが苦手だなんて話は僕だって聞いたことがない。

「あの、僕がお客さんにするのは大好きなんです。でも、されるのは苦手っていうか怖いっていうか、僕が先に気持ちよくなるのは間違っているっていうか……」

 中佐の眉がギュッと寄っている。もしかして勘違いされたかもと思った僕は、慌てて口を開いた。

「気持ち悪いとかじゃないんです! いまだってすごく気持ちよかったし、だからすぐに出ちゃったんですけど!」

 僕の説明が悪いのか、今度は難しいことを考えるような顔に変わってしまった。今回のことは僕が悪いのであって中佐には何の問題もない。このままじゃ、もう指名してもらえなくなると思った僕は必死に説明を続けた。

「僕、気持ちいいことは大好きなんです! 中佐とするのはすごく気持ちがいいし、今度いつ指名してくれるか毎日考えてたくらいなんです! だから中佐とするのが嫌とかじゃなくて、僕に愛撫とかそういうのは必要ないって話なんです! ほら、僕って見た目どおり頑丈だからすぐに突っ込んでもらっても大丈夫ですし! もちろん準備してますから、遠慮なくガンガン突っ込んでください! ご希望なら騎乗位もしますし対面座位もいけますし、あぁそうだ! 後背位とかどうですか!? 僕あれ大好きなんですけど……あ、」

 一気に話してからハッとした。僕はいま、言わなくてもいいことまで言ってしまったんじゃないだろうか。

(まずは様子を見ようと思っていたのに、何やってんだよ!)

 そっと中佐の顔を窺った。そこにはポカンとしたような顔があった。

(こんなときに思うことじゃないのかもしれないけど……どうしよう、可愛い)

 ベッドの上で正座をしている大きな体も、魂が抜けたような表情も、全部が可愛く見える。強面の顔だって段々可愛く見えてきた。そんなふうに思う僕は、やっぱり変なのだろうか。
 そんなことを考えていると、突然中佐が笑い出した。

「はっはっは、はは、アッハッハ……ッ、クックック、フ、フハハハ、は……」

 まさか中佐がこんな大声で笑うと思っていなかったから、今度は僕のほうがポカンとしてしまった。さっきまで難しい顔をしていたのに、どうして急に笑い出したんだろう。

「いや、笑ってしまってすまない。まさか、こんな男娼がいるとは、ハハハ、思わなくて、クックックッ」

(こんな男娼って……やっぱり呆れられてしまった)

 それでも笑いすぎのような気がする。

「はは、いや、本当にすまなかった。笑うつもりはなかったんだが、俺が知っている高級娼館の娼婦や男娼とはあまりに違っていて驚いた」
「変わってるって、よく言われます」

 僕みたいな男娼が珍しいことは自覚している。それなのに男娼でいられるのは、やっぱりここが高級娼館で変わった貴族のお客さんが多いからだ。

(それでも身請けの話は一度もなかったけどね)

 そもそもこんな平凡でひょろっとした男娼を身請けしたい人なんているわけがない。わかってはいるものの、改めてそう考えると情けなくなってきた。男娼としての価値がないと言われているような気がして気が滅入りそうになる。思わずスンと鼻を鳴らすと、「すまない」とまた謝ってくれた。
 アララギ中佐は、きっといい人だ。軍人さんは怖いという印象しかなかったけど、中佐は優しいし怖くない。むしろ可愛いところがたくさんある。「こういう人が最後の常連になってくれたらいいなぁ」なんてぼんやり思っていたら、中佐がとんでもないことを言い出した。

「今日はもうやめたほうがいいか?」
「へ……? やめる、って……えぇっ!? なんで、どうしてやめるんですか!?」
「いや、泣かせるようなことをしてしまったわけだし」
「それはもう大丈夫です! 全っ然、大丈夫ですから! だから、最後までしましょう!? ね!?」

 僕は食い気味になりながら必死に行為の続きをねだった。こんな状況で終わりにしたら、中佐はきっと僕を指名してくれなくなる。せっかく理想的な逸物を持つお客さんに巡り会えたのに、そんなのは嫌だ。それに指名してくれたお客さんを気持ちよくできないままなんて、男娼として情けなさすぎる。

「そんなに必死にならなくても、帰ったりしない」

 気がついたら、中佐にぎゅっと抱きしめられていた。落ち着かせようとしているのか、大きな手で何度も頭を撫でてくれる。

「高級娼館の娼婦や男娼にとって、客が途中で帰るのがよくないということは知っている。だから帰ったりはしない。安心してくれ」

 中佐はやっぱり優しい。それに比べて、僕は男娼としてあるまじき姿ばかりを見せてしまっている。

「あの、みっともないところばかり見せてしまって、重ね重ね申し訳ありません」
「気にしなくていい。元はと言えば俺のせいなんだろうからな」
「そんなことはありません! 本当に中佐とするのは気持ちいいし、僕は……って、すみません」
「謝らないでくれ。だが、今夜はこのまま寝よう」

 本当に寝るつもりなのか、僕を抱えた中佐がゴロンと横になった。

(帰らないでくれるのはありがたいけど、僕的にはしないのが困るっていうか……)

 泣いたり謝ったり慌ただしかったのに、僕の体はずっと燻ったままだ。準備万端の後ろもヒクヒクしている。

「続きは、また今度にしよう。俺も次は君が嫌がることはしないと誓う」
「次って、」
「そうだな。十日後には休みが取れる。そのとき、また指名させてくれ」

 これまでにもお客さんと次の約束をしたことはあったけど、中佐の「指名させてくれ」という言葉は特別に聞こえた。ドキドキして、少しだけ緊張する。

(そっか。続けて四度指名されるなんて初めてだ)

 そう思うと、ますますドキドキしてきた。結局僕は、ほとんど眠ることができないまま朝を迎えることになった。
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