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番外編 安寧の地での従者たち

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 ミティアスがキライトをともなってエンカの城に入ってから十四日が経った。初日に心の赴くままに交わった二人は、その後も時間があれば寄り添い、毎日城内を散策したりと仲睦まじく過ごしている。
 そんな主人あるじたちを微笑ましく思いながらも、シュウクは一人悶々としていた。

(まだ何か心配事があるのだろうか)

 エンカへ到着した日から、ダンが何やら慌ただしく書状を見聞し指示を出していることは知っていた。ミティアスと何事か相談していることもあるが、それよりも何人もの騎士や使用人らと忙しなく会っている時間のほうが長い。
 一方、表向き正妃の侍従となったシュウクには主人あるじの世話をすることくらいしかやることがなかった。エンカの城では使用人たちにもいろいろと指示が行き届いているようで、自分が四六時中そばについていなくても主人あるじが困ることもない。
 そうして持て余すようになった時間に思い浮かべるのはダンのことばかりだった。自分はこんなにも色恋に溺れるような人間だったのかと少しばかり衝撃を受ける。

(到着してからも、何もないせいだ)

 二人きりになることも少ない。そうなると当然触れ合う回数も少なくなる。ようやく身も心も結ばれるに違いないと期待していたぶん、シュウクはどうしようもなく落胆してしまった。

「これも……そのときのためだったのに」

 すっかり見慣れた道具を手にし、ハァと小さなため息をつく。
 エンカに移り住むと聞いてから、シュウクは密かにある準備をしてきた。本当は主人あるじのためにと用意したものだったが、使う前に伴侶によって無事に初夜を済ませたことで必要なくなった。
 行き場を失った道具なら、代わりに自分が使ってもいいだろう。そう思い密かに使ってきた張り型だったが、使ったところで虚しさが募るだけだった。「もう処分しよう」と思いながらベッドの脇に置き、寝室の窓から見えるダンの部屋の明かりを見る。

「今夜も忙しそうだな」

 主人あるじたちは、とっくの前に寝室に入っている。自分も湯を使い寝衣に着替えたところで、あとは寝るだけの状態だ。そういう時間なのに、勤勉な側近にはまだやることが残っているらしい。

「……邪魔をしてはいけないか」

 以前の“捕リ篭とりかご”にいたときよりもずっと自由に動けるようになったというのに、いまのほうが何もできなくなってしまった。そんなことを思いながら、シュウクは手近にあった本に手を伸ばした。





 トントン。トン、トントン。

(……殿下!)

 扉を叩く音にハッと目が覚めた。主人あるじに何かあったのかとベッドから飛び起きたが、ここがタータイヤの牢部屋でも砦でもないことに気づきホッと胸をなで下ろす。

 トントン。

 それでも鳴り続ける音にシュウクは首を傾げた。見れば窓の外はまだ真っ暗で夜中だということがわかる。そんな時間に自分を起こす人物は、この城にはいないはずだ。

「シュウク」
「え?」

 自分の名を呼ぶ遠慮がちな声がダンのものだと気づいて驚いた。慌ててベッド脇の燈火ランプを点け、上着に手を伸ばす。

(あ……)

 その手が途中で止まったのは、寝る前に置きっぱなしにしていた張り型が目に入ったからだ。慌てて上着を載せて隠し、どこかへ仕舞わねばと思ったところで「やはり寝ているか」という声が聞こえてきて、さらに慌てた。
 このままではダンが去ってしまうと思ったシュウクは、張り型に上着を掛けただけで急いで扉を開けた。上着も身につけず寝衣のまま人前に出るのは不作法だが、何かあったのかもしれないと思えばそんなことも言ってられない。

「あぁ、やっぱり寝ていたか。起こしてしまってすまない」
「いえ、それはいいのです。……あの、何かあったのですか?」

 こんな夜更けにダンが寝室まで来るということは何かあったに違いない。シュウクに与えられた従者用の部屋には、小さいながら居間がある。そこを通り抜けて寝室までやって来たのだから、よほどのことだろう。
 そう考えたシュウクが神妙な顔でダンを見ると、どうしてかダンがわずかに視線を逸らした。

「あの……?」

 珍しい反応に戸惑いを見せれば、ダンの碧眼が再びシュウクに向けられる。一体どうしたのだろうと、なおも窺うように見つめればダンの腕にふわりと抱きしめられた。

(え……?)

 驚き固まるシュウクの耳に、ダンの低い声が響く。

「ようやく目途がついた。そう思ったら、つい足が向いてしまった」

 目途がついたということは、エンカに来てから続いていた仕事が一段落したということだろうか。それは喜ばしい限りだが、こんな夜更けにわざわざ寝室までそんなことを言いに来たとは思えない。
 疑問に思ったシュウクが「ダン殿?」と名を呼ぶと、ゆっくりと腕から解放された。

「この歳になって、まだこんな青臭いことをしてしまうとはな」
「何かあったのですか?」
「いろいろするはずだったんだが、あれこれ手一杯になったせいで何もできなかった」
「?」

 やはりよくわからないと、逞しい胸に手を添えた状態でダンを見上げる。すると、碧眼が笑うようにフッと細められた。

「いい加減、幸せそうな主人あるじたちを見ているだけというのにも飽きてきたところだ。真面目に働いてきた従者にも、そろそろ褒美があってもいい頃合いだと思わないか?」
「あの……?」
「今夜こそ恋人と同じベッドで寝たいと思っているんだが、招き入れてもらえるだろうか」

 ダンの言葉に、シュウクの紺碧の目がパッと見開かれた。返事をするために開かれた唇は、しかし何も告げることなく閉じられる。しばらく見つめ合ったあとシュウクの口角がきゅうっと上がり、淡い紅色をした唇が三日月の形へと変わった。

「待ちくたびれそうでした」

 麗しき侍従の言葉に少しばかり眉尻を下げた側近は、身をかがめ、赤みの増した頬に許しを乞うキスをした。



 シュウクはベッド脇の燈火ランプを消してほしいと訴えたが、「美しい姿を見ていたい」とダンに言われそれ以上強く言うことはできなかった。せめて明かりを小さくしてほしいと訴えようとしたものの、その前に大きな手に寝衣をほどかれ、あっという間に下穿きまでもが奪われてしまった。あまりの手際のよさに、以前ダンが「俺の過去もそう褒められたものじゃない」と言っていたことをシュウクは思い出した。

(三十八を前にしたダン殿だから、それなりに経験も豊富なのだろう)

 元は王宮騎士という誉れ高い身分で、家柄もよいと聞いた。王太子とは乳兄弟ということだから王宮内での地位も高かったのだろう。それほどの身分に逞しい体、そして笑顔の似合う男らしい顔立ちとなれば、あちこちのご令嬢から引く手数多だったに違いない。
 わかっていても、かつてこの手に触れられたであろう女性たち思うとシュウクの胸をチクリと刺すような痛みが走った。

(それに……男との経験もありそうだな)

 素肌の自分を見ても一切のためらいがないということは、そういうことなのだろう。女性との経験を想像したときよりも、さらにモヤモヤとした気持ちが胸に広がる。

(まさか、自分がこれほど嫉妬深いとは思わなかった)

 そんなことを思っていると、どこからかダンが取り出した小さな瓶が目の端に映った。瓶の様子とわずかな匂いに、シュウクは自分の予想が当たっていたのだと確信した。

「なんだ、眉を寄せて」
「……別に」
「この瓶のことか? これは……」
「知っています」

 たたみかけるようなシュウクの返事に、今度はダンのほうが眉を寄せる。

「これは男とするときに使う香油だ」
「だから、知っていると……」
「なぜ知っている?」
「……」

 同じ瓶ではないが、シュウクは似たような瓶をタータイヤ王宮で何度も見た。かすかに匂う香りからして、そういう香油だろうこともわかった。
 すべて劣情に駆られた男たちが持ち込んだ物で使われたことは一度もない。それでも、そういう用途の香油を知っている理由を答えるのはためらわれた。使ったことがあるんじゃないかとダンに思われるのが嫌だったからだ。

(……いや、使ったことは、あるにはあるんだ)

 張り型で慣らすとき、シュウクは髪に使う香油を使っていた。そうしなければ張り型を入れることができなかったからだが、髪の香油もそういったことに使えるのだと知っている自分を知られるのも淫乱だと思われそうで嫌だった。
 一つ話をすれば、ダンのことだから過去のことも直近のこともわかってしまうに違いない。シュウクにとっては、どちらも知られたくないことだった。

「答えられないのか」
「……」

 燈火ランプに照らされた碧眼がわずかに細くなる。もしや怒ってしまったのかと思ったシュウクの耳に、さらに低くなったダンの声が聞こえてきた。

「過去のことは気にしないと言ったからな。何も聞くまいよ」
「……!」

 しまったと思った。きっと何か勘違いさせたに違いない。誤解や勘違いをされたくなくて黙っていたのに、これでは逆効果だ。
 慌てて弁明しようとしたが咄嗟には何も浮かばなかった。そうして焦っている間に香油の中身を出したダンの指に後孔を探られ、息を呑むことしかできない。

「……っ」

 グチュ、と音を立てて太い指が入ってくる。急なことに驚きはしたものの、それがダンの指だと思うだけでシュウクのそこは驚くほど簡単にほどけた。

「……」

 わずかに鋭くなった碧眼が探るような視線を向けてくる。一瞬動きを止めたダンの指が、再びグゥッと奥に入り込んてきた。
 おかしな声が出ないように息を詰めながらも、シュウクは必死にダンを見た。勘違いされたまま行為を進めたくない。しかし、香油を知っていたことを話すのは嫌だ。たとえダンが自分の過去を知っていたとしても、男たちの劣情に晒されていたことを自ら話すのは怖かった。交わる日を期待して、張り型で慣らしていたことを知られるのも恥ずかしかった。誤解は解きたいが何も言えないことにどうしていいのかわからず、シュウクはただ必死にダンを見つめた。
 そんなシュウクの表情に気づかないまま、ダンはさらに指を奥へと進めた。グチュリと音を立てる香油に促されるように、太い指がぬるりと奥に入る。そうして指の付け根まで入れたところで、今度こそダンがしっかりとシュウクを見た。

「初めてにしては、柔らかいな。いや、初めてではないということか」
「……っ」
「あぁ、別にいいんだ。俺だって初めてじゃない。過去に嫉妬するほど野暮でもない」

 やはり勘違いしている……シュウクは必死にダンを見た。そうではないのだと目で訴えたが、自分を見ているはずの碧眼は違う何かを見ているようで、どうしてか視線が合わない。
 シュウクは敷布を掻いていた手を持ち上げ、傍らにあるダンの腕を掴んだ。

「ちが、のです」

 シュウクの声に、わずかにダンの目が動く。ようやく視線が合ったことにホッとしたシュウクは、誤解を解かなければと必死に口を開いた。

「わたしは、初めてで、誰とも、したことなんて、」
「別に、俺は気にしていない」

 嘘だ。気にしていないと言いながら、碧眼は不快そうに細くなっている。シュウクは頭を緩く横に振り、下肢を甘く焦らす感覚に耐えながら言葉を続けた。

「本当、です」
「それにしては柔らかい。初めての男は、指であっても簡単に受け入れることはできないはずだ」

 やはりダンには男との経験がある。その事実に胸が痛んだが、いまは誤解を解くほうが先だ。これを聞いたダンがどう思うか不安で、同時に顔に熱が集まるほど恥ずかしかったが意を決して声を出した。

「…………り型を、使って、……ました」
「……なに?」
「……自分で、慣らすために……、張り型を、使いました」

 シュウクの告白にダンが目を見開いた。同時に後孔に差し込んでいた指が動き、シュウクが「んっ」と息を詰める。

「なぜ、そんなことを?」

 問いかけながら、まるで何かを確かめるようにダンの指が動き出す。じわりと広がる未知の感覚に下肢を振るわせながらも、シュウクは必死に言葉を続けた。

「あなたは……っ、きっと、大勢の女性たちと、関係を持っていたに違いないと、思って……っ」
「それで、どうして自分で慣らそうなんて考えに至るんだ?」
「……っ。だ、って……、わたしは……っ、二十六の、男で、……面倒、くさいと……っ、思われたく、なかった、から、ぁっ!」

 指が肉壁をグッと押すように動き、シュウクの下肢がビクッと跳ねた。そのままグチグチといじられ、撫でるように指が体内なかを擦り続ける。それだけでゾクッとする何かに襲われたシュウクは、初めての感覚に怖くなりギュッと目を閉じた。
 快感か何かわからないまま下肢を震わせるシュウクの耳を、ふぅと熱い息が撫でた。頬をくすぐるのはダンの短い金髪だ……そう思うだけでシュウクの顔がカッと熱くなる。

「まったく、とんでもない恋人だな」
「……っ」

 低い囁き声さえも下肢を震わせる要因となり、シュウクを熱く昂ぶらせた。

「なるほど、これか」
「……!」

 何かを発見したらしい声に慌てて目を開くと、ベッド脇のテーブルに置いた上着をダンがめくっているところだった。その下には張り型が置かれたままで、ゆらゆらと揺れる燈火ランプの光のせいかいつも以上に淫靡に見える。

「慣らすにしては少し太いと思うが……」
「……っ」

 いやらしい奴だと思われたに違いない。そう思ったシュウクはスッと視線を逸らした。ところが、続いたダンの言葉は予想もしていないものだった。

「俺のより随分と小さい。これでは慣れることは無理だな」
「な……」

 あまりの内容に視線を上げると、上半身を少し起こしたダンがいつもよりずっと男臭い笑みを浮かべて自分を見下ろしていた。光にちらちらと揺れる碧眼にいつもと違う色を見たシュウクは、鼓動がドクドクと激しくなるのを感じた。

「まぁ、そういう明後日の方向に向かう健気さも悪くない。自分で慣らしている姿なら、ぜひ目の前で拝みたいくらいだ」

 とんでもない内容に羞恥するよりも、そうしている自分を想像して目眩がする。

「おまえに経験があろうとなかろうと気にしていないつもりだったんだが……」

 再び顔を寄せてきたダンの唇が、シュウクの耳たぶにそっと触れた。

「いや、気にしないようにしていた段階で気にしていたということか」
「……ダン、どの」
「殿というのは恋人の時間には相応しくないだろう?」
「……ダン」

 睦言のようなダンの囁きを聞いているうちに、シュウクはまるで酒精に呑まれたような感覚になった。低い声が聞こえてくるだけで頭がとろりと蕩け、わけがわからなくなっていく。体内なかに入った指が少し動くだけで、どうしてか腰が震えてしまいそうだった。こんな感覚は初めてで、耳たぶを軽くまれ指がヌチュと動くだけで首筋が粟立つように震える。
 一方、ダンにとってはささやかな睦み合いのつもりだった。どうやらシュウクは耳が弱いらしいということに気づき、後孔への違和感を誤魔化すために耳に口づけた。耳たぶをみ、いやらしい言葉を口にして気を逸らしただけだった。
 そうして改めて顔を見れば、すっかり蕩けた表情に変わっているシュウクがいる。燈火ランプに照らされた濃紺の目にはうっすらと涙の膜まで張っていた。そんなシュウクの表情に、ダンは我を忘れたように息を呑んだ。

「これは、キライト殿下に勝ると劣らないな。これまでよく無事でいられたものだ」
「ん……っ」
「宣言どおり、初めてとは思えないくらいイかせてやるよ、シュウク」

 名前を呼ばれたシュウクは、それだけで身の内にある指を食い締め背中をしならせた。
 その後もダンは後孔を丹念に指でほぐし続けた。それはシュウクがはっきりと快感だと感じるまで続き、三本の指が抜ける頃には後孔の縁がじんわりと痺れるほどだった。
 体中が蕩けていたシュウクは、ダンに促されるままにうつ伏せになった。「このほうが負担が少ないし、イイトコロを刺激できるから」とはダンの言葉だったが、シュウクがその意味を理解したのは背後からダンのものを入れられてからだった。

「……っ」

 大きなものが入ってきた直後、グリッと擦られた場所から得体の知れない感覚が広がった。思わず腰を揺らしたシュウクに気づいたダンが、同じところを何度もグリグリと擦る。そうされるとますます不可解な感覚が生まれ、背中がヒクヒクと震えた。

「張り型で慣らしていたとは言え、敏感だな」
「ぅ……っ、ぁ……っ」
「いや、感じやすい体質といったところか」
「……っ、んっ」

 グリッと擦られるたびに背中がしなり、頭の中がふわっと浮き上がる。後ろに突き出すように持ち上げられた尻は、背中をしならせるたびにダンにいやらしく押しつけているように見えるはずだ。そんな姿はみっともないと思っていたが、初めての感覚にシュウクは抗うこともできず翻弄されっぱなしだった。
 しばらくすると、擦られるたびに腹の奥がぞわっとし尿意にも似た感覚がすることに気がついた。まさかと思いながらも、少しずつ強くなる感覚にシュウクは大いに混乱した。慌ててダンの動きを止めようとしたが、背後から突き入れられている状態では止めようがない。
 それでも、これ以上されればとんでもない粗相をしてしまうと焦ったシュウクは、必死に振り返ってダンに訴えた。

「少し、とまって、くだ……っ」
「どうした? 気持ちよくないか?」
「そうじゃ、な……っ。ぅぁ……っ、とめ、とめてくださ……ぃっ」
「気持ちいいんだろう? ……あぁ、前もこんなに濡らしているじゃないか」
「ひっ」

 陰茎を急に撫でられ、シュウクの腰がビクッと震えた。そうすると中をまた強く擦られることになり、再び強い尿意にも似た感覚が蘇る。

「だめ、ぉねが……っ。やめて、とまっ……、とめ、て……っ」

 シュウクの必死の願いは聞こえているはずなのに、ますますダンが腰をぶつけてきた。追い詰められたシュウクは、涙をこぼしながらフルフルと頭を振り続ける。

「だ、め……っ、おねが、ぅぁっ」
「大丈夫だ、気持ちいいなら素直に感じろ」
「だめ、とめてっ。や、とめて、だめっ、だめ……ぇっ」

 必死に体を支えていた肘から力が抜け、シュウクの上半身がガクンと敷布に崩れ落ちた。その衝撃で中を激しく擦られ、限界まできていた感覚がドッと堰を切ったようにあふれ出す。
 シュウクが「あっ」と思ったときにはすでに遅く、下肢が解放された喜びにブルブルと震えた。腰がブルッとするたびに何かがビュッ、ビュッ、と陰茎から噴き出す。ときおりビシャッと水が噴き出すような音が聞こえるが、止めることはできなかった。
 ベッドに額をつけながら震えていたシュウクは、ぼんやりとしたまま自分の下肢に視線を向けた。虚ろな眼差しで、白にも透明にも見えるものが滴るように敷布に落ちるのを見つめる。

(……こんな……、なんてことを……)

 シュウクは粗相をしたのだと思った。初めて愛しい人と交わったというのに、自分はなんてみっともないことをしたのかと恥ずかしくてたまらない。
 そんなシュウクの耳に、ダンの感嘆にも似た声が聞こえてきた。

「もしやと思ったが、まさか触らずにイくとは驚いた」

 まだ何かしらを漏らしている陰茎を硬い指に触られ、シュウクの腰が小さく震える。

「しかも半分は潮だな」

 またもやうれしそうなダンの声が聞こえた。よくわからないが、自分は粗相をしたのではないのだろうか。
 そんなことをぼんやり思っていたシュウクは、体内なかから太いものが抜ける衝撃に「ぅんっ」と声を漏らしてしまった。慌てて息を詰め、グッと唇を噛み締める。

「声も、もっと感じるままに出せばいい」
「……っ」

 仰向けに寝転がされたシュウクは、そんな恥ずかしいことはできないと頭をフルフルと振った。
 男の喘ぎ声など聞き苦しいだけだ。せめて十代の若々しい声ならいいかもしれないが、二十六の大人の男の喘ぎ声などダンを萎えさせるだけに違いない。そう考えていたシュウクは何度も頭を振った。

「フッ」

 そんなシュウクに小さく笑ったダンは、汗で頬や額に張りついた黒髪を指で拭い、そのまま梳くように何度か撫でた。

「おまえの考えていることは、くだらないことだ」
「……っ」

 閨事を知らないのを馬鹿にされたのだろうか。ますます情けなく思っていると、膝立ちになったダンがシュウクの腰に跨がった。そうして「見てろ」と言いながら、左手でヌラヌラした己の逞しい陰茎を掴んだ。

(え……?)

 何をするのかと驚いていると、今度は右手がシュウクの胸をカリッと引っ掻いた。硬い爪が乳首に引っかかり、その瞬間ゾワッとしたものが背中を突き抜ける。不意打ちにシュウクが思わず「あっ」と声を上げると、左手に持ち上げられていたダンの陰茎が一回り大きく膨らむのがわかった。
 驚いたシュウクが目を見張ると、さらにダンの指が乳首を擦るように動く。そのたびに「ぁっ、んっ」と漏れる声を、シュウクは止めることができなかった。声を漏らしながらも、濃紺の目はダンの陰茎から外すことができなかった。

(大きくなっていたのに……、ますます大きく……)

 それが自分の声に反応した結果だということは、シュウクにもすぐにわかった。

「わかったか? おまえが声を出すと俺も気持ちがいいんだ」

 なんて恥ずかしいことをと、シュウクの目がウロウロとさまよう。それでも結局は見事なダンの陰茎に戻ってしまった。

「…………ばか」

 思わず出てしまった言葉に、ダンが男臭い笑みを浮かべた。

「さて、このとんでもなく大きく育った息子を、これからシュウクに癒やしてもらうわけなんだが」
「……っ」

 ヌッと突き出すように見せつけられた陰茎に、シュウクの濃紺の瞳が吸い寄せられる。それは過去に見たどの男たちのものより太く長く、そう思うだけでシュウクの後孔がヒクッと震えた。

「雁首だけなら、この辺りか」
「っ」

 乳首をいじっていた指が、シュウクの下生えと陰茎の境目をクッと押した。

「半分で、この辺り……」

 下生えを撫でながら、指がゆっくりと臍へと向かっていく。

「全部入れると、どこまでいくかな」

 そう言って臍をくるりと撫でられただけで、シュウクの腹はみっともなく震えた。そんな奥深くまで入れられるのかと思うと、さすがに恐怖を感じる。しかし、シュウクの胸に湧き上がったのは恐れだけではなかった。

(そんな奥まで、愛してもらえる)

 体の奥がゾクッと震えた。散々中を擦られた後孔がヒクヒクと震える。男にはないはずの腹の奥の何かが、ダンの陰茎を求めるようにキュウッと鳴いたような気がした。
 気がつけばシュウクの両手はダンの首に回り、必死に唇に吸いついていた。早く入れてほしいと思いながら、思いの丈を口づけという行為で伝える。

「シュウクは、口づけが好きだな」
「あなたが相手だからです」
「じゃあ、まぐわいはどうだ?」
「……これから、あなたが教えてください」
「誘惑するのは、俺だけにしておけよ」

 そう言って笑みを浮かべたダンともう一度深く口づけたシュウクは、ゆっくりと足を開いた。





 エンカ城に到着してから二月ふたつき後、ミティアスは無事にエンカ領主となった。ミティアスの正妃として正式に認められたメイリヤ姫とは相変わらず仲睦まじく過ごしている。
 エンカに到着した当初から何かと忙しくしていたダンは、最近では護衛よりも側近としての役割が中心になりつつあった。ミティアスと共に事務仕事をこなすことが増え、そんなダンの傍らにはシュウクが寄り添い同じく事務作業に励んでいる。
 勤勉な二人の姿はミティアスが執務室にいないときも見られるようになった。いまも二人で山積みになった書状の仕分け作業をしている。

「南のほうからの報告書では、今年は麦が豊作のようですよ」

 何通かの報告書を手に、シュウクが長机の端に置かれた箱へと持っていく。

「あぁ、種の種類を変えたからだろう。土壌改良も進んでいるし、来年以降はさらに豊作になるだろうな」

 同じように立ったまま書状を確認していたダンが、手にしていたうちの二通をシュウクに渡した。受け取ったシュウクはさっと文面を確認し、一通を先ほどと同じ箱に、もう一通を別の箱に入れる。

「東の貯水池の工事も順調とのことです」
「西の下水工事はどうだ?」
「いまのところ大きな問題は起きていないようですから、ほぼ計画どおりでしょう。工費もおおよそ計算していたとおりの数字が上がってきています」

 ダンが新たに手にした書状の束の半分を受け取ったシュウクは、何通かの中面を確認して中央の箱に入れた。
 エンカ各地から届く報告書や書状には、進められている工事や政策が順調であるという報告とともに、領主となったミティアスへのお礼の言葉がしたためられていた。中には税の軽減や設備の老朽化などを訴える訴状も含まれているが、それらをすべて確認し、ミティアスに指示を仰ぐ必要があるものとそうでないものにわけるのがダンとシュウクの仕事の一つだった。

「先代ご領主からも、随分と感謝されているようですね」

 シュウクの言葉にダンがニヤリと笑う。

「ミティアス殿下の能力を発揮できる場所が、ようやく見つかったということだ」

 ダンの言葉に、シュウクはなるほどと思った。
 王都にいたのでは、末子であるミティアスが才能を十分に発揮できる場はなかったのだろう。そもそも王族として上に立とうという気持ちがなかったに違いない。シュウクが出会った頃のミティアスを思い出せば、そうではないかと容易に想像できた。
 しかしエンカの地では自分のため、なによりキライトのために領主として働かざるを得ない。よりよい環境を手に入れるためには、領地を豊かにし安心できる場所にしなければいけなかった。
 ミティアスは正式な領主になる前から、エンカ各地の状況を領主であった大叔母に確認していた。地図を広げ、耕作地の状況や街の状況を確認してはダンに指示を出していた。そういう成果が少しずつ現れているということなのだろう。

「殿下にはもともと才能があると思っていたんだが、お二人の優秀な兄君がいたから発揮する場がなかった。あぁいや、面倒なことを避けるきらいがあったせいかもしれないな。小さい頃から苦労せずに何でも手に入れてきたことが原因なんだろうが」
主人あるじに対して辛辣ですね」
「俺は兄みたいなものだからな。殿下が生まれたときから見ているが、いつからか努力や真剣に考えることを放棄しているように感じていた。それがあまりにもったいなく、本人のためにもならないと思っていたんだ。遊び呆けるだけの生活に、かつては苦言を呈したりもしていたんだがな」
「ミティアス殿下は耳を貸されなかったのですか?」

 シュウクの言葉にダンがひょいと片眉を上げる。

「一時は聞くが、すぐに元に戻る。本心から変わらなければ意味がないということだ」

 ダンの表情に、シュウクは彼もまた主人あるじのことで苦労してきたのだと察した。

「しかし、エンカに行くと決めてからは人が変わったかのようになった。すべては愛するキライト殿下のためなんだろうが、あれが本来の殿下の姿なのだろう」
「もしや、国王陛下はそういった部分も見越したうえでエンカ行きをお認めになられたということでしょうか」
「さぁ、どうだろうな。陛下のお考えは誰にもわからん。昔からそういう御方だったと、王太子時代から仕える両親も話していた」

 なるほどと頷きながら、シュウクは「まるでミティアス殿下のようでは?」と思った。
 考えていることがまったくわからない、というほどではないが、ミティアスも腹の奥までは決して覗かせようとしない。初恋だったからか主人あるじへの思いは手に取るようにわかったものの、それ以外のことを汲み取ることはシュウクにはできなかった。
 それは大国の王子ゆえの警戒心からかと思っていたが、父王から受け継いだ気質かもしれないということだ。そう考えると、思っていたよりも大変な御方に主人あるじを託したのかもしれないとシュウクは背筋を振るわせた。

「国境沿いには俺が選んだ騎士たちを潜り込ませているから、タータイヤで何かが起きてもいち早く知らせが届く。先だってタータイヤ王宮内で揉め事が起きたらしいが、国を揺るがすほどのことにはならないだろう。王都も静観を決めたようだしな。心配するな、キライト殿下もおまえも二度とあんなところには返さない」
「……ダン殿」

 わずかに不安を感じていたシュウクの背中を、ダンの力強い腕が支えるように触れる。

「エンカに入り込んでいたトカゲたちも全部追い出したことだし、ミティアス殿下が領主である間は何事も起きないだろうよ」
「トカゲ?」
「小うるさい輩のことだ」

 トカゲのことはよくわからなかったが、エンカ到着後、ダンが寝る間も惜しんで忙しくしていたのは領地を掌握するためだったのだろう。「わたしもとんでもない方と結ばれたのかもしれない」とシュウクは思った。

「とにかく、これからは領主の側近として忙しくなるな」
「わたしもお手伝いします」
「頼む。シュウクが数字に強いことには驚いたが、おかげで助かっている」
「小さい頃から、手慰みに学んでいただけですが」

 ただひたすら数字と向き合う時間だけが、シュウクにとって心休まるときだった。計算には答えが一つしかなく、あれこれ迷わなくていいところが好ましい。無心で計算していれば、大人たちの下卑た顔を思い出さずに済むのもよかった。
 そんなことで学んでいた知識がいま別の国で役立っていることに、シュウクは不思議な縁を感じていた。

「俺は、ミティアス殿下の施政者としての顔を見たいとずっと思ってきた。そういう日が訪れることを願っていた。そのためなら何でもやろうと、どこまででも殿下に付き従おうと思ってもいた。それが叶った現状に満足している。それに、美しく有能な恋人もできたしな」

 そう言ったダンの顔がスッと近づき、驚いて目を見張るシュウクの唇を奪った。ただ触れるだけの口づけだというのに、シュウクの体に小さな熱が灯る。

「……仕事中に、こういうことはしないでくださいと言ったでしょう」
「嫌だったか?」
「そういう問題ではありません」

 濃紺の瞳が、男臭くも爽やかな笑みを浮かべる側近をじっと見上げる。しばらく見つ合っていた二人だったが、先に動いたのはシュウクだった。逞しいダンの両肩に手を載せ、つま先立ちになりながら耳元に唇を寄せる。

「今夜は覚悟しておいてくださいね。身動きできなくしたあなたを、わたしが可愛がって差し上げます」

 シュウクの挑発的な言葉に困ったように眉尻を下げたダンだったが、口元には楽しそうな笑みが浮かんでいた。
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