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リチャードが手土産の大盤振る舞いをした数日後、遊女の葵が「ねぇ、珠吉」と柱の影から珠吉を手招きした。いつもと違う様子に首を傾げつつ「どうしたんですか?」と近づく。
「ちょっと気になることがあってね」
「気になること?」
「お姫様の着物なんだけど……」
「お姫様?」
「ほら、例の豪華な打ち掛け」
「あぁ」
珠吉がポンと手を叩いた。リチャードが伊勢太夫に贈った打ち掛けは西陣織だったらしく、名のあるお公家様の持ち物に違いないと牡丹楼でも話題になっている。しかし太夫が着るには柄が少しばかり古臭い。そのため袖を通すことはなく、黒漆塗りの大名衣桁に飾り豪華な様子を皆で楽しむことにした。
「あの着物がどうしたんですか?」
「それがね……」と葵が珠吉の耳元に口を寄せる。
「袖から骨のような手が出てるのを見たって話でね。うっかり見ちまったって禿が怯えてねぇ」
「骨の手、ですか」
「しかも三度も目にしたっていうんで、いま奥の布団部屋でブルブル震えてるのさ」
「そうですか」
珠吉は「うーん」と目を閉じ悩んだ。太夫付きの禿が見たということは伊勢太夫も見たに違いない。しかし今朝顔を合わせたときに太夫は何も言わなかった。昔から肝の据わった遊女だったが、妖や幽霊を見ても怖くないのだろう。
「吉乃太夫のこともあるから、禿たちは余計に怖がってるんだろうねぇ」
「あー……」
牡丹楼で二番席だった吉乃太夫は、年の瀬に突然倒れてしまった。体はすっかりやせ細り、年が明けても床から起き上がれずにいる。昨年の春に煌びやかな花魁行列をしたときとはあまりに違う姿に遊女たちは眉尻を下げ、禿たちは何かよくない病ではないかと囁きあっていた。
吉乃太夫の様子を見た珠吉は、すぐに犬神のせいに違いないと気づいた。犬神の気配はしないものの、茶々丸いわく「ネズミに憑かれているな」ということだから遊女殺しの呪いが返ってきたのだろう。
珠吉は妖や幽霊を見ることはできても祓うことはできない。茶々丸は食らうという方法で存在自体を消してしまえるが「自業自得だ」と言うだけでどうにかしようとはしなかった。化け猫の茶々丸は人より妖のほうに情が湧くのだろう。吉乃太夫には申し訳ないが、犬神憑きだとわかっても珠吉にはどうすることもできなかった。
「あの着物、何か悪いものでも憑いてるのかねぇ」
「太夫姐さんに話しておきます」
「すまないね」
そう言って葵が自分の部屋へと戻っていく。「どうしたもんかなぁ」と思いながら振り返ると茶々丸が黒いものを咥えて座っていた。
「び……っくりした。……ってそれ、昆布巻きじゃないか」
咥えていたものをぺろんと口に入れた茶々丸は、しばらくもぐもぐと咀嚼した。そうして「ん、うまい」と満足げに感想を述べ、長い舌で口回りをべろんと舐める。
「どこでくすねてきたのさ」
『くすねたとは人聞きが悪いな。角の蕎麦屋が正月の残り物だといってくれたんだ』
口回りを前脚で洗いながら「それよりさっきの話は小袖の手か?」と口にする。
「そうかもしれないけど、でもあの着物はお公家様のものだったって話だしなぁ」
『それじゃあ青女房か』
「どうだろう。妖じゃなくて幽霊かもしれない」
『どちらにしても悪さはしないだろう。そうした気配はない』
「禿たちは怖がってるけどね」
『いずれ妓楼の遊女になるんだ、そのくらいで怖がってどうする』
「子どもは大概怖がるもんでしょ」
珠吉の言葉に緑色の目がちろっと視線を上げた。「なに?」と珠吉が言うと「いいや」と茶々丸が答える。
「言いたいことがあるならはっきり言いなよ」
『そういうものを怖がらない子どものほうが大人たちには怖いものだ』
「……リチャード様の前では気をつける」
『それがいい』
もう間もなく珠吉はリチャードに身請けされる。表向きは身請けだが、実際は商館で雇ってもらうことになっていた。どういった仕事を任されるかはわからないものの、周囲はまっとうな人たちばかりに違いない。そうした人に見えないものが見えると口にすれば怖がられるのはわかっている。
大人は自分たちに見えないものを信じようとはしない。見えないものが見えるといえば煙たがられ、しまいには嘘つきとののしられるだろう。茶々丸はそれを心配し、珠吉もまたそうならないように注意しようと肝に銘じた。
(雇われて早々に追い出されちゃたまったもんじゃないし)
珠吉は新吉原での生活しか知らない。遊郭から出てもすぐに外の人たちのように働くことは難しいだろう。だから少なくとも三年はリチャードの世話になろうと考えていた。その後の身の振り方はそのとき考えればいい。それまではおかしなものが見え、おかしなことを口にするやつだと思われないようにしなくてはいけない。
「一応、太夫姐さんには骨の手のこと話しておく」
『話したところで手が消えることはないだろうがな』
「そうなんだよねぇ。いっそ近くの寺社に持って行ってお経なり祈祷なりあげてもらったほうがいいのかな」
『線香臭い着物を妓楼に持って帰ってくるつもりか?』
「だよねぇ」
手っ取り早い方法は飾らず奥に仕舞い込むことだ。妖は着物から離れることはないから骨の手が一人で動き回ることはない。「もったいないけどそれが一番か」と考えながら洗濯物を抱えて裏庭に出る。途端にぴゅうっと冷たい風が頬を撫で体がぶるりと震えた。
(こういう寒い日は井戸の水がこたえるよなぁ)
寒くても珠吉の仕事がなくなることはない。正月三が日は神様のお接待だということで洗濯や掃除といった仕事はしなくていいが、それが終わればいつもの日常だ。客も来るし遊女たちの洗濯物も山積みになる。積み上がった仕事は毎日こなしても一向に減ることはなく、おかげで昼を過ぎても洗濯が終わらない。
(台所で少しだけ湯をわけてもらおうかなぁ)
井戸を覗き込んだ珠吉が「まだまだ冷たそう」とつぶやいたとき、背後に奇妙な気配を感じ振り返った。キョロキョロとあたりを見回すがおかしなものは見えない。「気のせいか」と桶に手をかけたとき、店のほうから得体の知れないものを感じ珠吉がバッと振り返る。
洗濯物はそのままに中に入り店の入り口のほうへと向かった。うなじがぞわっとするのを感じながら顔を覗かせると、ちょうどリチャードが店に入ってくるところだった。
(……あれは……)
ぼんやりとだが、リチャードの右肩あたりに何かが見える。煙のような霧のようなそれは形が定まっておらず、一見すると妖のようには見えない。
(煙の妖もいるって聞いたことはあるけど……)
侍の時代に書かれた妖絵巻にそんな妖怪が描かれていると誰かが話していた。しかし実際に見たことはない。そもそも煙の妖がいたとして何をするのかさっぱりわからなかった。
しかし、その煙のようなものがリチャードの右肩近くで漂っている。一瞬幽霊かと思ったが、それにしてはやけに気配が強い。しかし妖にも見えない。もしあれが妖や幽霊なら、いくら祓う力を持つリチャードでも異変を感じるか体調を崩すはずだ。
(でも顔色はすごくいい)
にこやかな表情も無理をしているようには見えない。「じゃあ、あれはいったい何?」と珠吉が眉をひそめたとき、右肩あたりに漂っていた煙がフッと消えた。裏庭で感じたぞわっとした気配もなくなっている。あれだけ強い気配が一瞬にして消えたことに珠吉は「えぇ?」と首を傾げた。
『あれは生き霊だな』
いつの間にか足元に座っていた茶々丸が髭をヒクヒクさせながらそうつぶやいた。
「生き霊?」
『本体が目覚めたから消えたんだろう』
茶々丸の言葉に珠吉がもう一度リチャードを見る。
『おそらく女の生き霊だ。大方、どこぞのご令嬢にでも見初められでもしたんじゃないか? その女が拗れた思いを募らせているといったところだな』
「あー、なるほど」
羽振りがよく見た目もいいリチャードならありそうな話だ。
「それにしても生き霊って……」
珠吉が生き霊を見たのは初めてだった。それだけ強くリチャードを思う女がいるということだ。リチャードが大勢に好意を寄せられているだろうことは想像がつく。いまも自分の客にならないとわかっているのに遊女たちがわらわらと現れ、少しでもと気を引こうとしているくらいだ。
「あぁ、そこにいたのか」
リチャードが珠吉に気がついた。いつもより随分早いが伊勢太夫のとろこに来たのだろう。珠吉が頭を下げるとゴトンという音がした。足元を見るとリチャードにもらった古めかしい手鏡が落ちている。
「持ち歩くほど気に入ってくれたのか?」
リチャードの晴れやかな声に「ええと」と一瞬口ごもった。なぜここに手鏡があるのかわからないが、ひそめた眉を誤魔化しながら「えぇ、まぁ」と珠吉が答える。
「気に入ってくれたのならよかった」
「大層なものをありがとうございます」
そう言って頭を下げてから手鏡を拾った。いずれかの大名屋敷にあったのだろうその手鏡は、珠吉の手のひらほどの大きさで持ち運ぶには大きすぎる。懐に入れたままでは仕事もしづらい。だからいつも部屋の小さな机に置きっぱなしにしているのだが、なぜか足元に落ちてきた。
(ついてきたかな)
傷が付いていないか確認するため被せものを取る。その瞬間、鏡面に何かが映った気がした。もちろん自分の顔ではない。鏡研ぎによって磨き上げられた鏡面には珠吉の顔が映っているが、それとは明らかに違う誰かの姿が一瞬だけ見えた。
『その鏡、ただの付喪神じゃないな』
茶々丸の声を聞きながら、再び被せもので覆い懐に仕舞った。そのまま「ご案内します」と言ってリチャードを二階へと案内する。先導しながら懐がわずかに重くなるのを珠吉は感じていた。
「ちょっと気になることがあってね」
「気になること?」
「お姫様の着物なんだけど……」
「お姫様?」
「ほら、例の豪華な打ち掛け」
「あぁ」
珠吉がポンと手を叩いた。リチャードが伊勢太夫に贈った打ち掛けは西陣織だったらしく、名のあるお公家様の持ち物に違いないと牡丹楼でも話題になっている。しかし太夫が着るには柄が少しばかり古臭い。そのため袖を通すことはなく、黒漆塗りの大名衣桁に飾り豪華な様子を皆で楽しむことにした。
「あの着物がどうしたんですか?」
「それがね……」と葵が珠吉の耳元に口を寄せる。
「袖から骨のような手が出てるのを見たって話でね。うっかり見ちまったって禿が怯えてねぇ」
「骨の手、ですか」
「しかも三度も目にしたっていうんで、いま奥の布団部屋でブルブル震えてるのさ」
「そうですか」
珠吉は「うーん」と目を閉じ悩んだ。太夫付きの禿が見たということは伊勢太夫も見たに違いない。しかし今朝顔を合わせたときに太夫は何も言わなかった。昔から肝の据わった遊女だったが、妖や幽霊を見ても怖くないのだろう。
「吉乃太夫のこともあるから、禿たちは余計に怖がってるんだろうねぇ」
「あー……」
牡丹楼で二番席だった吉乃太夫は、年の瀬に突然倒れてしまった。体はすっかりやせ細り、年が明けても床から起き上がれずにいる。昨年の春に煌びやかな花魁行列をしたときとはあまりに違う姿に遊女たちは眉尻を下げ、禿たちは何かよくない病ではないかと囁きあっていた。
吉乃太夫の様子を見た珠吉は、すぐに犬神のせいに違いないと気づいた。犬神の気配はしないものの、茶々丸いわく「ネズミに憑かれているな」ということだから遊女殺しの呪いが返ってきたのだろう。
珠吉は妖や幽霊を見ることはできても祓うことはできない。茶々丸は食らうという方法で存在自体を消してしまえるが「自業自得だ」と言うだけでどうにかしようとはしなかった。化け猫の茶々丸は人より妖のほうに情が湧くのだろう。吉乃太夫には申し訳ないが、犬神憑きだとわかっても珠吉にはどうすることもできなかった。
「あの着物、何か悪いものでも憑いてるのかねぇ」
「太夫姐さんに話しておきます」
「すまないね」
そう言って葵が自分の部屋へと戻っていく。「どうしたもんかなぁ」と思いながら振り返ると茶々丸が黒いものを咥えて座っていた。
「び……っくりした。……ってそれ、昆布巻きじゃないか」
咥えていたものをぺろんと口に入れた茶々丸は、しばらくもぐもぐと咀嚼した。そうして「ん、うまい」と満足げに感想を述べ、長い舌で口回りをべろんと舐める。
「どこでくすねてきたのさ」
『くすねたとは人聞きが悪いな。角の蕎麦屋が正月の残り物だといってくれたんだ』
口回りを前脚で洗いながら「それよりさっきの話は小袖の手か?」と口にする。
「そうかもしれないけど、でもあの着物はお公家様のものだったって話だしなぁ」
『それじゃあ青女房か』
「どうだろう。妖じゃなくて幽霊かもしれない」
『どちらにしても悪さはしないだろう。そうした気配はない』
「禿たちは怖がってるけどね」
『いずれ妓楼の遊女になるんだ、そのくらいで怖がってどうする』
「子どもは大概怖がるもんでしょ」
珠吉の言葉に緑色の目がちろっと視線を上げた。「なに?」と珠吉が言うと「いいや」と茶々丸が答える。
「言いたいことがあるならはっきり言いなよ」
『そういうものを怖がらない子どものほうが大人たちには怖いものだ』
「……リチャード様の前では気をつける」
『それがいい』
もう間もなく珠吉はリチャードに身請けされる。表向きは身請けだが、実際は商館で雇ってもらうことになっていた。どういった仕事を任されるかはわからないものの、周囲はまっとうな人たちばかりに違いない。そうした人に見えないものが見えると口にすれば怖がられるのはわかっている。
大人は自分たちに見えないものを信じようとはしない。見えないものが見えるといえば煙たがられ、しまいには嘘つきとののしられるだろう。茶々丸はそれを心配し、珠吉もまたそうならないように注意しようと肝に銘じた。
(雇われて早々に追い出されちゃたまったもんじゃないし)
珠吉は新吉原での生活しか知らない。遊郭から出てもすぐに外の人たちのように働くことは難しいだろう。だから少なくとも三年はリチャードの世話になろうと考えていた。その後の身の振り方はそのとき考えればいい。それまではおかしなものが見え、おかしなことを口にするやつだと思われないようにしなくてはいけない。
「一応、太夫姐さんには骨の手のこと話しておく」
『話したところで手が消えることはないだろうがな』
「そうなんだよねぇ。いっそ近くの寺社に持って行ってお経なり祈祷なりあげてもらったほうがいいのかな」
『線香臭い着物を妓楼に持って帰ってくるつもりか?』
「だよねぇ」
手っ取り早い方法は飾らず奥に仕舞い込むことだ。妖は着物から離れることはないから骨の手が一人で動き回ることはない。「もったいないけどそれが一番か」と考えながら洗濯物を抱えて裏庭に出る。途端にぴゅうっと冷たい風が頬を撫で体がぶるりと震えた。
(こういう寒い日は井戸の水がこたえるよなぁ)
寒くても珠吉の仕事がなくなることはない。正月三が日は神様のお接待だということで洗濯や掃除といった仕事はしなくていいが、それが終わればいつもの日常だ。客も来るし遊女たちの洗濯物も山積みになる。積み上がった仕事は毎日こなしても一向に減ることはなく、おかげで昼を過ぎても洗濯が終わらない。
(台所で少しだけ湯をわけてもらおうかなぁ)
井戸を覗き込んだ珠吉が「まだまだ冷たそう」とつぶやいたとき、背後に奇妙な気配を感じ振り返った。キョロキョロとあたりを見回すがおかしなものは見えない。「気のせいか」と桶に手をかけたとき、店のほうから得体の知れないものを感じ珠吉がバッと振り返る。
洗濯物はそのままに中に入り店の入り口のほうへと向かった。うなじがぞわっとするのを感じながら顔を覗かせると、ちょうどリチャードが店に入ってくるところだった。
(……あれは……)
ぼんやりとだが、リチャードの右肩あたりに何かが見える。煙のような霧のようなそれは形が定まっておらず、一見すると妖のようには見えない。
(煙の妖もいるって聞いたことはあるけど……)
侍の時代に書かれた妖絵巻にそんな妖怪が描かれていると誰かが話していた。しかし実際に見たことはない。そもそも煙の妖がいたとして何をするのかさっぱりわからなかった。
しかし、その煙のようなものがリチャードの右肩近くで漂っている。一瞬幽霊かと思ったが、それにしてはやけに気配が強い。しかし妖にも見えない。もしあれが妖や幽霊なら、いくら祓う力を持つリチャードでも異変を感じるか体調を崩すはずだ。
(でも顔色はすごくいい)
にこやかな表情も無理をしているようには見えない。「じゃあ、あれはいったい何?」と珠吉が眉をひそめたとき、右肩あたりに漂っていた煙がフッと消えた。裏庭で感じたぞわっとした気配もなくなっている。あれだけ強い気配が一瞬にして消えたことに珠吉は「えぇ?」と首を傾げた。
『あれは生き霊だな』
いつの間にか足元に座っていた茶々丸が髭をヒクヒクさせながらそうつぶやいた。
「生き霊?」
『本体が目覚めたから消えたんだろう』
茶々丸の言葉に珠吉がもう一度リチャードを見る。
『おそらく女の生き霊だ。大方、どこぞのご令嬢にでも見初められでもしたんじゃないか? その女が拗れた思いを募らせているといったところだな』
「あー、なるほど」
羽振りがよく見た目もいいリチャードならありそうな話だ。
「それにしても生き霊って……」
珠吉が生き霊を見たのは初めてだった。それだけ強くリチャードを思う女がいるということだ。リチャードが大勢に好意を寄せられているだろうことは想像がつく。いまも自分の客にならないとわかっているのに遊女たちがわらわらと現れ、少しでもと気を引こうとしているくらいだ。
「あぁ、そこにいたのか」
リチャードが珠吉に気がついた。いつもより随分早いが伊勢太夫のとろこに来たのだろう。珠吉が頭を下げるとゴトンという音がした。足元を見るとリチャードにもらった古めかしい手鏡が落ちている。
「持ち歩くほど気に入ってくれたのか?」
リチャードの晴れやかな声に「ええと」と一瞬口ごもった。なぜここに手鏡があるのかわからないが、ひそめた眉を誤魔化しながら「えぇ、まぁ」と珠吉が答える。
「気に入ってくれたのならよかった」
「大層なものをありがとうございます」
そう言って頭を下げてから手鏡を拾った。いずれかの大名屋敷にあったのだろうその手鏡は、珠吉の手のひらほどの大きさで持ち運ぶには大きすぎる。懐に入れたままでは仕事もしづらい。だからいつも部屋の小さな机に置きっぱなしにしているのだが、なぜか足元に落ちてきた。
(ついてきたかな)
傷が付いていないか確認するため被せものを取る。その瞬間、鏡面に何かが映った気がした。もちろん自分の顔ではない。鏡研ぎによって磨き上げられた鏡面には珠吉の顔が映っているが、それとは明らかに違う誰かの姿が一瞬だけ見えた。
『その鏡、ただの付喪神じゃないな』
茶々丸の声を聞きながら、再び被せもので覆い懐に仕舞った。そのまま「ご案内します」と言ってリチャードを二階へと案内する。先導しながら懐がわずかに重くなるのを珠吉は感じていた。
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