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「……あぁ、かすかにだがいい香りがしている」
ぼんやりしていた拓巳の耳に心地よく響く低い声が聞こえてきた。ゆっくり目を開けると、窓から差し込む夕暮れの光に照らされた優一の姿が視界に入る。
「優一さん……」
「つらくなったら連絡するようにと言っておいただろう?」
そういえば朝そんなことを言われた気がする。別につらくはなかったが連絡すべきだったのだろうか。
「いや、帰宅するまでの期待感を考えれば連絡がなかったのもいいスパイスか」
スーツの上着を脱ぎ腕時計を外している姿に見とれていると、それに気づいた優一がふわりと笑いながらベッドに腰掛けた。すぐそばにある新鮮で濃い香りを嗅いだ拓巳の体がふるっと小さく震える。
「しかし、初めての発情がここまで強く出ると思わなかったな」
「……はつ、じょう……?」
今朝も同じ言葉を聞いた気がする。知っている単語のはずなのに、熱に浮かされたような状態だからか意味を思い出すことができない。
「人が遠い昔に忘れ去った機能だよ。それに拓巳くんのような性のことも忘れ去られてしまった」
優一の冷たい手に頬を撫でられ、先ほどとは違った意味で体が震えた。いったい何の話だろうかと、碧色にも灰色にも見える目をじっと見つめる。
「きみは男として生まれてきたが、わたしと出会ったことで“生む性”が目覚めたんだ。人の中にはそういう性を持つ者がわずかに存在していてね。わたしはそういう人を探していた」
「うむ、せい……」
どういう意味の言葉だっただろうか。酩酊しているような状態の拓巳には優一の話もさっぱり理解できない。
「わたしたちのほとんどは“生ませる性”でね。狼や夢魔には“生む性”の者もいるが、あれらは食事としては底辺の存在になる。それに比べて人は極上で、なにより儚い命だという部分にとても惹かれるんだ」
優一の冷たい手が首筋に触れた瞬間、ぶわっと鳥肌が立った。突然敏感になってしまったように肌がシーツや服と擦れるのがむず痒くて仕方がない。それから逃れようと体を動かした拓巳は、下半身がやけに涼しいことに気がついた。脇腹や太ももに直接触れているのはシーツで服じゃない。どうしてだろうと思ったところで「そういえば」と思い出した。
(そうだ、匂いを嗅いでるうちに熱くなって脱いだんだった)
はじめに脱いだのはシャツだ。それでも熱くてズボンを脱いだ。結果、拓巳は下着一枚で優一のベッドに寝転がることになった。
素肌を隠すように覆っていた服やタオルが、優一の手によって一枚一枚剥がされていく。下着一枚でベッドに寝転んでいたことが恥ずかしくてたまらないはずなのに、そんな恥ずかしい自分を見られることに拓巳はどうしようもなく興奮していた。
「ようやくわたしだけのつがいを見つけることができた。こうして無事にΩとして目覚めてもくれた。五十年近く人の世にいるが、まさか本当に出会えるとは思っていなかったよ。これはまさに奇跡の出会いだ」
冷たい手がするりと胸を撫でた。それだけで腰がビクッと跳ねる。
「さぁ、目覚めたてのΩにαの精を注ぐとしようか」
優一の声が拓巳の耳を震わせた。
何度もしてきた行為だというのに、ただ肌を撫でられるだけでゾクゾクした何かが体の中心を貫いた。気持ちがいいと震える体を止めたくて、拓巳は優一の首に腕を回して必死に抱きついた。そうすると首筋や髪から濃い香りがしてますます拓巳を追い詰めていく。
「まだキスしかしていないのに、いまからこんなに泣いて大丈夫かい?」
優一の優しい問いかけにも「ハッハッ」という荒い息でしか返事ができない。次々と涙があふれるせいで、視界が滲んで回りがよく見えなくなってきた。それでも優一がどんな表情をしているのか見たくて少しだけ腕を離す。ところがほんの少し離れただけで言いようのない不安感が広がり、結局拓巳はよけいに力強く抱きつく結果になった。
「こっちも同じくらいあふれているね」
「ん……っ」
ヌチュ、と音を立てて優一の指が後孔に入っていく。ローションを使ったわけでもないのにそこはたっぷりと濡れていて、先ほどまで穿いていた下着を濡らしてしまうほどだった。
そんな体を熱に浮かされたような頭でも変だと思った。客を相手にするときは、痛みを感じたくないから毎回たっぷりのローションを仕込んでいる。普段使っているローションは洗い流しやすい反面、滑りが足りない。だからたっぷり仕込むのだが下着を濡らしたことはない。そもそも拓巳はローションなど仕込んでいなかった。
それなのに優一に肌を撫でられキスをされるだけで後孔がぐっしょりと濡れた。指を入れられるだけで恥ずかしい音を立てながら何かがあふれ出した。
「こ、なの……知らな……」
これじゃあまるで期待して準備していたようじゃないか。下着一枚でベッドに寝転がって待つなんて、いくら買われた身とはいえそんなことはしない。「決してそういう意味でここにいたんじゃない」と思いながら、体は久しぶりの快感にドロドロに溶けていた。
「初めての発情だから驚くのも無理はない。だが、心配しなくて大丈夫だ。発情したΩは、男でもこうして濡れるようになっているんだよ」
「オ、メガ……」
先ほども聞いた単語だが、拓巳には聞き覚えがなかった。
「そう、きみはΩだ」
自分をオメガだと呼んだのは優一が初めてだ。誰からもそんなことを言われたことはなく、オメガという言葉も知らない。オメガが何か訊ねたくて口を開こうとしたが、後孔に入った指に中を掻き混ぜられて抱きつくことしかできなかった。そんな拓巳の様子に優一が小さく笑う。
「大丈夫、そのまま身を委ねていればいい」
触れ合う優一の頬が少し冷たく感じるのは、自分が興奮しているからだろうか。顎を引き首筋に顔を埋めるようにすると、今度は濃厚な優一の香りが胸いっぱいに入ってきて腹部の違和感がますます強くなる。そうすると後孔から漏れ出る何かの量も増え、尻たぶをべっとりと濡らすのが拓巳にもよくわかった。
「Ωは男女問わず普通の女性よりもよく濡れる。それだけ受け入れることに特化し“生む性”として強いということだ。だからこそ、わたしたちの精も貪欲に受け入れつがいにもなれる」
「つがい、って、んっ」
訊ねたいことがいろいろあるのに、グチュグチュと掻き混ぜられるとひどく疼いて言葉が出てこない。指が動くたびに腹部が震え、まだネクタイをしベストを着たままの優一に腰を押しつけてしまった。指で中を掻き混ぜられるたびに腰が揺れ、硬い服の生地にペニスを擦りつけて自慰のようなことまでしてしまう。
「つがいは伴侶、結婚相手という意味だ。きみはわたしのつがいになるんだよ」
つがい、はんりょ、けっこんあいて……結婚相手……? 言葉の意味がわかった瞬間、拓巳の体が一気に熱くなった。腹部の奥が痺れたように震え、中の指をギュウギュウと食い締める。尻たぶどころか腰あたりまで濡らすほど後孔から何かがあふれシーツを濡らした。
そんな拓巳の後孔から、ちゅぽ、と音を立てて優一の指が抜けた。その刺激さえも、いまの拓巳には腰を震わせるほどの快感に感じられた。
「わたしのつがいになるのは嫌かい?」
優一の質問に、拓巳は首に抱きついたまま何度も頭を横に振った。出会って三カ月しか経っていないだとか、優一も自分も男だとかいったことはどうでもいい。優一がどんな仕事をしていてどういう人なのか、よくわからなくてもかまわない。この人のそばにいたいという強烈な気持ちだけが次々とあふれ出した。
(ずっと、この匂いを嗅いでいたい)
優一の香りに包まれていたい、優一に触れられていたい。そうした思いばかりが拓巳の中に渦巻いている。
「あぁ、なんてすばらしい香りだろう。まだ芽吹いたばかりだというのに、すでにほのかな蕾を感じさせる香りがしている。つがいになったきみは、さぞや可憐で瑞々しく香るのだろうね」
耳元で囁く低い声に頭が痺れた。体中が焦れたように早くと訴えている。腹部の奥がここにほしいのだと何かを求めている。
(ここに早く、早く熱いものを……熱くて濃い、俺だけの……)
強烈なまでに優一がほしいと思った。何がなんでも手に入れたいと欲した。ほかの誰でもなく、目の前の男だけがほしいのだと盲目的に思った。
ますます体を熱くする拓巳の体から、まるで香水のように香りが広がった。それは優一を捉えようとする、Ωとして芽生えたばかりの拓巳の本能が発したものだった。
「目覚めてすぐとは思えない、なんてすばらしい香りだろう。これではわたしのほうが呑まれてしまいそうだ」
「ゆ、いち、さん……俺っ、……俺、もう……っ」
「少しの間、腕を離してくれるかい? ほら、このままではネクタイすら解けないよ」
「いやだ……離さないで……離れないで……」
「すっかり発情状態になったな。歓迎すべきことだが、わたしとしては直接肌を触れ合わせたいんだけどね」
苦笑にも聞こえる声に拓巳が嫌々と頭を振る。なんて子どもっぽいことをしているんだと頭ではわかっているのに、離れるのが嫌で必死にしがみついた。
優一が腕を解こうとするだけでとてつもない不安に駆られた。ほんの少し体が離れるだけで胸が潰れそうになる。服に隔てられていたとしても拓巳はただ優一とくっついていたかった。このまま体の奥を貫いてほしくて堪らなかった。
「はやく……はやく」
「そんなに香りを撒き散らすものじゃない。誰かに香りをたどられたらどうするつもりだい?」
「ゆういちさんが、いる……」
拓巳のたどたどしい返事に優一がフッと笑みをこぼす。
「たしかに、どんなαが来ようともきみはわたしの腕の中だ。わたしだけの運命だ。誰にも渡したりはしない」
「うれしい……。俺、おれ……」
あふれた涙が目尻からこめかみを流れ落ちた。その感触すら肌を刺激し、拓巳は早く犯してほしいと強く願う。
「これでは、わたしのほうまで発情に入りそうだ。まさか生まれたてのΩにこれほど誘惑されるとは思わなかった」
「ゆ、いちさん、」
「名前を呼ばれるだけで目眩がしそうだよ」
抱きついている優一の体から濃密な薔薇の香りが一気に広がる。それは伯父夫婦の家で嗅いだ薔薇よりもずっと濃く、もっと甘いものだった。
(これだ……俺がほしかったのは、この匂いだ……)
拓巳は必死に抱きついた。絶対に離さないと首に回した両手に力を込めた。ここまで強烈に誰かを欲したのは生まれて初めてで、拓巳自身よくわからないまま縋るように抱きしめ続けた。
「一度目はゆっくりとわたしの精に慣れてもらおうと思っていたんだが……。Ωにここまで求められて拒めるαはいない。興奮のあまり、何度も咬んでしまうかもしれないね」
「手加減、しなくていいから……。噛んでも、いいから……っ。はやく、はやく挿れて……!」
疼いて堪らない体をどうにかしてほしくて、最後は悲鳴のような声で強請った。これほどの焦燥感に駆られる理由もわからないまま、拓巳はただほしいという本能のままに言葉を発する。
早く体の中を埋めてほしい。濃い香りで体の内側から満たしてほしい。体の奥深くを濡らしてほしい。
(はやく孕ませてほしい)
最後に浮かんだ言葉は無意識のもので、拓巳自身そう思ったことに気づいていない。
「つがいとなるΩにここまで望まれるのは喜ばしいことだ。たっぷりとかわいがってあげるとしよう」
睦言のように囁かれた優一の言葉に、掻き混ぜられたわけでもない拓巳の後孔からトプンといやらしいものがあふれ出た。
ぼんやりしていた拓巳の耳に心地よく響く低い声が聞こえてきた。ゆっくり目を開けると、窓から差し込む夕暮れの光に照らされた優一の姿が視界に入る。
「優一さん……」
「つらくなったら連絡するようにと言っておいただろう?」
そういえば朝そんなことを言われた気がする。別につらくはなかったが連絡すべきだったのだろうか。
「いや、帰宅するまでの期待感を考えれば連絡がなかったのもいいスパイスか」
スーツの上着を脱ぎ腕時計を外している姿に見とれていると、それに気づいた優一がふわりと笑いながらベッドに腰掛けた。すぐそばにある新鮮で濃い香りを嗅いだ拓巳の体がふるっと小さく震える。
「しかし、初めての発情がここまで強く出ると思わなかったな」
「……はつ、じょう……?」
今朝も同じ言葉を聞いた気がする。知っている単語のはずなのに、熱に浮かされたような状態だからか意味を思い出すことができない。
「人が遠い昔に忘れ去った機能だよ。それに拓巳くんのような性のことも忘れ去られてしまった」
優一の冷たい手に頬を撫でられ、先ほどとは違った意味で体が震えた。いったい何の話だろうかと、碧色にも灰色にも見える目をじっと見つめる。
「きみは男として生まれてきたが、わたしと出会ったことで“生む性”が目覚めたんだ。人の中にはそういう性を持つ者がわずかに存在していてね。わたしはそういう人を探していた」
「うむ、せい……」
どういう意味の言葉だっただろうか。酩酊しているような状態の拓巳には優一の話もさっぱり理解できない。
「わたしたちのほとんどは“生ませる性”でね。狼や夢魔には“生む性”の者もいるが、あれらは食事としては底辺の存在になる。それに比べて人は極上で、なにより儚い命だという部分にとても惹かれるんだ」
優一の冷たい手が首筋に触れた瞬間、ぶわっと鳥肌が立った。突然敏感になってしまったように肌がシーツや服と擦れるのがむず痒くて仕方がない。それから逃れようと体を動かした拓巳は、下半身がやけに涼しいことに気がついた。脇腹や太ももに直接触れているのはシーツで服じゃない。どうしてだろうと思ったところで「そういえば」と思い出した。
(そうだ、匂いを嗅いでるうちに熱くなって脱いだんだった)
はじめに脱いだのはシャツだ。それでも熱くてズボンを脱いだ。結果、拓巳は下着一枚で優一のベッドに寝転がることになった。
素肌を隠すように覆っていた服やタオルが、優一の手によって一枚一枚剥がされていく。下着一枚でベッドに寝転んでいたことが恥ずかしくてたまらないはずなのに、そんな恥ずかしい自分を見られることに拓巳はどうしようもなく興奮していた。
「ようやくわたしだけのつがいを見つけることができた。こうして無事にΩとして目覚めてもくれた。五十年近く人の世にいるが、まさか本当に出会えるとは思っていなかったよ。これはまさに奇跡の出会いだ」
冷たい手がするりと胸を撫でた。それだけで腰がビクッと跳ねる。
「さぁ、目覚めたてのΩにαの精を注ぐとしようか」
優一の声が拓巳の耳を震わせた。
何度もしてきた行為だというのに、ただ肌を撫でられるだけでゾクゾクした何かが体の中心を貫いた。気持ちがいいと震える体を止めたくて、拓巳は優一の首に腕を回して必死に抱きついた。そうすると首筋や髪から濃い香りがしてますます拓巳を追い詰めていく。
「まだキスしかしていないのに、いまからこんなに泣いて大丈夫かい?」
優一の優しい問いかけにも「ハッハッ」という荒い息でしか返事ができない。次々と涙があふれるせいで、視界が滲んで回りがよく見えなくなってきた。それでも優一がどんな表情をしているのか見たくて少しだけ腕を離す。ところがほんの少し離れただけで言いようのない不安感が広がり、結局拓巳はよけいに力強く抱きつく結果になった。
「こっちも同じくらいあふれているね」
「ん……っ」
ヌチュ、と音を立てて優一の指が後孔に入っていく。ローションを使ったわけでもないのにそこはたっぷりと濡れていて、先ほどまで穿いていた下着を濡らしてしまうほどだった。
そんな体を熱に浮かされたような頭でも変だと思った。客を相手にするときは、痛みを感じたくないから毎回たっぷりのローションを仕込んでいる。普段使っているローションは洗い流しやすい反面、滑りが足りない。だからたっぷり仕込むのだが下着を濡らしたことはない。そもそも拓巳はローションなど仕込んでいなかった。
それなのに優一に肌を撫でられキスをされるだけで後孔がぐっしょりと濡れた。指を入れられるだけで恥ずかしい音を立てながら何かがあふれ出した。
「こ、なの……知らな……」
これじゃあまるで期待して準備していたようじゃないか。下着一枚でベッドに寝転がって待つなんて、いくら買われた身とはいえそんなことはしない。「決してそういう意味でここにいたんじゃない」と思いながら、体は久しぶりの快感にドロドロに溶けていた。
「初めての発情だから驚くのも無理はない。だが、心配しなくて大丈夫だ。発情したΩは、男でもこうして濡れるようになっているんだよ」
「オ、メガ……」
先ほども聞いた単語だが、拓巳には聞き覚えがなかった。
「そう、きみはΩだ」
自分をオメガだと呼んだのは優一が初めてだ。誰からもそんなことを言われたことはなく、オメガという言葉も知らない。オメガが何か訊ねたくて口を開こうとしたが、後孔に入った指に中を掻き混ぜられて抱きつくことしかできなかった。そんな拓巳の様子に優一が小さく笑う。
「大丈夫、そのまま身を委ねていればいい」
触れ合う優一の頬が少し冷たく感じるのは、自分が興奮しているからだろうか。顎を引き首筋に顔を埋めるようにすると、今度は濃厚な優一の香りが胸いっぱいに入ってきて腹部の違和感がますます強くなる。そうすると後孔から漏れ出る何かの量も増え、尻たぶをべっとりと濡らすのが拓巳にもよくわかった。
「Ωは男女問わず普通の女性よりもよく濡れる。それだけ受け入れることに特化し“生む性”として強いということだ。だからこそ、わたしたちの精も貪欲に受け入れつがいにもなれる」
「つがい、って、んっ」
訊ねたいことがいろいろあるのに、グチュグチュと掻き混ぜられるとひどく疼いて言葉が出てこない。指が動くたびに腹部が震え、まだネクタイをしベストを着たままの優一に腰を押しつけてしまった。指で中を掻き混ぜられるたびに腰が揺れ、硬い服の生地にペニスを擦りつけて自慰のようなことまでしてしまう。
「つがいは伴侶、結婚相手という意味だ。きみはわたしのつがいになるんだよ」
つがい、はんりょ、けっこんあいて……結婚相手……? 言葉の意味がわかった瞬間、拓巳の体が一気に熱くなった。腹部の奥が痺れたように震え、中の指をギュウギュウと食い締める。尻たぶどころか腰あたりまで濡らすほど後孔から何かがあふれシーツを濡らした。
そんな拓巳の後孔から、ちゅぽ、と音を立てて優一の指が抜けた。その刺激さえも、いまの拓巳には腰を震わせるほどの快感に感じられた。
「わたしのつがいになるのは嫌かい?」
優一の質問に、拓巳は首に抱きついたまま何度も頭を横に振った。出会って三カ月しか経っていないだとか、優一も自分も男だとかいったことはどうでもいい。優一がどんな仕事をしていてどういう人なのか、よくわからなくてもかまわない。この人のそばにいたいという強烈な気持ちだけが次々とあふれ出した。
(ずっと、この匂いを嗅いでいたい)
優一の香りに包まれていたい、優一に触れられていたい。そうした思いばかりが拓巳の中に渦巻いている。
「あぁ、なんてすばらしい香りだろう。まだ芽吹いたばかりだというのに、すでにほのかな蕾を感じさせる香りがしている。つがいになったきみは、さぞや可憐で瑞々しく香るのだろうね」
耳元で囁く低い声に頭が痺れた。体中が焦れたように早くと訴えている。腹部の奥がここにほしいのだと何かを求めている。
(ここに早く、早く熱いものを……熱くて濃い、俺だけの……)
強烈なまでに優一がほしいと思った。何がなんでも手に入れたいと欲した。ほかの誰でもなく、目の前の男だけがほしいのだと盲目的に思った。
ますます体を熱くする拓巳の体から、まるで香水のように香りが広がった。それは優一を捉えようとする、Ωとして芽生えたばかりの拓巳の本能が発したものだった。
「目覚めてすぐとは思えない、なんてすばらしい香りだろう。これではわたしのほうが呑まれてしまいそうだ」
「ゆ、いち、さん……俺っ、……俺、もう……っ」
「少しの間、腕を離してくれるかい? ほら、このままではネクタイすら解けないよ」
「いやだ……離さないで……離れないで……」
「すっかり発情状態になったな。歓迎すべきことだが、わたしとしては直接肌を触れ合わせたいんだけどね」
苦笑にも聞こえる声に拓巳が嫌々と頭を振る。なんて子どもっぽいことをしているんだと頭ではわかっているのに、離れるのが嫌で必死にしがみついた。
優一が腕を解こうとするだけでとてつもない不安に駆られた。ほんの少し体が離れるだけで胸が潰れそうになる。服に隔てられていたとしても拓巳はただ優一とくっついていたかった。このまま体の奥を貫いてほしくて堪らなかった。
「はやく……はやく」
「そんなに香りを撒き散らすものじゃない。誰かに香りをたどられたらどうするつもりだい?」
「ゆういちさんが、いる……」
拓巳のたどたどしい返事に優一がフッと笑みをこぼす。
「たしかに、どんなαが来ようともきみはわたしの腕の中だ。わたしだけの運命だ。誰にも渡したりはしない」
「うれしい……。俺、おれ……」
あふれた涙が目尻からこめかみを流れ落ちた。その感触すら肌を刺激し、拓巳は早く犯してほしいと強く願う。
「これでは、わたしのほうまで発情に入りそうだ。まさか生まれたてのΩにこれほど誘惑されるとは思わなかった」
「ゆ、いちさん、」
「名前を呼ばれるだけで目眩がしそうだよ」
抱きついている優一の体から濃密な薔薇の香りが一気に広がる。それは伯父夫婦の家で嗅いだ薔薇よりもずっと濃く、もっと甘いものだった。
(これだ……俺がほしかったのは、この匂いだ……)
拓巳は必死に抱きついた。絶対に離さないと首に回した両手に力を込めた。ここまで強烈に誰かを欲したのは生まれて初めてで、拓巳自身よくわからないまま縋るように抱きしめ続けた。
「一度目はゆっくりとわたしの精に慣れてもらおうと思っていたんだが……。Ωにここまで求められて拒めるαはいない。興奮のあまり、何度も咬んでしまうかもしれないね」
「手加減、しなくていいから……。噛んでも、いいから……っ。はやく、はやく挿れて……!」
疼いて堪らない体をどうにかしてほしくて、最後は悲鳴のような声で強請った。これほどの焦燥感に駆られる理由もわからないまま、拓巳はただほしいという本能のままに言葉を発する。
早く体の中を埋めてほしい。濃い香りで体の内側から満たしてほしい。体の奥深くを濡らしてほしい。
(はやく孕ませてほしい)
最後に浮かんだ言葉は無意識のもので、拓巳自身そう思ったことに気づいていない。
「つがいとなるΩにここまで望まれるのは喜ばしいことだ。たっぷりとかわいがってあげるとしよう」
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