BL短篇集

朏猫(ミカヅキネコ)

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俺をセフレにしてください!~雑種のキャットである猫矢敷百、犬上先輩のセフレになることを決意する

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 初めて運命の存在に気づいたには爽やかな春風が吹く四月の三週目だった――入学式から二週間以上経つその頃にはソワソワしていた新入生たちも少しずつ落ち着いてくる。ようやく周囲を見る心の余裕が出てくる、そんな時期でもあった。
 猫矢敷百ねこやしきもも愛憐あいれん高校に入学した当初はソワソワしっぱなしだった。中学とは違い遠い場所からやって来る新入生もいる。中学ではあまり見なかったドッグもいれば純血種のドッグやキャットたちもいた。そのせいか校舎内のどこを見ても華やかに感じる。
 中学までとあまりに違う環境に、百は「かっこいいなぁ」だとか「すごいなぁ」だとか見惚れっぱなしだった。そんな浮かれ気味なのも少しずつ落ち着き、毎朝自分の制服姿を見ては「へへへ」とにやける余裕も出てきている。
 そんな百に衝撃的な出来事が起きた。いつもどおり少し早い時間に登校した百は、目の前を横切ったドッグを見た瞬間、雷に打たれたようなショックを受けたのだ。あまりの衝撃に身動き一つできず、呆然とそのドッグを見つめた。ようやく百が我に返ったのはドッグの姿がとっくに消えてしまった後で、その日の授業は頭に入ってこなかった。

(あの衝撃……今度こそ運命の人だ)

 胸をドキュンと貫かれた百は、あのドッグこそ運命の相手だと直感した。これまで数え切れないほど一目惚れしてきた百だが、ここまで強烈な衝撃は受けたことがない。今度こそ間違いない、そう確信したのに……。

「近づくことすらできないなんて、最悪だ」

 項垂れながら出てきた言葉は弱々しいものだった。想い人の周りにはいつも取り巻きのドッグたちがいるためキャットの百には近づくことすらできない。純血種なら違ったのかもしれないが、百は見た目からして完璧な雑種だ。そんな百が少しでも輪に近づこうものなら、ドッグどころかキャットたちにも弾き飛ばされてしまう。

(そりゃあ俺はどこにでもいる雑種のキャットだけどさ)

 純血種と雑種という以前にキャットとドッグが結ばれることは少ない。両者には生まれながらに大きな違いがあるからだ。
 ドッグは能力が高く、あらゆる面でキャットより秀でている。とくに集団で何かをしたり大勢のトップに立つのが得意な人が多く、指導者や軍人の多くがドッグだ。一方、キャットは芸術面に秀でている人が多いと言われている。庇護欲を誘う可愛い見た目から役者やモデルになる人もいれば、音楽や絵画、服飾デザイナーや建築デザインの才能を開花させる人も多い。
 しかし、そういう飛び抜けた才能を持つキャットは多くない。突出するのは純血種がほとんどで、百のような雑種はごく普通のサラリーマンになるのが一般的だ。
 百は見た目からして雑種だった。茶色の毛並みや緑色の目はキャットの一般的な特徴で、ひょろりとした体に平凡な顔はまさに平均値といってもいい。前髪に一房真っ白な毛が混じっているものの、それが変に目立って小さい頃はからかいのネタにされたりもした。
 そんな百が「この人こそ運命だ!」と一目惚れした相手は、なんとドッグ中のドッグだった。一つ先輩のその人は入学早々ドッグのボスになるような強者で、前のボスだった三年生のドッグは卒業するまでボスの座に返り咲くことはなかったという。そんなすごいドッグのボスに平々凡々な百が認識されるはずがない。

(今度こそ運命の相手だと思ったのに……)

 一度は諦めようとした。それでも諦められなかった。そんなある日、百はとある噂話を耳にした。

「ドッグのボス、恋人は作らないけどセフレはたくさんいるんだって」
「マジで?」
「同じ中学だった先輩が中学ではそうだったって言ってた」
「うわぁ、中学からセフレとか本物じゃん」
「さすがドッグのボスになるだけのことはあるよな」
「じゃあさ、セフレならお近づきになれるかもしれないってこと?」
「ばぁか、ボスになるくらいだからセフレも厳選されるに決まってんだろ」
「やっぱそうだよねぇ」

 後半の会話は百の耳に入っていなかった。「セフレ」という言葉だけが脳内を駆け巡り、「そっか、セフレになれば近づけるんだ」と拳を握り締める。それ以来、百は想い人――犬上蓮いぬがみれんのセフレになる方法ばかり考えるようになった。今日も今日とて昼ご飯を食べながら犬上先輩のセフレになる方法ばかり考えている。

「セフレが十人や二十人いたって、俺は全然平気だし」
「十人も二十人もいたら気づいてもらえないだろ」
「そんなことないってば。だってセフレなら、いつか隣に座る順番が回ってくるってことだよね? そばに近づくことすらできない今より全然マシ」
「相変わらずおまえの頭ん中は不思議ちゃんだな」
「ユウくんってたまにひどいこと言うよね。今のは絶対に褒めてないよね」
「それがわかるようになったなんて、モモも成長したな。昔はアホの子って言われてもニコニコ笑ってたのに」
「ちょっとユウくん、今のはさすがにひどいよ!」

 馬鹿にされていることに気づいた百の尻尾がピンと立ち上がった。威嚇するように付け根の毛を逆立ててはいるものの、先端はユラユラ揺れている。怒りながらも怒りきれない百の内面を表しているかのようだ。
 ユウと呼ばれた人物は百の尻尾を見ながら「はいはい」と頭を撫でた。ついでにと耳の付け根をコショコショすれば、途端に百がにへらぁと笑みを浮かべる。しかしすぐに「誤魔化されないからね!」と尻尾の毛を逆立てた。

「ユウくんはいっつもそうやって誤魔化すけど、俺だってもう高校生なんだし怒っ……」

「怒ってるんだからね」と言い終わる前に「はいはい」とあしらわれてしまった。また耳の付け根をコショコショされてへらぁとなってしまう。

「それより早く食わないと昼休み終わるぞ?」
「え? ぅわっ、やばい!」

 スマホを見たら昼休みが半分過ぎていた。慌ててパンを囓る百の前で、容赦ない幼馴染みが紙パックのコーヒー牛乳をちゅるると吸う。

(ユウくんってば俺に厳しすぎやしないかな)

 耳がへにゃっとなるのを感じながら、恨めしそうな眼差しを向けた。
 向かい側に座っているのはユウくんこと猫叉友樹ねこまたゆうきで一つ上の二年生だ。保育園で出会ってから小学校、中学校とずっと一緒の幼馴染みで、互いに一人っ子だからか兄弟みたいに仲がいい。

(俺のことを心配してくれてるのはわかってるけどさ)

 友樹がこうして百のセフレ計画、もとい恋愛相談に乗るようになったのは百が犬上先輩について尋ねたのがきっかけだった。同じ二年生だからいろいろ知っているんじゃないかと思っての行動だったが、そのときの友樹は「おまえはまたか」と呆れた顔をしていた。それでもこうして想いの丈や愚痴を聞いてくれるのは百にとってありがたい。しかし返ってくる言葉は割と容赦がないのがつらい。
「もうちょっと優しくしてくれてもいいのに」と思いながらパンを囓っていると「モモ、イカ耳になってるぞ」と言われて慌てて耳を引っ張った。そんな百の様子に友樹が「はぁ」とため息をつく。

「モモは一目惚れしすぎだろ。もうちょっと相手を知ってから好きになれって何度も言ってるよな?」
「一目惚れにしすぎもしなさすぎもないよ」
「いいや、おまえはしすぎだ。最初の一目惚れは保育園で隣の椅子に座ったミナミちゃんだろ? 次は小学校の入学式で前に座ったカオルくん、それから一年に一回は一目惚れしてたよな? それどころか多いときは毎月誰それに一目惚れした~、なんて報告してきたの覚えてるからな? で、今回で何度目だ?」

 容赦ない指摘にぐうの音も出なかった。残っていたパンを全部口に放り込み、乱暴に咀嚼して無理やり飲み込みながら幼馴染みを睨む。それを見つめ返す友樹が「しかも今回はドッグだろ?」と呆れたような声を出した。

「ドッグが悪いとは言わないが、入学してすぐにボスになるような奴だぞ? おまえなんて見向きもされない未来しか見えない」
「そんなのわかんないじゃん」
「いいや、俺にはわかる。そもそもキャットのおまえがドッグに見初められることなんてないからな?」
「そんなことない。それにユウくんのとこだって、キャットとドッグのつがいでしょ」

 百の指摘に友樹が今度こそ大きなため息をついた。

「うちがそこそこ珍しいつがいだってわかってて言ってんのか?」
「それは……もちろん」
「じゃあ、俺が言いたいこともわかるよな? しかもセフレって……念のため聞いておくけど、セフレがどんな存在か知ってるんだろうな?」
「し、知ってるし」

 詰め寄られて咄嗟にそう答えた。

(セフレってのは、正式な恋人じゃないけど恋人みないな存在ってことだ)

 ……たぶん。それにキャットの中にはドッグのセフレになる人たちもいる。だからこそセフレなら想い人に近づけると百は考えていた。

(まぁ、セフレが何するのかまでは知らないけどさ)

 紙パックのココアをちゅるちゅると吸いながら、そっと視線を脇に逸らした。その仕草に友樹が「おまえなぁ」と呆れたような顔をする。

「ま、どうせなれないだろうから具体的なことなんて知らなくていいけどさ。でも、セフレじゃおまえが憧れてるラブラブカップルにはならないだろ」
「それはそうだけど……」
「わかったら阿呆なこと言ってないで現実を見ろ」

 反論したくても百に言い返せるだけの材料がない。「ユウくんが心配してくれてるのはちゃんとわかってるし」と思いながら口をつぐむ。

(でも、今度こそ本当に運命の人だって思ったんだ)

 犬上先輩を見た瞬間、間違いなくこの人だと思った。すっかり散ってしまった桜の花びらがあの人の周りにだけ見えた。この人に出会うためにこの高校に入学したんだとさえ思った。これからの高校生活のすべてを運命の想い人と過ごすために使うのだと決意もした。

(俺は絶対に犬上先輩のセフレになる)

 セフレになればこんな雑種で平凡な自分でも、きっと見てもらえる。それから……のことはよくわからないが、あの人のそばに近づくためにはセフレになるしかない。そうして絶対にラブラブになってみせると心の中で拳を握りしめた。

(そして目指すは父さん母さんみたいなカップルだ)

 キャット同士の両親はお互いに一目惚れして恋人になり、そしてつがいになった。一目惚れがどれほど素晴らしいか、そこから恋人になり愛を育み、これまでの時間がどれほど尊く幸せなものだったか、百は生まれたときから聞かされ続けてきた。
 だからこそ自分も運命の相手に一目惚れする未来を信じた。そうしてついに運命の相手に出会った。百の高校生活、そして頭の中はあっという間に薔薇色に染まった。

(犬上先輩は運命の相手だ)

 運命の出会いを果たした両親は今でもうらやましいくらいラブラブだ。百はそんな両親を見て、そういう相手とつがいになりたいとずっと思っていた。その相手は犬上先輩しかいない。

(俺は犬上先輩の恋人になりたい)

 でも簡単にはなれない。そもそも犬上先輩は自分の存在すら知らないのだ。だからこそセフレになることを考えた。そうやって近づくチャンスを得たら、そこからは押して押して運命の相手だということを伝えればいい。真剣に話をすれば、きっと犬上先輩も聞いてくれるはず。

「俺は犬上先輩のセフレになる」

 百の言葉に「耳も尻尾もビンビンに緊張してるぞ」と呆れた顔で友樹が指摘した。
 このときは十年以上一緒に過ごしてきた幼馴染みの友樹でさえ百の恋が砕け散る未来しか想像していなかった。そもそもこれまでの一目惚れも一方的な思い込みばかりで叶う以前に無理があった。
 ところが新緑まぶしいある日、誰も予想していなかった出来事が起きた。取り巻きに囲まれていない犬上先輩と百が偶然遭遇したのだ。

(いま言わないと一生後悔する!)

 そう思った百は、勢いよく頭を下げながら「俺をセフレにしてください!」と叫ぶのだが――さて、ドッグ中のドッグ、犬上先輩の反応やいかに?
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