BL短篇集

朏猫(ミカヅキネコ)

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夢で拾ったあの羽根は~「もしかして天狗だったりしてな」友人はそう言った

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 あの夢を見たのは、これで九回目だった。

「九回目?」
「あぁ」

 友人が「すりゃすごい」と言いながらフラペチーノをすする。ひな祭りも終わったというのに外はみぞれ混じりの雨が降っていた。それなのにフラペチーノなんて、と思ったところで「そういやこいつ、年中フラペチーノだな」ということに気がついた。きっと外の寒さなんて関係ないのだろう。

「で、羽根が降ってくるんだっけ」
「羽根っていうか、昨日見たやつは翼っぽいんだけど」
「翼?」
「鷲とか鷹とか、そういう鳥の翼的な感じ?」
「なんだそれ。翼が降ってくるっておもしろすぎるだろ」
「降ってくるっていうか、翼が生えた人に覆い被されそうになったっていうか」
「背中に羽根が生えてる人が振ってきたってことか?」

 フラペチーノをちゅるっとすすった友人が「ははっ」と笑った。

「それじゃ天使じゃん」
「天使……なのか?」

 最初に見たときの羽根は白色だった。ところが何度も夢に出てくるうちに段々色が変わってきているような気がする。

(最初は真っ白で、それが少しずつ灰色っぽくなって、昨日は……)

 九回目の昨日はグレーよりもっと濃い色になっていた。それに覆い被さってくるんじゃないかと思ったのも昨日が初めてだ。
 最初は烏の羽根みたいな立派なやつが一枚降ってくるだけの夢だった。それがどこかの田舎町を歩いている俺の目の前にふわっと落ちてくる。なんとなく気になって手に取る……というのが夢の内容で、内容は毎回同じだ。ただ、拾うたびに羽根が重くなっているような気はしている。

(夢なのにやけに重いっていうか、感触もリアルっていうか)

 羽根の芯は太くしっかりしていて付け根部分はつるっとしていた。毛の部分はスベスベで艶々光っている。たしかに真っ白なままなら天使の羽根のように見えたかもしれないが、昨日見たものは濃いグレーというよりほとんど真っ黒だった。

(そのうえ、ついに羽根の持ち主的なやつが現れた)

 いつもどおり羽根を拾ったところで大きな影が現れた。なんだろうと思って見上げると、頭上にとんでもなくでかい翼があった。鳥とは思えない大きさに、夢の中だというのに恐怖さえ覚えた。あの大きさなら俺の体なんてすっぽり覆われてしまうだろう。そんな大きな翼の真ん中に人影らしきものがあった。それが段々近づいてきて、なぜか小さな木の切り株のようなものに座っている自分の頭上に迫ってくる――というのが昨日見た九回目の夢だ。

(よくよく思い出したらあの切り株みたいなの、幼稚園のときにあったやつに似てるな)

 園庭の端のほうにいくつか並んでいたやつにそっくりな気がする。

(そういやあそこで烏の羽根、拾ったことがあったっけ)

 不意に幼稚園のときの記憶が蘇った。木の切り株みたいな形がお気に入りで、いつもそこに座って地面に絵を描いたり蟻の行列を眺めたりしていた。ある日、地面に石で絵を描いていたところに黒い羽根が落ちてきた。幼稚園児だった自分には魔法の羽根に思えたが、いま考えれば烏の羽根だったのかもしれない。

(黒くて艶々してて、宝物みたいに大事にしてたっけ)

 そういえばあの羽根はその後どうしたんだろう。誰にも取られたくなくてどこかに隠したような気がするが、結局どうしたのか思い出せなかった。

「背中に翼があるのは天使って感じだけど、それじゃあ日本っぽくないよな。もしかして天狗だったりしてな」
「天狗? あの鼻の長い妖怪のことか?」
「そ。鼻が長くて一本足の下駄を履いて、修験者みたいな格好で描かれることが多いあの天狗」
「天狗に翼なんてあったっけ」
「烏天狗にならあるだろ?」

 烏天狗と言われてもパッとは思い浮かばない。「烏天狗ってのはさ」と説明を続ける友人はやけに楽しそうだ。まるで専門家のような口振りで烏天狗の姿や生息地、さらには祀っている神社もあるんだなんて話をしている。

(そういやこいつ、妖怪とかそういうのが好きとか言ってたっけ)

 実家はそういう伝説がいくつもある地域にあるらしく、ご先祖様には妖怪の話を集めて本にした人がいると話していたのを思い出した。「たしか東北の……」と思い出しかけたところで「あれ?」と首を傾げる。
 いま頭に浮かんだ場所は友人の地元じゃなく俺の祖父母の家があった場所だ。二人とももう亡くなってしまったから家に行くことはなくなったものの、小学生のときまでは毎年遊びに行っていた。家の近所には古い神社があって、そこでよく一人で遊んでいたのも覚えている。

(大きな銀杏の木があって、その近くに座るのにちょうどいい切り株があったんだよな。そこに座って……あの羽根、幼稚園じゃなくてあの神社で拾ったような気もするな)

 そう思った途端に羽根で地面に絵を描いていた記憶がぶわっと蘇った。近くで誰かが俺の描く絵を楽しそうに見ていたような気もする。

「記憶って案外曖昧でさ」
「え?」

 顔を上げると「記憶の話だよ」と友人が笑った。

「それに思い込みってのもあるだろうし」
「なんの話だよ」

 にこりと笑った友人がフラペチーノをちゅるっとすすった。その背後にある窓の向こう側ではフワフワした白いものが舞っている。

「外、完全に雪になってんぞ。そんな冷たいの飲んで大丈夫かよ」
「平気だろ?」

 そう言ってまたちゅるっとすすった。

(ったく、どんなに寒くてもフラペチーノしか頼まないんだからな)

 雪が降ろうと真冬の夜中だろうと、こいつが口にするのはいつもフラペチーノだ。それを俺はいつも笑って見ていて……いつも……そんなにいつも一緒にいただろうか。急に昨日までの記憶が曖昧になってきた。いや、そうじゃない。友人に関する記憶だけがなぜかぼやけてうまく思い出せない。目の前で笑いながらフラペチーノをすすっているこいつは大学の友人で間違いなのに、本当にそうなのかわからなくなってきた。

「そういや知ってるか?」

 冷たくなっているだろう唇をペロッと舐めた友人がにこりと笑った。

「天狗に魅入られると、その印に天狗の羽根が贈られるんだってさ」

 そう話す友人の目が、なぜか真っ赤に光ったような気がした。
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