BL短篇集

出来損ないの魔法使いと雪ん子～出来損ないの魔法使いだったけど氷結の森で楽しく暮らしています

　小さい頃から僕は魔法を使うのがとても下手だった。由緒正しい家柄の魔法使いとして生まれたのに、魔力量も少なければ不器用すぎて小さな魔法一つ満足に使えない。両親は僕の不出来さに落胆し、周囲も僕に期待することはなかった。

（ということで、見事に家を追い出されたわけだけど）

　一応、氷結の森の管理人という仕事には就いている。これは生家が用意した仕事で、実際には辺境の地に追いやられたも同然だった。

（不出来な息子が近くにいたんじゃ弟や妹の肩身が狭くなるだけだろうし、仕方ないか）

　僕には出来のいい弟と妹がいる。弟は類い稀な魔方陣の使い手で、すでに何匹もの使い魔を手にしていた。使い魔の中には滅多に人には懐かないケットシーまでいる。妹は膨大な魔力保持者で、偉大なるご先祖様であり大魔法使いでもあったマスターマギカの再来とまで言われていた。
　そんな二人がいるなら出来損ないの僕は必要ない。むしろ厄介な長男なんていないほうが弟妹も家も気が楽だろう。ずっとそう思っていた。
　そんな僕もついに独り立ちのときがきた。そこで生家は僕に三つの仕事を用意した。一つは西の果てにある月の海の採掘係、一つは東の隅にある花の竜の監視者、そして最後の一つが北にある氷結の森の管理人だ。
　月の海の採掘係は、潮の満ち引きと月の光の種類を見極めながら魔法石を採掘するのが仕事だ。興味がないわけではなかったけれど、魔法石を見つけるための魔法すら苦手な僕には向かない仕事だった。
　花の竜の監視者は、その名のとおり竜を監視する仕事だ。精霊の命の源と言われる花の守護竜を見守る仕事で、竜と意思疎通できなくてはいけない。ところが魔力量が少ない僕の魔法語は竜には届かなかった。それでは意思の疎通ができないから、何かあったときに役に立たない。

（ということで残ったのが氷結の森の管理人だったわけなんだけど）

　用意された三つのうち、ただ森に住むだけの管理人が一番楽な仕事だ。周囲が予想したとおり僕はこの仕事を選んだ。「仕事は楽だとして、住むのは一年中寒い“命が凍える森”なんだけどね」なんて思いながらコートを着てブーツを履く。
　正直、この仕事は魔法使いでなくてもできる。防寒用魔法具さえあれば普通の人間にもこなせるからだ。つまり僕はその程度の仕事しかできない魔法使いということになる。

（自覚があるから、もはやへこんだりもしないけど）

　それに、氷結の森はいずれ来てみたいと思っていた場所だから悪い選択じゃなかった。ここには雪や氷の精霊が多く住んでいて、ほかの場所では見られない生態系や結晶、オーロラなんてものも見ることができる。そういうものを眺めながら一生を過ごせるなんて最高じゃないか。なによりここなら彼の手がかりが見つかるんじゃないかと密かに期待していた。

（……うわ、今日はより一層寒いな）

　外に出たら空気まで凍っているような寒さだった。それもそのはずで、この時期は一年でも一番寒さが厳しい。思わず首をすくめながら耳当てをしっかり着け、その上からフードを被った。雪狼の毛で作ったコートと氷柱花の皮を編み込んだブーツのおかげで、こんな寒い日も外を歩けるのがありがたい。

（そういえば、あの日もこんなふうにひどく寒かったっけ）

　僕がまだ魔法学校に通っていた十二歳のとき、最後の魔法訓練で雪割れの里というところに行ったことがある。そこは雪乙女が住む場所で、一年中雪に閉ざされた寒い場所だった。
　そこで氷と熱の魔法の訓練をするはずだったんだけれど、魔力量が少なくうまく魔方陣を起動できない僕は案の定遭難してしまった。もちろんすぐに救難信号を出したけれど、あまりの吹雪に気づいてもらえるか怪しい状況だった。
　そのとき僕の前に現れたのが可愛い雪ん子だった。

（真っ白でぷにぷにのほっぺで、ほんっとうに可愛かったなぁ）

　雪ん子は背が低かった僕の肩くらいしかない背丈で、全身真っ白だったからか一瞬雪兎のように見えた。もちろん見た目は僕と同じ人の姿だったんだけれど、雰囲気というか表情というか、とにかく雪兎と言いたくなるくらい可愛かった。

（あの雪ん子が現れなかったら、いまごろ僕は天国に行ってたかもしれない）

　凍結防止や熱源保持の魔法をかけてもらってはいたけれど、それを維持するだけの魔力が僕には足りなかった。あのまま吹雪の中にいたら間違いなく雪乙女たちの食料になっていただろう。
　雪乙女は魔法使いの精を食べる。でも、生きている魔法使いには近づかない。だから魔法学校の訓練場所に選ばれたんだろうけれど、あのまま遭難していたら僕は体も見つからない行方不明者になっていたはずだ。
　そんな絶体絶命の僕の前に現れたのが可愛い雪ん子だった。「ここは人がいちゃ駄目なところだぞ」なんて言いながら手を引いて、学校のみんながいる近くまで連れて行ってくれた。おかげで僕は命拾いし、歩いている最中にいろんな話をすることもできた。

（あれから僕は、精霊学だけは並の成績になったんだ）

　いまでもあのときのことは運命を変えた一番の出来事だったと思っている。

「それにあんなに可愛い雪ん子に会えたんだもんな」

　言葉にしたら吐き出した息が一瞬にして凍った。宙に浮いたままのキラキラ光る氷の粒は、まるで僕が口にした言葉の結晶みたいだ。それがパリンパリンと音を立てて割れたかと思うと冷たい風にサラサラと流れていった。

「その言い方だと、いまは可愛くないって聞こえるけど？」

　声がしたと思ったら背中にドンと重みが加わった。「ぅわっ」と声を上げながらつんのめった僕に「あはは」と笑い声が聞こえてくる。

「あ……ぶないよ」
「雪成ゆきなりが踏ん張らないからだよ」
「えぇ？　僕のせい？」
「胸くらいの背丈しかない俺を支えられなくてどうするのさ」
「まぁ、そう言われたら何も言い返せないけどさ」
「あははっ。雪成ってほんと真面目だなぁ」
「それくらいしか取り柄がないからね」
「そんなことないだろ。だって、そんなつまんない人間だったら俺、すぐ忘れてただろうし。それに俺、あのときから雪成のことおもしろい奴だってずっと思ってたんだからな？」
「僕、どこかおもしろいかな」
「おもしろいよ。それに……うん、今日もすっごくいい匂いがする。あのときもいい匂いがしたから雪成のこと見つけることができたんだ」

　グンと背伸びをした雪ん子にうなじをクンクンと嗅がれてドキッとした。分厚いコートを着ているのに、まるで部屋の中にいるときのように吐息を感じて顔が熱くなる。

（僕、そんなにいい匂いなのかな）

　魔法使いの中には精霊や竜が好む匂いを出すことができる人がいる。その匂いで精霊なんかを引き寄せて使役するのだ。もちろん出来損ないの僕にそんな力はない。それにこれまでいい匂いをしているなんて言われたこともなかった。

（本当にそんな匂いがしているのかはわからないけど……でも、きみだけにわかる匂いならうれしいな）

　そんなことを思ってしまった自分が恥ずかしい。これじゃあまるで匂いで精霊を誘惑したがっているみたいだ。とんでもない考えに顔どころかコートの中までホカホカしてくる。

「ほら、さっさと行こうぜ」

　そう言って僕の手を掴んだ手は真っ白だった。およそ人間らしくない肌の白さは雪の精霊に属するものたちの特徴でもある。三日前から雪乙女である姉の結婚式に参加するため里に戻っていた。きっとそのせいでいつもより白くなっているんだろう。

「湖の上を飛んできたんだけど、結構集まってたよ」
「そっか。じゃあ何個か見つかるかもね」

　僕たちが向かっているのは寒帝鳥かんていちょうが休んでいる湖だ。今日はそこで卵を採取する話をしていたから、帰ってくるついでに見てくれたに違いない。
　この時期の寒帝鳥かんていちょうの卵は半分凍った状態になっていて、中に氷水晶の結晶ができやすい。それを取り出し研磨すると氷の精霊が好む宝石になるのだけれど、いまではそれを作るのが僕の仕事の一つになっていた。

（まさかきみの大好物が氷水晶の宝石だったなんて知らなかったなぁ）

　宝石を食べると早く大人になれるんだそうだ。まだまだ雪ん子のことは知らないことが多い。

「中身は研磨するとして、殻はどうしようか」
「中身を綺麗にくり抜くなら夏の氷菓子用に取っておけば？　去年、街で人気になってただろ？」
「そういえばそうだった」
「あとは紅氷雨べにひさめの実を入れて氷炎ロウソクにするとか、中身を少し残しておくなら満月氷ルーナグラキエスを溜めておいてもいいと思う。それを熟成させれば月光インクにもなるし」
「相変わらずよく知ってるね」

　そう言って褒めると真っ白な頬がふわりと赤くなった。それが初めて出会ったときの雪ん子の姿を思い出させて、あのときのドキドキが一瞬にして蘇る。

（やっぱり氷結の森を選んでよかった）

　そうしなかったらこうして雪ん子に会うことはできなかったはずだ。

（最初から会えるとは思ってなかったけど、でも、もしかしてって期待はしてたんだ）

　雪ん子に会った雪割れの里はここから遠い。それでも精霊たちは広い場所を移動するから、あのときの雪ん子を知っている精霊に会えるかもしれないと考えた。それが、まさか雪ん子本人に会うことができるとは思わなかった。あのときより大きくなっていたけれど、僕にはすぐにあの子だとわかった。雪ん子も大人になった僕にすぐに気づいてくれた。

（あのとき出会ったのも奇跡だけど、こうして再会できたのも奇跡だよなぁ）

　しかも森に来たその日に再会できた。それからはほとんどの時間を一緒に過ごしている。

（そしてこれからもずっと一緒にいられる。だってここは氷結の森だからね）

　雪ん子は雪乙女と同じくらい雪と氷がなければ存在できない雪の精霊属だ。逆に言えば、そういう環境なら人の生活に混じって存在できるということでもある。その証拠に彼は僕の家で寝泊まりすることがほとんどだし、僕が作った温かいスープも食べればカフェオレを飲むこともできた。

（それに素手で触れることもできる）

　遭難しかかったときに触れたぷにぷにのほっぺは、いまも健在だ。もちろんあのときよりずっと大きくなったけれど、最初の印象が強いせいか僕にはやっぱり可愛い雪兎のように見える。

（こういう生活も、もう五年……いや、六年目か）

　そんなに時間が経ったなんて思えないくらいあっという間だった。そのくらい森での暮らしは楽しくて日々充実している。

（まさか僕なんかがこんな素敵な人生を送れるなんて想像もしてなかった）

　僕は出来損ないの魔法使いとして生まれた。魔法学校では底辺の成績で、家では不出来な厄介者でしかなかった。でも、そうしたことも全部雪ん子と出会うための道筋だったんだと思えばいいことだらけだったように思う。

（魔法使いとして得たものはほとんどなかったけど、こんな宝物みたいな毎日を手にすることができたんだ）

　僕は一生にたった一つ見つけられるかどうかの宝物に出会えた。魔法使いとしての自分に絶望しかかっていたときに出会った雪ん子は、僕の命だけでなく人生そのものを救ってくれた。

「僕はなんて幸せなんだろう」

　思わずそうつぶやくと、僕の思いを載せた言葉がキラキラとした氷の粒に変わった。それを見た雪ん子が「すごく綺麗だ」と言って、僕がつぶやいた言葉の結晶を大事そうに指で摘みながら微笑んだ。