BL短篇集

朏猫(ミカヅキネコ)

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ひとりぼっちの神様と僕~目が覚めたら、目の前に神様がいました

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 目が覚めたら広い部屋にいた。だだっ広いうえに床も天井も壁まで真っ白だ。

「……ええと、どうしたんだっけ」

 どうして僕はこんなところにいるんだろう。何をしていたのか思い出そうとしたら頭がズキッと痛んだ。

「いたた、」

 額を押さえていると「大丈夫かい?」という格好いい声が聞こえてきた。頭から手をどけてキョロキョロと周囲を見回す。

「こっちだよ」

 顔を上げると空中に金髪の男が浮いていた。

「わお、すごいイケメンだ」
「ははっ。ひと言目がそれなんて、きみはおもしろいね」
「だって、見たことがないくらいのイケメンだから」
「普通は宙に浮いているほうが気にならないかな」
「あ、そっか」

 言われてみればそうだ。でも、にっこり笑った綺麗な顔のほうがやっぱり気になる。

(こんな綺麗な人、初めてみた)

 綺麗すぎて一目惚れもできなさそうだ。せっかくの貴重な出会いなのに誘うこともできないなんて……性懲りもなくそう思ってしまった。

「……そうだ、思い出した」

 僕は昨日も馴染みのハッテン場にいた。僕好みの男たちは声をかけても無視するばかりで、いつもどおりあぶれた者同士で欲を吐き出すかと路地裏に戻った。それが僕の日常だ。
 僕の母親はヤクザの情婦だった。子どもをほしがっていた幹部の奥さんになりたくてガンガンやりまくって僕を生んだけど、結局愛人にもなれなかった憐れな人。ただのお荷物になった僕に、あの人は「せめて綺麗な顔だったらよかったのに」と何度も言った。
 どういう意味で言ったのかは知らない。綺麗な顔なら芸能人にしたかったのかもしれないし、美少年好きの金持ち相手に売春させようと考えていたのかもしれない。でも、僕は誰も振り返らない普通の見た目だった。
 そんな僕の前に、どこからどう見ても綺麗としか言いようがない男が現れた。青空がやけに眩しい初夏の日だった。にこっと笑って「なぁんだ、兄さんってこんな人だったんだ」と言った男は、もう一度にこっと笑うと何かをポケットから取り出して僕に向けた。

「貧相な見た目でカリスマ性なんてまったくなさそうだけど、兄さんがいると担ぎ出そうって馬鹿な奴らが出てくるんだ。だから、ごめんね」

 パン! と大きな音がした。体がグラッと揺れて、視界いっぱいに青空が広がる。そのまま背中から倒れたような気がするけど痛くはなかった。代わりに頭のどこかがズキズキ痛んで、そのまま意識が途切れてしまった。

「どうかしたかい?」
「え?」
「しかめっ面になっているよ」
「あー、最期のことを思い出したからじゃないかな」
「どんなこと?」
「たぶん弟だと思うんだけど、綺麗な顔した人に頭をぶち抜かれたみたいでさ」

 そう答えたら額がズキンと痛んだ。きっとそこを撃たれたんだろう。指ですりすりと撫でていると、イケメンが「思い出せたんだ」と驚くような声を出した。

「え?」
「俺はつい最近まで思い出せなかったんだよね。いや、正確には思い出そうと思うこともなかった」
「どういうこと?」
「記憶がないことが選ばれる条件なんだと思っていたけど、違うってことなのかな。まぁいいか。ここに来たってことは、きみにはその資格があるってことだろうし」
「ねぇ、さっきから何の話をしてるのさ」

 少し大きな声を出したら、金髪イケメンがしゅーっと下りてきた。目の前にトンと降り立ったイケメンは背も高い。手足も長くてモデルみたいだ。

「きみが次の神様になるって話だよ」
「へ?」
「だから、きみは神様になるんだよ」

 イケメンが腰を少し屈めて顔を近づけてきた。目は綺麗な青色で、眉毛も睫毛も金色だ。「やばい、全身キラキライケメンだ」なんて思わずときめいてしまう。それからハッとして慌てて視線を少しだけ逸らした。

「いやいや、意味わかんないんだけど」
「あれ? 神様って知らない?」
「そうじゃなくて。神様になるって言われても、普通意味わからなくない?」
「そうかな?」
「そうだよ」

 イケメンが不思議そうな顔で僕を見る。

「でも、ここに来たってことは次の神様になるってことなんだよね」
「どういうこと?」
「ここは神継ぎの部屋で、ここに来た人が次の神様になるってこと」
「マジで?」
「うん、確定」
「マジか」

 弟だろう綺麗な人に撃ち殺された次は、まさかの神様なんてどんな人生だ。

(あ、違うか。たぶん僕は死んだんだろうから人生なんてとっくに終わってる)

 それよりも、神様がこういうふうに決まるなんて驚きだ。てっきり神様って人がずっと神様をやっているんだと思っていた。

「ん~! ようやく神様もひとりぼっちも終了だ~!」

 そんなことを言いながらイケメンが思い切り背伸びをした。

「え? ちょっと待って。もしかしてあなたが神様? え? マジで?」
「もうすぐ神様じゃなくなるけどね。ようこそ、新しい神様。俺が前任者の神様です」

 右手を差し出されて、思わず握手してしまった。すると神様が「やっぱり人肌っていいよね」なんてドキッとするようなことを言ってから手を離す。

「いやぁ、長かった。やっと終わるんだと思うと嬉しくて踊りたいくらいだよ」
「嬉しいって、神様を辞めることが?」

 イケメンが金髪を揺らしながら「うんうん」と何度も頷いた。

「俺も最初は『神様なんて何でもできるし最高!』って思っていたんだ。でも、何でもできすぎるってすぐに飽きちゃうんだよね。それにずっと一人でつまらないし、暇潰しにあちこちつつくと人間たちがすぐに大騒ぎするし。人間って何かあるとすぐに揉めて暴力的になるでしょ? おかげで大した悪戯もできなくて、つまらないったらありゃしない」
「……何て言うか、神様ってそういう感じなんだ」
「うん? あぁ、俺の前の神様はもっと真面目だったみたいだよ? そのせいで精神病んで、あっという間に俺と交代」

 え? 精神病んでって、そんなことを僕もやらないといけないってことなんだろうか。「神様って何だか楽しそう」と思ったけど、それはちょっと嫌かもしれない。

「ま、きみは気楽にやればいいさ。神様だから誰かに叱られることもないしね」
「そうなの?」
「最初の神様がいろいろ作ってくれているから、特別難しいこともない。俺たちはほとんど見ているだけでいいんだ。まぁ、どんどんえげつなくなる人間を見ているのは飽きるだろうけど、面倒になったらハルマゲドンでも起こせばいい」
「はる……なに?」
「ハルマゲドン、終末戦争、最後の審判。あぁほら、あそこにレバーがあるだろう? あれをググッと傾けるだけだから簡単だよ」

 イケメンが指さした先を見ると、真っ白な部屋に似つかわしくないレバーが壁から突き出ていた。

「どこかで見たことがあるような……って、電車のレバー?」
「そう! よくわかったね。そうか、きみの故郷は日本か。あれは伊豆急行八〇〇〇系のやつでね、日本で初めてのワンハンドルマスコンに似せてみたんだ。俺、日本の鉄道が大好きなんだけど、とくに新幹線が……ゴホン。あ、きみが神様になったら好きな形に変えていいからね?」

 金髪イケメンの神様は、まさかのテッチャンだった。しかも日本の鉄道がお気に入りらしい。おかげで少しだけ親近感が湧いたけど、にっこり微笑まれるとやっぱり心臓がバクバクする。

(死んでるはずなのに、なんで心臓がバクバクするんだろう)

 変だなと思って顔をしかめたからか、神様が「大丈夫」と声をかけてくれた。

「心配は一切いらない。神継ぎすれば歴代神様の記憶が引き継がれるから、いろいろちゃんとわかるようになるよ」

 そう言った金髪のイケメンが、にっこり笑いながら僕の肩をポンと叩いた。

「じゃ、そういうことで後はよろしく」

 肩を叩いた手を軽く上げたイケメンが背を向けた。そのまま歩き出そうとする腕を慌てて掴む。

「ちょっと待って!」
「お……っと、ははっ。こうして引き留められるのはどのくらい振りだろう。必要とされてるみたいな気がして妙に感動するなぁ」

 なぜかイケメンが嬉しそうに僕の手を見た。そうして僕の手の甲を指先で撫で始める。そんなことをされるとドキドキついでに期待しそうになるんだけど、そういうのは後回しだ。

「ねぇ、もう行くの? 早すぎない?」
「神継ぎはこういうものだよ。それに俺は早く人間に戻りたいんだ」
「人間に? って、神様やめたら人間に戻るの?」
「そう。そして残りの人生をふつうの人より少しだけ得した状態で送ることになる。ま、神様をやり続けたお駄賃って感じかな」

 にこっと笑ったイケメンが「俺ね、残りの時間でやりたいことがたくさんあるんだ」と指折り数え始めた。

「まずはスマホを買って新幹線のチケットを買うだろう? 旅先で写真をたくさん撮ってSNSでバズってもみたい。各地の駅弁や食べ物にも興味があるし、猫駅長にも会ってみたいんだ。そうそう、新幹線でスキーに連れてってというのもやってみたいし、飛行機に乗って南の島でリゾラバ? そういうのもやってみたいかな。そうして日本の鉄道を堪能したら、次はヨーロッパの登山鉄道や海底鉄道にも乗りたくてね」

 ちょっと意味がわからない言葉が混じっていたけど、キラキラした目で話している姿に胸がきゅんとした。同時に「そんなことがしたいんだ」と少しだけ呆気にとられた。
 どれも人間なら大体できそうなことばかりだ。神様なら簡単に叶えられそうなのに、そんなことがしたいなんて驚いてしまう。

(そっか。神様になるってそういうことなんだ)

 そう思ったらうなじがぞわっとした。そんな何でもないことを夢見がちに話すなんて、神様っていうのは思っていたより不自由で退屈なのかもしれない。おかげで少しだけ楽しそうなんて思った気持ちも吹き飛んでしまった。死んでからも我慢するとか一人ぼっちだとか、そんな生活をしなきゃいけないなんて絶対に嫌だ。

「あのさ、神様って何でもできるんだよね?」
「神様だからね」
「じゃあさ、神様がしたいこととか全部、僕と一緒にやらない?」

 僕の言葉に神様がきょとんとした。青い目がパチパチと瞬いている。

「きみと一緒に?」

 うんうんと頷き返して綺麗な顔を見た。

「だって、人間に戻っても全部叶えられるかわからないよ? そもそも夢が叶わないのが人間なんだし」
「なるほど、たしかにそうだ。そうなるとちょっと困るな」
「でしょ? それなら、ここでしたいこと全部叶えてから人間に戻ってもいいんじゃないかな」

 イケメンが目を閉じて「うーん」と考えている。それを見て、僕は内心「よし」と拳を握った。

(悩んでるってことは、心が揺れてるってことだ)

 小さい頃から周りの人たちの顔色ばかり窺ってきた僕は、相手の気持ちを察しながら僕にとって悪くない状況に持ち込むことが少しだけ得意だった。だから親なし家なし中卒だったのに二十三年間も生きてこられたんだ。

「それに、一人でやるよりも二人でやったほうが楽しいと思うよ?」
「二人」

 ぱちりと青い目が開いた。

「そう、二人。見ても食べても話しても、倍楽しめる。駅弁のおかずを交換したり、感想を言い合ったりもできるよ。それに、こうやって手を繋いであちこち見るのも楽しいだろうし」

 白くて綺麗な手に触ると、神様が驚いたように目を見開いた。指をきゅっと握る僕の手を見つめて、それから僕の顔をじっと見る。

「たしかに、きみの提案は悪くない。一人より二人のほうが楽しそうだ。でも、ここに二人ではいられない。神様は一人きりというのが決まりなんだ」
「それなら二人でいられるようにすればいいんじゃないかな。神様は何でも叶えられるんでしょ?」
「なるほど」

 イケメンが「そんなこと考えもしなかったな」と笑った。

「きみは本当におもしろいな。それにポジティブだ」
「そうかな」
「さっきまで神様になるのは嫌だと思っていただろう? それなのに、いまは前向きに神様になることを考えている。ということは、ポジティブな性格がここに来る条件だったのか。俺の前の神様が真面目すぎた反動ってことなのかな」
「ってことは、あなたもポジティブだったってこと?」
「人間だったときは周囲からポジティブすぎると呆れられたくらいだよ」

 そう言って笑った神様は、やっぱりとんでもなく綺麗だった。この笑顔をずっとそばで見ていられるならここに閉じ込められるのも悪くない。それに、神様と一緒にいられるなら二度と一人きりにならなくて済む。

(死んだ後もひとりぼっちなんて冗談じゃない)

 ちょっとくらい神様を言いくるめてもバチは当たらないだろう。

(って、バチって仏様だったっけ)

 じゃあ大丈夫。だって、目の前にいるのは神様だ。そう思ったら生まれて初めてワクワクしてきた……って、僕はとっくに死んでいるんだった。

「じゃあ、まずはここに二人でいられるようにしようよ」
「そうだな。あとはどうやって神継ぎをするかだね」
「そういえば、神様ってどうやってなるの?」
「あそこに扉があるだろう。あの扉を俺が出ると、きみが自動的に神様になる」
「へぇ」
「そして扉を出た者は二度とこの部屋に入ることはできない。それが決まりなんだ」
「じゃあ、扉を出ないまま僕が神様になる方法を考えないと。っていうか、もう神様が神様のままでもよくない?」

 僕の言葉に神様の目がまたぱちくりとした。

「なるほど、そういうのもありだな。ここに二人でいるのなら、どちらが神様でも問題ないだろうしね。うん、きみは本当におもしろい。とても興味を引かれるよ」

 空よりも澄んだ青い目で見つめられると、ますますドキドキした。胸がきゅんとして、ついでに下半身がムズムズと疼いてくる。後ろなんてきゅうっと切なく疼いてきたけど、死んだ後も性欲を感じるなんて世紀の大発見に違いない。

(それに、一度でいいからこんなイケメンとしてみたかったんだよね)

 神様相手にそんなことを思うなんて、僕はやっぱり最低だ。でも、そんな僕が次の神様に選ばれた。それじゃあ、やりたいことをやってもいいような気がする。どうしよう、ワクワクが止まらなくなってきた。

「ね、神様はまず何がしたい?」
「そうだなぁ。そうだ、駅弁が食べたい」
「食べたことないの?」
「見ただけでは完璧に再現することはできないんだよ。その点きみが食べたものなら味まで再現できる。あぁ、念願叶ってようやくだ」

 見た目は三十代くらいなのに、笑顔はまるで子どもみたいだ。

「そうだ。きみの願いも叶えてあげよう。きみが思い描けば叶えられるよ」
「うーん……うん、それは後ででいいや。叶えてほしくなったら言うよ」
「そうかい?」

 頷いてから、できれば僕の望みは神様の力で叶えたくないと思った。神様の強制力じゃなくて、二人で一緒にいたいって自然に思うようになってほしい。

(ま、時間はたっぷりあるみたいだし、いつか叶うかもな)

 それにここには二人しかいない。こんな僕でもイケメン神様の恋人になれる可能性は十分あるはず。

「これから忙しくなるな。あぁ、こんなに楽しみなのは神様になって初めてだ。これならもうしばらく神様でいてもいいかな」
「あはは、よかった。っていうか、次の神様はもう来ないんじゃないかな」
「どうしてだい?」
「だって神様候補の僕はここにこうしているわけだから、新しい候補は必要ないでしょ?」
「なるほど」

 青い目をぱちくりさせた神様がポンと手を打った。

「神継ぎに関しては俺も詳しくわからないけれど、言われてみればそうかもしれない。ということは、きみが神様にならなかったら俺が最後の神様ということになるのか」

 神様の言葉に、ふと外国の神話に出てくる神様を思い出した。向こうの神様や天使は、こんなふうにキラキラ眩しいイケメンばかりだ。それならこの神様が最後の神様になるのは間違っていないような気がした。
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