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猫が狙うは人の柔肌~「俺ってさ、好物は最後に取っておくタイプなんだよね」
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「八雲くん、またそのパンだけ? それじゃあ午後の授業中お腹空かない?」
「ん~? 平気平気」
「ほんとに? あ、これ食べる?」
そう言ってタコさんウィンナーを差し出したら「うまそう」と言ってぱくりと食べた。「なんだ、やっぱり足りないんじゃん」と思いながら、自分も残りの弁当を口に運ぶ。
「ねぇ、なんでいつもそのパンなの?」
「うん? これ?」
八雲くんの手には鯛焼きみたいな形をしたパンの尻尾部分があった。鯛焼きよりは大きいけど、それでも男子高校生のお昼にしては少なすぎると思う。小食な僕だって弁当箱一つ分はぺろりと食べきるくらいだから、絶対に足りないはず。
それなのに八雲くんは毎日その鯛焼きみたいな形のパンをお昼ご飯にしていた。何度尋ねても「足りてる」と言うけど、やっぱり足りてないんじゃないかなと心配になる。
「別に何でもいいんだけどさ。一応、猫的な感じだから? みたいな?」
「なにそれ」
あははと笑ったら八雲くんも「ははっ」と笑った。笑うと八重歯がちらっと見えて、ちょっとかっこいい。
(そういえば八雲くん、猫みたいに体が柔らかいんだよなぁ)
体育の授業で前屈したとき、体と足がびっくりするくらいぴったりくっついていた。開脚も一八〇度できるし、側転どころかバク転もできる。バスケやバレーボールといった球技も得意で走るのも速い。運動神経抜群なうえに顔もかっこよくて、なによりフレンドリーだからか女子だけじゃなく男子からも人気があった。
(それでも彼女ができたとか誰かと付き合ってるとか、そういう話は聞かないんだよね)
人気者だけど、恋愛っぽい雰囲気を感じないから彼女ができないんだろうか。八雲くんとは幼稚園のときからずっと一緒だけど、好きな子がいるとか彼女ができたとかいう話はこれまで聞いたことがない。
(まぁ僕もそんな話、したことないけど)
それ以前に初恋もまだだ。「大好きな友達なら、すぐに八雲くんって答えられるんだけどなぁ」なんてことを思いながら、ちゅるっとパックのいちごみるくを飲む。
「っていうかさ、米の弁当なのに飲み物がいちごみるくって変じゃねぇ?」
「え? そうかな」
「俺のさかなパンといい勝負じゃん」
「えぇ~。いちごみるくは普通だと思うんだけど」
「食べてるのがパンならな」
そうかなと思いながら、ちゅるっとストローを吸った。甘いいちごの香りとミルクの味が口いっぱいに広がって幸せな気持ちになる。この幸せがわからないなんて、八雲くんは可哀想だ。そんなことを思いながら八雲くんを見たら、なぜか彼もじっと僕を見ていた。
「どうかした?」
「ん~、そろそろいいかなぁと思ったりしてた」
「そろそろ? なに、トイレにでも行きたいの?」
「違う違う。俺ってさ、好物は最後に取っておくタイプなんだよね」
「へぇ」
「でもって、どうせなら一番おいしくなったときに食べたいタイプ」
「ふぅん」
急に何の話だろう。よくわからないけど、僕も大好きな酢豚のパイナップルは最後に食べる。嫌いな人も多いけど、僕はあのあまじょっぱい感じが好きなんだ。あれを最後に食べると「酢豚を食べたぞ!」って感じがするのもいい。
八雲くんも、そういうことを言いたいんだろうか。彼の好物が何かはわからないけど、一番おいしいと感じるタイミングで好きなものを食べるのは大賛成だ。
「僕も好きなものは最後に取っておくタイプかな」
「お、気が合うじゃん」
八雲くんが、また八重歯をキラッとさせながらニコッと笑った。
「っていうか、八雲くんって何が好物なの? 昔から好き嫌いとかなかった気がするけど。それに高校に入ってからはそのパン食べてるところしか見たことない」
「別に食べなくてもいいからこれなんだけど」
「え?」
「まぁ、さかなパンのことは置いといて。俺がいま一番食べたいのは、完成間近の一番柔らかい瞬間ってやつかな」
完成間近で一番柔らかい瞬間って、どんな食べ物だろう。ちょっと考えてみたけど全然わからない。
「大体十六年から十七年くらいが最高なんだよな。柔らかいだけじゃなくてジューシーで、しかも誰にもお手つきされてないのが一番いい。いわゆる初モノってやつなんだけど」
「ふぅん」
「俺の見立てだと感度も最高のはずなんだ。それとなく何度も確認したから間違いない。それにどっちも未使用だから綺麗な色のままだろうし、そこも気に入ってる。最初は硬いかもしれないけど、丁寧に扱えばトロットロにほぐれそうな予感もするし」
「へぇ」
相づちは打っているけど、何について話しているのかさっぱりわからなかった。目の前の八雲くんは、これまで見たことがないような笑顔をしている。ってことはすごい好物ってことなんだろうけど、僕にはまったく想像がつかない。
「八雲くん、それのことすごく好きなんだね」
「そうだなぁ。こうしてわざわざ姿を変えてまで食べ頃を待つくらいには、好物かな」
「うん? ええと、何? どういうことかよくわかんないんだけど」
「ははっ。そのうちわかるから気にしなくていいよ」
「そっか」
やっぱり気にはなったけど、気にするなと言われたからそうすることにした。
「それにしても、あっという間に暑くなってきたねぇ。そろそろ外でお昼食べるの、やめよっか」
「そうだなぁ。暑さには強いほうなんだけど、さすがにこうも暑いんじゃ干からびるよな」
そう言って空を見た八雲くんにつられて、僕も空を見上げた。雨の季節はどこにいったんだって言いたくなるくらい今日も晴れ渡っている。午後に体育の授業がなくてよかったなぁなんて思っていたら、持っていた紙パックを奪われてしまった。
「……んー、やっぱ米の弁当とは合わなくねぇ?」
ちゅるっといちごみるくを飲んだ八雲くんがそんなことを言う。
「そうかな」
「それに甘すぎる」
「それがいいんじゃん。っていうか、勝手に飲んでおいて何言ってんのさ」
「ははっ」
八重歯を光らせながら八雲くんが紙パックを差し出した。「まったく」と思いながら受け取ろうと右手を伸ばしたけど、どうしてかその手をきゅっと握られた。
「八雲くん?」
「そろそろかと思うと、つい手を出したくなるのが猫又の悪い癖なんだ。まぁ、昔から猫は我慢できない生き物だって言うし、しょうがないよな」
笑っている八雲くんの目が、気のせいじゃなければほんの少し光ったような気がした。
「ん~? 平気平気」
「ほんとに? あ、これ食べる?」
そう言ってタコさんウィンナーを差し出したら「うまそう」と言ってぱくりと食べた。「なんだ、やっぱり足りないんじゃん」と思いながら、自分も残りの弁当を口に運ぶ。
「ねぇ、なんでいつもそのパンなの?」
「うん? これ?」
八雲くんの手には鯛焼きみたいな形をしたパンの尻尾部分があった。鯛焼きよりは大きいけど、それでも男子高校生のお昼にしては少なすぎると思う。小食な僕だって弁当箱一つ分はぺろりと食べきるくらいだから、絶対に足りないはず。
それなのに八雲くんは毎日その鯛焼きみたいな形のパンをお昼ご飯にしていた。何度尋ねても「足りてる」と言うけど、やっぱり足りてないんじゃないかなと心配になる。
「別に何でもいいんだけどさ。一応、猫的な感じだから? みたいな?」
「なにそれ」
あははと笑ったら八雲くんも「ははっ」と笑った。笑うと八重歯がちらっと見えて、ちょっとかっこいい。
(そういえば八雲くん、猫みたいに体が柔らかいんだよなぁ)
体育の授業で前屈したとき、体と足がびっくりするくらいぴったりくっついていた。開脚も一八〇度できるし、側転どころかバク転もできる。バスケやバレーボールといった球技も得意で走るのも速い。運動神経抜群なうえに顔もかっこよくて、なによりフレンドリーだからか女子だけじゃなく男子からも人気があった。
(それでも彼女ができたとか誰かと付き合ってるとか、そういう話は聞かないんだよね)
人気者だけど、恋愛っぽい雰囲気を感じないから彼女ができないんだろうか。八雲くんとは幼稚園のときからずっと一緒だけど、好きな子がいるとか彼女ができたとかいう話はこれまで聞いたことがない。
(まぁ僕もそんな話、したことないけど)
それ以前に初恋もまだだ。「大好きな友達なら、すぐに八雲くんって答えられるんだけどなぁ」なんてことを思いながら、ちゅるっとパックのいちごみるくを飲む。
「っていうかさ、米の弁当なのに飲み物がいちごみるくって変じゃねぇ?」
「え? そうかな」
「俺のさかなパンといい勝負じゃん」
「えぇ~。いちごみるくは普通だと思うんだけど」
「食べてるのがパンならな」
そうかなと思いながら、ちゅるっとストローを吸った。甘いいちごの香りとミルクの味が口いっぱいに広がって幸せな気持ちになる。この幸せがわからないなんて、八雲くんは可哀想だ。そんなことを思いながら八雲くんを見たら、なぜか彼もじっと僕を見ていた。
「どうかした?」
「ん~、そろそろいいかなぁと思ったりしてた」
「そろそろ? なに、トイレにでも行きたいの?」
「違う違う。俺ってさ、好物は最後に取っておくタイプなんだよね」
「へぇ」
「でもって、どうせなら一番おいしくなったときに食べたいタイプ」
「ふぅん」
急に何の話だろう。よくわからないけど、僕も大好きな酢豚のパイナップルは最後に食べる。嫌いな人も多いけど、僕はあのあまじょっぱい感じが好きなんだ。あれを最後に食べると「酢豚を食べたぞ!」って感じがするのもいい。
八雲くんも、そういうことを言いたいんだろうか。彼の好物が何かはわからないけど、一番おいしいと感じるタイミングで好きなものを食べるのは大賛成だ。
「僕も好きなものは最後に取っておくタイプかな」
「お、気が合うじゃん」
八雲くんが、また八重歯をキラッとさせながらニコッと笑った。
「っていうか、八雲くんって何が好物なの? 昔から好き嫌いとかなかった気がするけど。それに高校に入ってからはそのパン食べてるところしか見たことない」
「別に食べなくてもいいからこれなんだけど」
「え?」
「まぁ、さかなパンのことは置いといて。俺がいま一番食べたいのは、完成間近の一番柔らかい瞬間ってやつかな」
完成間近で一番柔らかい瞬間って、どんな食べ物だろう。ちょっと考えてみたけど全然わからない。
「大体十六年から十七年くらいが最高なんだよな。柔らかいだけじゃなくてジューシーで、しかも誰にもお手つきされてないのが一番いい。いわゆる初モノってやつなんだけど」
「ふぅん」
「俺の見立てだと感度も最高のはずなんだ。それとなく何度も確認したから間違いない。それにどっちも未使用だから綺麗な色のままだろうし、そこも気に入ってる。最初は硬いかもしれないけど、丁寧に扱えばトロットロにほぐれそうな予感もするし」
「へぇ」
相づちは打っているけど、何について話しているのかさっぱりわからなかった。目の前の八雲くんは、これまで見たことがないような笑顔をしている。ってことはすごい好物ってことなんだろうけど、僕にはまったく想像がつかない。
「八雲くん、それのことすごく好きなんだね」
「そうだなぁ。こうしてわざわざ姿を変えてまで食べ頃を待つくらいには、好物かな」
「うん? ええと、何? どういうことかよくわかんないんだけど」
「ははっ。そのうちわかるから気にしなくていいよ」
「そっか」
やっぱり気にはなったけど、気にするなと言われたからそうすることにした。
「それにしても、あっという間に暑くなってきたねぇ。そろそろ外でお昼食べるの、やめよっか」
「そうだなぁ。暑さには強いほうなんだけど、さすがにこうも暑いんじゃ干からびるよな」
そう言って空を見た八雲くんにつられて、僕も空を見上げた。雨の季節はどこにいったんだって言いたくなるくらい今日も晴れ渡っている。午後に体育の授業がなくてよかったなぁなんて思っていたら、持っていた紙パックを奪われてしまった。
「……んー、やっぱ米の弁当とは合わなくねぇ?」
ちゅるっといちごみるくを飲んだ八雲くんがそんなことを言う。
「そうかな」
「それに甘すぎる」
「それがいいんじゃん。っていうか、勝手に飲んでおいて何言ってんのさ」
「ははっ」
八重歯を光らせながら八雲くんが紙パックを差し出した。「まったく」と思いながら受け取ろうと右手を伸ばしたけど、どうしてかその手をきゅっと握られた。
「八雲くん?」
「そろそろかと思うと、つい手を出したくなるのが猫又の悪い癖なんだ。まぁ、昔から猫は我慢できない生き物だって言うし、しょうがないよな」
笑っている八雲くんの目が、気のせいじゃなければほんの少し光ったような気がした。
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