BL短篇集

朏猫(ミカヅキネコ)

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クールビューティーの小さな秘密~彼はどうやらブラックが飲めないらしい

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(もしかして苦手なんかな)

 そう思ってチラッと隣を見た。テーブルに置いてある紙コップの中身が全然減っていない。というより、紙コップを一度も手にしていない気がする。

(昨日もそうだったっけ)

 昼食後、午後一の講義がないときは同じゼミの連中とテラス席でダラダラ喋るようになった。集まるのは大体五、六人で、昨日と今日は珍しく十人前後いる。こういうとき、なぜか自販機で全員分の飲み物を買いに行く奴が出てくる。
 買ってくるのは大体コーヒーで、そうじゃない人は先に自分で飲み物を買ってきていた。俺は何でもいいしタダで飲めるならといつもお任せなんだけど、どうしてか甘ったるいカフェオレをもらうことが多い。「まぁ、奢ってもらっといて文句いうのもアレだし」と思って飲みはするものの、本当は甘くないほうが好きだ。
 一度、どうして甘いカフェオレばっかり差し出されるのか聞いたことがある。

「え? だって見た目そういう感じじゃん?」

 甘いカフェオレみたいな見た目ってどういうことだよ。思わず突っ込んだものの、その場にいた全員に「誰が見てもそうだよなぁ?」と言われて口を閉ざした。

(そういや、こいつのっていつもブラックだよな)

 もう一度紙コップの中身を見る。ミルクが入っていないのは色でわかった。たぶん砂糖も入っていない。そういやちょっと前に「おまえブラックだよな?」と聞かれていた気がするけど、肯定も否定もしていなかった。だから毎回ブラックなんだろう。

(ま、そう言いたくなるのもわかるけど)

 俺の隣に座っているのは、入学時から「クールビューティー」と呼ばれている男だ。たしかに見た目は抜群にいいし変に騒がないからクールに見える。「あの涼しい目元がたまらないの!」と周りの女の子たちが騒ぐのもわかる気がした。
 そんな男にはブラックコーヒーが似合う。……たぶん。何となく年上っぽい雰囲気だからか、俺でもブラックを選ぶだろう。

(……もしかして、ブラックが飲めないとか?)

 ふと、そんなことを思った。それでも何も言わないのは奢りだからだろうか。
 そういえば、昨日は一気飲みしたあと顔をしかめていた気がする。一瞬だったから俺しか気づかなかったかもしれないけど、たしかにあれはしかめっ面だった。ちなみに俺も甘ったるいのが嫌で最後に一気飲みすることにしている。

(意外だなぁ)

 思わずそう思った。思ってから「いや、こういうのがよくないのか」と思い直す。人を見た目で判断するのはよくない。そのせいで俺も嫌な思いをすることがあるからだ。

(見た目がワンコ系だからって「可愛い~!」とか、大学生になってまで言われたくないっての)

 でも、面と向かって嫌だとは言いにくい。それで場の雰囲気が悪くなるほうが困る。

(こいつもそうなんかな)

 だから黙って受け取り、最後に一気飲みしているのかもしれない。

(それか、イメージを壊したくないだけとか……うん、なくはないか)

 その気持ちもよくわかる。俺も「ワンコ系」でもてはやされたりイイ思いをしたりもするから、それを自分から壊す勇気はなかった。それなのに不満に思うんだから人間って奴はどうしようもない。

「おっ、そろそろ次の講義の時間じゃねぇ?」

 誰かがそう言うと、集まっていた人たちが一斉に動き出した。半分近くが残っていた紙コップの中身を飲み干して、テーブルの近くにあるゴミ箱に捨てる。
 みんなが動き出すのとほぼ同時に隣で腕が動くのが見えた。それが一瞬止まって、覚悟を決めたようにまた動く。誰もテーブルを見ていないことに気づいた俺は、思わず目の前の紙コップと隣の紙コップをサッと取り替えていた。そうして交換した中身をグイッと飲み干した。

(やっぱりブラックだ)

 隣を見たら綺麗な横顔が中身を飲み干すところだった。そうして紙コップを持ったまま俺を見て小さく笑う。

(……なんかすごいものを見た気がする)

 そういえば、こいつが笑っているところを見たのは初めてだ。そういう意味でも“クールビューティー”って呼ばれているんだろう。そんな男がたまたまちょっと笑っただけなのにドキッとしてしまった。
 思わず惚けていると、起ち上がりながらポンと肩を叩いた綺麗な顔がグッと近づいてきた。

「助かった」

 耳元で囁かれた言葉に「へ?」と間抜けな返事をしてしまった。何だかいい匂いまでしたような気がしてドキドキしてくる。
 しばらく呆然としたあとハッとした俺は、慌てて振り返った。すると、とっくに立ち去ったとばかり思っていたクールビューティーがちょうど振り返るところだった。そして、今度は間違いなく笑顔だと言える表情を見せる。

(……うわー、これで恋に落ちない奴なんていないだろー)

 クールビューティーはブラックコーヒーが飲めないというささやかな発見をした俺は、同時に自分の中で何かが目覚めるのを見つけてしまった気がした。
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