BL短篇集

朏猫(ミカヅキネコ)

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金魚玉(きんぎょだま)~夏の夕暮れでの真尋と鏡也

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 梅雨が明けて本格的な夏が始まった。朝陽が昇るのと同時に気温はグングン上がり、夕方ようやく日が陰り始めても温められすぎた空気は一向に冷める気配がない。そのうえ湿度も高いままで、まるでサウナのようだなと真尋は思っていた。

(去年は夏祭りに行ったけど、今年は浴衣で行くのかな)

 真尋は古い家の縁側に座りながら「暑いなぁ」と茜色の空を見上げていた。浴衣のことを考えたのは、同居人である鏡也が祖母の家から浴衣を持ち帰ったからだ。それに合うように鏡也は雪駄を、真尋にはなぜか可愛らしい鼻緒の下駄を買い、いつでも着られるようにと用意は整えてある。

 チリン、チリン。

 庭を通り抜ける風に江戸風鈴が涼しげな音を鳴らした。風鈴に視線を向けた真尋は、不意に「そういえば」と金魚玉のことを思い出した。
 昨年、近所の神社で催された夏祭りで金魚玉なるものを買った。ガラス製のそれは、中に水と金魚を入れて軒に吊したり棚に置いたりして楽しむのだという。江戸時代にはそういう金魚の愛で方があったのだと教えてくれたのは鏡也で、「相変わらず変なことを知ってるよなぁ」と思いながら買って帰った。

(金魚はいないけど、飾れば涼しくなりそうだな)

 そんなことを思いながら棚の奥をゴソゴソと探す。「たしかこの辺に入れたはずだけど……」と花瓶や花切りハサミを取り出すと、その奥に目的のものが見えた。
 形は風鈴に似ているが、風鈴と違うのは底があることだ。吊すための棒もある。

(昔の人って、おもしろいこと考えるんだな)

 そんなことを思いながら少し汚れていた表面を拭き取り、台所で半分ほど水を注いだ。それを持って縁側に戻ると、室内との境にある鴨居に吊す。
 風鈴とは違い、揺れても音はしない。そもそも水が入っているぶん重くなっているわけで、軒先に入ってくる風くらいではびくともしなかった。それでもほんのすこし水面が揺れるからか見ていて涼しげな気持ちになる。夕焼けの光が当たり、少しだけ幻想的にも見えた。

「へぇ、いい感じだな」

 大好きな声に「ふふっ」と微笑みながら振り返る。アルバイトを終えた鏡也が部屋に入ってくるところだった。「だろう?」と言いながら、思わず鏡也の姿をじっと見つめてしまう。
 暑かったからか額には汗が滲み、シャツもあちこちが肌に貼りついている。高校までサッカーやバスケットボールなどスポーツをいろいろやっていたと聞いたが、それを示すように筋肉質な肉体だということがシャツの上からもよくわかった。「いい体してるよな」と思ったところで、不埒な目で見ていたことにハッとする。慌てて「水だけでも涼しくなるかと思って」と言いながら金魚玉に視線を戻した。
 そんな真尋に気づくことなく鏡也が隣に立つ。ふわっと漂う汗の匂いにさえドキッとする自分に、真尋は「落ち着け」と自分を戒めた。

「今年も夏祭り、行くか」

「え?」と隣を見ると、鏡也がチラッと横目でこちらを見ている。その視線にさえ鼓動を早めながら「うん」と返し、努めていつもどおりの表情で鏡也を見上げた。

「もちろんりんご飴、買ってくれるんだよな?」
「はいはい」

 去年もりんご飴を買った。そうして二人で交互に囓った甘い思い出が蘇る。

(こういうささやかな幸せがずっと続きますように)

 今年の七夕の願いは去年と同じだ。なんなら正月に神様に願うことも同じだった。

(これからも、こうして鏡也を一緒にいられますように)

 そう願いながら、真尋は茜色に反射する金魚玉を見つめた。
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