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今年の春も一緒に~どうかこの先もずっと僕を離さないでほしい
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「すっかり春って感じだな」
「今年の花見、どうする?」
「せっかくだからやろうぜ。ほら、いつもの公園でさ」
同じサークルの人たちがそんな話をしている。僕は「すっかり春になったな」と思いながら間もなく満開を迎える桜を見上げた。
「なぁ、おまえも今年は……あ、」
花見に誘おうとしたらしい友人が口をつぐんだ。きっと昨年の今頃のことを思い出したのだろう。気まずそうな表情を浮かべる友人に微笑みながら「そうだね」と答える。
「今年は参加しようかな」
僕の返事にほかの人たちもホッとしたような顔をした。
「気晴らしになるかもだし、来れるなら来いよ」
「無理はしなくていいからさ」
「みんなで適当に持ち寄ってやるだけだから、直前のキャンセルとかも全然平気だし」
「うん、ありがとう」
口々に「無理すんなよ」だとか「顔出すだけでいいからさ」だとか言ってくる。「そんなに気を遣ってもらわなくてもいいのに」と思いながらニコリと微笑んだ。
(ま、みんなが気にするのも仕方がないんだろうけど)
サークルのみんながここまで僕に気を遣うのは、昨年の今ごろ、双子の弟があの世に旅立ったからだ。
学部こそ違ったものの同じ大学に通い、同じサークルに所属し、気がつけば高校のときとあまり変わらない生活を送っていた。家も一緒、大学も一緒、友人たちと遊びに行くのも一緒。どこに行くにも双子で一緒、そんな光景は周囲にとって珍しかったに違いない。それが少しずつ日常になり、すっかり慣れたところで片方がいなくなってしまった。
(きっと僕より周りのほうが違和感あるんだろうな)
顔はそれほど似ていなかったと思う。それでも双子独特の雰囲気があったのか、誰もが「もしかして兄弟?」と訊ね、「双子かぁ。なんかわかる」と言った。
その片割れはもう僕の隣を歩くことはない。去年の春、彼は遠いところへ旅立ってしまった。その日はちょうどサークルの花見の日だった。その花見には僕も弟と一緒に参加する予定だった。
(だからって別に気にしなくていいのに)
弟が小さい頃から持病を抱えていて、そう長く生きられないことはサークルに入ったときにみんなに話してある。普段元気いっぱいの彼を見ると、そんなふうには見えなかっただろう。だからみんなショックを受け、必要以上に僕に気を遣う。
(ま、みんなには見えてないから仕方ないか)
桜を見上げる僕の視界に白い手が入り込んだ。思わず小さく笑うと、首にするりと何かが纏わり付く気配がする。そうして「俺も一緒に行っていい?」と耳元で囁く声が聞こえてきた。
「もちろん」
囁き返しながらチラッと横目で見る。そこには生まれたときから隣にいた弟の顔があった。
『ま、駄目って言われても当然ついていくけどね』
首に抱きついていた弟の手がするりと離れる。そうして桜の木を遮るように僕の前に立った。いや、正確には宙に浮いている状態だ。
笑顔も体つきも生前と変わったところはない。ただ一つ、背中に透明な羽が生えていた。それも鳥のような羽毛に覆われたものではなくトンボのような翅だ。でも、その翅をパタパタと動かして飛ぶ姿を見たことがない。宙に浮いているのに翅はピンと伸びたままで、背後で咲いている桜の花が透けて見えている。
『あ! 帰りに駅前でシェイク、忘れないでよ』
そういえば昨夜、季節限定のシェイクが今日から販売されるとテレビCMで流れていた。季節限定に弱い弟らしいなと口元がほころぶ。
「わかった」
『やった!』
笑顔とともに透けている翅が少しだけパタパタと揺れた。
(この先もずっとこうしていらるといいな)
どうかこの先もずっと僕を離さないでほしい、一年前からずっとそう願っている。そんな僕の気持ちなどお見通しと言わんばかりに弟がふわりと笑い、「もちろん」と唇が動いたような気がした。
「今年の花見、どうする?」
「せっかくだからやろうぜ。ほら、いつもの公園でさ」
同じサークルの人たちがそんな話をしている。僕は「すっかり春になったな」と思いながら間もなく満開を迎える桜を見上げた。
「なぁ、おまえも今年は……あ、」
花見に誘おうとしたらしい友人が口をつぐんだ。きっと昨年の今頃のことを思い出したのだろう。気まずそうな表情を浮かべる友人に微笑みながら「そうだね」と答える。
「今年は参加しようかな」
僕の返事にほかの人たちもホッとしたような顔をした。
「気晴らしになるかもだし、来れるなら来いよ」
「無理はしなくていいからさ」
「みんなで適当に持ち寄ってやるだけだから、直前のキャンセルとかも全然平気だし」
「うん、ありがとう」
口々に「無理すんなよ」だとか「顔出すだけでいいからさ」だとか言ってくる。「そんなに気を遣ってもらわなくてもいいのに」と思いながらニコリと微笑んだ。
(ま、みんなが気にするのも仕方がないんだろうけど)
サークルのみんながここまで僕に気を遣うのは、昨年の今ごろ、双子の弟があの世に旅立ったからだ。
学部こそ違ったものの同じ大学に通い、同じサークルに所属し、気がつけば高校のときとあまり変わらない生活を送っていた。家も一緒、大学も一緒、友人たちと遊びに行くのも一緒。どこに行くにも双子で一緒、そんな光景は周囲にとって珍しかったに違いない。それが少しずつ日常になり、すっかり慣れたところで片方がいなくなってしまった。
(きっと僕より周りのほうが違和感あるんだろうな)
顔はそれほど似ていなかったと思う。それでも双子独特の雰囲気があったのか、誰もが「もしかして兄弟?」と訊ね、「双子かぁ。なんかわかる」と言った。
その片割れはもう僕の隣を歩くことはない。去年の春、彼は遠いところへ旅立ってしまった。その日はちょうどサークルの花見の日だった。その花見には僕も弟と一緒に参加する予定だった。
(だからって別に気にしなくていいのに)
弟が小さい頃から持病を抱えていて、そう長く生きられないことはサークルに入ったときにみんなに話してある。普段元気いっぱいの彼を見ると、そんなふうには見えなかっただろう。だからみんなショックを受け、必要以上に僕に気を遣う。
(ま、みんなには見えてないから仕方ないか)
桜を見上げる僕の視界に白い手が入り込んだ。思わず小さく笑うと、首にするりと何かが纏わり付く気配がする。そうして「俺も一緒に行っていい?」と耳元で囁く声が聞こえてきた。
「もちろん」
囁き返しながらチラッと横目で見る。そこには生まれたときから隣にいた弟の顔があった。
『ま、駄目って言われても当然ついていくけどね』
首に抱きついていた弟の手がするりと離れる。そうして桜の木を遮るように僕の前に立った。いや、正確には宙に浮いている状態だ。
笑顔も体つきも生前と変わったところはない。ただ一つ、背中に透明な羽が生えていた。それも鳥のような羽毛に覆われたものではなくトンボのような翅だ。でも、その翅をパタパタと動かして飛ぶ姿を見たことがない。宙に浮いているのに翅はピンと伸びたままで、背後で咲いている桜の花が透けて見えている。
『あ! 帰りに駅前でシェイク、忘れないでよ』
そういえば昨夜、季節限定のシェイクが今日から販売されるとテレビCMで流れていた。季節限定に弱い弟らしいなと口元がほころぶ。
「わかった」
『やった!』
笑顔とともに透けている翅が少しだけパタパタと揺れた。
(この先もずっとこうしていらるといいな)
どうかこの先もずっと僕を離さないでほしい、一年前からずっとそう願っている。そんな僕の気持ちなどお見通しと言わんばかりに弟がふわりと笑い、「もちろん」と唇が動いたような気がした。
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