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10 作戦②中断、ホワイトが仕組んだ噂話
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「ザルツブルガートルン伯爵令嬢とマログラッセ伯爵子息が密かに想いを交わしている」
噂話を耳にしたオペラは「まさか」と驚いた。急いで手紙をしたため、侍女マディーヌに「できるだけ急いでちょうだい」と念を押して送り出す。そうしてその日の午後には温室でホワイトに事の真相を尋ねていた。
「あの噂は本当なの?」
「えぇ、本当ですわ、お姉様」
あれほど嫌がっていたマログラッセ伯爵子息ビスケティとの噂話だというのに、ホワイトに嫌悪感を抱いているような雰囲気はなく困惑しているような様子もない。ただし、いつもオペラを熱心に見ている碧眼はほんのわずか下を向いていた。
「……まさか、自分で噂が流れるようにしたの?」
オペラの問いかけにホワイトがキュッと唇を噛み締めた。
「叱ったりしないから訳を聞かせてちょうだい?」
「……だって、このままじゃお姉様が……悪役令嬢になってしまわれるんじゃないかと思って……」
いつもならぴたりと身を寄せるホワイトだが、ベンチには拳一つ分開けて座り、膝に置いた両手をギュッと握り締めている。
「あたし、難しいことは何一つわかりませんわ。だからお姉様のお手伝いはできません。それでもあたし、いまの状況をどうにかしたくて……」
俯いていた顔を上げたホワイトが、ギュッと眉を寄せながらオペラを見た。
「このままじゃ、お姉様は王太子妃にふさわしくないとみんなに思われてしまいますわ。そうしたら、きっとお姉様が悪役令嬢にされてしまう……そんなの、あたしは絶対にいや」
「だから自分でよくない噂を流したの?」
「だって……あたしの噂が流れれば、お姉様の噂は消えるんじゃないかと思ったんですの。悪役令嬢の候補者が二人なら、どちらが悪役令嬢になるか“ぷろぐらむ”にもわからなくなるんじゃないかと思って……」
ホワイトの視線が紙に書かれた「悪役令嬢」の文字に向けられる。
「はじめはあたしのほうからビスケティ様に近づいて、そういう雰囲気になれば噂になるんじゃないかと思っていましたの。ちょうどマログラッセ伯爵邸でのお茶会にお誘いいただいていましたし、そのときにって……。でもあたし、結局何もできませんでしたわ。お茶会では少しご一緒しましたけれど、ビスケティ様と二人きりになったりもしませんでしたわ」
「それなのに噂が?」
「……誰に何を聞かれても答えなかっただけですわ」
ホワイトも社交界をよく知る令嬢の一人、噂話がどうやって広がっていくのか十分わかっている。今回はそれを逆手に取ろうと考えたのだろう。
「二人きりでは会っていないけれど、でも噂になるようなことはあったのね?」
「大勢がいるところでのことですのよ? あたしが元気がないからとビスケティ様がレモンケーキを持ってきてくださって、それを一緒に食べながら少しお話をしただけですわ。それなのに、次の日にはあたしとビスケティ様が密かに会っているだなんて噂が流れて……変だとは思いましたけれど、お姉様のひどい噂がそれで消えるならかまわないと思いましたの」
ホワイトの頭を優しく撫でながらオペラも紙に視線を向ける。ホワイトの噂が流れるまでは、オペラがもっとも王太子妃候補から遠ざかっていた。ところが今回の件でホワイトまで遠ざかってしまった。残るはミルフィ嬢だが、こちらもよくない噂を耳にしている。
(王太子妃候補になったのが最近だから焦っていらっしゃるのだろうけれど)
候補に決まってからというもの、ミルフィ嬢は母親とともに頻繁に王城に通うようになった。そのことを快く思わない貴族は大勢いたが、ここにきて「あのような娘を王太子妃候補にしたままでよいのか」という声があちこちから上がり始めている。中にはあからさまに「愛人の娘を」と口にする者もいるようで、王城としても対応に困っているとオペラの耳にも入っていた。
(このままでは王太子妃候補がいなくなってしまうのではないかしら)
それとも、これも強制力の力なのだろうか。オペラは「強制力」から「悪役令嬢」に矢印をつけ加え、そこに「もっとも強く作用する」と追加した。
『ご令嬢二人のうち必ずどちらかが悪役令嬢だと認定される。認定されれば王太子から断罪され、王太子妃候補から外れることになるだろう』
声高に宣言した自称神の言葉を思い返した。
(やはり「王太子妃が決まり、残った令嬢が悪役令嬢として断罪される」というわけではないように聞こえるわ)
おそらく神の中では悪役令嬢が決まり、断罪され、その結果王太子妃が誕生するという流れなのだろう。だからこそ、そうなるまでの過程が楽しいと口にしたに違いない。
誰かが失脚する話は社交界でも大きな話題になる。色恋と同じくらい、いや、それ以上に蜜の味がするからだ。オペラたち王太子妃候補の話題もいまや社交界で一番の話題になっていた。中でももっとも注目されているのが「誰が最初に脱落するか」だ。
(噂ではますます悪いことばかりが流れているわ。このままでは三人とも王太子妃になれない気がするのは考えすぎかしら)
そもそも、それでは神が考える前提が崩れてしまう。少なくとも王太子妃候補は二人必要なはずだ。
(それなのにこの展開は……もしかして“ぷろぐらむ”に不具合が起きているのではないかしら?)
だからこそ三人すべてを排除するような強制力が働いているのではないだろうか。そう考えれば、ここまで悪い噂ばかりが広がることにも納得がいく。
「“ぷろぐらむ”とやらは、やはり完璧ではなかったのね。そもそも神様がお考えの前提が間違っていらっしゃるのだもの、うまくいくはずがないわ」
「お姉様……?」
気がつけば窺うようにホワイトがオペラの顔を覗き込んでいる。
「不具合が起きているということは、“ぷろぐらむ”の動きが止まるかもしれないということかもしれないわ」
馬車の車輪も不具合が起きれば回らなくなる。それでは目的地にたどり着くことはできない。
(王太子妃候補が増えることを神様は想定されていらっしゃらなかった)
「そこまでは考えてなかったなぁ」と口にしたとき、困った顔をしていた。神の様子を思い出したオペラは、ふと「前提が違うところからほころびているのではないかしら」と考えた。
「王太子妃候補」から「ぷろぐらむ」に引いた矢印の横に書いた「不具合?」という文字に訂正線を引く。そして新たに「不具合の原因①」と書き加えた。さらに「王太子の気持ち」から「ぷろぐらむ」に伸びる矢印に「不具合の原因②」と追加する。
王太子妃候補のうち、少なくともオペラとホワイトに王太子妃になりたいという気持ちはない。グラニーテ公の話から考えると、王太子に早く王太子妃を決めたいという意志もなさそうだ。そして王太子妃候補がもう一人増えた。いずれも神が考えていたであろうこととは違っている。
(この先、三人とも王太子妃候補から外れかけたままでいることができれば……それとも王太子妃候補の数をさらに増やしたほうが……殿下が候補者以外のどなたかを王太子妃にお選びになるのも一つの方法……だとしたら、王太子妃候補全員が別の誰かに見初められても効果があるかもしれない)
そこまで考えたオペラの脳裏にグラニーテ公の姿が浮かんだ。一瞬ドキッとし、「わたくしったら何を」と珍しく一瞬だけ動揺する。
(最後の方法はないわね。少なくともわたくしを見初めてくださるような方はいらっしゃらないもの)
それにミルフィ嬢は王太子妃になることを決して諦めないだろう。あれこれ考えながらもオペラの心はほんの少しざわついていた。
噂話を耳にしたオペラは「まさか」と驚いた。急いで手紙をしたため、侍女マディーヌに「できるだけ急いでちょうだい」と念を押して送り出す。そうしてその日の午後には温室でホワイトに事の真相を尋ねていた。
「あの噂は本当なの?」
「えぇ、本当ですわ、お姉様」
あれほど嫌がっていたマログラッセ伯爵子息ビスケティとの噂話だというのに、ホワイトに嫌悪感を抱いているような雰囲気はなく困惑しているような様子もない。ただし、いつもオペラを熱心に見ている碧眼はほんのわずか下を向いていた。
「……まさか、自分で噂が流れるようにしたの?」
オペラの問いかけにホワイトがキュッと唇を噛み締めた。
「叱ったりしないから訳を聞かせてちょうだい?」
「……だって、このままじゃお姉様が……悪役令嬢になってしまわれるんじゃないかと思って……」
いつもならぴたりと身を寄せるホワイトだが、ベンチには拳一つ分開けて座り、膝に置いた両手をギュッと握り締めている。
「あたし、難しいことは何一つわかりませんわ。だからお姉様のお手伝いはできません。それでもあたし、いまの状況をどうにかしたくて……」
俯いていた顔を上げたホワイトが、ギュッと眉を寄せながらオペラを見た。
「このままじゃ、お姉様は王太子妃にふさわしくないとみんなに思われてしまいますわ。そうしたら、きっとお姉様が悪役令嬢にされてしまう……そんなの、あたしは絶対にいや」
「だから自分でよくない噂を流したの?」
「だって……あたしの噂が流れれば、お姉様の噂は消えるんじゃないかと思ったんですの。悪役令嬢の候補者が二人なら、どちらが悪役令嬢になるか“ぷろぐらむ”にもわからなくなるんじゃないかと思って……」
ホワイトの視線が紙に書かれた「悪役令嬢」の文字に向けられる。
「はじめはあたしのほうからビスケティ様に近づいて、そういう雰囲気になれば噂になるんじゃないかと思っていましたの。ちょうどマログラッセ伯爵邸でのお茶会にお誘いいただいていましたし、そのときにって……。でもあたし、結局何もできませんでしたわ。お茶会では少しご一緒しましたけれど、ビスケティ様と二人きりになったりもしませんでしたわ」
「それなのに噂が?」
「……誰に何を聞かれても答えなかっただけですわ」
ホワイトも社交界をよく知る令嬢の一人、噂話がどうやって広がっていくのか十分わかっている。今回はそれを逆手に取ろうと考えたのだろう。
「二人きりでは会っていないけれど、でも噂になるようなことはあったのね?」
「大勢がいるところでのことですのよ? あたしが元気がないからとビスケティ様がレモンケーキを持ってきてくださって、それを一緒に食べながら少しお話をしただけですわ。それなのに、次の日にはあたしとビスケティ様が密かに会っているだなんて噂が流れて……変だとは思いましたけれど、お姉様のひどい噂がそれで消えるならかまわないと思いましたの」
ホワイトの頭を優しく撫でながらオペラも紙に視線を向ける。ホワイトの噂が流れるまでは、オペラがもっとも王太子妃候補から遠ざかっていた。ところが今回の件でホワイトまで遠ざかってしまった。残るはミルフィ嬢だが、こちらもよくない噂を耳にしている。
(王太子妃候補になったのが最近だから焦っていらっしゃるのだろうけれど)
候補に決まってからというもの、ミルフィ嬢は母親とともに頻繁に王城に通うようになった。そのことを快く思わない貴族は大勢いたが、ここにきて「あのような娘を王太子妃候補にしたままでよいのか」という声があちこちから上がり始めている。中にはあからさまに「愛人の娘を」と口にする者もいるようで、王城としても対応に困っているとオペラの耳にも入っていた。
(このままでは王太子妃候補がいなくなってしまうのではないかしら)
それとも、これも強制力の力なのだろうか。オペラは「強制力」から「悪役令嬢」に矢印をつけ加え、そこに「もっとも強く作用する」と追加した。
『ご令嬢二人のうち必ずどちらかが悪役令嬢だと認定される。認定されれば王太子から断罪され、王太子妃候補から外れることになるだろう』
声高に宣言した自称神の言葉を思い返した。
(やはり「王太子妃が決まり、残った令嬢が悪役令嬢として断罪される」というわけではないように聞こえるわ)
おそらく神の中では悪役令嬢が決まり、断罪され、その結果王太子妃が誕生するという流れなのだろう。だからこそ、そうなるまでの過程が楽しいと口にしたに違いない。
誰かが失脚する話は社交界でも大きな話題になる。色恋と同じくらい、いや、それ以上に蜜の味がするからだ。オペラたち王太子妃候補の話題もいまや社交界で一番の話題になっていた。中でももっとも注目されているのが「誰が最初に脱落するか」だ。
(噂ではますます悪いことばかりが流れているわ。このままでは三人とも王太子妃になれない気がするのは考えすぎかしら)
そもそも、それでは神が考える前提が崩れてしまう。少なくとも王太子妃候補は二人必要なはずだ。
(それなのにこの展開は……もしかして“ぷろぐらむ”に不具合が起きているのではないかしら?)
だからこそ三人すべてを排除するような強制力が働いているのではないだろうか。そう考えれば、ここまで悪い噂ばかりが広がることにも納得がいく。
「“ぷろぐらむ”とやらは、やはり完璧ではなかったのね。そもそも神様がお考えの前提が間違っていらっしゃるのだもの、うまくいくはずがないわ」
「お姉様……?」
気がつけば窺うようにホワイトがオペラの顔を覗き込んでいる。
「不具合が起きているということは、“ぷろぐらむ”の動きが止まるかもしれないということかもしれないわ」
馬車の車輪も不具合が起きれば回らなくなる。それでは目的地にたどり着くことはできない。
(王太子妃候補が増えることを神様は想定されていらっしゃらなかった)
「そこまでは考えてなかったなぁ」と口にしたとき、困った顔をしていた。神の様子を思い出したオペラは、ふと「前提が違うところからほころびているのではないかしら」と考えた。
「王太子妃候補」から「ぷろぐらむ」に引いた矢印の横に書いた「不具合?」という文字に訂正線を引く。そして新たに「不具合の原因①」と書き加えた。さらに「王太子の気持ち」から「ぷろぐらむ」に伸びる矢印に「不具合の原因②」と追加する。
王太子妃候補のうち、少なくともオペラとホワイトに王太子妃になりたいという気持ちはない。グラニーテ公の話から考えると、王太子に早く王太子妃を決めたいという意志もなさそうだ。そして王太子妃候補がもう一人増えた。いずれも神が考えていたであろうこととは違っている。
(この先、三人とも王太子妃候補から外れかけたままでいることができれば……それとも王太子妃候補の数をさらに増やしたほうが……殿下が候補者以外のどなたかを王太子妃にお選びになるのも一つの方法……だとしたら、王太子妃候補全員が別の誰かに見初められても効果があるかもしれない)
そこまで考えたオペラの脳裏にグラニーテ公の姿が浮かんだ。一瞬ドキッとし、「わたくしったら何を」と珍しく一瞬だけ動揺する。
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