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10 話し合い
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その日の夜、夕食の片付けを終えた弟子に声をかけた。
「スティ、ちょっといいかな」
呼ばれたスティアニーの肩がビクッと震える。
「こっちへおいで」
「……はい」
スティアニーをソファに座らせ、自身は斜め向かいの椅子に腰掛けた。改めてスティアニーの横顔を見ると緊張からか表情が強張っている。
「この間のことを、きちんと話そうと思ってね」
「……はい」
「わたしのことが好きだということ、間違いないんだね?」
「……はい」
「それは、わたしのことを家族として思っているということ? 親や兄弟のように感じている?」
「……違います」
俯きがちに答えるスティアニーの声にいつもの元気はない。不安に耐えるためか、華奢な両手を膝の上でギュッと握り締めていた。
「それじゃ、わたしと口づけたり抱き合いたいという意味での好きってことかな?」
スティアニーの体が大きく震えた。しばらくしてから肯定するように小さく頷く。膝に乗せた両手は相変わらず固く握り締められたままで、その姿にジルネフィは小さい頃のスティアニーを思い出した。
(初めて叱ったときもこんな感じだったな)
スティアニーに魔術を教えるきっかけになった薬湯爆発のとき、ジルネフィは驚きのあまりいつもより厳しい言葉と声色で言い聞かせた。
たまたまかすり傷で済んだものの、配合次第では指どころか腕が吹っ飛んでもおかしくないのが魔術師の扱う道具や薬だ。スティアニーが危ないことをしないように、ジルネフィはいつも以上に時間をかけてじっくり説明した。話を聞きながら、スティアニーはいまと同じように小さな拳をギュッと握り締めていた。
(あのときのスティはわたしに捨てられると思って怯えていた)
表情をなくした顔は青ざめ声にならない言葉を口にしていた。唇の動きから「捨てないで」とつぶやいていることはすぐにわかった。
(捨てられたときのことを思い出していたに違いない)
そしていまも同じことを思っている。今度こそ追い出されると怯えている。
(そんなことするはずがないのに)
自分の気持ちを自覚したジルネフィにスティアニーを放り出すという考えは微塵もなかった。スティアニーがそう考えることに苛立ちのようなものさえ感じていた。
だからこそここで楔を打ち込まねばと考えた。この先何があってもスティアニーが離れようと考えないように、放り出されると考えないように、ジルネフィだけを見るように甘く優しく言葉の楔を打ち込む。
「スティ、きみはわたしに抱かれたいと思っている?」
ジルネフィの問いかけに菫色の瞳が大きく見開かれた。次第にゆらゆらと揺れ、ポロポロと涙をこぼし始める。口からは何度も「ごめんなさい」とつぶやく声が聞こえてきた。スティアニーの懺悔にも似た言葉にジルネフィの口元が笑みの形に変わる。同時に「なるほど」とあることに気がついた。
(男であるわたしを好きになってしまったことに怯えていたのか)
ジルネフィが与えた本には同性での生殖行為は書かれていなかった。それどころか宗教や文学の本には同性同士の行為は悪だと書かれている本もあった。
いつ人間の世界に戻ってもいいようにと、大勢の人間に支持されている本ばかりを与えてきた。それが人間と人間の世界を知る近道だと考えたからだが、そのせいでスティアニーは自分の気持ちが悪なのではないかと考えたのだろう。
(そしてわたしに嫌われると考えた)
魔族のジルネフィにとって性別は些細な違いでしかない。これまで肌を合わせた相手は全員魔族だったものの男女を気にしたことはなかった。気に入れば抱き、飽きれば捨てる、それのくり返しでしかない。
スティアニーは人間の男だが、ジルネフィがそれを気にすることもなかった。人間の世界に戻すならあれこれ考えるが、手元に置くと決めたいまジルネフィが気にするのはスティアニーをどう捕らえるかだけだ。
「スティ、泣かないで。わたしはきみを泣かせたくて質問しているわけじゃないんだ」
「……お師さま」
声を殺して泣く姿は痛々しく、それがジルネフィの魔族としての本能をすこぶる揺さぶった。極上の獲物を前にしたときのような昂ぶりを感じながら、優しい声色でスティアニーに話しかける。
「スティの気持ちはどこもおかしくないし間違ってもいない。誰かを好きになるのは素晴らしいことだよ」
「でも……っ、僕、おとこ、で……お師さま、も……」
「大丈夫。そんな些細なことをわたしは気にしたりしない」
優しい言葉の楔をゆっくりと打ち込みながら、しゃくり上げるスティアニーを抱きしめた。「できれば目玉ごと舐めたいところだけど、さすがに我慢するか」と背中を撫でつつ言葉を続ける。
「スティ、きみは人間の世界に戻りたいと考えているかい?」
「……人間の世界……?」
「そう。ここは境界の地だから、もし人間の世界に戻りたいのなら戻してあげることができる。もちろんわたしのことは気にしなくていい」
「戻る、」
腕の中でスティアニーがモゾモゾと動いた。緩めた腕の中を見ると、濡れて輝くアメジストの瞳がじっとジルネフィを見上げる。
「……お師さまは僕に……戻ってほしいんですか……?」
掠れた声にはかすかな絶望が混じっていた。
「人間の世界に、戻らないと駄目ですか?」
純粋で美しい心にヒビが入る音が聞こえた気がした。優しく微笑んだジルネフィが、そのヒビに楔の先端を差し込むように口を開く。
「わたしはそばにいてほしいと思っているよ。きっとスティのいない生活には耐えられないだろうからね」
「お師さま、」
スティアニーの表情がパッと明るくなった。微笑みかけながらジルネフィが優しく甘く囁く。
「わたしもスティに秘密にしていたことがある」
「秘密……?」
「そう。知られたら嫌われると思って黙っていたことだよ」
「僕がお師さまを嫌うなんて、絶対にありません」
菫色の瞳がじっと見ている。それに応えるようにプレイオブカラーの瞳がスティアニーを見つめ返した。
「わたしはね、ずっと前からスティのことが好きだったんだ」
「え……?」
「家族としてじゃない。もちろん弟子としてでもないよ」
「お師さま、」
「大事な存在として、誰よりも一番スティのことが好きだよ」
ジルネフィが最後の楔を打ち込んだ。潤んでいた瞳からポロポロと涙をこぼしながら、スティアニーが喜びに体を小さく震わせる。
(これでスティはわたしから離れることは決してない)
命が果てるまでそばにいたいと願い実行するだろう。
「だからスティが望むのならこのままそばにいてほしい」
「……嬉しい、です」
甘く囁くようなスティアニーの返事に、ジルネフィは小柄な温もりを大事に大事に抱きしめた。
「スティ、ちょっといいかな」
呼ばれたスティアニーの肩がビクッと震える。
「こっちへおいで」
「……はい」
スティアニーをソファに座らせ、自身は斜め向かいの椅子に腰掛けた。改めてスティアニーの横顔を見ると緊張からか表情が強張っている。
「この間のことを、きちんと話そうと思ってね」
「……はい」
「わたしのことが好きだということ、間違いないんだね?」
「……はい」
「それは、わたしのことを家族として思っているということ? 親や兄弟のように感じている?」
「……違います」
俯きがちに答えるスティアニーの声にいつもの元気はない。不安に耐えるためか、華奢な両手を膝の上でギュッと握り締めていた。
「それじゃ、わたしと口づけたり抱き合いたいという意味での好きってことかな?」
スティアニーの体が大きく震えた。しばらくしてから肯定するように小さく頷く。膝に乗せた両手は相変わらず固く握り締められたままで、その姿にジルネフィは小さい頃のスティアニーを思い出した。
(初めて叱ったときもこんな感じだったな)
スティアニーに魔術を教えるきっかけになった薬湯爆発のとき、ジルネフィは驚きのあまりいつもより厳しい言葉と声色で言い聞かせた。
たまたまかすり傷で済んだものの、配合次第では指どころか腕が吹っ飛んでもおかしくないのが魔術師の扱う道具や薬だ。スティアニーが危ないことをしないように、ジルネフィはいつも以上に時間をかけてじっくり説明した。話を聞きながら、スティアニーはいまと同じように小さな拳をギュッと握り締めていた。
(あのときのスティはわたしに捨てられると思って怯えていた)
表情をなくした顔は青ざめ声にならない言葉を口にしていた。唇の動きから「捨てないで」とつぶやいていることはすぐにわかった。
(捨てられたときのことを思い出していたに違いない)
そしていまも同じことを思っている。今度こそ追い出されると怯えている。
(そんなことするはずがないのに)
自分の気持ちを自覚したジルネフィにスティアニーを放り出すという考えは微塵もなかった。スティアニーがそう考えることに苛立ちのようなものさえ感じていた。
だからこそここで楔を打ち込まねばと考えた。この先何があってもスティアニーが離れようと考えないように、放り出されると考えないように、ジルネフィだけを見るように甘く優しく言葉の楔を打ち込む。
「スティ、きみはわたしに抱かれたいと思っている?」
ジルネフィの問いかけに菫色の瞳が大きく見開かれた。次第にゆらゆらと揺れ、ポロポロと涙をこぼし始める。口からは何度も「ごめんなさい」とつぶやく声が聞こえてきた。スティアニーの懺悔にも似た言葉にジルネフィの口元が笑みの形に変わる。同時に「なるほど」とあることに気がついた。
(男であるわたしを好きになってしまったことに怯えていたのか)
ジルネフィが与えた本には同性での生殖行為は書かれていなかった。それどころか宗教や文学の本には同性同士の行為は悪だと書かれている本もあった。
いつ人間の世界に戻ってもいいようにと、大勢の人間に支持されている本ばかりを与えてきた。それが人間と人間の世界を知る近道だと考えたからだが、そのせいでスティアニーは自分の気持ちが悪なのではないかと考えたのだろう。
(そしてわたしに嫌われると考えた)
魔族のジルネフィにとって性別は些細な違いでしかない。これまで肌を合わせた相手は全員魔族だったものの男女を気にしたことはなかった。気に入れば抱き、飽きれば捨てる、それのくり返しでしかない。
スティアニーは人間の男だが、ジルネフィがそれを気にすることもなかった。人間の世界に戻すならあれこれ考えるが、手元に置くと決めたいまジルネフィが気にするのはスティアニーをどう捕らえるかだけだ。
「スティ、泣かないで。わたしはきみを泣かせたくて質問しているわけじゃないんだ」
「……お師さま」
声を殺して泣く姿は痛々しく、それがジルネフィの魔族としての本能をすこぶる揺さぶった。極上の獲物を前にしたときのような昂ぶりを感じながら、優しい声色でスティアニーに話しかける。
「スティの気持ちはどこもおかしくないし間違ってもいない。誰かを好きになるのは素晴らしいことだよ」
「でも……っ、僕、おとこ、で……お師さま、も……」
「大丈夫。そんな些細なことをわたしは気にしたりしない」
優しい言葉の楔をゆっくりと打ち込みながら、しゃくり上げるスティアニーを抱きしめた。「できれば目玉ごと舐めたいところだけど、さすがに我慢するか」と背中を撫でつつ言葉を続ける。
「スティ、きみは人間の世界に戻りたいと考えているかい?」
「……人間の世界……?」
「そう。ここは境界の地だから、もし人間の世界に戻りたいのなら戻してあげることができる。もちろんわたしのことは気にしなくていい」
「戻る、」
腕の中でスティアニーがモゾモゾと動いた。緩めた腕の中を見ると、濡れて輝くアメジストの瞳がじっとジルネフィを見上げる。
「……お師さまは僕に……戻ってほしいんですか……?」
掠れた声にはかすかな絶望が混じっていた。
「人間の世界に、戻らないと駄目ですか?」
純粋で美しい心にヒビが入る音が聞こえた気がした。優しく微笑んだジルネフィが、そのヒビに楔の先端を差し込むように口を開く。
「わたしはそばにいてほしいと思っているよ。きっとスティのいない生活には耐えられないだろうからね」
「お師さま、」
スティアニーの表情がパッと明るくなった。微笑みかけながらジルネフィが優しく甘く囁く。
「わたしもスティに秘密にしていたことがある」
「秘密……?」
「そう。知られたら嫌われると思って黙っていたことだよ」
「僕がお師さまを嫌うなんて、絶対にありません」
菫色の瞳がじっと見ている。それに応えるようにプレイオブカラーの瞳がスティアニーを見つめ返した。
「わたしはね、ずっと前からスティのことが好きだったんだ」
「え……?」
「家族としてじゃない。もちろん弟子としてでもないよ」
「お師さま、」
「大事な存在として、誰よりも一番スティのことが好きだよ」
ジルネフィが最後の楔を打ち込んだ。潤んでいた瞳からポロポロと涙をこぼしながら、スティアニーが喜びに体を小さく震わせる。
(これでスティはわたしから離れることは決してない)
命が果てるまでそばにいたいと願い実行するだろう。
「だからスティが望むのならこのままそばにいてほしい」
「……嬉しい、です」
甘く囁くようなスティアニーの返事に、ジルネフィは小柄な温もりを大事に大事に抱きしめた。
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