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映画館でいきなり、恋人繋ぎされる話

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 映画が始まった。席はかなり後ろの方。客入りは悪く、どこの席も空いていたけれど、なんとなく気分が重かった。


 そんなに集中して真剣に見る気にならず、なんとなく後ろの方の席を選んでいた。自分より後ろには誰もおらず、前にも僅かな人しかいない。なんだか、いい気分で深く腰掛けていた。


 だが、驚いたのはほんの数分前。いきなり女性が一人で入ってきたかと思えば、どんどん近づいて来るではないか。


 自分の席の列で止まり、真横に座った。女性はなんでもない顔をして、当たり前のように予告に目をやっていた。


 映画が始まったのだが、横が気になって集中できない。こんなに、どこもかしこも空いているのに、真横に人がいるのだ。まだ男でなくて心底良かった。


 チラっと横を見ると、あちらもこっちを見ている。意味が分からない。そういう目的でわざと、人のいる隣の席を選んだのかとムカついてくる。


 そんなに期待せず、何気なく選んだ映画だったが、どうせ金を払ったならちゃんと見たい。目が合ってすぐ顔をスクリーンの方に戻したが、これでは見られているかもと気になって集中できない。


 急に、手の甲に暖かい感触があった。すぐ自分の膝に目をやると、横から手が伸びて来ている。


 あまりに突然の事に、何も考えられなくなった。少しの間そのまま、自分の手の上に置かれた彼女の手を眺めていると、その手が自分の手の下に潜り込んで来た。


 かと思えば、当たり前のように下から俺の手を握り込む。柔らかくて、あったかくて、死ぬ程心地がいい。


 下を見つめたまま、ウトウトしてくる。彼女の方に振り向きたかったが、首を動かすことすら面倒くさくなってきた。そのまま、目を閉じる。


 最高の寝心地で、家のベッドに寝転がるより気持ちがいい。人の手1つで、こんなにいい気持ちになれるのか。


 目を開けると、映画は終わっている。壮大で轟轟しい音楽が流れ、人の名前が流れていく。そうだと思い、右を見ると、そこには誰もいない。


 夢かと思い、右手を見ると、あったかい感触がある。左手と比べると明らかだ。

「夢じゃないのか」

 そう思うと、どこかもどかしい気持ちが溢れ返る。変なifが、頭の端から端までを支配する。


 席の下に置いておいたバッグを肩にかけ、席を後にする。スタッフさんのゴミを捨てるよう促す声が、自分を現実世界へと引き戻す。

「千何百円の価値はあった」

 そう思い込んで、映画館を後にする。
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