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前編 恋の自覚と両思い
49.レイモンドの過去4/5
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そうして俺は寝る間も惜しんで彼女を見続けながら悩み……、召喚することに決めた。
両親が仕事から戻る時間を見計らい、白薔薇邸の庭園で待ち伏せをして姿を現す。衛兵の姿はあるけれど、声は聞こえない距離だ。
静寂の中、白い月明かりが二人を照らしている。
「お帰りなさい。お父様、お母様」
「ああ、レイモンドか。どうしたこんなところで」
「誰もいないところで話がしたくて……ここでお待ちしていました」
「ここって……部屋でもよかったのに……」
母が心配そうな顔で言う。
「好きな女性がいます。彼女といずれ結婚することを許していただきたく、お願いに参りました」
「まだ十歳の身で何を……。今からわざわざ言うということは、素性に問題があるのか。間違いなく平民なんだろうが……」
「まだ、この世界には存在しません。他の者には魔女様が連れてきたと伝えます」
「魔女様……!? お前は一体何を……」
「魔女さん、来てよ」
俺が無人の空間へと声をかけると……そこに、唐突に魔女が現れた。
「な……! 魔法陣もなく……ま、魔女様なのか……!?」
「ごめん、魔女さん。ありがとう、もういいよ」
お手伝いはここまでよとばかりに微笑まれると、無言で彼女は消え去った。
「レイモンド……今まであなたが森の方角へ行くことは、門兵から報告を受けてはいたのだけど……」
母が少し唇を震わせながら言う。
魔道士レベルが最高クラスでもあるし、やはり見逃されていたんだろう。辺境伯の息子としての視察ごっこだと思われていたのかもしれない。
「ええ。そこで会い、魔女様とは友達になりました」
「と、友達だと……!?」
「実際には魔女様が連れてくるのではなく、その力を借りて僕自身が異世界から女性を召喚します。僕が十四歳になる月です」
「……相手の了解はとっているのか」
「いいえ。勝手に召喚します」
「そんなことが許されると――」
「許されたんですよ、魔女様にね。だから禁忌でもありません」
「――――」
深い息を父が吐いた。
「お父様に許していただけなくても、僕は彼女を召喚します。駄目だと言われれば違う国で彼女と暮らします。連れ戻そうと追手を出されても、僕なら逃げられる」
そう言って、杖を上へと掲げた。
頭上から空へと氷が走っていく。
庭も含めた城の全てを覆うような氷が天高くに広がり……驚く両親の顔を確認してすぐに消した。
火や水の魔法によって生み出したものは、そのままにしておくと消せなくなる。神の加護……魔法の才能だけでなく、行使できる力には祈りや感謝の気持ちも大事だと言われているけれど、恐怖の払拭も必要だというのが俺の持論だ。
大きな炎を生み出せば、消せなければ当然火事になる。大きな氷も同じだ。落ちてくれば無事では済まない。もしそうなったらどうしようという恐怖の払拭……それもまた神を信じるということ。
――必ず消せるという確信。
魔女と直接話すことで、俺はより神を強く信じてしまったのかもしれない。
「まさか、息子に脅されるとはな……」
「脅してはいません。ただのお願いです」
「はぁ……。魔女様の意もあるのなら、反対する理由はない。ただ……まだ頭は整理できていないが、その者がお前と結婚するのを嫌がったらどうするんだ」
「そ、そこは……頑張ります」
「ふっ……まだ子供だな。いいだろう。見知らぬ土地で頼りになるのはお前だけ……おそらくはお前の期待通りにはなる。生活の保証もしてやるが……嫌がられたら身を引くんだな」
「……うっ……そこは頑張りますって」
「ははっ」
今まで生きてきた中で、一番親子らしい雰囲気……かもしれない。
おかしいな。脅したはずなのに。
「い……いいじゃない、レイモンド!」
あれ。なんかいきなり……母のテンションがはね上がった?
「異世界の女の子!? 素敵……浪漫ね! 好きになっちゃったの? 出会いは?」
「で……出会い……」
出会っては……いるって言うのかな。
どうしてこんなテンションに……?
「早く十四歳にならないかしら! 娘ができるのね、私。ああ――、私が卒業制作でつくったあの指輪も、活躍の日が近いってことね? ね、どんな女の子なの、レイモンド。早く話してちょうだい」
「え、ええと……」
母だけが……ものすごく盛り上がっている……。
「やめなさい、イザベラ。お前も覚えがあるだろう。男性でも女性でも、押せば引くものだ。特に義理の母親になるかもしれない相手に押されたら引いてしまう。いいか、その女の子が来ても、しばらくは静観するんだ」
そ……そうなのか……押しすぎないように気を付けよう。
「ああ……そうね、私のいけない癖だわ。あなたの猛烈な押しに、そういえば私……引いていたわ」
俺の前で何言ってんの……。
「ぐ! 覚えているなら、こんなところで言うな」
本当だよ……。
「それなのに、いざ私が婚約指輪の制作を始めたら、あなたったら、いきなり引くんだもの。話が違うわよね」
「だ、だから、こんなところで……」
「安心して、レイモンド。両思いになるまでは静観するわ。それで? 喚んだらまずはどうするつもりなの? そのあとの予定は? ね、どこが好きなの?」
うん……押されたら引く……確かに今、母に引きぎみだ……。
「大丈夫だ、イザベラ。まだ時間はたっぷりある。なぁ、レイモンド。ゆっくりと話を聞かせてくれ」
ううん……ここまで盛り上がられると話しにくいけど……なんだかアリスの家の中の会話みたいだ。今までよりも距離が近くなった気がする。
「詳しくは内緒です。でも、ものすごく可愛いくて、家族のことをすごく大事に思っていて、愛情深くて……でも、それを自分ではあまり自覚していないんです。そんなところも大好きで、一緒に学園に通いたいんです!」
親に向かって好きな女の子のことを話すのは恥ずかしい。それに……覗き見した内容は親にでも言うべきじゃないよね。
でも……少しくらいは自慢しちゃおう。嬉しくて仕方ないんだ、アリスのことを考えるだけで。
そして同じだけ、悲しくなる。
家族の思い出も含めて彼女の全てを、あの世界から俺は――、
罪悪感もなしに抹消するから。
両親が仕事から戻る時間を見計らい、白薔薇邸の庭園で待ち伏せをして姿を現す。衛兵の姿はあるけれど、声は聞こえない距離だ。
静寂の中、白い月明かりが二人を照らしている。
「お帰りなさい。お父様、お母様」
「ああ、レイモンドか。どうしたこんなところで」
「誰もいないところで話がしたくて……ここでお待ちしていました」
「ここって……部屋でもよかったのに……」
母が心配そうな顔で言う。
「好きな女性がいます。彼女といずれ結婚することを許していただきたく、お願いに参りました」
「まだ十歳の身で何を……。今からわざわざ言うということは、素性に問題があるのか。間違いなく平民なんだろうが……」
「まだ、この世界には存在しません。他の者には魔女様が連れてきたと伝えます」
「魔女様……!? お前は一体何を……」
「魔女さん、来てよ」
俺が無人の空間へと声をかけると……そこに、唐突に魔女が現れた。
「な……! 魔法陣もなく……ま、魔女様なのか……!?」
「ごめん、魔女さん。ありがとう、もういいよ」
お手伝いはここまでよとばかりに微笑まれると、無言で彼女は消え去った。
「レイモンド……今まであなたが森の方角へ行くことは、門兵から報告を受けてはいたのだけど……」
母が少し唇を震わせながら言う。
魔道士レベルが最高クラスでもあるし、やはり見逃されていたんだろう。辺境伯の息子としての視察ごっこだと思われていたのかもしれない。
「ええ。そこで会い、魔女様とは友達になりました」
「と、友達だと……!?」
「実際には魔女様が連れてくるのではなく、その力を借りて僕自身が異世界から女性を召喚します。僕が十四歳になる月です」
「……相手の了解はとっているのか」
「いいえ。勝手に召喚します」
「そんなことが許されると――」
「許されたんですよ、魔女様にね。だから禁忌でもありません」
「――――」
深い息を父が吐いた。
「お父様に許していただけなくても、僕は彼女を召喚します。駄目だと言われれば違う国で彼女と暮らします。連れ戻そうと追手を出されても、僕なら逃げられる」
そう言って、杖を上へと掲げた。
頭上から空へと氷が走っていく。
庭も含めた城の全てを覆うような氷が天高くに広がり……驚く両親の顔を確認してすぐに消した。
火や水の魔法によって生み出したものは、そのままにしておくと消せなくなる。神の加護……魔法の才能だけでなく、行使できる力には祈りや感謝の気持ちも大事だと言われているけれど、恐怖の払拭も必要だというのが俺の持論だ。
大きな炎を生み出せば、消せなければ当然火事になる。大きな氷も同じだ。落ちてくれば無事では済まない。もしそうなったらどうしようという恐怖の払拭……それもまた神を信じるということ。
――必ず消せるという確信。
魔女と直接話すことで、俺はより神を強く信じてしまったのかもしれない。
「まさか、息子に脅されるとはな……」
「脅してはいません。ただのお願いです」
「はぁ……。魔女様の意もあるのなら、反対する理由はない。ただ……まだ頭は整理できていないが、その者がお前と結婚するのを嫌がったらどうするんだ」
「そ、そこは……頑張ります」
「ふっ……まだ子供だな。いいだろう。見知らぬ土地で頼りになるのはお前だけ……おそらくはお前の期待通りにはなる。生活の保証もしてやるが……嫌がられたら身を引くんだな」
「……うっ……そこは頑張りますって」
「ははっ」
今まで生きてきた中で、一番親子らしい雰囲気……かもしれない。
おかしいな。脅したはずなのに。
「い……いいじゃない、レイモンド!」
あれ。なんかいきなり……母のテンションがはね上がった?
「異世界の女の子!? 素敵……浪漫ね! 好きになっちゃったの? 出会いは?」
「で……出会い……」
出会っては……いるって言うのかな。
どうしてこんなテンションに……?
「早く十四歳にならないかしら! 娘ができるのね、私。ああ――、私が卒業制作でつくったあの指輪も、活躍の日が近いってことね? ね、どんな女の子なの、レイモンド。早く話してちょうだい」
「え、ええと……」
母だけが……ものすごく盛り上がっている……。
「やめなさい、イザベラ。お前も覚えがあるだろう。男性でも女性でも、押せば引くものだ。特に義理の母親になるかもしれない相手に押されたら引いてしまう。いいか、その女の子が来ても、しばらくは静観するんだ」
そ……そうなのか……押しすぎないように気を付けよう。
「ああ……そうね、私のいけない癖だわ。あなたの猛烈な押しに、そういえば私……引いていたわ」
俺の前で何言ってんの……。
「ぐ! 覚えているなら、こんなところで言うな」
本当だよ……。
「それなのに、いざ私が婚約指輪の制作を始めたら、あなたったら、いきなり引くんだもの。話が違うわよね」
「だ、だから、こんなところで……」
「安心して、レイモンド。両思いになるまでは静観するわ。それで? 喚んだらまずはどうするつもりなの? そのあとの予定は? ね、どこが好きなの?」
うん……押されたら引く……確かに今、母に引きぎみだ……。
「大丈夫だ、イザベラ。まだ時間はたっぷりある。なぁ、レイモンド。ゆっくりと話を聞かせてくれ」
ううん……ここまで盛り上がられると話しにくいけど……なんだかアリスの家の中の会話みたいだ。今までよりも距離が近くなった気がする。
「詳しくは内緒です。でも、ものすごく可愛いくて、家族のことをすごく大事に思っていて、愛情深くて……でも、それを自分ではあまり自覚していないんです。そんなところも大好きで、一緒に学園に通いたいんです!」
親に向かって好きな女の子のことを話すのは恥ずかしい。それに……覗き見した内容は親にでも言うべきじゃないよね。
でも……少しくらいは自慢しちゃおう。嬉しくて仕方ないんだ、アリスのことを考えるだけで。
そして同じだけ、悲しくなる。
家族の思い出も含めて彼女の全てを、あの世界から俺は――、
罪悪感もなしに抹消するから。
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