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心の時間

心の時間・・・その4

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裕子は、とりあえず、失った言葉を探すように、グラスのお酒に唇を濡らしていた。
時を刻むように、静かに呟いた雪子の言葉に、あきらめたように視線を宙に泳がせながら
(今、この瞬間、止まっていた雪子の心の時計が、その秒針を刻み始めたのかもしれない・・・)
そこに何の確信はなくても、なぜか、裕子には、そう思えてしまうのである。

「これでも、けっこう悩んだのよね」

「悩んだって、どうして?」

「どうしてって、雪子に教えるべきかどうかって」

「別に、悩むようなことじゃないよ?」

「そんなことを言ったって、やっぱり、悩むわよ」

「もう、昔のことよ。それに、ふーちゃんが私と話したいなんて思うわけないでしょ?」

「どうしてよ?」

「だって、そういう付き合いだったし、そういう別れ方だったし・・・」

裕子は、残り少なくなったグラスのお酒を手で回すようにしながら、寂しそうに笑みを浮かべる。

「どうしたの?」

「あの人も、同じことを言ってたから・・・」

「ふーちゃんが・・・?」

「そうよ。そしたら、雪子まで同じことを言うんだもん」

「ふ~ん・・・」

ふ~んって、この子ったら。まったく、もう~。まるで、他人事みたいに。

「ってかさ、驚かないの?」

「驚くって、何を・・・?」

「何を、って、あの人のことよ」

「少しは驚いてるわよ。裕子とメル友だなんて、すごい偶然だな~って」

「いや、違うでしょ?ってか、ま~、確かに、すごい偶然っていえば、そうなんだけど」

「でしょ・・・?」

「だから、そうじゃなくて・・・。ってか、でも、どうして分かったの?」

「どうしてって?」

「だって、私は、ひと言もあの人のことなんて言ってないし。ただ、メル友の写真を見せただけよ?」

「ふふっ・・・そのこと・・・?」

「そう、そのこと。だって、見せたのは女の人の写真でしょ?」

「うん、確かに女の人だった・・・」

「でしょ?それにマスクしてるわけだから、普通・・・ってか、ほとんど分からないと思うわよ?」

「でも、ふーちゃんが女の人になってたなんてビックリよね?」

いや・・・驚くのが、遅いって・・・。

「でも、どうして分かったの?」

「どうしてって言われても・・・たぶん目・・・かな?」

「目・・・?」

「うん。ふーちゃんの目っていうか、目つきっていうか」

「うそ・・・?たったそれだけで分かっちゃったの?ってか、いつから分かってたのよ?」

「写真を見せられた時かな・・・?」

「写真を見せられた時って?それじゃ、すぐに分かったったの?」

「うん・・・すぐ分かっちゃった・・・」

「すぐ・・・?」

「うん、すぐ・・・」

「ってことは、わざと知らないふりをしながら話をしてたってこと?」

「だって、知らないふりをしてた方がいいのかな~?って、思ったから」

「な~に?私に気を使ってくれていたの?」

「うん・・・」

「ふふっ、別に、気を使わなくてもいいわよ」

「どうして・・・?」

「どうしてもこうしてもいいのよ。あの人には、私なんて、どこにも映ってないんだから」

「私のことだって、どこにも映ってないと思うけど・・・」

「そんなことはないと思うわ・・・。でも、それじゃ、どうして知らないふりをするのをやめたの?」

「裕子がメルアドを教えるって言ったからかな?」

「じゃ~、メルアドを教えるって言わなかったら、ずっと知らないふりしてたの?」

「たぶん、そうかも・・・。でも、よく奥さんが許してくれたわよね、ふーちゃんが・・・ふふっ」

「あっ、そうか。雪子は、知らなかったのよね?」

「何を・・・?」

「あの人、離婚してるのよ」

「うそ・・・?」

「ホントよ。もう、10年くらいになるんじゃないかしら?離婚してから」

「うそみたい・・・。だって、すごく仲がいいって聞いたことあったよ?」

「私も、あの人が離婚したって知った時は驚いたわよ」

「でも、どうして離婚なんかしたの?」

「なんでも、あの人の借金が原因みたいよ」

「借金・・・?」

「ま~、本当かどうかは分からないけど。なんでも、商売で失敗したとかって話よ」

「それで、女の人になっちゃったの?」

「う~ん・・・その辺はちょっと分からないけど」

「ふーちゃん、かわいそうだね・・・」

ふーちゃん、かわいそうだね・・・か・・・。きっと、私には思いつかない言葉ね・・・。

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