愛して欲しいと言えたなら

zonbitan

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後悔

後悔・・・その9

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懐かしい歌謡曲が優しいオルゴールの音に包まれている喫茶店の中で、
雪子は、いつものように単行本を開いて読んでいる。
時々、ミルクティーを飲みながら窓の外を見ると、春色の景色が街を包み始めていた。

ふーちゃん、今頃、なにしてるのかな~?
というより、一人で生活していて寂しくないのかな?
その前に、ちゃんと毎日ご飯を食べてるのかな?
そんなことを一人で考えていると、喫茶店のドアが開いて裕子が手を振りながら入ってきた。

どうして裕子って、いつも手を振りながら入ってくるのかな?
う~ん・・・なんか最近の私って、かな?かな?星人みたい・・・。

「なに考えているのよ?もしかして、またまた夏樹さんのこと?」

「なんか最近の私って、かな?かな?星人みたいって」

「なに?その、かな?かな?星人って」

「なんでもな~い・・・」

「もしかして、ちゃんとご飯食べてるかな?とかの、かな?だったりして」

「うわっ・・・裕子って超能力者みたいなんだ!」

「あら?当たり?」

「なんとなくね~。ついつい考えちゃうの」

「今もメールとかしてるんでしょ?」

「うん。してることはしてるけど、今は金曜日の夜だけ」

「うそ・・・?どうして・・・?」

「なんかね~。うちの旦那さんが変に思い始めたからなんだ」

「変にって・・・じゃあ~、まだバレてはいないのね?」

「うん・・・」

「でも、雪子の旦那って、どうして感づいたのかしら?」

「それがね、私がパソコンにロックをかけるようになったからだと思う」

「ロックって・・・普通なんじゃないの?」

「だと思うんだけど。私って、あんまりパソコンとかってしてなかったでしょ?」

「雪子は機械関係が大の苦手だもんね」

「だから、パソコンは持ってても、時々、通販を眺めてたり、通販でお買い物をするくらいだったから、ロックかけたりとかパスワードを設定したりとかってしてなかったんだ」

「大体にして、雪子にロックとかパスワードとかなんて分かるわけないもんね」

「そうなの・・・。それに、真夜中にパソコンなんてしてなかったでしょ?」

「その雪子が、いきなり毎晩パソコンをカチカチするようになった・・・」

「そうなの・・・。それで疑い始めたみたいなんだ」

「でも、旦那は、そのことを訊いてこないの?」

「なんか、遠回しに探りを入れるような感じで・・・ウザいんだよ!」

出た!・・・雪子の多重人格・・・。

「ふふっ・・・」

「な~に、裕子・・・?」

「ふふっ・・・。雪子が、私の前でも、だんだん本性を現し始めてきたわって思ってね」

「本性って・・・?私、なにか変なこと言った?」

「気にしない!気にしない!でも、夏樹さんの言ってた通りだわ」

「なんか、とお~っても気になる・・・けど・・・」

「でも、週一って、ちょっとキツイわよね?」

「気になる・・・気になる・・・」

「夏樹さんは、なんて言ってるの?」

「気になる・・・気になる・・・」

「木にシマウマがいると思えば気にならなくなるわよ」

「ああ~っ・・・ふーちゃんみたいなことを言うんだ」

「あっ、コーヒーお願いします。それとこの子にもミルクティーのおかわりも」

裕子は、マスターにコーヒーの注文を頼むと一人で満足そうにニヤけていた。

その頃、夏樹はというと、ディスカウントストアに来ていた。

夏樹の家に生息しているぬいぐるみたちの数が、このひと冬で、またまた増えてしまったので、
ぬいぐるみたちを飾っておく棚を、少し増やそうと思って、その材料の調達に来ていたのである。
板や止め金具などを抱えて・・・というより、夏樹の後から、たくさんの板を持って若い男の店員が歩いてついてくるといった方が正解だろうと思われる。

それもそのはず、なにせ、夏樹はか弱い女性の姿をしているのだから、
重い物やかさばるような大きな物などは持てるはずもない・・・。
いや・・・はじめから持つ気がない・・・。こちらが正解である。

車のバッグドアを開けて店員に車内に積み込みを手伝ってもらって・・・いや、これも少し違う。
店員に手伝ってもらってではなくて、店員に手伝わせて・・・こちらが正解だと思う。

夏樹はというと、若い男の店員に色目を使い使い楽しんでいるだけなのである。
積み込みが終わって、店員に優しく「ありがとう」と微笑んであげてからバッグドアを閉めた。
右側に回って運転席のドアを開けようとすると後ろの方から声が聞こえた。

「別に無視しなくてもいいんじゃないの?」

振り向くと、離婚した妻が不機嫌そうな顔で夏樹を見つめていた・・・。
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