愛して欲しいと言えたなら

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記憶の欠片

記憶の欠片・・・その10

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直美は、電話の内容を、さっきの女性に聞かれていない事を確認するように、
店内の方を振り向いて後ろを確認してみたが、もう、すでに、さっきの女性の姿は見えなくなっていた。
そんな仕草をしている直美の耳に、京子の声が聞こえてこない。

「京子・・・?」

直美の問いかけに、何の反応も示さないで黙ったままの京子に、もう一度、問いかけてみた。

「ちょっと、京子・・・?」

「ねえ、直美・・・。もう一度、聞かせて・・・?」

「もう一度って、さっき言った、ふーちゃんとかって名前のこと?」

「・・・」

「京子・・・?ふーちゃんって名前を、もしかして、知ってるの?」

電話の向こうで、京子が、何かを呟いているみたいなのだが、
何を言っているのか、声が低くてよく聞き取れない。

「ちょっと、京子・・・?」

「いったい、あの人は、どこまで私の事を苦しめたら気が済むの?」

「えっ・・・?」

「二人して、私のことをバカにして・・・。そんなに楽しいの?私のことをバカするのって」

「京子・・・?」

「やっぱり、付き合ってたのね。あの二人は・・・」

「あの二人って・・・。いったい、誰のことを言ってるのよ?」

「ふん・・・。別に、とぼけなくてもいいわよ。直美も知ってたんでしょ?」

「だから、何のことよ・・・?」

「それで、直美は、あの人に会いに行ったことを、私には内緒にしてたってわけね?」

電話から聞こえてくる京子の話し方が、だんだん変わっていくことに直美は戸惑っていた。

「ちょっと、待ってよ・・・」

「別に、私に気を使わなくてもいいわよ。直美も、あの人たちと一緒に私のことをバカにすれば?」

「ちょっと、京子・・・。いい加減にしないと怒るわよ?」

少し強い口調で言い返した直美の耳には、電話越しに、すすり泣きしている京子の声が聞こえてきた。
急に変なことを言い出したかと思ったら、今度は、電話の向こうですすり泣きしている京子。

「京子・・・いったい、どうしたって言うの?」

直美が、電話越しに何度か声をかけてみるのだが、
聞こえてくるのは、すすり泣いている京子の声だけである。

「とにかく、今から、そっちに行くから・・・」

少し慌てた感じに話す直美だったが、その声は、静かに語りかけるように優しかった。
そう言って、電話を切ろうとした直美の耳に京子の声が聞こえてきた。

「直美・・・。ふーちゃんって名前はね。雪子さんが、あの人に付けたあだ名なの・・・」

「えっ・・・?」

京子の言葉に、慌てて振り返って、店内に向かって歩き出した直美は、
「とにかく、もう少ししたらそっちに行くから・・・」と、京子に言って電話を切った。

さっきの女性が、スーパーの中に入ったってことは、
何か買い物をするはずだから、店内を探せば、きっと見るかるはずよね・・・。
とにかく、さっきの女性を見つけて、夏樹さんとのことを確かめないと・・・。

でも、京子には、何て言ったらいいのかしら?
いくらなんでも、雪子さんが、こっちに帰って来てるなんて言えないし。
ましてや、私のすぐ近くにいたなんて、とてもじゃないけど言えないわよね?

でも・・・まさか、さっきの女性が雪子さんだったなんて・・・。
いえ・・・ちょっと待ってよ。まだ、さっきの女性が雪子さんだって決まったわけじゃないわよ。

直美は、スーパーの店内をあちこち探し回りながら、ふと考えてみた。
でもさ、さっきの女性を見つけたとして、いったい、何て訊いたらいいのかしら?

だってよ、だって、まさか、いきなり、夏樹さんとはどういう関係なんですか?
な~んて聞ける訳ないし。
かといって、どうしてここにいるんですか?な~んて、そんなの余計なお世話よね?

などと、直美が、一人でブツブツとつぶやきながら店内を探している時に、
勝手にお尋ね者にされてしまった雪子はというと、店内を真っ直ぐに突っ切って、
反対側の玄関から外に出て、父親が入院している病院へと歩いていた。

そうとは知らない直美は、一人、店内をグルグル歩き回りながら、ある事を思いついた。
「夏樹さんに訊いてみればいいんじゃないかしら?」・・・う~ん、名案だわ。
あっ・・・夏樹さんの電話番号知らなかったんだわ・・・う~ん、どうしましょ?

その頃、夏樹は、パソコンからではなく、珍しく、スマホから裕子にメールを送っていた。
「裕子?雪子がこっちに帰ってきてるってあたしに教えて、いったい、あたしに何をさせたいの?」

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