愛して欲しいと言えたなら

zonbitan

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傷つけたい

傷つけたい・・・その16

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あの雪子が・・・。今でも、ちょっと信じられないわよね。
う~ん・・・ちょっと?じゃないわね。
ニワトリが太平洋横断するよりもありえないような話だわ。

テーブルの上のカップを手に取って一口、二口、飲みながら、空いている方の左の手を髪の毛に。
別に、頭が、かゆいわけじゃないけど・・・。

あ~ん!もう~。
いくら、雪子の好きなミルクティーを飲んでみたって、雪子の思考回路が分かるわけじゃないし、
かといって、このまま、雪子の事をほっとくわけにもいかないし・・・。
どうしたもんかしら・・・?

今までの雪子だったら、ある程度の行動パターンはすぐに分かったんだけど、
それが、今の雪子を見ていると、いったい何を考えているのか、だんだん分からなくなっていくし。

でも・・・考えてみると、あの時からじゃないかしら?
確か、雪子と一緒に温泉に泊まりに行った夜に、私のメル友の相手が夏樹さんだと教えた時。

普通なら、驚くはずなのよね?
私も、てっきり、雪子が驚くとばかり思ってたのに反応がまるで逆だったわ。
あの時は、雪子が驚くだろうって思っていたからだけど。
こうして、あの夜の雪子を冷静に思い出してみると・・・なんて表現したらいいかしら?

夏樹さんの事を知った時の雪子が、急に色っぽく見えたような・・・。
小柄な雪子だから、いつもは、どちらかというと、幼いっていうか、どこか子供っぽかったのに。
あの夜の雪子だけは、一人の女っていうのかしら?そんな風に見えたような気がしたわ。

愛した人。愛した日々。苦い記憶。楽しかった・・・あの頃。
そして、その全てが、懐かしいセピア色の思い出の中。
それなのに、何かをあきらめたわけでもなく、かといって、何かを求めようとするわけでもなく。
まあ、もともとが文学少女だから、そんな雰囲気を漂わせる事が出来るのかしら?

あの旅館での夜は、そんな感じに思ってはいたんだけど。
それに、私のメル友が夏樹さんだと知った時は、
どちらかというと、思い出に浸っているだけの雪子だったはずなのに。
それが、いつからなのかしら・・・?雪子の想いが動き始めたのは・・・。

突然、雪子が、夏樹さんに会いに行った時には、正直、驚いたし。

10年以上も、実家に帰っていなかった雪子が、今年のお正月に限って実家に帰ったのだって、
私は、てっきり、お父さんやお母さん身体の事とかを考えての事だとばかり思ってたのに。
それが、いきなり夏樹さんに会いに行くんだから、普段、あまり驚かない私だって、そりゃ驚くわよ。

それに、どうして、あの日、あの場所に夏樹さんが来るって雪子には分かったのか?
私には、いまだに分からないし。
そうじゃなくても、あの場所の前に、あの時間よね?
いくら夏樹さんが、いつも、あのスーパーで買い物をしているって分かったとしても、
夏樹さんが買い物に来る時間までは、普通、分からないと思うんだけど・・・。

う~ん・・・雪子の七不思議の一つだわ。

それだけじゃないわ・・・。
あの日の夏樹さんは、私でも、全然、気がつかないくらいの完璧な女装をしていたのよ?
それが、私が訊いたら雪子ったら、「すぐに分かったよ」、な~んて、平気な顔して言うし。

そう言えば、確か、今日は、朝から実家に帰ってるのよね?
お父さんが入院したとかって、お見舞いに行ってくるって言ってたけど・・・。
でも、いくらなんでも、今回は、まさか、夏樹さんのところに会いには行かないわよね?
雪子一人なら、どうか分からないけど。とりあえず、長女の愛奈ちゃんも一緒なんだから。

夏樹さんとの事を家族に隠している雪子が、そうそう簡単には危ない橋を渡るとも思えないし。
雪子の性格からしてみても、ありえないわね!なにせ「石橋を叩いても渡らない」雪子だものね。
「私は石橋を叩いても渡らないよ」って、雪子自身が言ってるくらいなんだから大丈夫だと思うけど。

あれ・・・?そう言えば、石橋を叩いても渡らないって誰から教わったって言ってたんだっけ?
確か・・・そうそう、夏樹さんだわ。雪子が、よく言ってた事があったわ。
で・・・そのあとに続く言葉があったような気がしたけど、そのあとの続く言葉って何て言ってたかしら?

う~ん・・・確か・・・。あっ・・・思い出したわ。
確か、こうだったかしら・・・?
「石橋を叩いても渡らない。しかし、時として、刹那を見失いたくなければ、切れそうな吊り橋でも走って渡らなければならない瞬間がある」

う~ん・・・なんか違うような・・・。
でも、石橋は叩いても渡らない。吊り橋は走ってでも渡る。は、間違ってないと思うわ。

ちょっと、待ってよ・・・。吊り橋は走ってでも渡るって・・・。
裕子は、少し心配になったのか、バッグからスマホを取り出してボタンを押してみた。

「あっ、雪子・・・」

「ん・・・?裕子、どうしたの?」

「ねえ、雪子・・・今、どこ・・・?」

「今・・・?ふーちゃんの家の前だよ」

夏樹さんの家の前って・・・。雪子・・・あの・・・えっ?

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