愛して欲しいと言えたなら

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伝わらない想い

伝わらない想い・・・その14

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「いい?幸せだった愛奈ちゃんたちの家庭を壊した張本人が、今、愛奈ちゃんの目の前にいるのよ」

「いや~、そう、ハッキリ言われましても・・・」

「あはは・・・ハッキリ言わなくても同じ。愛奈ちゃんは、お母さんが選んだ道だからって思ってるんでしょ?」

「はい・・・というか、なんで分かっちゃうんですか?」

「ふふっ、そんなの、愛奈ちゃんの可愛いお顔を見てれば分かっちゃうわよ」

「確かに、お母さんがした事は、一般的には許されるような行動ではないのだと思います。でも、あの家には、お母さんの居場所がどこにもなかったような気がするんです」

愛奈は、少し冷め始めたコーヒーを一口飲むと話を続けた。

「私の家庭は、どこから見ても幸せな家庭に見えていたと思うんです。お母さんはいつも物静かで優しくて、夫婦喧嘩なんて一度も見た事なんてないし、私や弟を叱った事も一度もないし。それに、何かを欲しがるような事もなかったし、何処かに行きたいって言った事も一度も聞いた事もなかったし。文句の一つも言わない、あれが欲しい、これが欲しいも言わない、誰が見ても羨ましいような女性だと思うし、優しい母親なんだとは思います・・・。でも、それって・・・」

「その幸せな家庭の中には、あやつの姿が、どこにも見当たらない・・・かしら?」

外を歩いていれば風が吹くように、空が曇れば雨が降るように・・・。
自然の流れのように、雪子の日々を言い当ててしまう夏樹の言葉に愛奈は驚いた。

「はい。初めから、お母さんの居場所は、あの家になかったのかなって?」

「あやつらしいわね」

「だから、お母さんが幸せになれるのなら・・・。母さんが家を出て行った事は悲しいけど。でも、お母さんらしく生きて欲しいとも思うんです。だから、夏樹さんを憎んだりなんてするわけないです」

「嘘、おっしゃいな!」

夏樹の(おっしゃいな)の言葉に、カウンターにいる裕子がクスッと笑った。

「ちょっと裕子!いいとこなのに、笑うんじゃないわよ!」

すると、今度は愛奈の方がクスッと笑ってしまった。

「ほら!見なさい。愛奈ちゃんにまで笑われちゃたじゃないのよ。や~ね~もう!」

「夏樹さん、とりあえず、コーヒーでも飲んで仕切り直しましょ?」

「まったく、もう~」

そう言いながら、カップを持ってコーヒーを飲もうとする夏樹だったのだが、

「ちょっと、コーヒーが入ってないわよ!」

そんな、夏樹のコミカルな仕草に、今度は、裕子と愛奈が同時に笑い出した。

「まったく、もう~・・・。そうだわ、せっかく来たんだから2階もに行ってみる?」

「あっ、はい!」

夏樹は、カウンターにいる裕子に(一緒に行くわよ)と、目配せで合図を送ると、
裕子はそれに従うように軽く頷いた。
2階に上がる階段は、店内の中心あたりに設置されてあり、夏樹が先に階段を登っていく。
愛奈とカウンターから出てきた裕子が、その後に続くように歩きながら・・・

「裕子さん?夏樹さんって、本当に男性なんですか?」

「そうよ、どうして?」

「だって、見て下さいよ。どう見ても、あの後ろ姿って、女性にしか見えないですよ?」

「ふふっ、確かにね。腰のラインなんか、どう見ても女性にしか見えないから不思議よね」

「でしょ?本当は女性だったりして?」

などと、ヒソヒソ話をしていると、最初に登って行った夏樹の声が聞こえてきた。

「あら?ピョンちゃん!いつ来たのよ?」

「えっ?」・・・愛奈は、とっさに、自分がさっきまで座っていた席の方を見た。

すると、さっき席を立つ時に、自分の席に座らせてきたはずのウサギのぬいぐるみの姿が消えている。
ビックリした愛奈が、慌てて2階に登ってみると、今さっき、愛奈の膝の上にいたウサギのぬいぐるみが、夏樹の腕の中にちょこんと座っているのである。

「えっ?えええ===っ?」

「あら?やっぱり、愛奈ちゃんにも見えるみたいね?」

「見えるって?・・・えっ?・・・どういう事なんですか?」

「裕子に訊いてみなさい」

「あの・・・裕子さん、どういう事なんですか?」

「どうかしたの?」

「ほら?さっきまで、私の膝の上にいて、私の席に置いてきたウサギさんが、夏樹さんの腕にいるんですよ」

「あら、そうだったかしら?」

「えっ?」

ここに来た時に見たクマのぬいぐるみが、2階から庭のテーブルに移動していた事といい、
今も、さっきまで愛奈と一緒にいたウサギのぬいぐるみの事といい・・・。
それを考えると少し背筋が寒くなるような・・・愛奈は、正直、怖いと思ってしまった。

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