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085 ご褒美

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「さーてと。んじゃ、やるか!」

 レベル3ダンジョン『白狼の森林』を制覇したオレたちは、ダンジョンの外に戻ってきていた。

 野営準備も早々に済ませた空きの時間。せっかく、パーティメンバーが集まったとうのに、ただ無為に過ごすのはもったいないと、オレたちは模擬戦に精を出すことにしたのだ。

 『白狼の森林』で対獣型モンスターの訓練を積み、模擬戦で対人戦闘の訓練を積む。獣型モンスターとの戦闘に慣れるのも大事だが、対人戦闘の感覚も失くしてほしくはないからだ。

「えー? 休憩はー?」
「叔父さん、あたし疲れた……」
「そうですね。ダンジョンを攻略して、休み無しで訓練というのは……」

 クロエたち前衛陣がぶー垂れるが無視する。この訓練には、クロエたちの体力作りの意味もあるのだ。若い内は回復力がすごいからな。体力のギリギリまで絞るに限る。

「疲れたからって、ダンジョンのモンスターは待ってくれないぞー? 精神は肉体を超越し、肉体は限界を超えた分だけ成長できる。つまり、諦めない限り、肉体は動き続ける」
「無茶苦茶ね……」
「ん……」

 イザベルと、いつも通りイザベルの背中に隠れてひょっこり顔を出したリディが呆れた顔をしている。

 まぁ、オレも無茶を言っているのは自覚している。体力の限界というのは確かにあるし、気力だけではどうにもならんことも多々ある。

 だが、大抵の人間は、自分の限界を低く設定しがちなのも事実だ。その低い設定を自ら打ち壊し、自分の本当の限界を知るのもこの訓練の内である。

「まずは組み分けからだな。ふむ……。クロエとエル対ジゼルとリディでやってみるか」

 オレが模擬戦を意地でも開催することを悟って、名前を呼ばれた四人が、既に疲れたような溜息を吐いた。

「叔父さんはどうするの?」
「オレはお前らの模擬戦を見ながら、イザベルの新魔法開発の手伝いだ」
「アベるんとベルベルだけ休憩してずるーいー」
「ん……」

 ジゼルの言葉に、もっともだと言わんばかりにリディが頷く。その小さな手はイザベルのスカートをキュッと握っており、離れたくないという意志を強く感じた。

「狡くない。勝った方にはご褒美があるから、さっさとやれ」
「「「「ご褒美……?」」」」

 クロエとイザベル、リディ、エレオノールが上げる疑問の声に頷き、オレは今回の冒険のために用意したご褒美を収納空間から取り出した。

「じゃーん!」

 少女たちの若さに感化されたのか、オレは子供染みた効果音を口ずさんで、それを注目する少女たちの前に出してみせた。

「「「「「……」」」」」

 しかし、少女たちの反応はオレの想像したものではなかった。てっきり舞い上がって喜ぶかと思ったんだが……。難しそうな顔で沈黙を保っている。

「これって……パン?」

 オレはクロエの問いかけに頷いてみせた。

「そうだ。パンを薄く切って油で揚げて、砂糖を塗したもんだ。美味いぞ?」

 オレはそういって香ばしく揚がったパンを一つ摘まんで口の中に放り込んだ。

 歯で嚙めば、サクッと軽やかに砕けるパン。ザクザクと噛み締めれば、砂糖の優しい甘みと、僅かな油の甘みが一緒に口の中で踊り出す。美味い。甘いものなんてめったに口にできない贅沢品である庶民にとって、まさにご褒美になるだろう。

 かわいい姪を馬に例えるのは癪だが、にんじんを用意したというわけだ。これで、訓練効率もアップするに違いない。

「クッキーのようなものでしょうかぁ?」

 エレオノールが頬に片手を当てて、こてんと首を傾げる。さすが、商会長の娘であるエレオノールはクッキーも食べ慣れているようだ。

「クッキーほど上品なものじゃないが、まぁ似たようなものだな」
「はぁ、まったく違うわよ。クッキーとは天と地との差があるわ」
「そうか?」

 イザベルはオレの言葉を否定するが、そんなに大した違いはないと思うんだがなぁ……。

「まず、見た目! こんな焦げ茶の物体と、美しいクッキーを一緒にするなんて感性が信じられないわ。ただパンを油で揚げたものと、パティシエが一つ一つ丹精込めて作った芸術を一緒にするなんて!」
「そんなに言わなくてもいいじゃないか……。美味いぞ?」

 イザベルの何がこんなに彼女を突き動かすのか不明だが、珍しく語気を荒げていた。いったい何なんだ? イザベルはクッキー過激派なのか?

「もう! 本当に信じられない人!」

 オレは荒ぶるイザベルから視線を逃がし、クロエに救いを求めた。

「ほら、クロエも好きだっただろ? 美味いぞ?」
「え? うん……。あたしも好きだけど、どっちかと言われると、やっぱりクッキーの方が嬉しかったかな……」
「そうか……」

 うぅーん……。女の子は甘いものが好きと聞いたから用意してみたが、微妙だったな……。

「じゃあ、止めておくか……」
「ちょっと待ちなさい!」

 オレが収納空間にクッキーモドキを戻そうとすると、イザベルが慌てたように鋭い声を上げる。

「食べないとは言ってないでしょ。……いただくわ」
「でも、嫌いなんだろ? 無理しなくても……」
「誰も嫌いなんて言っていないわよ。私はただ、それがクッキーと同列に語られるのは我慢できなかっただけ」
「じゃあ?」
「食べるわよ。いえ、食べさせてください」

 なんだかよく分からないが、イザベルはオレの用意したご褒美が気に入らなかったわけではないらしい。

「お前らはどうだ?」
「あたし? あたしも食べるわよ」
「あーしも! あーしも! あーしなんて、お砂糖かかってるだけでなんでも食べちゃうから!」
「もちろん、いただきますぅ」
「たべ、る……!」

 最初は微妙な反応だったが、食べるには食べるらしい。なら、最初から文句言うなと言う言葉を吞み込んで、オレは自分でも疲れたと自覚できる笑みを浮かべるのだった。
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