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087 大鍋

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「よーし、そろそろ飯にすっか!」

 オレは、クロエたちの模擬戦が一段落するところを見届けると、終了の合図を出した。見上げれば、枝葉に隠れてはいるが、太陽が真上にあるのが分かる。そろそろ昼食の時間だ。

「はーい!」
「つーかーれーたー。もうむりー」
「ん……」
「はぁ……はぁ……」

 クロエが元気に返事をし、ジゼルが地面に倒れ込むように尻を着く。リディーも手に持つさすまたに縋りつくようにしゃがみ込んだ。目に見えて一番疲労が溜まっているのは、エレオノールだろう。地面に座り込むこともせず、立ったまま空を仰いで荒い息を吐いている。その整った顔を、いくつも汗の筋が走っていた。

 エレオノールは、他のメンバーと違って、金属の鎧を纏っているからな。チェインメイルも装備しているし、ラウンドシールドとショートソードを装備している。体力の消耗は、誰よりも早いだろう。

 それでもエレオノールは、泣き言を言わずに模擬戦をやりきった。後半は、疲労が目に見え、動きも少し鈍くはなっていたが、それでもやり通した。これもエレオノールの自信につながればいい。

 何度でも言うが、クロエたちはまだ体ができあがっていない初心者冒険者だ。ちょっとした空き時間でも、体力の向上に努めさせるべきだろう。

「まぁ、加減が難しいんだがな……」

 あまり根を詰めすぎると、体を壊してしまって、かえって逆効果だ。適度に切り上げる必要がある。まぁ、このあたりは、今までの経験で培った勘だな。

 しかし、今まで男ばかりを鍛えていたからなぁ……。女の、それも成人したての少女の体の限界というのは、正直なところまったく分からん。しばらくは、安全マージンを取って、余裕を持たせるべきだろう。

 そんなことを考えながら、オレは大きな鍋を収納空間から取り出し、小さな水差しで水を注いでいく。今日はスープでも作ろうと思ったのだ。

「今日は作るの?」

 模擬戦が終わったばかりだというのに、クロエが息を弾ませてオレの手元を覗き込む。呼吸も早いし、汗もかいているから疲労はあるはずだが、まだ体力に余裕があるらしい。良い傾向だ。

「店屋物ばかり食ってると、野菜が不足するからな。スープでも作るつもりだ」
「じゃあ、あたしも手伝うね」
「助かる」

 クロエもスープを作るのを手伝ってくれるらしい。オレは、クロエの言葉に甘えることにした。オレは、収納空間から料理用のナイフとニンジンを取り出して、クロエに手渡す。

「じゃあ、ニンジンの皮をよく洗って、適当な大きさに切ってくれ」
「はーい」

 クロエにニンジンの処理を任せると、オレは、鍋に火を着けるために薪を探しに行こうとする。

「私も手伝うわ。今日は何を作るの?」

 声に振り向けば、先程までうんうん唸っていたイザベルの姿があった。イザベルは精霊に新魔法を覚えさせるために奮闘していたはずだが……。

「ありがてぇけど、そっちはもういいのか?」
「私だって息抜きをしたっていいのではなくて? 今の方法だと上手くいきそうにないから、考えを改めることにしたのよ」
「まぁ、お前がいいなら、いいんだけどよ」

 息抜きに料理を手伝うというのがよく分からないが、イザベルがいいって言うならいいんだろう。

「はぁ……はぁ……。わた、くしも、お手伝いを……」
「お前は休憩してろ。体を休めるのも訓練の内だぜ?」

 オレは、どう見ても疲労困憊なエレオノールの申し出を断り、休憩を促す。まったく、真面目なのはエレオノールのいいところだが、真面目過ぎるきらいがあるな。エレオノールみたいな奴は、無理をしがちだから、気を付けないとな。

 オレは心のメモ帳にそう記すと、収納空間から果物ナイフとまな板を取り出して、イザベルに手渡した。

「それで、今日は何を作るのかしら?」
「皆大好き、野菜たっぷりのポトフだ。大量に作って食べ回すつもりだから、そのつもりで頼む」

 オレはそう言って、収納空間から次々と野菜を出していく。

「キャベツに、玉ねぎ。セロリも入れるのね。変わってるわ」
「そうか? セロリ美味いぞ? なぁ、クロエ?」
「うんっ! あたし、セロリはちょっとクセがあって苦手だけど、ポトフのセロリなら食べれちゃう!」
「リディもセロリは苦手なのだけど、食べてくれるといいわね……」

 そう言ってリディを見つめるイザベルの顔には、慈愛の表情が浮かんでいた。色気すら感じるほど、その時のイザベルの顔は大人びて見えた。

 オレは目を瞑って軽く首を振ると、収納空間からポトフの材料を取り出していく。

「貴方、牛肉をこんなに入れるの?」
「あぁ、野菜も大事だが、肉も大事だからな。これをケチると美味くならねぇ」

 イザベルが呆れた目で見てくるが、心外だ。肉も野菜もモリモリ食べて、健康な体は作られるのである。

 イザベルも、リディも、ジゼルも、孤児院組はこれまでろくに食べれなかったのか、痩せ過ぎなのだ。一番初めに会った時など、頬がこけていたほどである。

 当然だが、そんな状態では、ベストパフォーマンスなんて発揮できないだろう。イザベルもリディもジゼルも、もっと太るべきだ。

 オレは、イザベルの顔を真正面から見つめる。

 イザベルは、少し驚いたように目を伏せると、次の瞬間には負けて堪るかとばかりに睨み付けるような視線を寄こした。その顔は、興奮からか、少しずつピンクに染まっていく。

「がんばってたくさん食べて太ろうな!」
「……貴方、デリカシーというものを知りなさいな」
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