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103 木霊

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「なんとか、今日一日で準備できたか」

 腕を天に突き上げて軽く伸びをすると、背中や肩がゴリゴリと鳴った。引っ越し準備で今日はだいぶ働いたからな。ダンジョン攻略とはまた違った筋肉を使ったせいで、ひどく疲れを感じる。

「汗もかいたし、シャワーでも浴びるか」

 オレは収納空間からタオルと着替えを取り出すと、浴室に向かって歩き出す。

 今日の引っ越し作業では、オレの【収納】のギフトが大活躍だった。そりゃもう雇った業者よりも活躍したほどだ。おかげで引っ越し業者に勧誘されちまったぜ。こりゃ、冒険者を引退したら、引っ越し業者になるのも手だな。まぁ、クロエたちが一人前になるまで10年はかかるだろうから、まだまだ先の話だがな。

「ほお!」

 オレの感嘆した声が浴室に響く。白を基調とした大きな石造りの浴室だ。まったく、屋敷に浴室があるとか、貴族の屋敷かよ。まぁ、元はさる大富豪の所有するゲストハウスだったらしいし、下手な貴族の屋敷よりも豪華だという話だ。オレでも二の足を踏むような高い買い物だったが、クロエたちも満足しているようだったし、問題無いだろう。

「にしても、いつでもシャワーが浴びれるってのはすげーな」

 今まで盥に張った温水で体を拭くのが限界だったからな。すげー進歩だ。クオリティー・オブ・ライフとかいうやつが爆上がりだ。

「おぉー! ちゃんと温かい!」

 ウキウキしながら服を脱いで、浴室の壁に備え付けられたツマミを回すと、頭上から温水が雨のように降ってくる。これは気持ちがいい。新感覚だ。後でクロエたちにも勧めてみよう。きっと気に入ってくれるはずだ。

 このシャワー、実は貴族の家に見られるような、人力で無理やり成立させているものではなく、宝具を使って作られたものらしい。人に命令することが当たり前の貴族ならともかく、人を道具のように使うのを苦手に感じているオレにはぴったりの仕様だ。

「ふぃー!」

 持参した石鹼で体を洗ってからシャワーを浴びると、泡が体を流れていく感覚がむずむずして面白い。オレは少年に還ったかのように思う存分ハイテンションでシャワーを堪能していた。

 だからだろう。いつもなら気が付けることに、オレは気が付くことができなかった。オレは、とんでもないミスをしてしまったのだ。

 カチャッ……!

 扉の開く音にオレは振り返って身構える。思えばこれが失敗だった。だが、この時のオレはひどく慌てていた。シャワーに浮かれ過ぎていたのだ。オレがここまで人の接近に気が付かないとは、なんたる失態。

 しかし、本当の失態は、この後引き起こされることになる。

 軋みを上げることなく静かに開いていくドア。オレはそれを見て静かに戦闘態勢に入っていく。収納空間を開き、狙いをドアに集中させる。もちろん、オレも意識をドアに集中させていた。

「ここが浴室のようね……え……?」
「どうしたのですか、イザベル? ……へ……?」
「あーしが一番乗りぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」
「どうしたのよ、みんなして……? な、ななななななななななな!?」
「ぇ……?」
「あら、アベルじゃない。あんたもシャワー?」
「は?」

 オレの視界は、色白の肌色の群れに塗りつぶされた。

 最初に現れたのはイザベル。その隣には、エレオノールが並ぶ。二人とも分かってはいたが、たわわだ。つい目線がピンクに向かってしまう。

 その後、オレの視線を奪ったのはジゼルだった。イザベルとエレオノールの間をすり抜けて、健康的な裸体が躍動する。本人も言う通り、一番乗りに興奮していたのか、手足を大きく広げて、なにもかもが丸見えだ。

 そして、ひょっこりとイザベル脇から顔を出したのは小柄なクロエとリディ。二人ともまるで金縛りにでも遭ったかのように固まってしまった。

 最後に現れたのは、とくに動じた様子がない姉貴だ。

 たしかに、姉貴の言う通りオレはシャワー中なのだが、なんでそんなに堂々としてるんだ? 小さい頃は一緒に体を拭き合った仲ではあるが、大人になってからはそういうのも自然となくなり、一種のタブーのようになっていたのに……。

 いや、そうじゃないな。この場合、少女たちの裸体を見てしまったことが最大の問題だろう。なぜ、オレは気が付くことができなかったのだ。そもそも、なんでクロエたちが浴室に入ってくるんだよ。皆、部屋の中を整理中だっただろ。

 いや、待て。この際、理由はどうでもいい。オレがクロエたちの裸を見てしまった。そのことが問題であり、もう無かったことにはできない過去なのだ。

 どうすればいい?

 どうすれば、クロエたちとの関係を損なわずにこの事件を収められる?

 てか、無理じゃね?

 これはさすがに無理じゃね?

「「「「「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」」」」」

 広い浴室に、少女たちの悲鳴が木霊した。
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