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108 汗

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「ちぇい!」
「くっ!」

 ジゼルが長剣を叩き込み、エレオノールがラウンドシールドで受け止める。一進一退の攻防を見せるジゼルとエレオノール。実力的にはジゼルの方が上だが、守りを固めたエレオノールを崩すのは容易ではないらしい。

 エレオノールも、攻撃を受けることに対しては、かなり上達した。

「んっ……!」
「…………」

 その横では、リディとクロエの模擬戦も展開されていた。こちらはリディが一方的に攻め、クロエが躱している状況だ。お互いの得物は、さすまたとスティレット。そのリーチの違いから、そして、クロエが正面からの戦闘が苦手ということも相まって、リディの一方的な攻勢が続いている。

 だが、リディの攻勢は綱渡りのようなものだ。クロエに躱され、懐に飛び込まれたら、一気に形勢が逆転してしまう。

 リディは丁寧に、クロエを牽制するようにさすまたを振るって、クロエが懐に飛び込むことを阻止している。だが、牽制目的で振るわれたさすまたは、クロエに容易く躱されてしまっていた。

 一方のクロエは、リディのさすまたを躱すことはできるが、後が続かない。さすまたの大きく広がった刃は、クロエに大きく余計に回避することを要求し、なかなか懐に飛び込めないでいた。

 リディとクロエの模擬戦は、千日手の様相を見せ始めていた。だが、これこそがリディの目的だ。リディはクロエを倒すことに拘っていない。自分の身を守ることに重きを置いている。これは、自分の後ろに居るイザベルを守るためにも、自分が倒れるわけにはいかないという覚悟の表れだ。

 クロエがリディを倒すことを目標にしていることを考えると、この戦闘はリディの勝利とも言えるだろう。

 オレは、二組の模擬戦の様子を見て、満足げに息を漏らす。クロエたちの表情は真剣そのもので、彼女たちが本気で模擬戦に挑んでいるのだと分かるためだ。

 怪我を恐れずに刃の下に身を置くのは、いくらリディに治してもらえるとしても、そんな簡単にできることではない。彼女たちは痛みや恐怖を乗り越えて模擬戦に挑んでいるのだ。

 生半可な覚悟でできることではない。彼女たちは、まさしく冒険者としての階段を駆け上がっている。

「ねえ、アベル……」

 二組の模擬戦に目を配っていたオレに声がかけられた。姉貴の声だ。

「なんだ? ご飯でもできたか?」

 オレは模擬戦から目を離すことなく姉貴に問う。

「そうだけど……」

 右側から、姉貴のなにか言いたそうな視線が突き刺さるのを知覚した。

「なんだよ?」
「訓練というのは聞いていたけれど、こんなに危ないことしていたの? まさか、本物の武器を使ってるなんて……。なにかあったらどうするのよ?」

 これまで冒険者の訓練を見たことがなかった姉貴から見ると、クロエたちはとても危ないことをしているように見えるらしい。まぁ、それも仕方ないか。最近は木刀だとか木で作った仮初の武器を振るうところが多いらしいからな。

「大丈夫だって。心配はいらねぇよ。実際に自分の使う武器で訓練した方が練習になるだろ? それに……」
「それに?」
「刃物を使った方が、集中力が増すからな。そして、もし怪我をしたとしても、痛みに耐える訓練にもなる」
「訓練って……」

 オレの言葉に姉貴から絶句したような気配を感じた。なぜだ?

「怪我をしてもリディの治癒の奇跡もあるし、それがダメでも、教会に持って行きゃあ治してくれるだろうよ。金はかかるが、死んでなきゃ治るって話だからな」
「死……」
「人間そんなに簡単に死なねぇから安心しろって」
「そんないい加減な……」

 オレはようやく模擬戦から目を離し、姉貴を見ると、姉貴は眉間に眉を寄せ、怒っているのか泣いているのか分からないような顔でオレを睨んでいた。なんで?

「まぁ、これがオレ流の冒険者の訓練ってやつだ。どっかでやってるらしい道場のお行儀正しい剣術じゃねぇ。なんでも使う行儀の悪い戦闘術だ。こればかりは姉貴になにを言われても改めるつもりはねぇぞ?」
「…………」

 オレの意思が固いと見たのだろう。姉貴はなにも言わずに、しかし心配そうにクロエたちを見るのを止めなかった。

「そういや、飯ができたんだっけか? すまねぇな。こんな大人数の飯を作るなんて大変だろ? やっぱ、お手伝いに人を雇った方が……」
「いいのよ。そんなに苦じゃないわ。むしろ楽しいかしら? それに、お給料もらっているのだもの。あたしにもしっかり働かせて」
「うーん……」

 できれば姉貴には悠々自適な生活をしてもらいたいんだがなぁ……。まぁ、クロエたちが冒険者として頑張っているのに、自分だけ楽をすることに罪悪感があるのかもしれない。

 お手伝いの人間を雇うのも反対されちまったしな。ここは、姉貴の好きなように任せてみよう。

「まぁ、その話は追々ということで。模擬戦終了! 飯ができたぞー!」

 オレの言葉に、クロエたちが武器を振るうのを止め、離れて軽く礼をして武器をしまう。

「リディは怪我した奴の治療を頼む。他は道場の掃除だな」

 オレは数本のモップを持つと、クロエたちに近づいていく。すると、クロエたちがオレを避けるように移動した。なんで? おじさん超ショックなんだが……?

「ちょ、叔父さん! 急に来たらビックリするじゃない!」
「いや、だからって避けなくてもよくね……?」
「その、アベルさんを避けたのではなく……。そのぅ……。今のわたくしたちは汗をかいておりますので……」
「そうだな」

 クロエたちを見れば、滝のように汗をかいているのが分かる。

「早く水分補給と着替えをしないとな。風邪を引いたら大変だ」

 オレはモップを手渡そうとクロエたちに再度近づくと、やはりクロエたちが避けるように移動する。なんでよ?

「だからー! あーしたち、汗かいてるんだってば! アベるんデリカシーだよ?」
「そんなの気にしねぇって。運動すれば、誰でも汗は……」
「あたしたちが気になるの! もー! 叔父さん、モップはそこに置いておいて。あたしたちに近づいちゃだめだからね!」
「お、おう……」

 汗の臭いくらい気にしないのに……。
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