6 / 8
(6)
しおりを挟む
「何を言って」
「あら、どうしたの。大丈夫よ、ここから逃走を図ったりしないわ。辺境伯閣下が、国王陛下を連れて、王城に向かっているということは把握しています。このまま無血開城できるといいのだけれど。まあ、大丈夫でしょうね。そのために人員整理をしたのだから」
「……王妃殿下は、最初から死ぬおつもりだったのですか?」
「ええ、そうよ。あら、あなたもそれはわかっていたとおもったのだけれど。違ったのかしら」
この政略結婚は、文字通りの貧乏くじの引き合いだった。いずれ王家は倒される。革命が成立すれば確実に処刑されるとわかっていて、誰が王妃になるというのか。どれだけ頑張ったところで、それは救済ではなく延命にすぎないのだ。
「あなたは、わたしが何のために文官として城にしがみついたかご存じですか」
「この腐った国を打倒するためでしょう? 国王陛下を諫めることなく堕落させつつ、あなたから辺境伯閣下を始めとする打倒王家の皆さまに情報を流すことができて、本当によかった。これで、他国に食い物にされることもないでしょう。考えられうる限り、最上の着地点です」
国王が子どもならエスターのしたことは優しい虐待かもしれないが、いい大人なのだからまあ許してほしい。
「それで、あなたが冬の間に処刑されてめでたしめでたしだと?」
「だって、美しい春に血なまぐさい行事は似つかわしくないでしょう? でも、よかった。辺境伯閣下がいらっしゃるまでの間、あなたと本音で話すことができたのだもの。神さまも、頑張ってきたご褒美をくださったのね」
肩の荷がおりたような王妃とは裏腹に、側仕えの顔色は冴えない。
「無意味であることをわかっていて、眠る時間さえないほど必死に国政の改革に取り組んだのですか?」
「無意味ではないでしょう。国が無駄に疲弊することを止めることができたのだから」
「……まさかとは思いますが、実はあの男のことが好ましかった?」
「冗談も大概になさい。私は、この国のために死ぬのです」
「そこまでこの国を愛していると?」
「ええ。この国のためなら、喜んで死ぬわ」
「わかりました。それならば、もっと直接的にお願いいたしましょう。王妃殿下、才あるあなたが死ぬことは許しません。今度は『お飾りの女王』となってください」
エスターが息を呑んだ。ギルバートの目は真剣そのものだ。冗談を言っている気配はない。
「この国はまだ生まれたての赤子です。絶対王政の時代しか知らぬ無辜の民が、共和制などどうやって取り仕切ることができましょう。内乱で国が荒れるか、隣国に食い荒らされるのがオチです」
「どうしてそう極端に走ろうとするのです。突然、王政から共和制に変えることなどできません。まずは立憲君主制を目指して」
「ええ、わかっていましたよ。ですから、あなたのような偉大な母が必要なのです」
「でもここには、立派な父がいるでしょう? それとも君主の座につくのは辺境伯閣下なのかしら」
ギルバートを指し示した後、エスターは小首を傾げた。そんな彼女にギルバートは必死の形相で訴えかけてくる。
「閣下からはわたしが王配につくことで了承を得ております。ただ、子どもには、両親がそろっていた方が良いに決まっています」
「あら、あなたまでお父さまのようなことを言うのね。私でなくても、大丈夫でしょう? 母となるべき優秀な女性は、この国にたくさんいるのだから」
「違うのです。わたしは、あなたと一緒がいい。あなたと共に、この国を育てていきたいのです」
「それは、私が国のために尽くしていたから?」
「その通りです」
「それならば、なおのこと駄目ね」
エスターは自嘲気味に肩をすくめた。
「だって私は、国のためを思って行動していたのではないの。理想に燃えるあなたが見たくて、国を育てていただけ。こんな浅ましい感情は、国母には必要ないでしょう?」
エスターの目の前にいる側仕えは、元々宰相の愛弟子だ。いつの間にやら父によく似た腹黒い文官に育ってしまったが、かつて幼いエスターが出会ったときには、理想に燃える熱い男だった。
それが、少しずつ皮肉げな乾いた笑みを浮かべるようになっていく。その理由を知った時は、胸が痛んだ。どれだけ才を持っていようが、身分がなければ何も変えられない状況が口惜しかった。この男の目は、死んでしまうのだろうか。ゆっくりと光を失っていく男の姿は見るに堪えない。かつてエスターにさまざまな政策を語ってくれたような、燃えるようなギルバートが見たかった。
彼のためになるのなら、政略結婚も悪くはないと思えてしまったのだ。好いた男がいるというのに、他の男にその身を暴かれるほど辛いものはない。それならばどれほど他人に蔑まれたとしても、白い結婚は好都合。自分の想いは自分だけは理解していればそれでいい。操を男に捧げるほうがずっと幸せだった。
「あら、どうしたの。大丈夫よ、ここから逃走を図ったりしないわ。辺境伯閣下が、国王陛下を連れて、王城に向かっているということは把握しています。このまま無血開城できるといいのだけれど。まあ、大丈夫でしょうね。そのために人員整理をしたのだから」
「……王妃殿下は、最初から死ぬおつもりだったのですか?」
「ええ、そうよ。あら、あなたもそれはわかっていたとおもったのだけれど。違ったのかしら」
この政略結婚は、文字通りの貧乏くじの引き合いだった。いずれ王家は倒される。革命が成立すれば確実に処刑されるとわかっていて、誰が王妃になるというのか。どれだけ頑張ったところで、それは救済ではなく延命にすぎないのだ。
「あなたは、わたしが何のために文官として城にしがみついたかご存じですか」
「この腐った国を打倒するためでしょう? 国王陛下を諫めることなく堕落させつつ、あなたから辺境伯閣下を始めとする打倒王家の皆さまに情報を流すことができて、本当によかった。これで、他国に食い物にされることもないでしょう。考えられうる限り、最上の着地点です」
国王が子どもならエスターのしたことは優しい虐待かもしれないが、いい大人なのだからまあ許してほしい。
「それで、あなたが冬の間に処刑されてめでたしめでたしだと?」
「だって、美しい春に血なまぐさい行事は似つかわしくないでしょう? でも、よかった。辺境伯閣下がいらっしゃるまでの間、あなたと本音で話すことができたのだもの。神さまも、頑張ってきたご褒美をくださったのね」
肩の荷がおりたような王妃とは裏腹に、側仕えの顔色は冴えない。
「無意味であることをわかっていて、眠る時間さえないほど必死に国政の改革に取り組んだのですか?」
「無意味ではないでしょう。国が無駄に疲弊することを止めることができたのだから」
「……まさかとは思いますが、実はあの男のことが好ましかった?」
「冗談も大概になさい。私は、この国のために死ぬのです」
「そこまでこの国を愛していると?」
「ええ。この国のためなら、喜んで死ぬわ」
「わかりました。それならば、もっと直接的にお願いいたしましょう。王妃殿下、才あるあなたが死ぬことは許しません。今度は『お飾りの女王』となってください」
エスターが息を呑んだ。ギルバートの目は真剣そのものだ。冗談を言っている気配はない。
「この国はまだ生まれたての赤子です。絶対王政の時代しか知らぬ無辜の民が、共和制などどうやって取り仕切ることができましょう。内乱で国が荒れるか、隣国に食い荒らされるのがオチです」
「どうしてそう極端に走ろうとするのです。突然、王政から共和制に変えることなどできません。まずは立憲君主制を目指して」
「ええ、わかっていましたよ。ですから、あなたのような偉大な母が必要なのです」
「でもここには、立派な父がいるでしょう? それとも君主の座につくのは辺境伯閣下なのかしら」
ギルバートを指し示した後、エスターは小首を傾げた。そんな彼女にギルバートは必死の形相で訴えかけてくる。
「閣下からはわたしが王配につくことで了承を得ております。ただ、子どもには、両親がそろっていた方が良いに決まっています」
「あら、あなたまでお父さまのようなことを言うのね。私でなくても、大丈夫でしょう? 母となるべき優秀な女性は、この国にたくさんいるのだから」
「違うのです。わたしは、あなたと一緒がいい。あなたと共に、この国を育てていきたいのです」
「それは、私が国のために尽くしていたから?」
「その通りです」
「それならば、なおのこと駄目ね」
エスターは自嘲気味に肩をすくめた。
「だって私は、国のためを思って行動していたのではないの。理想に燃えるあなたが見たくて、国を育てていただけ。こんな浅ましい感情は、国母には必要ないでしょう?」
エスターの目の前にいる側仕えは、元々宰相の愛弟子だ。いつの間にやら父によく似た腹黒い文官に育ってしまったが、かつて幼いエスターが出会ったときには、理想に燃える熱い男だった。
それが、少しずつ皮肉げな乾いた笑みを浮かべるようになっていく。その理由を知った時は、胸が痛んだ。どれだけ才を持っていようが、身分がなければ何も変えられない状況が口惜しかった。この男の目は、死んでしまうのだろうか。ゆっくりと光を失っていく男の姿は見るに堪えない。かつてエスターにさまざまな政策を語ってくれたような、燃えるようなギルバートが見たかった。
彼のためになるのなら、政略結婚も悪くはないと思えてしまったのだ。好いた男がいるというのに、他の男にその身を暴かれるほど辛いものはない。それならばどれほど他人に蔑まれたとしても、白い結婚は好都合。自分の想いは自分だけは理解していればそれでいい。操を男に捧げるほうがずっと幸せだった。
560
あなたにおすすめの小説
婚約破棄ですか、では死にますね【完結】
砂礫レキ
恋愛
自分を物語の主役だと思い込んでいる夢見がちな妹、アンジェラの社交界デビューの日。
私伯爵令嬢エレオノーラはなぜか婚約者のギースに絶縁宣言をされていた。
場所は舞踏会場、周囲が困惑する中芝居がかった喋りでギースはどんどん墓穴を掘っていく。
氷の女である私より花の妖精のようなアンジェラと永遠の愛を誓いたいと。
そして肝心のアンジェラはうっとりと得意げな顔をしていた。まるで王子に愛を誓われる姫君のように。
私が冷たいのではなく二人の脳みそが茹っているだけでは?
婚約破棄は承ります。但し、今夜の主役は奪わせて貰うわよアンジェラ。
最後に、お願いがあります
狂乱の傀儡師
恋愛
三年間、王妃になるためだけに尽くしてきた馬鹿王子から、即位の日の直前に婚約破棄されたエマ。
彼女の最後のお願いには、国を揺るがすほどの罠が仕掛けられていた。
【短編】婚約者に虐げられ続けた完璧令嬢は自身で白薔薇を赤く染めた
砂礫レキ
恋愛
オーレリア・ベルジュ公爵令嬢。
彼女は生まれた頃から王妃となることを決められていた。
その為血の滲むような努力をして完璧な淑女として振舞っている。
けれど婚約者であるアラン王子はそれを上辺だけの見せかけだと否定し続けた。
つまらない女、笑っていればいいと思っている。俺には全部分かっている。
会う度そんなことを言われ、何を言っても不機嫌になる王子にオーレリアの心は次第に不安定になっていく。
そんなある日、突然城の庭に呼びつけられたオーレリア。
戸惑う彼女に婚約者はいつもの台詞を言う。
「そうやって笑ってればいいと思って、俺は全部分かっているんだからな」
理不尽な言葉に傷つくオーレリアの目に咲き誇る白薔薇が飛び込んでくる。
今日がその日なのかもしれない。
そう庭に置かれたテーブルの上にあるものを発見して公爵令嬢は思う。
それは閃きに近いものだった。
「私が愛するのは王妃のみだ、君を愛することはない」私だって会ったばかりの人を愛したりしませんけど。
下菊みこと
恋愛
このヒロイン、実は…結構逞しい性格を持ち合わせている。
レティシアは貧乏な男爵家の長女。実家の男爵家に少しでも貢献するために、国王陛下の側妃となる。しかし国王陛下は王妃殿下を溺愛しており、レティシアに失礼な態度をとってきた!レティシアはそれに対して、一言言い返す。それに対する国王陛下の反応は?
小説家になろう様でも投稿しています。
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?
石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。
彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。
夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。
一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。
愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。
婚約する前から、貴方に恋人がいる事は存じておりました
Kouei
恋愛
とある夜会での出来事。
月明りに照らされた庭園で、女性が男性に抱きつき愛を囁いています。
ところが相手の男性は、私リュシュエンヌ・トルディの婚約者オスカー・ノルマンディ伯爵令息でした。
けれど私、お二人が恋人同士という事は婚約する前から存じておりましたの。
ですからオスカー様にその女性を第二夫人として迎えるようにお薦め致しました。
愛する方と過ごすことがオスカー様の幸せ。
オスカー様の幸せが私の幸せですもの。
※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。
白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません
鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。
「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」
そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。
——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。
「最近、おまえが気になるんだ」
「もっと夫婦としての時間を持たないか?」
今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。
愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。
わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。
政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ
“白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる