23 / 29
(22)桃珊瑚-2
しおりを挟む
約束の時間まであと少し。石畳にヒールを取られないように、駆け足で進んでいく。いつもなら、こんな風に急いでいるときに限ってあやかし坂に招かれてしまうのだけれど、今日は不思議なほどスムーズだ。まさかあのあやかしにも、空気を読むという芸当ができるのだろうか?
待ち合わせ場所の丸山公園には、いつもの制服姿とは異なるお兄さんがいた。もとからイケメンだとは思っていたけれど、そこだけドラマのワンシーンのよう輝いている。通行人の皆さまは、テレビの撮影っぽい光景なのにカメラがなくてさぞ不思議に思っていることだろう。
「こんにちは! お待たせしてすみません!」
「いいえ、僕も今来たところですから」
受け答え完璧か。足元の猫たちは、うろんげに私を見つめてくる。普段なら公園内のあちこちに等間隔で丸まっている地域猫たちは、お兄さんに手懐けられていた。イケメンは、もふもふにも強いらしい。
「あれ。初めて見るピアスですね」
「ジュエリーケースの中にあったので、ちょっとつけてみたんです」
「すごくよく似合っています。まさにあなたのための色だ」
「あはははは、ほめ過ぎですよ。まあ猫ちゃんの肉球みたいな色で、可愛いですよね」
初めて見るピアス? お兄さん、私のピアスなんて毎回チェックしていたんですか? イケメンは行動も台詞もイケメンだ。予想外の発言に思わず変な回答をしてしまったというのに、お兄さんは何度も可愛い、可愛いとほめてくれた。無理、死ぬ。
「予約の時間には少し早いですが、行きましょうか。お庭の見学をさせてもらうでしょう?」
「そ、そうですね。資料館とお部屋は食事後に見せてもらうことにして、先にお庭を見たいですね」
花月は史跡料亭と銘打っている通り、由緒ある建造物だ。じっくり見て回ると、時間はいくらあっても足りないかもしれない。
「もしかして、緊張しています?」
「緊張するに決まっているじゃないですか!」
突然お見合いを提案されて、速攻で取り消しになったあと、今度は急遽憧れのひととデートの約束がとりつけられて。しかも食事するお店は花月なのだ。脳内がぐちゃぐちゃになってしまうのも、仕方がないと思う。
「そんなに緊張しないでください。お腹がいっぱいになったら、落ち着きますよ」
「……」
本当に食事をしたら、少しはゆっくりいろんなことを考えられるようになるのだろうか。そもそも、緊張し過ぎて味も理解できない気がしてきた……。
丸山公園を出て少し進めば、すぐに花月の入口が見えてくる。細い階段を上り玄関にある大きな提灯の下を通れば、女将さんが出迎えてくれた。これがまた緊張するんだよなあ。
お客さまがいないときなら、坂本龍馬の刀傷があるという「竜の間」や、タイル貼りの床に艶やかな和風の格天井が美しい「春雨の間」も案内してくださるらしい。食事が済んだ後に見学させてもらう約束をして、先に庭に入らせてもらった。800坪の日本庭園は、冬でもやはり見事なものだった。
「花月に来たことは?」
「ええと、そうですね。祖父のお祝いと兄の結納で来た記憶があります。ふたりとも、絶対にここじゃなきゃ嫌だと言い張ってましたね。食事ではないときも含めていいなら、おくんちの庭見世のときに来たのが最初のはずです」
「庭見世ですか」
長崎には10月の初めごろに「長崎くんち」と呼ばれる大きなお祭りがある。7年に一度の順番で、踊り町と呼ばれる担当の町がそれぞれ独自の演目を奉納するのだ。他県のひとに一番有名な蛇踊りも、その演目のうちのひとつだ。
そしてくんちでは、本番前に「庭見世」を行う。くんちで使う衣装や道具を店先に並べて、お客さまに披露するのだ。
7年後にまた踊り町の順番が回ってきたところで、同じ店で庭見世が行われるとは限らない。まさに一期一会の機会。あの花月のお庭に入れるということで、祖父母に連れられてやってきた私だったが、実は見事に迷子になったのだ。
ただでさえすごい行列だった上、幼かった私には花月のお庭の見事さも、飾られた衣装の絢爛さもあまり興味を引くものではなかったのである。ふらふらと祖母から離れて、あっさり消えてしまったらしい。
「あのときは、大変だったそうなんですよ」
「何があったのか、覚えていますか?」
「それが、全然。ただ、庭見世に来たのは夕方だったんです。10月の長崎の夕方なんて、東京の昼間みたいな明るさじゃないですか。それなのに、真っ暗だった記憶しかないんです。あとは何か赤いものを見た記憶があるんですけれど、花月の提灯があまりにも印象的だったんでしょうかね?」
「お庭を散歩していたら、何か思い出すかもしれませんよ」
「そうですかね? とりあえず祖母にめちゃくちゃ叱られた記憶しかないんですよねえ」
「どうなんでしょう。さあ、足元に気をつけて」
猫のように目を細めて微笑むと、お兄さんは当然のように私に手を差し出してきた。
待ち合わせ場所の丸山公園には、いつもの制服姿とは異なるお兄さんがいた。もとからイケメンだとは思っていたけれど、そこだけドラマのワンシーンのよう輝いている。通行人の皆さまは、テレビの撮影っぽい光景なのにカメラがなくてさぞ不思議に思っていることだろう。
「こんにちは! お待たせしてすみません!」
「いいえ、僕も今来たところですから」
受け答え完璧か。足元の猫たちは、うろんげに私を見つめてくる。普段なら公園内のあちこちに等間隔で丸まっている地域猫たちは、お兄さんに手懐けられていた。イケメンは、もふもふにも強いらしい。
「あれ。初めて見るピアスですね」
「ジュエリーケースの中にあったので、ちょっとつけてみたんです」
「すごくよく似合っています。まさにあなたのための色だ」
「あはははは、ほめ過ぎですよ。まあ猫ちゃんの肉球みたいな色で、可愛いですよね」
初めて見るピアス? お兄さん、私のピアスなんて毎回チェックしていたんですか? イケメンは行動も台詞もイケメンだ。予想外の発言に思わず変な回答をしてしまったというのに、お兄さんは何度も可愛い、可愛いとほめてくれた。無理、死ぬ。
「予約の時間には少し早いですが、行きましょうか。お庭の見学をさせてもらうでしょう?」
「そ、そうですね。資料館とお部屋は食事後に見せてもらうことにして、先にお庭を見たいですね」
花月は史跡料亭と銘打っている通り、由緒ある建造物だ。じっくり見て回ると、時間はいくらあっても足りないかもしれない。
「もしかして、緊張しています?」
「緊張するに決まっているじゃないですか!」
突然お見合いを提案されて、速攻で取り消しになったあと、今度は急遽憧れのひととデートの約束がとりつけられて。しかも食事するお店は花月なのだ。脳内がぐちゃぐちゃになってしまうのも、仕方がないと思う。
「そんなに緊張しないでください。お腹がいっぱいになったら、落ち着きますよ」
「……」
本当に食事をしたら、少しはゆっくりいろんなことを考えられるようになるのだろうか。そもそも、緊張し過ぎて味も理解できない気がしてきた……。
丸山公園を出て少し進めば、すぐに花月の入口が見えてくる。細い階段を上り玄関にある大きな提灯の下を通れば、女将さんが出迎えてくれた。これがまた緊張するんだよなあ。
お客さまがいないときなら、坂本龍馬の刀傷があるという「竜の間」や、タイル貼りの床に艶やかな和風の格天井が美しい「春雨の間」も案内してくださるらしい。食事が済んだ後に見学させてもらう約束をして、先に庭に入らせてもらった。800坪の日本庭園は、冬でもやはり見事なものだった。
「花月に来たことは?」
「ええと、そうですね。祖父のお祝いと兄の結納で来た記憶があります。ふたりとも、絶対にここじゃなきゃ嫌だと言い張ってましたね。食事ではないときも含めていいなら、おくんちの庭見世のときに来たのが最初のはずです」
「庭見世ですか」
長崎には10月の初めごろに「長崎くんち」と呼ばれる大きなお祭りがある。7年に一度の順番で、踊り町と呼ばれる担当の町がそれぞれ独自の演目を奉納するのだ。他県のひとに一番有名な蛇踊りも、その演目のうちのひとつだ。
そしてくんちでは、本番前に「庭見世」を行う。くんちで使う衣装や道具を店先に並べて、お客さまに披露するのだ。
7年後にまた踊り町の順番が回ってきたところで、同じ店で庭見世が行われるとは限らない。まさに一期一会の機会。あの花月のお庭に入れるということで、祖父母に連れられてやってきた私だったが、実は見事に迷子になったのだ。
ただでさえすごい行列だった上、幼かった私には花月のお庭の見事さも、飾られた衣装の絢爛さもあまり興味を引くものではなかったのである。ふらふらと祖母から離れて、あっさり消えてしまったらしい。
「あのときは、大変だったそうなんですよ」
「何があったのか、覚えていますか?」
「それが、全然。ただ、庭見世に来たのは夕方だったんです。10月の長崎の夕方なんて、東京の昼間みたいな明るさじゃないですか。それなのに、真っ暗だった記憶しかないんです。あとは何か赤いものを見た記憶があるんですけれど、花月の提灯があまりにも印象的だったんでしょうかね?」
「お庭を散歩していたら、何か思い出すかもしれませんよ」
「そうですかね? とりあえず祖母にめちゃくちゃ叱られた記憶しかないんですよねえ」
「どうなんでしょう。さあ、足元に気をつけて」
猫のように目を細めて微笑むと、お兄さんは当然のように私に手を差し出してきた。
0
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。
亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。
しかし皆は知らないのだ
ティファが、ロードサファルの王女だとは。
そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……
最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました
斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。
白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。
その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。
それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。
やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり――
白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。
身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
公爵家の家政を10年回した私が出ていったら、3ヶ月で領地が破綻しました
歩人
ファンタジー
エレナは公爵家に嫁いで10年、夫は愛人に入れ込み、義母には「家政婦代わり」と
罵られた。だが領地の財務も、商会との交渉も、使用人の管理も、全部エレナが
やっていた。ある日、義母から「あなたの代わりなんていくらでもいる」と言われ、
エレナは静かに離縁届を出した。「では、代わりの方にお任せください」
辺境の町で小さな商会を開いたエレナ。10年間の実務経験は伊達ではなかった。
商会はたちまち繁盛する。一方、エレナがいなくなった公爵家は3ヶ月で経営破綻。
元夫が「戻ってこい」と泣きつくが——
「お断りです。あと、10年分の未払い給金を請求いたしますね」
「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」
イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。
ある日、夢をみた。
この国の未来を。
それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。
彼は言う。
愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる