せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?

石河 翠

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「君は、僕が別の女性とそういう関係であったとしても気にならないというのか?」
「そもそも新婚初夜以来私と寝所が別なのですから、他に女性がいると思うのが普通ですよ」
「……そんなに冷静だなんて。君は僕以外に誰か男がいるのではないか?」
「閣下ではあるまいし、不誠実なことなどいたしません」

 やれやれと肩をすくめるイヴに、震える手で手を伸ばす。しかしその手がイヴの体に届くよりも先に、彼女は一歩後ろに下がった。

「だが、君が離婚届を出してから今日まで屋敷に留まっていたということは、僕に気持ちを残していたのでは?」
「貴族の妻となったものは、妊娠していないかの確認がとれなければ正式な離縁が認められないのです。疲れで月のものが乱れるひとも多いそうですから、無事に証が来てほっといたしましたわ。新年は身綺麗な状態で迎えたいですもの」

 情報の洪水に立ち尽くすエリック。憎たらしいと思っていたはずの妻を大切に感じ始めたら、相手からは蛇蠍だかつのごとく厭われていたとは。震える声で言葉を絞り出す。

「じゃあどうして、『最後の一日を、喧嘩して終わるなんてもったいない』なんて言ったんだ。『特別な一日を過ごしましょう』と言ったのは君だろう……」
「不用品として捨てられるのは我慢ならないですもの。どうですか、急に離婚するのが惜しくなったのではなくって?」
「何を言っているのか、僕には理解できない……」
「それならば別に構いません。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?」
「閣下だなんて、他人行儀な」
「だって、他人ですもの。もう二度とお目にかかることもないでしょうから、言いたいことを言えてすっきりいたしました」

 これが最後だと、イヴは美しいお辞儀をする。

「それでは、どうぞ良いお年を」

 立ち去る間際、エリックを振り返ったイヴの表情は出会ってから今までの中で一番美しく、艶やかなものだった。
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