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「なんだこれは!」
「変身バンクだ。とりあえずこの時間は、黙って待つがいい」
「変身バンク?」
「ああ。バンクとは言っても別に銀行のことではないぞ。バンクというのは、特定のシーンの動画を流用することを指し示す用語なのだ」
「頼む、俺にもわかるように説明してくれ」
頭を抱えた王太子を尻目に、もふもふの生き物はしっぽをぱたぱたとさせつつ、大あくびをする。
「いいから静かにしろ。この間は、闇落ち聖女たちや各種一族どもの乱闘も進まぬゆえ」
「なぜわかる」
「そういうお約束なのだよ。変身バンクの最中は手を出してはならぬものなのだ」
「まったく理解できない」
まばゆい光に包まれて、パーティー用のドレスから見慣れない衣装にアンネマリーは着替えている。公開生着替え――ただし、謎の光源により詳細はまったく見えない――を見せつけられて呆然とする王太子の前に、ふりっふりで淑女とは思えないミニ丈の見慣れないドレスに着替えた「片付け」の聖女が、妙にキメキメのポーズで名乗りを上げた。
「魔法少女アンネマリー、ただいま参上! 部屋の乱れは心の乱れ。何でもすっきりお片付けしちゃうぞ」
「なんだ、魔法少女というのは」
「決め台詞なのだ。反応したいというのであれば、拍手喝さいでもするがよい」
「誰がするか」
「だが、あの娘は可愛かろうて」
「黙秘する」
ぶつぶつとなんとも言えない顔でささやき合うひとりと一匹。けれどそんなことを気にする様子もなく、「片付け」の聖女はきゃるんと可愛らしくポーズを決めた。このポーズこそがこの世界における魔術師の呪文詠唱のようなものなのだから、嫌でもノリノリで決めるしかないのだ。
「それじゃあ、いきますよ~。魔法少女アンネマリーちゃんのスペシャル必殺技、『全部まとめてお片付け』だぞ!」
そのまま王太子は信じられないものを目の当たりにすることになる。あたたかな光と優しいけれど強い風が巻き起こり、部屋の中を埋め尽くした。
さらに闇落ち聖女たちや、周囲のとんちき乱闘一族たちから発生した黒いもやのようなものが、「片付け」の聖女が持つ杖にしては大きすぎる筒のようなものに吸い込まれていく。それはまるで世界を再構築していくかのように、美しく神聖な光景だった。呆然とする王太子の横で、謎の生き物がしたり顔で頷いている。
「これは一体……」
「魔法だよ。魔法少女が使う魔法は、魔術師の魔術とは根本的に異なる世界の理なのだ。考えるな、感じろ」
そして気が付けばすべてが元通りになった王城では、何事もなかったかのようにパーティーが行われていた。王太子の誕生日を祝う人々が王太子に向かって微笑みかけてくる。
「まあ、殿下。一体どうなされたのです。心ここにあらずというご様子ですけれど」
「あ、ああ。いや、少し疲れたようだ」
「それはいけません。わたくしたちも、殿下とダンスをしたいのはやまやまなのですが、やはり何より殿下の体調が大事ですもの。どうぞ、みなさまとのご挨拶がお済みになられましたらゆっくりとお休みになってくださいませ」
日頃の令嬢バトルはどこへいったのか。まさに淑女の鑑のような三人の令嬢を前に、王太子は冷や汗を流す。どうやら彼女たちは、自分のことを本気で心配しているらしい。
普段ならこのままやれなぞの薬草を煮詰めた怪しい薬だとか、身体をリラックスさせる謎の結界空間だとか、いっそ身体を限界まで追い詰める過酷な修行メニューだとかを王太子の迷惑など気にする様子もなくごり押ししてくるはずの彼女たちが、今日はごく普通の令嬢のように心配そうな表情を浮かべている。
「ああ。ありがとう。ダンスは、祖母孝行を兼ねて王太后陛下にお願いするつもりなのだ。すまないな」
「いいえ。王太后陛下もきっとお喜びになられますわ。伝説の聖女さまとのダンスは、きっと王国に平和をもたらしてくださることでしょう。この機会に、王太后陛下以来現れていない強い加護を持つ聖女が、この国に出現すると良いのですけれど……」
「は?」
けれど、全部が元通りでないことにすぐに気が付いた。「治癒」の聖女も、「結界」の聖女も、「武運」の聖女もその加護を失っており、その上、誰もがそのことに疑問を持ってはいなかったのだ。もちろんあの大騒動を終結させ、この不可思議な状況を引き起こした「片付け」の聖女もまた、いつの間にか姿をくらましていたのだった。
「変身バンクだ。とりあえずこの時間は、黙って待つがいい」
「変身バンク?」
「ああ。バンクとは言っても別に銀行のことではないぞ。バンクというのは、特定のシーンの動画を流用することを指し示す用語なのだ」
「頼む、俺にもわかるように説明してくれ」
頭を抱えた王太子を尻目に、もふもふの生き物はしっぽをぱたぱたとさせつつ、大あくびをする。
「いいから静かにしろ。この間は、闇落ち聖女たちや各種一族どもの乱闘も進まぬゆえ」
「なぜわかる」
「そういうお約束なのだよ。変身バンクの最中は手を出してはならぬものなのだ」
「まったく理解できない」
まばゆい光に包まれて、パーティー用のドレスから見慣れない衣装にアンネマリーは着替えている。公開生着替え――ただし、謎の光源により詳細はまったく見えない――を見せつけられて呆然とする王太子の前に、ふりっふりで淑女とは思えないミニ丈の見慣れないドレスに着替えた「片付け」の聖女が、妙にキメキメのポーズで名乗りを上げた。
「魔法少女アンネマリー、ただいま参上! 部屋の乱れは心の乱れ。何でもすっきりお片付けしちゃうぞ」
「なんだ、魔法少女というのは」
「決め台詞なのだ。反応したいというのであれば、拍手喝さいでもするがよい」
「誰がするか」
「だが、あの娘は可愛かろうて」
「黙秘する」
ぶつぶつとなんとも言えない顔でささやき合うひとりと一匹。けれどそんなことを気にする様子もなく、「片付け」の聖女はきゃるんと可愛らしくポーズを決めた。このポーズこそがこの世界における魔術師の呪文詠唱のようなものなのだから、嫌でもノリノリで決めるしかないのだ。
「それじゃあ、いきますよ~。魔法少女アンネマリーちゃんのスペシャル必殺技、『全部まとめてお片付け』だぞ!」
そのまま王太子は信じられないものを目の当たりにすることになる。あたたかな光と優しいけれど強い風が巻き起こり、部屋の中を埋め尽くした。
さらに闇落ち聖女たちや、周囲のとんちき乱闘一族たちから発生した黒いもやのようなものが、「片付け」の聖女が持つ杖にしては大きすぎる筒のようなものに吸い込まれていく。それはまるで世界を再構築していくかのように、美しく神聖な光景だった。呆然とする王太子の横で、謎の生き物がしたり顔で頷いている。
「これは一体……」
「魔法だよ。魔法少女が使う魔法は、魔術師の魔術とは根本的に異なる世界の理なのだ。考えるな、感じろ」
そして気が付けばすべてが元通りになった王城では、何事もなかったかのようにパーティーが行われていた。王太子の誕生日を祝う人々が王太子に向かって微笑みかけてくる。
「まあ、殿下。一体どうなされたのです。心ここにあらずというご様子ですけれど」
「あ、ああ。いや、少し疲れたようだ」
「それはいけません。わたくしたちも、殿下とダンスをしたいのはやまやまなのですが、やはり何より殿下の体調が大事ですもの。どうぞ、みなさまとのご挨拶がお済みになられましたらゆっくりとお休みになってくださいませ」
日頃の令嬢バトルはどこへいったのか。まさに淑女の鑑のような三人の令嬢を前に、王太子は冷や汗を流す。どうやら彼女たちは、自分のことを本気で心配しているらしい。
普段ならこのままやれなぞの薬草を煮詰めた怪しい薬だとか、身体をリラックスさせる謎の結界空間だとか、いっそ身体を限界まで追い詰める過酷な修行メニューだとかを王太子の迷惑など気にする様子もなくごり押ししてくるはずの彼女たちが、今日はごく普通の令嬢のように心配そうな表情を浮かべている。
「ああ。ありがとう。ダンスは、祖母孝行を兼ねて王太后陛下にお願いするつもりなのだ。すまないな」
「いいえ。王太后陛下もきっとお喜びになられますわ。伝説の聖女さまとのダンスは、きっと王国に平和をもたらしてくださることでしょう。この機会に、王太后陛下以来現れていない強い加護を持つ聖女が、この国に出現すると良いのですけれど……」
「は?」
けれど、全部が元通りでないことにすぐに気が付いた。「治癒」の聖女も、「結界」の聖女も、「武運」の聖女もその加護を失っており、その上、誰もがそのことに疑問を持ってはいなかったのだ。もちろんあの大騒動を終結させ、この不可思議な状況を引き起こした「片付け」の聖女もまた、いつの間にか姿をくらましていたのだった。
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