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「申し上げます。王女殿下、額の傷はご心配には及びません。三日三晩月の光を浴びた雫草で軟膏を作ってください。それを湿布に塗って過ごせば、たちまち傷は消えてなくなると精霊たちが話しております」
「精霊たち? 自分の相棒もいないお前が、何を寝ぼけたことを」

 父である国王からの叱責に、心の中で見切りをつけたとは言え寂しさが湧き上がる。最後まで理解してもらえなかったと、デイジーはひっそり笑った。

「私を嘘つきだとお責めになりますか。それならば、それで別に構いません。けれど、も私はきちんと説明いたしました。私の話を信じないというのであれば、致し方ありません」
「……薬師を呼べ!」

 騒ぎ立てる人々を前に、デイジーは小さく息を吐いた。大丈夫、怖くはない。自分の決めたことをちゃんとやり遂げられるはずだ。

「『黄金の卵』が争い事の種になっては本末転倒。私は、これを精霊王にお返ししたく存じます」

 何を勝手なことを! 周囲のざわめきをよそに、デイジーは高々と黄金の卵を掲げた。

「精霊王さま、お返しいたします」

 デイジーの手の中の黄金の卵が、光の粒になって消えていく。きらきらとまるで最初から幻であったかのように。

「デイジー。お前は自分が何をしたのかわかっているのか。黄金の卵を失ったお前は、王族ではなくなるのだぞ。平民のお前のやったこととなれば、国外追放は確実だ」

 わなわなと国王が震えているのは、怒りからだろうか。精霊が生まれることはなかったとはいえ、精霊王から賜った黄金の卵にはまだ十分に利用価値があったのだろう。

 今さらの言葉に、彼女は吹き出しそうになった。これまでも家族どころか、人間らしい扱いなど受けたことがない。王族ではなくなったとして、これ以上何が悪くなるというのか。

「家族でありたいと願っておりました。けれど、私は必要とされていなかった。そのことをようやく理解できました。もっと早く受け入れるべきだったのに。国外追放、謹んでお受けいたします。温情に感謝を」

 デイジーの別れの言葉を、ジギスムントが引き継いだ。

「精霊はデイジーの卵から現れることはなかったが、ずっと彼女のそばにいた。おかしいとは思わなかったのか。誰からも世話をされない幼子が、どうして痩せ細ることもなくすくすくと育ったのか」

 むしろ、彼らは気がつくべきだったのだ。なぜ、デイジーは死なないのかと。

「水の精霊がいなければ、綺麗な水を手に入れることはできず、火の精霊がいなければ、食事にも事欠いただろう。土の精霊が畑を富ませ、風の精霊が隙間だらけの小屋を守ってくれなければ、簡単に体を壊したはず。光の精霊がいなければ病におかされ、闇の精霊がいなければ安らかに眠れなかったに違いない」

 ジギスムントが口に出せば、美しい男女が空中から姿を見せた。この世のものとは思えぬ美貌に、誰もが呆気にとられる。

「黄金の卵を持つ姫たちでも、使役できる精霊は一体だけ。これほどの数の精霊たちにかしずかれるのは、どんな存在か。知らぬ者はいないだろうな」
「そんな、まさか!」

 周囲からの視線が変わったことに気がついたデイジーには、その理由がわからなかった。彼女にとっては、気まぐれな精霊たちが、生活の手助けをしてくれるのはあまりにも当たり前のことだったから。家族を含む周囲の人間に見捨てられていたからこそ、その異質さに気づく機会などなかったのである。

(しょっちゅうお手伝いには来てくれるのに、黄金の卵が割れない理由がさっぱりわからないんだけれど)

「待て、わたしたちが悪かった。これからは、デイジーを大切にする。だから、デイジーを連れていくのは待ってくれ!」
は、おまえたち人間の掌返しを嫌っていたからこそ、秘密にしていたんだ。そうでなければ、わざわざ目の前でデイジーが蔑ろにされている状況を、が許すはずないだろう」

 慌てふためく国王を前に、デイジーは小首を傾げた。何やら、デイジーが国を出てはまずい状況になっているらしい。でも、もう遅いのだ。デイジーの心は、すでにこの国から離れてしまった。

 風が吹き始めた。風の精霊がおすすめの場所まで運んでくれるのだという。

「さようなら。この国が今までと同じように穏やかな幸福な国でありますことを、心よりお祈り申し上げます」
「誰か、あやつらを捕まえろ! なぜだ、なぜ、体が動かない!」

 国王たちの悲鳴が聞こえていたが、デイジーとジギスムントは振り返ることなく王城を後にした。
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