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「勝負はまだ終わりではありませんわ。この国に意味があることを証明してみせますから」
「ヒラリー、この国……いやこの世界には君が慈しむほどの価値はないのだよ。わざわざそこのクズを更生させようだなんて、無駄な労力を割くのはやめなさい」
「いいえ、この国は、この世界は、素晴らしいものです。役に立たないものなどいないのです。この世界を壊してなかったことにするなど、そんなことは決して認められません」
突如始まったヒラリーと美青年の会話に、周囲は騒然となる。けれど、ふたりはお互いのことしか目に入らないらしい。だが、そこに割り込むお邪魔虫が一匹。
「ヒラリー、どういうことだ。神に捧げた身と言いながら、どこの馬の骨ともわからぬ男を囲っていたというのか。このアバズレが! それならなおのこと、けちけちせずに足を開いても……ぐっ、あああっ」
「人間に言葉を教えたのは間違いだったか? やはり全てを一度焼き尽くすべきかもしれんな」
見えない力で首を絞められているのか、宙に浮いた状態で顔を真っ青にさせる王太子。慌ててヒラリーが止めに入る。
「まあ、いけません。この世界に必要なお方ですのよ」
「このゴミが世界に必要だと? ヒラリー、下界にずっといたせいで目が悪くなったんじゃないのかい?」
「うわあっ!」
唐突に王太子は地面に放り投げられる。肩をすくめる美青年の足元で、王太子は息も絶え絶えにヒラリーにすがりついた。
「やはり、お前は俺のことを愛してくれていたのか。想いを秘めていたことにも気がつかず、追放などと言って悪かった」
「まったく、不思議なことをおっしゃいますのね」
見当はずれの言葉に、さすがのヒラリーも苦笑した。
「わたくしは、爪の先から髪の一筋に至るまで、すべて創世神さまのもの。それなのに、どうして殿下に恋い焦がれることになったのでしょうか」
「さっきお前が言ったんだろう。俺が必要だと」
「だって、害虫にも役割がありますもの。殿下、ご存知ありませんの?」
「害虫……?」
どんな時にも穏やかなヒラリーから出てきたとんでもない言葉に、王太子の顔色が変わった。ヒラリーはなんのてらいもなく続ける。
「蚊や蜘蛛、蟻や蚤のような生き物も、生態系という大きな目で見れば必要な存在です。世界という箱庭は、この国を中心に常に変わり続けます。賢王に導かれている際には、わたくしたちが予想もできないほどの速さで進歩を遂げ、愚王を戴いた際には驚くほどあっけなく壊れていく。けれどその儚さも含めてとても美しいのです。ねえフランさま、そうでしょう?」
「僕は、愛しいヒラリーさえいれば他には何も必要ないよ」
「……何を言っているんだ。それじゃあお前は、聖女として働いていたのではなく、蟻の巣の観察でもしていたようじゃないか」
ヒラリーが創世神の名を口にしたことにさえ、狼狽する王太子は気がつかない。その名を呼ぶことができるのは、創世神の永遠の恋人である聖なる乙女だけだというのに。
「まあ、大体似たようなものですわね」
「面白いことを言うね。ヒラリー、君にとってこの国が蟻の巣と同じだというのなら、どうして必死に世界の延命を望むんだ。巣を壊しても、蟻はまた再び巣を作るよ。こちらが困ってしまうくらい何度でもね」
「ここは、フランさまが創られた世界。この国に、世界に、意味などなかっただなんて言ってはなりません。それではまるで、わたくしのフランさまが間違いを犯したかのようではありませんか。フランさまがお創りになったものは、すべて美しく、尊いのです。害虫のようにしか見えない一見不気味で気色の悪い、意味不明な何かにも、きっと大切な役目があるのですわ。たとえば、国が腐敗しないように人々への教訓となる、だとか」
頬を染め、うっとりとフランを見上げるヒラリー。今さらながらに何が起きたのか、何を言われているのかを理解し、血の気を失った顔で王太子が崩れ落ちた。
「そんな……。だったら、わざわざ出自不明の聖女に化ける必要なんてないじゃないか。最初から教えてくれていたなら、こんな不敬な真似などしなかったというのに。騙された、俺は騙されただけなんだ」
「神力や加護がある方は、みなさん薄々勘づいていらっしゃいましたけれどね。残念ながら最初から蚊帳の外でしたのよ。今さら騙されたと言われてもわたくしも困りますわ、殿下」
「ヒラリー。そんな可愛らしい顔をあのようなゴミに見せてはいけない」
冷ややかな目を向けるヒラリーの顔を、フランが笑いながら自分の方に向きなおさせた。
「まあ、フランさま。このようなクズを庇うのですか? フランさまに庇われる価値が殿下にあるとは思えませんわ」
「せっかく僕と一緒にいるのに、君が僕以外を見ていることが寂しくてたまらないんだ。ヒラリー、そこの害虫よりも僕の相手をしておくれ」
先ほどまで創世神フランから聖王国と世界を守ろうとしていた聖女ヒラリーは、唐突に立場を入れ替えて王太子をこき下ろし始めた。しかし結局のところ、言っている内容はお互いにただの惚気でしかなかったため、無力な人間たちは静かに耐えることしかできなかったのである。神殿騎士からの連絡により、大慌てで王宮に駆けつけた大神官も間近に見える二柱の姿にへなへなと腰を抜かしたのだった。
「ヒラリー、この国……いやこの世界には君が慈しむほどの価値はないのだよ。わざわざそこのクズを更生させようだなんて、無駄な労力を割くのはやめなさい」
「いいえ、この国は、この世界は、素晴らしいものです。役に立たないものなどいないのです。この世界を壊してなかったことにするなど、そんなことは決して認められません」
突如始まったヒラリーと美青年の会話に、周囲は騒然となる。けれど、ふたりはお互いのことしか目に入らないらしい。だが、そこに割り込むお邪魔虫が一匹。
「ヒラリー、どういうことだ。神に捧げた身と言いながら、どこの馬の骨ともわからぬ男を囲っていたというのか。このアバズレが! それならなおのこと、けちけちせずに足を開いても……ぐっ、あああっ」
「人間に言葉を教えたのは間違いだったか? やはり全てを一度焼き尽くすべきかもしれんな」
見えない力で首を絞められているのか、宙に浮いた状態で顔を真っ青にさせる王太子。慌ててヒラリーが止めに入る。
「まあ、いけません。この世界に必要なお方ですのよ」
「このゴミが世界に必要だと? ヒラリー、下界にずっといたせいで目が悪くなったんじゃないのかい?」
「うわあっ!」
唐突に王太子は地面に放り投げられる。肩をすくめる美青年の足元で、王太子は息も絶え絶えにヒラリーにすがりついた。
「やはり、お前は俺のことを愛してくれていたのか。想いを秘めていたことにも気がつかず、追放などと言って悪かった」
「まったく、不思議なことをおっしゃいますのね」
見当はずれの言葉に、さすがのヒラリーも苦笑した。
「わたくしは、爪の先から髪の一筋に至るまで、すべて創世神さまのもの。それなのに、どうして殿下に恋い焦がれることになったのでしょうか」
「さっきお前が言ったんだろう。俺が必要だと」
「だって、害虫にも役割がありますもの。殿下、ご存知ありませんの?」
「害虫……?」
どんな時にも穏やかなヒラリーから出てきたとんでもない言葉に、王太子の顔色が変わった。ヒラリーはなんのてらいもなく続ける。
「蚊や蜘蛛、蟻や蚤のような生き物も、生態系という大きな目で見れば必要な存在です。世界という箱庭は、この国を中心に常に変わり続けます。賢王に導かれている際には、わたくしたちが予想もできないほどの速さで進歩を遂げ、愚王を戴いた際には驚くほどあっけなく壊れていく。けれどその儚さも含めてとても美しいのです。ねえフランさま、そうでしょう?」
「僕は、愛しいヒラリーさえいれば他には何も必要ないよ」
「……何を言っているんだ。それじゃあお前は、聖女として働いていたのではなく、蟻の巣の観察でもしていたようじゃないか」
ヒラリーが創世神の名を口にしたことにさえ、狼狽する王太子は気がつかない。その名を呼ぶことができるのは、創世神の永遠の恋人である聖なる乙女だけだというのに。
「まあ、大体似たようなものですわね」
「面白いことを言うね。ヒラリー、君にとってこの国が蟻の巣と同じだというのなら、どうして必死に世界の延命を望むんだ。巣を壊しても、蟻はまた再び巣を作るよ。こちらが困ってしまうくらい何度でもね」
「ここは、フランさまが創られた世界。この国に、世界に、意味などなかっただなんて言ってはなりません。それではまるで、わたくしのフランさまが間違いを犯したかのようではありませんか。フランさまがお創りになったものは、すべて美しく、尊いのです。害虫のようにしか見えない一見不気味で気色の悪い、意味不明な何かにも、きっと大切な役目があるのですわ。たとえば、国が腐敗しないように人々への教訓となる、だとか」
頬を染め、うっとりとフランを見上げるヒラリー。今さらながらに何が起きたのか、何を言われているのかを理解し、血の気を失った顔で王太子が崩れ落ちた。
「そんな……。だったら、わざわざ出自不明の聖女に化ける必要なんてないじゃないか。最初から教えてくれていたなら、こんな不敬な真似などしなかったというのに。騙された、俺は騙されただけなんだ」
「神力や加護がある方は、みなさん薄々勘づいていらっしゃいましたけれどね。残念ながら最初から蚊帳の外でしたのよ。今さら騙されたと言われてもわたくしも困りますわ、殿下」
「ヒラリー。そんな可愛らしい顔をあのようなゴミに見せてはいけない」
冷ややかな目を向けるヒラリーの顔を、フランが笑いながら自分の方に向きなおさせた。
「まあ、フランさま。このようなクズを庇うのですか? フランさまに庇われる価値が殿下にあるとは思えませんわ」
「せっかく僕と一緒にいるのに、君が僕以外を見ていることが寂しくてたまらないんだ。ヒラリー、そこの害虫よりも僕の相手をしておくれ」
先ほどまで創世神フランから聖王国と世界を守ろうとしていた聖女ヒラリーは、唐突に立場を入れ替えて王太子をこき下ろし始めた。しかし結局のところ、言っている内容はお互いにただの惚気でしかなかったため、無力な人間たちは静かに耐えることしかできなかったのである。神殿騎士からの連絡により、大慌てで王宮に駆けつけた大神官も間近に見える二柱の姿にへなへなと腰を抜かしたのだった。
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