最初から蚊帳の外でしたのよ。今さら騙されたと言われてもわたくしも困りますわ、殿下。

石河 翠

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「クレマンスさまは、それでよろしいのですか」
「……私は殿下に従うまでです。私の望みは、これまでもこれからもずっと殿下とともにあることですから」

 ヒラリーの問いかけに、クレマンスは強い眼差しでうなずいた。

 クレマンスの返答に周囲がどよめく。結婚後三年経っても後継ぎができない場合に限り、ようやく認められるはずの側室。それを新婚早々、夫が新しい女を迎えようとしているのに、笑顔で受け入れる女がどこにいるというのか。

 婚約者であった公爵令嬢を追い出し、ようやっと手に入れた妻の座なのだ。しかも聖女であるヒラリーが王族の子を産めば、後ろ盾のないクレマンスの子どもよりもよほど歓迎されるに違いない。

 まさか、身分の差を超えた運命の恋とやらはやはり幻想で、下賤の娘が金と地位に目が眩んだ結果だったというのだろうか。豊かな生活が保障されるのであれば、夫の愛など必要ないとでも? そこかしこから、下衆の勘繰りが溢れ出す。

(……クレマンスさま、そういうことでしたのね)

 ここから先の未来は、天国とは程遠い場所になる。それにもかかわらず平然と構えるクレマンスに、ヒラリーは逆に納得した。彼女は最初から覚悟を決めているらしい。

「そう怖い顔をするな。一夫一婦制を定めたのは、創世神が不器用だったからだろう。あるいは、創世神の恋人が狭量だったのかもしれないな。まあ、俺はちゃんとお前もクレマンスのことも平等に可愛がってやるさ」

(あなたが創世神さまを語るなんて!)

 顔を引きつらせたヒラリーを前に、王太子は待ちかねたように自身の唇を舐めた。

(もうおしまいですわ。わたくしの頑張りは無に帰りました)

 王太子が言い寄った場所が神殿であれば、護衛の神殿騎士たちが駆けつけただろう。しかしここは王宮。神殿騎士たちの出入りは制限され、なおかつ手練れの近衛兵で固められている。

 焦るヒラリーの頬に、王太子が手を伸ばしたその時。

「っだああああああ」

 静電気でも発生したのか、突然王太子が床の上でのたうち回り始めた。

「お前、一体俺に何をした?」
「わたくしは、何も」
「嘘をつけ。見ろ、俺の手が赤くただれているじゃないか。まさかお前、聖女というのは嘘で実は魔女なのではないだろうな。おい、お前たち、この女を捕まえて牢に入れろ。裸にして、隅々まで検分してやれ!」

(なんと見苦しい)

 ヒラリーが顔を歪めるのとほぼ同時に、彼女を守るように淡い光が彼女を覆った。

「ヒラリー、賭けは僕の勝ちということでいいかな。それじゃあ、こんなゴミ溜めからおさらばしてに帰ろうか」

 ヒラリーと王太子の間には、息を呑むほどに美しい男がひとり佇んでいた。
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