13 / 24
(13)夫の生活は何かと不健康らしい−4
しおりを挟む
やはり温泉はいい。昼日中に入ってもなんとも贅沢な気持ちになるが、夜も更けてから入ると世界を独り占めしているような気持ちになる。満点の星空を見上げながらのお風呂なんて、ここ以外ではまず体験できない。
その上、水分補給として各種天然果汁に加えてこの辺りで採れる貴重なワインまで用意されている。温泉に浸かりつつちょいちょいお酒を飲んでいれば、女子会がいつも以上に盛り上がってしまうのもまた当然のことだった。
しかも火竜さまの加護により、アルコールは摂取後即分解されるため、どれだけ飲んでも瞬間的なほろ酔い気分だけを楽しめる。健康的かつ温泉で溺死する心配もない。至れり尽くせりなのである。
「ううう、さすがに暑くなってしまったわ」
「それな~」
「子宝泉は、どうしても他のものに比べて水温が他のものに比べて髙くなっておりますものね」
「やっぱり女性は身体を冷やしてはいけないという発想によるものなのかしら」
「説ある~」
温泉のふちに腰かけ火照った身体を休めていれば、火竜さまと侍女もまた同意をしつつ休憩タイムに入っていた。
「それではせっかくですし、美肌泉や安眠泉など別の温泉に入られてみてはどうでしょうか。水温も違いますし、お湯の柔らかさも変わってきますので、気分転換にもなるかと思われます」
「そうね。せっかくだし、マッサージで身も心もほぐしてもらおうかしら」
「うぇーい」
「頭の先から指の先まで磨き上げて、旦那さまを私に夢中にさせなくては!」
私が気合を入れるべく握りこぶしを高く掲げると、火竜さまがばさばさまつ毛をぱちぱち動かしながら不思議そうに首を傾げていた。あれもやっぱりギャル仕様のつけまなのだろうか。
***
ぐにぐにと全身マッサージを受けつつ、私は火竜さまに愚痴をこぼしていた。ちなみに火竜さまのマッサージは、特製のデッキブラシで全身を磨き上げる形になっている。ワニっぽくて大変可愛いらしい。
「はあ、私ってそんなに魅力がないのでしょうか?」
「どした? 話聞こか?」
「もともと私と旦那さまの結婚は政略結婚。子どもが生まれなければ、離婚という可能性も否定できません。けれど、旦那さまを押し倒すのはいつも私ばかり。私、自分のことをむしゃぶりつきたくなるような美人だと思っていたのですけれど、自信過剰だったのではないかと気になっているのです」
三年子なしは去れとはよく言ったものだ。夫は金銭のため、私は爵位と歴史のために結婚している。両家の繋がりを強固にするためにも、子どもの存在抜きでふたりの結婚生活を語ることはできないだろう。
「毎夜夜這いをかけている身からしますと、旦那さまが私との子どもを望んでいらっしゃるかもよくわからないですし」
「ちょ、待って」
私としては、正妻という立場を手放すつもりはない。可愛い夫の子どもをこの手に抱けるのであれば、私の子どもではなくてもいいとさえ思っているのだ。実家の両親たちにはまた別の言い分があるようだが。
「いっそ旦那さまのお好みの女性を取り揃えて、私の方からご紹介するべきなのかしら」
「えー」
夫の親友に愛妾の座を奪われるくらいなら、私が選んだ女性から夫に女をあてがうほうが平和だろう。夫はとても騙されやすい。変な男や変な女に引っかかっては、しゃぶるだけしゃぶられた挙げ句ポイ捨てされる可能性が高い。あの男は、夫をいいように扱いかねない。色男への信用度は限りなく低い。
実際に妾を囲う場合、妾の子は正妻が育てる形になるだろう。だが前世の価値観ゆえに、私は子どもは母親から引き離すべきではないと思ってしまう。とはいえそれを実行に移したいのなら……。
「悲しいことだけれど、いっそ潔く私から身を引くべきなのかしら?」
私は夫を手放すつもりは毛頭ない。ありえないことだと思いつつ、選択肢のひとつを口に出してみる。
ガタガタドンガラガッシャーン。
その時、テレビの中のコントでしか聞いたことがないような、とんでもない音が震動とともに伝わってきた。だが、この温泉は前世の簡易的な露天風呂とは違って、覗きなどはできない作りになっている。それこそ、火竜さまのいたずらなどがない限り、こちらの声が漏れることだって起こり得ないのだが……。
その後特に何か悲鳴が聞こえることもなかったので安心していたのだが、待ち合わせ場所に現れた旦那さまはお風呂に入るよりもなぜかさらにやつれていた。
「旦那さま? どうなさったのです。ずいぶん、顔色が悪いような?」
「うん、ちょっとね……」
「まさか、お風呂でのぼせて鼻血でも出されましたの? 旦那さま、なかなか鼻血が止まりませんものね。ただでさえ血が少ないというのに、貴重な血をそんなに流してしまって……。今夜はお肉をたくさん食べて、鉄分をとりましょうね」
一体どうしてこんなことになっているのか。不健康な旦那様の生活習慣を改善させて、さらなるいちゃラブ生活を目指していたというのに、これでは完全に本末転倒である。
「それにしても温泉にも危険がいっぱいなのね。入浴中に万が一のことがあっては困りますから、念の為お酒も置いてはいなかったというのに。やはり旦那さまには温泉で繰り返し入力できる程度の体力をつけていただくのが先だったのかしら……」
「お嬢さま、さすがに旦那さまもご老人ではありませんから、そこまでの心配はご無用かと」
「とはいえ、実際に倒れてしまっているじゃないの」
「やばたにえん」
「ほら、火竜さまだって驚いてしまわれているし……」
「たぶん、お嬢さまが考えていらっしゃるのとは異なる理由ではないでしょうか」
「ごめんて」
この時の私は、まさか夫が女湯の会話を中途半端に聞いて誤解を膨らませていたなんて思いもしなかったのである。
その上、水分補給として各種天然果汁に加えてこの辺りで採れる貴重なワインまで用意されている。温泉に浸かりつつちょいちょいお酒を飲んでいれば、女子会がいつも以上に盛り上がってしまうのもまた当然のことだった。
しかも火竜さまの加護により、アルコールは摂取後即分解されるため、どれだけ飲んでも瞬間的なほろ酔い気分だけを楽しめる。健康的かつ温泉で溺死する心配もない。至れり尽くせりなのである。
「ううう、さすがに暑くなってしまったわ」
「それな~」
「子宝泉は、どうしても他のものに比べて水温が他のものに比べて髙くなっておりますものね」
「やっぱり女性は身体を冷やしてはいけないという発想によるものなのかしら」
「説ある~」
温泉のふちに腰かけ火照った身体を休めていれば、火竜さまと侍女もまた同意をしつつ休憩タイムに入っていた。
「それではせっかくですし、美肌泉や安眠泉など別の温泉に入られてみてはどうでしょうか。水温も違いますし、お湯の柔らかさも変わってきますので、気分転換にもなるかと思われます」
「そうね。せっかくだし、マッサージで身も心もほぐしてもらおうかしら」
「うぇーい」
「頭の先から指の先まで磨き上げて、旦那さまを私に夢中にさせなくては!」
私が気合を入れるべく握りこぶしを高く掲げると、火竜さまがばさばさまつ毛をぱちぱち動かしながら不思議そうに首を傾げていた。あれもやっぱりギャル仕様のつけまなのだろうか。
***
ぐにぐにと全身マッサージを受けつつ、私は火竜さまに愚痴をこぼしていた。ちなみに火竜さまのマッサージは、特製のデッキブラシで全身を磨き上げる形になっている。ワニっぽくて大変可愛いらしい。
「はあ、私ってそんなに魅力がないのでしょうか?」
「どした? 話聞こか?」
「もともと私と旦那さまの結婚は政略結婚。子どもが生まれなければ、離婚という可能性も否定できません。けれど、旦那さまを押し倒すのはいつも私ばかり。私、自分のことをむしゃぶりつきたくなるような美人だと思っていたのですけれど、自信過剰だったのではないかと気になっているのです」
三年子なしは去れとはよく言ったものだ。夫は金銭のため、私は爵位と歴史のために結婚している。両家の繋がりを強固にするためにも、子どもの存在抜きでふたりの結婚生活を語ることはできないだろう。
「毎夜夜這いをかけている身からしますと、旦那さまが私との子どもを望んでいらっしゃるかもよくわからないですし」
「ちょ、待って」
私としては、正妻という立場を手放すつもりはない。可愛い夫の子どもをこの手に抱けるのであれば、私の子どもではなくてもいいとさえ思っているのだ。実家の両親たちにはまた別の言い分があるようだが。
「いっそ旦那さまのお好みの女性を取り揃えて、私の方からご紹介するべきなのかしら」
「えー」
夫の親友に愛妾の座を奪われるくらいなら、私が選んだ女性から夫に女をあてがうほうが平和だろう。夫はとても騙されやすい。変な男や変な女に引っかかっては、しゃぶるだけしゃぶられた挙げ句ポイ捨てされる可能性が高い。あの男は、夫をいいように扱いかねない。色男への信用度は限りなく低い。
実際に妾を囲う場合、妾の子は正妻が育てる形になるだろう。だが前世の価値観ゆえに、私は子どもは母親から引き離すべきではないと思ってしまう。とはいえそれを実行に移したいのなら……。
「悲しいことだけれど、いっそ潔く私から身を引くべきなのかしら?」
私は夫を手放すつもりは毛頭ない。ありえないことだと思いつつ、選択肢のひとつを口に出してみる。
ガタガタドンガラガッシャーン。
その時、テレビの中のコントでしか聞いたことがないような、とんでもない音が震動とともに伝わってきた。だが、この温泉は前世の簡易的な露天風呂とは違って、覗きなどはできない作りになっている。それこそ、火竜さまのいたずらなどがない限り、こちらの声が漏れることだって起こり得ないのだが……。
その後特に何か悲鳴が聞こえることもなかったので安心していたのだが、待ち合わせ場所に現れた旦那さまはお風呂に入るよりもなぜかさらにやつれていた。
「旦那さま? どうなさったのです。ずいぶん、顔色が悪いような?」
「うん、ちょっとね……」
「まさか、お風呂でのぼせて鼻血でも出されましたの? 旦那さま、なかなか鼻血が止まりませんものね。ただでさえ血が少ないというのに、貴重な血をそんなに流してしまって……。今夜はお肉をたくさん食べて、鉄分をとりましょうね」
一体どうしてこんなことになっているのか。不健康な旦那様の生活習慣を改善させて、さらなるいちゃラブ生活を目指していたというのに、これでは完全に本末転倒である。
「それにしても温泉にも危険がいっぱいなのね。入浴中に万が一のことがあっては困りますから、念の為お酒も置いてはいなかったというのに。やはり旦那さまには温泉で繰り返し入力できる程度の体力をつけていただくのが先だったのかしら……」
「お嬢さま、さすがに旦那さまもご老人ではありませんから、そこまでの心配はご無用かと」
「とはいえ、実際に倒れてしまっているじゃないの」
「やばたにえん」
「ほら、火竜さまだって驚いてしまわれているし……」
「たぶん、お嬢さまが考えていらっしゃるのとは異なる理由ではないでしょうか」
「ごめんて」
この時の私は、まさか夫が女湯の会話を中途半端に聞いて誤解を膨らませていたなんて思いもしなかったのである。
56
あなたにおすすめの小説
転生貧乏令嬢メイドは見なかった!
seo
恋愛
血筋だけ特殊なファニー・イエッセル・クリスタラーは、名前や身元を偽りメイド業に勤しんでいた。何もないただ広いだけの領地はそれだけでお金がかかり、古い屋敷も修繕費がいくらあっても足りない。
いつものようにお茶会の給仕に携わった彼女は、令息たちの会話に耳を疑う。ある女性を誰が口説き落とせるかの賭けをしていた。その対象は彼女だった。絶対こいつらに関わらない。そんな決意は虚しく、親しくなれるように手筈を整えろと脅され断りきれなかった。抵抗はしたものの身分の壁は高く、メイドとしても令嬢としても賭けの舞台に上がることに。
これは前世の記憶を持つ貧乏な令嬢が、見なかったことにしたかったのに巻き込まれ、自分の存在を見なかったことにしない人たちと出会った物語。
#逆ハー風なところあり
#他サイトさまでも掲載しています(作者名2文字違いもあり)
私を嫌っていた冷徹魔導士が魅了の魔法にかかった結果、なぜか私にだけ愛を囁く
魚谷
恋愛
「好きだ、愛している」
帝国の英雄である将軍ジュリアは、幼馴染で、眉目秀麗な冷血魔導ギルフォードに抱きしめられ、愛を囁かれる。
混乱しながらも、ジュリアは長らく疎遠だった美形魔導師に胸をときめかせてしまう。
ギルフォードにもジュリアと長らく疎遠だったのには理由があって……。
これは不器用な魔導師と、そんな彼との関係を修復したいと願う主人公が、お互いに失ったものを取り戻し、恋する物語
残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……
2度目の結婚は貴方と
朧霧
恋愛
前世では冷たい夫と結婚してしまい子供を幸せにしたい一心で結婚生活を耐えていた私。気がついたときには異世界で「リオナ」という女性に生まれ変わっていた。6歳で記憶が蘇り悲惨な結婚生活を思い出すと今世では結婚願望すらなくなってしまうが騎士団長のレオナードに出会うことで運命が変わっていく。過去のトラウマを乗り越えて無事にリオナは前世から数えて2度目の結婚をすることになるのか?
魔法、魔術、妖精など全くありません。基本的に日常感溢れるほのぼの系作品になります。
重複投稿作品です。(小説家になろう)
妾に恋をした
はなまる
恋愛
ミーシャは22歳の子爵令嬢。でも結婚歴がある。夫との結婚生活は半年。おまけに相手は子持ちの再婚。 そして前妻を愛するあまり不能だった。実家に出戻って来たミーシャは再婚も考えたが何しろ子爵領は超貧乏、それに弟と妹の学費もかさむ。ある日妾の応募を目にしてこれだと思ってしまう。
早速面接に行って経験者だと思われて採用決定。
実際は純潔の乙女なのだがそこは何とかなるだろうと。
だが実際のお相手ネイトは妻とうまくいっておらずその日のうちに純潔を散らされる。ネイトはそれを知って狼狽える。そしてミーシャに好意を寄せてしまい話はおかしな方向に動き始める。
ミーシャは無事ミッションを成せるのか?
それとも玉砕されて追い出されるのか?
ネイトの恋心はどうなってしまうのか?
カオスなガストン侯爵家は一体どうなるのか?
【完結】一途すぎる公爵様は眠り姫を溺愛している
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
リュシエンヌ・ソワイエは16歳の子爵令嬢。皆が憧れるマルセル・クレイン伯爵令息に婚約を申し込まれたばかりで幸せいっぱいだ。
しかしある日を境にリュシエンヌは眠りから覚めなくなった。本人は自覚が無いまま12年の月日が過ぎ、目覚めた時には父母は亡くなり兄は結婚して子供がおり、さらにマルセルはリュシエンヌの親友アラベルと結婚していた。
突然のことに狼狽えるリュシエンヌ。しかも兄嫁はリュシエンヌを厄介者扱いしていて実家にはいられそうもない。
そんな彼女に手を差し伸べたのは、若きヴォルテーヌ公爵レオンだった……。
『残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました』『結婚前日に友人と入れ替わってしまった……!』に出てくる魔法大臣ゼインシリーズです。
表紙は「簡単表紙メーカー2」で作成しました。
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる