偽聖女として断罪追放された元令嬢は、知らずの森の番人代理として働くことになりました

石河 翠

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6.黒き魔女の待ちびと

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「往生際が悪い子ね」

 大聖女が蜘蛛の糸のような小型結界を宙に放り投げ、にんまりと微笑んだ。場所は先ほど盛大に物が倒れる音が聞こえた方向だ。お目当てのものを見つけ出したらしい。猫の子を捕まえるように引っ張り出してきたのは、神殿騎士の格好をした黒髪の美青年。リリィが知らずの森に追放された際に、リリィと聖獣に攻撃を仕掛けてきた男だ。どうやらこの男が、大聖女の言う待ちびとらしい。

「こそこそといろんな場所を引っ掻き回しておいて、わたくしの前には姿を見せないとはいい度胸ではない?」
「それは」
「まさかとは思うけれど、他の女と子どもまで作っておいて、今さらそれを恥じて、わたくしに合わせる顔がないなんて言い出さないわよね?」

 その言葉に男は、苦虫を噛みつぶしたような顔で黙り込んだ。どうやら図星だったようだ。それならばそんなことをしなければよかったのではないかと思いかけて、リリィは心の中でそっと首を横に振った。

 地方の田舎貴族ですら後継者問題は避けて通れない。国を建国したばかりの国王ともなれば、王の血を引いているかどうかというのは非常に重要視されたはずだ。優秀な人間を養子にとるだけでは争いごとが起きかねない。ひとつにまとまるためには、王の子でなければならないのだということは簡単に想像がついた。そして、その理屈が当時の大聖女もとい黒の魔女にはなんとも不思議なものに感じられたのであろうことも。

「お前は、本当に救いようのない愚か者ね」
「返す言葉もないよ」
「自分の信念があってやったことなのでしょう? 言い訳のひとつくらい、してごらんなさいな」
「わたしが何を思って行動したのかなど、意味のないことだ。過程が評価されるのは子ども時代だけ。大人は自身の行動の結果、それを見た他者がどう判断するかを粛々と受け止めえるより他にないのだよ」
「まったくよく回る生意気な口だこと。わたくしが聞きたいと言ったのなら、つべこべ言わずに話しなさい」

 大聖女は鼻に皺を寄せると、そのまま勢いよく騎士の両頬をつねり上げた。頬を打たれるくらいは想像していたのかもしれないが、意外な方向性の反撃だったらしく男は目を白黒とさせている。

「君が不愉快に思うのは当然だ。神にも等しい存在に名前を捧げたにもかかわらず、わたしは血統を繋ぐことを優先したのだから。だが信じてほしい。わたしは君以外の女性に指一本触れてはいない。彼女たちも同意の上での契約だ」
「契約?」
「子どもというものは、閨を共にしなくても作ることができる。あまり褒められたやり方ではないけれどね」
「それは女というものを馬鹿にしているのではなくって? わたくしだけではなく、契約をしたという相手に対しても」
「なぜ君が彼女たちのことを庇う? 彼女たちはこういってはなんだが、君にとって目障りな存在だろう?」
「おかしなことを。お前への不満は、わたくしが一番聞いていたもの」
「わたしへの、不満?」
「いくら政治的に融通を利かせたり、金銭で補償をしていたとしても、自身の身体を産む道具として割り切れる女ばかりではないのよ。あの娘たちの不平不満を聞かされるこちらの身にもなりなさい。まあ人間や社会を理解する上では、興味深いものではあったけれど」
「それでは、わたしのやっていたことは君に筒抜け……」
「むしろ、人間よりも上位の存在に対して隠し事ができると思っているお前の愚かさにめまいがしそうだったわ」

 ただでさえ情けない表情をしていた騎士が、へなへなと床に座り込んだ。そのお綺麗な顔ですました表情を作ることさえやめてしまったのは、大聖女の前では虚勢を張る意味がないからかもしれない。あの日であった時よりもずっと人間らしい姿に、リリィは少しばかり驚く。

「では、聞きたいことというのは?」
「なぜ、わたくしと同じ黒目黒髪の女がいないの?」
「君の代わりにしてしまうかもしれない自分が恐ろしかった。男の欲というのは、恐ろしいものなのだよ」
「つまり下半身の問題なのね。それじゃあ最後にもうひとつだけ。なぜ、わたくしに頼まなかったの?」
「は?」
「産んでくれと言われたら、産んだかもしれないわ。まあ、却下したかもしれないけれど」
「頼めば、産んでくれたのか?」
「人間との間に子どもができるのか。この身体は出産できるのか。非常に興味深いわ」
「ああなるほど、そうだな。君はそういうひとだった」
「なんだか失礼な物言いではなくって? わたくし、お前のことは嫌いではないと昔から言っているじゃない。『物語』以外にもそれなりに人間の感情についても学んだつもりなのだけれど?」

 はあとわざとらしいため息の後に、大聖女は騎士の前に立った。一瞬だけ男の顔が歪んだが、大聖女のドレスの裾のせいで具体的に何が起きたのか、リリィからは見ることができない。

「それで、わたくしの前に出てこなかった理由はそれだけなの? 勝手にわたくしが怒っているかもしれないと妄想しただけ? 本当にくだらない」
「君が、王家を見限ったから。もうわたしのことは待っていないのかと思ったんだ」
「わたくしが、王家を見限ったですって?」
「神殿を設立したのも、新しい王を立てるためなのだろう? わかっている、結局のところ裏切り者のわたしの血など疎ましいのだ」
「わたくしは、お前が作った国で待っていると言ったのよ。あの王家には、もうお前の血は残っていないではないの。わたくし、赤の他人を守護してやるほどお人好しではなくってよ? その時間があるならば、お前の血を引いた子孫たちの生活を守るために、聖女として王国を守護する方がよほど有意義じゃないの」

 どうやら長い歴史の間に、正しい血筋は失われてしまっていたらしい。あっけらかんと、お前のために聖女をして働いていたのだぞと宣言された騎士は、自分が今まで何を見ていたのか理解できないらしく口をはくはくとさせてばかりいる。

「さっきからお前は一体、わたくしのことを何だと思っているの? やはり立場をわきまえさせておいた方が良いのかしら。結婚指輪の代わりに条件を緩めた隷属の首輪でもつけておく? これならわたくしが死ぬまで、わたくしの隣にいることしかできなくなるわよ?」

 たぶん初代国王は、どこか壊れている。けれど彼はようやっと許されたような顔をして、ほっとしたように大聖女に抱き着いていた。
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