偽聖女として断罪追放された元令嬢は、知らずの森の番人代理として働くことになりました

石河 翠

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7.白花との約束

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 きらきらと銀花が空から舞い落ちる。暴れていたはずの魔獣はぱたりと倒れ込み、うめき声をあげていた騎士たちの怪我が消えた。血にまみれていた母もまた、生前の美しさを取り戻したらしい。小さく震えながら周囲を見回していたリリィは、唐突にぎゅっと抱きしめられた。母とは異なる見知らぬ麗人のはずなのに、ふわふわの毛布にくるまれたかのように暖かい。

『どうして、抱きしめてくれるのですか?』
『それが、そなたの母の願いだからだ』
『抱きしめることが? 魔獣を倒して、みんなの怪我を治してくれたのに?』
『「リリィが幸せに暮らせますように」、それがそなたの母の願いだ』
『嘘よ。そんな願い、叶えられるはずがない』

 呼吸の仕方を忘れてしまったようで、胸が苦しくなる。ひゅうひゅうとおかしな音が口からこぼれるのは、泣きすぎたせいだろうか。これから誕生日の度に、母の命日を迎えることになってしまうのに。毎年、自分がいたせいで母は死んだのだと突きつけられるのに。自分を憎む父親の元で幸せになんてなれるはずがない。

『誰も私を必要となんてしていないもの』
『必要とされたいのか?』
『ここにいてもいいよって、言ってほしいの。どこにいても、誰と何を話せばよいのかわからないの。お母さまとだけは普通に話ができたけれど、お母さまは私とお話なんてしたくなかったかもしれないわ』

 そこでリリィの目に溜まっていた涙がそっとぬぐわれた。綺麗な指先はひんやりとしていて、腫れぼったいリリィのまぶたを冷やしてくれる。じくじくとしていた胸の痛みが、ぼんやりと和らいでいく。瞳が零れ落ちてしまうのではないかと思うほど流れていた涙も止まった。どこか、世界がなんとなく遠くなったような気がする。寂しさも、苦しさも、膜を隔てたような違和感と、どことなく安心する少しばかりの静けさ。

『あれ?』
『いくつかの記憶と感情を、預かることにした。人間として必要なものだが、今のそなたには重過ぎる。大きくなったら返してやろう』
『大きくなったら?』

 大きなてのひらに頬を撫でられて、リリィは妙にくすぐったくなった。このひとの側なら、きっと大丈夫。そんな安心感を覚えたのは、母以外では初めてだったから。離れがたくて、リリィは貴族令嬢にあるまじき振る舞いだとわかっていながら麗人の腕にすがりついた。

『行っちゃやだ。ずっと一緒にいて』
『そなたはまだ幼い。人間としての生き方を身に付けぬまま、勝手に連れ去ることはできぬ。我々と人間とでは、生きる上での理が異なるのだから』

 それは結局のところ、リリィのことを「要らない」という意味ではないのだろうか。考え込むリリィの頭を、麗人が優しく撫でた。

『適当に言い含めるための方便ではない。大人になっても、そなたが共に暮らすことを望むのであれば歓迎しよう』
『本当に?』
『ならば、約束の証を与えておこう。いずれ、今回の魔術に使われた魔導具の完全浄化、術式の解呪を行う時に必要になるであろうしな』

 そうして渡されたのが、先日までリリィの腕に嵌められていた銀の腕輪だった。自分の物であって、自分の物ではない。「預かりもの」だと考えると、うっかり失くしてしまった時が怖い。リリィのことを嫌う父親は、見たこともない高価な魔導具が娘の手元にあることを許さないだろうから。

『それはそなたの魔力を貯めるための特別製。必要な時が来るまで外れないのだから、他人が奪うことなどできようはずもない』
『それなら、大丈夫なのかな』

 少しだけ安堵し、小さく息を吐く。腕に嵌められた腕輪に触れるのと、眠気が襲ってくるのは同時だった。麗人の姿がわずかに揺らぐ。このまま消えてしまうつもりだ。それを敏感に感じ取って、リリィは必死にすがりつく。

『名前を、名前を教えてください! あなたのことも約束のこともちゃんと思い出せるように!』
『気に病む必要はない。忘れたままの方が幸せなこともある』
『それは私が嫌なのです! それに、忘れられてしまうのはとっても寂しいことだから』
『……しようのない子どもだ。教えてやりたいのはやまやまだが、名前はない。他者から与えられて初めて縛られるのでな』
『黒の魔女というのは』
『それはただの通り名だ』
『じゃあ「アルバス」と呼んでもいいですか? 真っ白な雪のように綺麗だから。私の名前もリリィだから、白仲間ですね』

 麗人が驚いたように目を丸くし、そしてはにかんだように微笑んだ。そこでかつてのリリィは意識を失い、数日間眠り続けた後、母の葬儀に出ることになったのである。
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