リポグラム短編集～『あい』を失った女～

『てんびん』は傾かない

条件：「て」「で」「ん」「ひ」「び」を使用してはならない。




　この国くにには、愛情あいじょうメーターがある。

　メーターとは言いうものの、実際じっさいにあるのは秤はかりだ。理科りかの授業じゅぎょうの際さいに使つかったことがある、上皿うわざらに法馬ほうまをのせ、両者りょうしゃの釣つり合あいをみる秤はかり。バッチ型がたになったそれが、この国くにに住すむ者ものの胸元むなもとに輝かがやく。

　愛情あいじょうが釣つり合あわない。

　そう訴うったえれば、緑みどりの紙かみさえ容易よういに出だせるようになった。だからこの国くにの特とくに女性じょせいは、昔むかしよりも幸しあわせせになったと学生がくせいは習ならう。その昔むかし、女性じょせいとはまず父ちちに従したがい、嫁とつぎ先さきの夫おっとに従したがい、老おいた後のちは子こに従したがうものだったらしい。

　愛情あいじょうメーターの過渡期かときに恋こいに落おちた父ちちと母ははは、このメーターの崇拝者すうはいしゃだ。可視化かしかされた愛情あいじょうゆえに、互たがいの想おもいを疑うたがわずに済すむのだと、父母ふぼはうっとりと語かたる。子こどもが生うまれなお熱々あつあつのふたりは、わたしに繰くり返かえす。愛情あいじょうメーターの調和ちょうわが取とれる子こと付つき合あいなさい。秤はかりは嘘うそをつかない、必かならず幸しあわせになれるのだからと。ふたりの愛情あいじょうの質量しつりょうは同等どうとうらしく、上皿うわざらは水平すいへい、左右さゆうのどちらにも傾かたむかない。

　だからわたしは、初恋はつこいを忘わすれることにした。わたしに振ふり向むくことのない意中いちゅうの君きみの隣となりに並ならぶのは、あまりにも苦くるしかったから。お前まえに興味きょうみはないのだとあからさまに示しめされるくらいなら、好すきという気持きもちなどいらない。ずっしりとした錘おもりの形かたちをとる想おもいを放ほうり投なげ、数名すうめいの友達ともだちと静しずかに穏おだやかに過すごすわたしはきっと幸福こうふくなのだ。例たとえ傾かたむきに片寄かたよりのない理由りゆうが、お互たがいに興味きょうみがないだけだろうとも。




※法馬とは、秤の分銅のこと。ほうばともいう。