リポグラム短編集～『あい』を失った女～

恋の『ほむら』は消しかねて

条件：「ほ」「む」「ら」「ぼ」「ぽ」を使用してはならない




「会長かいちょう、どうした」
「先生せんせい」

　会長かいちょうと呼よばれた少女しょうじょは振ふり返かえる。夕焼ゆうやけが生徒会室せいとかいしつを赤あかく染そめていた。少女以外しょうじょいがい、この部屋へやには誰だれもいない。それでも終おわりきっていない仕事しごとをそのままにして帰かえることなど、生真面目きまじめな彼女かのじょにはどうしてもできなかった。

「頑張がんばりすぎるなよ」

　優やさしく頭あたまを撫なでてくれる男おとこの手て。ごつごつとしていくるくせに、どこか温あたたかいその手てにすがりつきたくて、少女しょうじょは制服せいふくのスカートをぎゅっと握にぎり締しめる。薬指くすりゆびに光ひかる指輪ゆびわが憎にくかった。

　じくじくとした痛いたみには気きがつかないふりをして、少女しょうじょはそっと息いきを吐はく。卒業そつぎょうは刻々こくこくと近ちかづいてくる。それまでに消きえるだろうか、この恋こいの埋うずみ火びは。消きえることなどないというのであれば、いっそ激はげしくこの身みを焼やき尽つくせば良よいのに。

「明日あしたもいい天気てんきになりそうだ」

　窓まどによりかかり、茜雲あかねぐもを見上みあげる男おとこの背中せなか。少女しょうじょはわずかに離はなれ、その後うしろに立たつ。

「こっちに来こないか。最高さいこうの眺ながめだぞ」

　男おとこの言葉ことばに少女しょうじょはそっと首くびを振ふる。ここが良よいのだ。ここでないといけないのだ。夕焼ゆうやけで伸のびた男おとこの影かげ。その黒くろい指先ゆびさきにそっと自身じしんの手てを添そわせてみる。