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『アルコール』が抜けたなら
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条件:「あ」「る」「こ」「お」「る」「ぁ」「ご」「ぉ」を使用してはならない。
他人に向かって何を話しかけて良いかわからないから、昔から休み時間が苦手だった。
授業時間は授業について考えていればいい。
委員会もクラブ活動も、自分に割振られた役割を担えばいい。
けれど、休み時間は「自由」だ。「自由」が苦痛だなんて、きっと誰にもわかってもらえないだろうけれど。
成人してから、酒の力を知った。魔法みたいな不思議な飲み物。視界が歪む。周りと自分の境界線がとけていく。
だから、みんなの視線に緊張なんてしない。笑う。話す。歌う。どんな無茶ぶりも平気になった。
それでもやっぱり飲み会の始まりはしんどいから、一番最初に酒を飲み干す。飲んで、飲んで、周りが歪んでしまうまで。幻想的な回転木馬が止まったら、きっと周囲はがらくたの世界だと気がついてしまうから。
今日の飲み会は特に気がのらない。そういう時は、飲み会前でも魔法を使えばいい。
いつものベンチに座り、小さくため息をつく。手の中にはさっき買ったばかりのストロングゼロ。そのまま一息に飲み干せば、景色が輪郭をにじませていくだろう。
魔法の使い過ぎはよくないんだけれどね。近くの物陰には、魔法使いの成れの果てたち。彼らは、もしかしたら誰より真面目なひとたちだったのかもしれない。
「ねえ、ちょっと最近飲み過ぎじゃない」
缶に口をつけようとしたその時。響いたのは澄んだソプラノ。
目の前には、なんともド派手な少年がひとりきり。髪の毛の色なんて、漫画みたいな二色染めだ。けれど、それが不思議ほど馴染むのは、その顔が人形のように整っていたからだろう。
外が暗くなってから出かけては危険だよ。そう言いかけて少々戸惑う。
虐待。ネグレクト。児相。脳内でショッキングな字面が渦巻いたけれど、うまく考えがまとまらない。
結果的に無視してしまった私に腹をたてたのか、いきなり顔面に何かをかけられた。まさかの水鉄砲。しかも絵の具入りだ。可哀想な少年なものか、まったくとんだクソガキときたものだ。
「……!」
悲鳴も怒声も出ず、ただ私の目から涙がつたう。
もう、勘弁してよ。絵の具をつけたまま飲み会に参加しても、急用ができたと欠席しても、ろくでもない未来しか想像できなくて愚痴を吐く。
「ねえ、もっとわがままに生きなよ。そんな風にしていても、楽しくないでしょ?」
「わかったような口をきかないで」
「君は君のままが一番だよ」
蓄積していた不満がもう止まらない。年端もいかない少年に何を……そう気がついた時、私はまたベンチでひとりぼっちだった。
「飲み過ぎた……?」
いや、まだ今日は魔法は未使用のはずだ。
彼にかけられたはずの色水は消え、いつの間にか柔らかな花びらだけがくっついていた。首を傾げていたら、官能的なほどの芳しさに導かれて気がつく。
主張してきたのは源平咲きの梅の花。ひとつの木に紅色と白色それぞれの花が咲くと言えば耳障りはよいが、実際には年によって紅色ばかりさいたり、白梅ばかり咲いたり。存外わがままな花だ。
梅の木らしく、枝も幹も好き勝手にねじれていて、しかもそれが珍しく左巻きなものだから、どうにもさきほどの彼らしくて笑ってしまう。
――生きてさえいれば。すべて自分の願うがまま――
空耳がして、私は吹き出す。確かにそうだね。飲まずにいた酒を、死んだように身じろぎもしない人影に差し出した。
大丈夫、世界は美しいから。もうちょっとだけ頑張ってみようか。梅の花びらに口づけて、夜空にそっと飛ばしてみた。
こちらの作品は、貴様二太郎さんのフリーイラストからイメージして執筆しました。
「思いのまま」(別名「輪違い(りんちがい)」)は、紅白または絞りを一本で咲かせる梅の品種。ただし、毎年同じところに同じ色が咲くとは限らない。
他人に向かって何を話しかけて良いかわからないから、昔から休み時間が苦手だった。
授業時間は授業について考えていればいい。
委員会もクラブ活動も、自分に割振られた役割を担えばいい。
けれど、休み時間は「自由」だ。「自由」が苦痛だなんて、きっと誰にもわかってもらえないだろうけれど。
成人してから、酒の力を知った。魔法みたいな不思議な飲み物。視界が歪む。周りと自分の境界線がとけていく。
だから、みんなの視線に緊張なんてしない。笑う。話す。歌う。どんな無茶ぶりも平気になった。
それでもやっぱり飲み会の始まりはしんどいから、一番最初に酒を飲み干す。飲んで、飲んで、周りが歪んでしまうまで。幻想的な回転木馬が止まったら、きっと周囲はがらくたの世界だと気がついてしまうから。
今日の飲み会は特に気がのらない。そういう時は、飲み会前でも魔法を使えばいい。
いつものベンチに座り、小さくため息をつく。手の中にはさっき買ったばかりのストロングゼロ。そのまま一息に飲み干せば、景色が輪郭をにじませていくだろう。
魔法の使い過ぎはよくないんだけれどね。近くの物陰には、魔法使いの成れの果てたち。彼らは、もしかしたら誰より真面目なひとたちだったのかもしれない。
「ねえ、ちょっと最近飲み過ぎじゃない」
缶に口をつけようとしたその時。響いたのは澄んだソプラノ。
目の前には、なんともド派手な少年がひとりきり。髪の毛の色なんて、漫画みたいな二色染めだ。けれど、それが不思議ほど馴染むのは、その顔が人形のように整っていたからだろう。
外が暗くなってから出かけては危険だよ。そう言いかけて少々戸惑う。
虐待。ネグレクト。児相。脳内でショッキングな字面が渦巻いたけれど、うまく考えがまとまらない。
結果的に無視してしまった私に腹をたてたのか、いきなり顔面に何かをかけられた。まさかの水鉄砲。しかも絵の具入りだ。可哀想な少年なものか、まったくとんだクソガキときたものだ。
「……!」
悲鳴も怒声も出ず、ただ私の目から涙がつたう。
もう、勘弁してよ。絵の具をつけたまま飲み会に参加しても、急用ができたと欠席しても、ろくでもない未来しか想像できなくて愚痴を吐く。
「ねえ、もっとわがままに生きなよ。そんな風にしていても、楽しくないでしょ?」
「わかったような口をきかないで」
「君は君のままが一番だよ」
蓄積していた不満がもう止まらない。年端もいかない少年に何を……そう気がついた時、私はまたベンチでひとりぼっちだった。
「飲み過ぎた……?」
いや、まだ今日は魔法は未使用のはずだ。
彼にかけられたはずの色水は消え、いつの間にか柔らかな花びらだけがくっついていた。首を傾げていたら、官能的なほどの芳しさに導かれて気がつく。
主張してきたのは源平咲きの梅の花。ひとつの木に紅色と白色それぞれの花が咲くと言えば耳障りはよいが、実際には年によって紅色ばかりさいたり、白梅ばかり咲いたり。存外わがままな花だ。
梅の木らしく、枝も幹も好き勝手にねじれていて、しかもそれが珍しく左巻きなものだから、どうにもさきほどの彼らしくて笑ってしまう。
――生きてさえいれば。すべて自分の願うがまま――
空耳がして、私は吹き出す。確かにそうだね。飲まずにいた酒を、死んだように身じろぎもしない人影に差し出した。
大丈夫、世界は美しいから。もうちょっとだけ頑張ってみようか。梅の花びらに口づけて、夜空にそっと飛ばしてみた。
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