巫女見習い、始めました。

石河 翠

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第三章

(7)巫女見習い、二つ目のお仕事完了です。

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 そろそろかなと思っていたら、やっぱり凪くんの待つ神社に呼び出された。今回の神社に繋がる扉は、床下収納の扉だった。まさか足元が入口になるなんて思っていなかったから、油断してたよ。本当にお風呂場やお手洗いと繋いだりしないよね? 

 しかも今回の扉、空中に繋がっていない? 大丈夫だよね。落ちたりしないよね? 思ってもみないところから繋がると、今後が急にすごく心配になる。いつもと違う行き方にどきどきしながら身体をすべりこませると、凪くんとペンギンが出迎えてくれた。ええと、凪くんのポーズはあれかな? わたしがうっかり着地に失敗しないように両手を広げて待っていてくれたってことかな?

 ペンギンも同じように両手を広げていたけれど、それでわたしを抱えるのは正直無理だと思う。ぺっちゃんこにしちゃいそうだから、また同じように変な位置に扉が出現してしまったら、ペンギンには安全確保のために扉から離れていてもらおうと思う。

「巫女見習いの仕事、今回も頑張ってくれてありがとう」
「ええと、どういたしまして?」

 そもそも巫女見習いの仕事として、碧生くんのお悩み解決のお手伝いをしたわけじゃない。それでも、友だちの役に立ちつつ、凪くんのお願いにも協力できていたってことでいいのかな? これがいわゆる一石二鳥という状況なのかもしれない。

「それじゃあ、今回もお礼を渡すからキーホルダーを出してくれ」
「え、急に呼ばれたから持ってきていないよ? あのキーホルダーはランドセルにつけているし」
「そんなことはない。そこにあるじゃないか」

 ほらと指で示されたのは、白衣の袂。よくよく確認してみれば、確かにそこには猫のキーホルダーが入っていた。どうしてここに? 前回、凪くんがどこから取り出したのかいつの間にか持っていたことにも驚いたけれど、こんな登場の仕方だって心臓に悪いよ。

 扉をくぐると勝手に巫女の服装に変わることはもうあきらめて受け入れたけれど、袂にキーホルダーを無造作に入れるのはやめてほしい。またうっかり失くす可能性だってあるんだから、ここに来るときはいっそ袴の前帯か何かに物理的に通しておいてくれたらいいのに。

「巫女見習いの働きに感謝を」

 レジンでできた猫のキーホルダーの隣にはまるい真珠がひとつ吊るされていたのだけれど、その隣に新しく真珠が増えていた。前回もらった真珠は桃色がかっていたけれど、今回もらった真珠は青みがかっている。

 真珠も結構いろんな色があるみたいなんだよね。あのあと家で調べてみたら、真珠の色合いは真珠を作る貝の種類なんかも関係があるらしい。この島とクジラの関係を調べるはずが、この島どころか日本の真珠の養殖と加工の歴史を勉強することになっちゃった。結構面白かったな。それにしても、前回のものよりもちょっと粒が大きい気がする。気のせいかな?

「わあ、きれい」
「それはよかった。今回は、この島にひとを招くことに繋がったから、無意識に力が集まったのかもしれないな」

 凪くんの言葉に、なるほどと納得してしまった。前回の茜ちゃんの時には、茜ちゃんが島から出ていくお手伝いをしたんだよね。それは茜ちゃんの人生を応援するものではあったけれど、結果的に島からはひとが減ってしまった。

 でも今回は、碧生くんと喧嘩をしていた碧生くんの従兄弟くんが仲直りをするきっかけを作ることができた。従兄弟くんがどれくらい島に住むひとの気持ちを理解したかはわからない。島と海のせいでおじいさんが死んでしまったって思う気持ちは、消えることはないのかもしれない。それでも、おじいさんは死ぬまで島と海が好きだったんだってわかってもらえたら嬉しい。

 少なくとも、従兄弟くんは次の休みにお墓参りに来てくれると話してくれていたそうだから、この島は従兄弟くんにとって大事な場所であり続けてくれるのではないかと思う。大好きなひとを奪った大嫌いな場所ではなく、大好きなひとを思い出せる大好きな場所であるほうがやっぱり素敵だよね。

 だからかな、今回は茜ちゃんの時と違って、素直に真珠を受け取ることができたんだ。実際、どんな風に連絡を取ったらいいかとか、わたしたち子どもにできることってなにかなとか一生懸命考えながら行動したもんね。

 わたしが遠慮せずに真珠を受け取ったせいか、凪くんがちょっとだけ意外そうに目を見開いたあと、にっこりと口角を上げた。もともとカッコいいなと思っていた凪くんに、こんな風に柔らかく微笑まれると、なんだか急にドキドキしてしまうから困ってしまう。

「美優、本当にありがとう。美優が巫女見習いになってくれて、俺、すごく嬉しいよ。こんな感覚、何年ぶりかな」
「何年振りって、何それ」
「それにしても、年賀状か。美優は、俺に年賀状を書いてくれないのか?」
「え、凪くん、年賀状が欲しいの?」
「それはもちろん、もらえたらすごく嬉しいよ。当たり前だろう?」

 ぽんと小さい子にするように頭の上に手を置かれた。ゆっくりと頭を撫でられる。子ども扱いするのはやめて。そう言おうとして、はたと気が付いた。凪くんは、わたしと同じくらいの身長だったはずだ。それなのに、どうして今は見上げないといけないくらいに、凪くんの背が高くなっているの? 同じくらいの年頃だったはずの凪くんは、わたしよりもお兄さんに見える。

「……凪くん?」
「どうした?」
「なんだか急に、大きくなってない?」
「気のせいじゃないか?」

 いやいや、気のせいなんかじゃないよ。見れば見るほど、違和感が出てきた。明らかに凪くんは、大きくなっている。

「自分じゃわからないな。美優がそんなに気にするなんて、どこか変なのかな?」
「どこか変っていうか……」

 もしもどこかおかしい部分があるのだとしたら、それはわたしの心臓だと思う。今まで凪くんを見ていてドキドキしたことなんてないのに、こうやって凪くんを見ていると妙に緊張してしまう。どうしよう、カッコいい男の子って感じだった凪くんが、カッコいいお兄さんみたいな雰囲気になっちゃうなんて聞いてないよ。

 言葉に詰まりながら混乱していると、太ももにぺしぺしと何かが当たった。慌てて目線を向けると、すぐ隣でぱたぱたとペンギンが両手をばたつかせていた。うん、こうしてみるとペンギンも茜ちゃんと一緒にうちに来た時よりも、大きくなっているような気がするよね。でもわたしのことを抱きかかえるのはやっぱり無理だと思うよ。

「美優、どうしたの? 大丈夫?」

 きらきらオーラが突然増してしまった凪くんと、自分を忘れるなと言わんばかりにやたらと動きのキレがあがってしまったペンギン。いろいろと情報量が多くて、頭の整理が追い付かない。

「凪くん、これ、ありがとう。今日は夜も遅いから、悪いけどもう帰るね!」

 どうしてだか急に顔が熱くなる。凪くんのことがまっすぐ見れない。真珠の増えたキーホルダーを握りしめて、わたしは慌てて扉をくぐって椿さんの待つ家に戻った。


 ***


 急に台所から消えたことについては何も言われないまま、なんとか誤魔化すことができた。わたしがいない間、椿さんは何をしているんだろう? 自分の部屋でごろごろしながら、シマエナガの年賀状を取り出した。書き始めると書きたいことがたくさん出てきて、茜ちゃんと前の学校の親友への年賀状は、小さい文字でびっしりとメッセージを書いてしまっていた。

「年賀状か」

 まさか凪くんに、年賀状を欲しいと言われるとは思わなかった。でも、凪くんへの年賀状は郵便では出せないんじゃないのかな。住所なんて知らないし、そもそも住所を知っていたところで、郵便配達のお兄さんが届けに行くことのできるような場所には思えない。たぶんお正月に直接手渡しになるような気がする。

 でも、「年賀状が欲しい」とお願いされたことは嫌な気持ちにはならなかった。ううん、正直すごく嬉しい。まさか、わたしの年賀状を本気で欲しいと言ってくれるなんて思ってもみなかったから。

 椿さんに買ってもらったシマエナガの年賀状は、一袋に三枚入っている。一枚は茜ちゃんんに、もう一枚は前の学校の親友へもう書いてしまった。だから手元にある年賀状は、残り一枚。それで凪くんに年賀状を書こうと思ったところで、固まった。

 凪くんには手渡しするのだから、切手は必要ない。だから、校内年賀状のハガキで年賀状を書いても大丈夫。椿さんには、凪くんと同じように手渡ししよう。それなら、この年賀状はもっと書くべき相手がいるんじゃないのかな。

 本当は年賀状なんて、出すつもりはなかった。だってたぶん、年賀状に何を書いたところでお母さんはわたしに腹を立てるような気がするから。

「あけましておめでとう」と書けば、「何がおめでとうよ。ちっともおめでたくなんてないわ」って言うだろうし、「今年一年、良いことがありますように」と書けば、「去年は良いことなんてちっともなくって散々だったわ、全部、美優のせいでね」なんて言われてしまうはずだ。

 せっかく話しかけても、どうせ怒られる。あれこれ悩んで文章を作り、勇気を出して相手に伝えても、何もしない時よりも傷つくことになる。それならば何もしないほうがいっそマシだと思っていたけれど、碧生くんが従兄弟と仲直りをしているところを見て、羨ましくなっちゃったんだ。すれ違いや仲違いも、相手を思いやる気持ちがあれば元通りになるんじゃないのかなって思ってしまった。

 もちろん、碧生くんが年賀状のおかげで従兄弟と仲直りできたからと言って、わたしがお母さんと仲直りするのは難しいことなんだと思う。むしろ、お母さんと椿さんの間にもいろいろありそうなところを考えれば、簡単には仲直りできない可能性のほうが高いはずだ。それでも可愛いシマエナガを見ていると、もしかしたらって期待したくなってしまう。

 もしかしたら、「やっぱり年賀状なんて出さなきゃよかった」って泣く羽目になるのかもしれない。けれどそれでも、やらないで後悔するよりも、やって後悔したほうがまだ諦めがつくから。あのとき年賀状を出していれば何か変わったかもしれないって思いたくないから。何より年賀状は、送るひとの気持ちなんだから。

 わたしはペンを握り、お父さんとお母さんへどんなメッセージを書こうかと考え始めた。
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